学位論文要旨



No 116175
著者(漢字) 澤柳,利実
著者(英字)
著者(カナ) サワヤナギ,トシミ
標題(和) ファイトプラズマの分子系統分類
標題(洋)
報告番号 116175
報告番号 甲16175
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2205号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 宇垣,正志
 静岡大学 助教授 瀧川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 ファイトプラズマは植物の篩部細胞内に寄生する最小の細菌であり、世界中で300種以上の植物に600種類以上の病気を引き起こす農業上重要な植物病原細菌である。主にヨコバイにより伝搬され、感染・発病した植物には萎縮・黄化・緑化・葉化・叢生などの症状を引き起こす。しかし培養不可能なことから、検出・診断はもっぱら病徴観察や昆虫伝搬試験、電子顕微鏡観察などに頼っており、多大な労力と時間を要する一方で、「一病害一病原」の習慣に従って整理するほかはなかった。しかし近年、ファイトプラズマのDNAの分離とその、解析が可能となり、ファイトプラズマの分子レベルでの系統学的位置付けと分類が可能となった。その結果、ファイトプラズマは動物マイコプラズマよりもむしろ」Acholeplasma属菌やAnaeroplasma属菌に近縁で、ともにAnaeroplasma groupを構成することが明らかになった。1994年の国際細菌分類委員会において、ファイトプラズマに‘Candidatus genus name and species name’の概念が導入され、種の分類基準は16S rRNA遺伝子の塩基配列の系統解析により行うこととなった。

 本研究は「種」の概念の導入当初より研究を進め、ファイトプラズマの16S rRNA遺伝子および16S/23S ITS領域の塩基配列をもとに、分子系統学的解析を行い、ファイトプラズマの系統関係を明らかにし、分類体系を確立することを目的として行った。

1. ファイトプラズマの16SrDNAを用いた系統分類

 国内およびアジア諸国より蒐集したファイトプラズマ30分離株の16S rRNA遺伝子を解析するとともに、データペース上に登録された世界中のファイトプラズマの16S rRNA遺伝子の塩基配列データを加え、CLASTAL Wを用いてアラインメントを行い近隣結合法により分子系統樹を作成した。系統樹の信頼性は、100サンプルのブートストラップ解析を行った。系統の分岐パターンおよびブートストラップ値から、ファイトプラズマを8つのGroup(I-VIII)に、さらに各Groupの中を28のsubgroupに分類した。subgroupは他の細菌でも用いられている相同性と進化距離をもとに「種」に該当するtaxonであることを基準として分類した。その結果、我が国に発生するファイトプラズマは、従来通り、4つの群にわたるが、これまで1群に分類されていたファイトプラズマ(OYなど)はGroup I に、II群(TWBなど)はGroup IVに、III群(RYDなど)はGroupVIIに、IV群(JWBなど)はGroupVIIIに再分類された。これ以外のGroupsII・III・V・VIは国内での発生が確認されていないファイトプラズマ群であり38種類余りの分離株にのぼった。

2. ファイトプラズマ属の確立と種名の提唱

2.1. アジサイ葉化病ファイトプラズマ(‘Candidatus Phytoplasma japonicum’)

 典型的な花の葉化症状を示す栽培アジサイから、ユニバーサルプライマー(ファイトプラズマの16S rRNA遺伝子を特異的に増幅するPCRプライマー)を用いたPCRにより、ファイトプラズマが検出された。増幅された16S rDNAのRFLPパターンから、海外で発生する6分離株全てのアジサイに発生するファイトプラズマとは異なることが判明し、これをアジサイ葉化病(Japnese Hydrangea phyllody,JHP)ファイトプラズマと命名した。JHPの16S rDNA塩基配列データを用いた系統解析により、JHPはGropup ファイトプラズマであるが、新たなsubgroupを構成することが明らかになり、JHP-subgroupと命名した。JHPはAustralian grapcvine yellows, Phormium yellow leaf, Stolbur of pepper,、vergilbungskrankheit of grapevineと共通の祖先より派生したものと考えられた。以上の結果、JHPファイトプラズマは独立したtaxonを形成すると判断されたことから、暫定種‘Candidatus Phytoplasma japonicnm’を提唱した[(Mollicutes)NC;NA;0;NAS(GenBank:ac.no.ABO10425),oligonucleotide sequences of unique regions of the 16S rRNA gene 5'-GTGTAGCCGGGCTGAGAGGTCA-3'and 5'-TCCAACTCTAGCTAAACAGTTTCTG-3', P(Hydr angea,phloem);M]。

2.2. イネ黄萎病ファイトプラズマ(’Candidatu Thytoplasma oryzae')

 日本及び東南アジアのイネ科植物(イネ、sugarcane,.Bemuda grass, brachiaria grass)に発生するイネ黄萎病ファイトプラズマ(rice yellow dwarf, RYD)をはじめとする各種ファイトプラズマ(RYD-Japanese isolate(RYD-J)、RYD-Thailand isolate(RYD-Th), bermuda grass white leaf(BGWL-KK), brachiaria grass white leaf(BRAWL-KK), sugarcane white leaf(SCWL-Ud)、およびrice orange leaf(ROL))の16S rRNA遺伝子による系統解析を行った。RYD-Th, BRAWL-KK, BGWL-KKおよびROLに関しては、初めて16S rRNA遺伝子の全塩基配列を決定した。その結果、ROLはGroup Iであるが、RYD-Th, SCWL-Ud, BRAWL-KKおよびBGWL-KKは、Group VIIであった。特にRYD-JとRYD-ThはGroup VII他のファイトプラズマと異なるtaxonを形成すると判断されたことから、暫定種‘Candidatus Phytoplasma oryzae’を提唱した[(Mollicutes)NC;NA;0;NAS(Gen Bank ac.no.XXXXXX),oligonucleotide sequencc sof unique regions of the 16S rRNA gene5'-ArGCAAGTCGAACGGAAAT-3'and5'-TGATAACCTCCACTATATG-3',P(0ryzae,phloem);M]。

2.3. ナツメてんぐ巣病ファイトプラズマ(‘Candidatus Phytoplasma zizyphi’)

 ナツメてんぐ巣病ファイトプラズマ(jujube witches'broom, JWB)の日本産4分離株、韓国産1分離株について、16S rRNA遺伝子の全塩基配列を決定し系統解析を行った結果、各分離株は非常に相同性が高く、Group VIIIに分類され、EY-subgroupと同一のクラスター上に存在したが、明らかにJWBのみの独立したtaxonを形成した。このことから、暫定種‘Candidatus Phytoplasma zizyphi’を提唱した[(Mollicutes)NC;NA;O;NAS(GenBank ac.no. XXXXX),oligonucleotide sequences of unique regions of the 16S rRNA gcne 5'AAGACTGGATAGGAAATAA-3' and 5'-AATCCGGACTAAG ACTGTC-3', P(Zizyphus, phloem);Ml]

3. 16S/23S rDNAのInternal transcribed spacer(ITS)領域を用いた系統分類

 16S rRNA遺伝子は高度に保存されているため、ファイトプラズマの種内の進化距離がわずかで、系統関係を知ることは難しい。ITS領域は、16S および23SのrRNA遺伝子の間に位置する非コード領域で、進化上の制約がrRNA遺伝子などのコード領域に比べ、より少ないと考えられ、種内の系統関係を知るのに有効であると考えられる。そこで、本研究で用いたファイトプラズマ30分離株について、ITS領域をPCR増幅し、塩基配列を決定して系統解析を行った。その結果、同一種内の、発生地、宿主、媒介昆虫等の異なる極めて近縁なファイトプラズマの系統関係を明らかにすることが出来たことから、種内の系統分類に有効であることが確認された。また、ITS領域はGroup特異的であることから、解析の容易な塩基数250bp程度の短いITS領域を用いることで、Groupの簡易同定に有効である。ITS領域にはtRNA遺伝子があり、その配置を比較したところ、ファイトプラズマの属するAnaeroplasma groupは動物マイコプラズマよりもBacillus属により近縁であることを示唆した。

4. 種の分類基準

 本研究結果から、ファイトプラズマの種の分類基準について、次のように結論された。すなわち、16S rDNA塩基配列の相同性が97%以下の場合は、別種としてよいと考えられる。それ以上の場合は、(1)媒介昆虫が異なる、(2)植物宿主が異なる、あるいは明らかに病徴が異なる、(3)分子生物学的手法により、違いを明らかにすることが可能である場合に、別種とすることができる。また、既に暫定種の登録されている例を考慮すると、16SrDNAの相同性が98.5%以上の場合は、系統樹上の進化距離とブートストラップ値を考慮し、明らかに独立したクラスターを構成している場合は、別種としてよいと考えられる。

 以上を要するに、本研究ではアジア地域に発生するファイトプラズマの16SrRNA遺伝子の構造を決定し、データベース上で入手可能な全てのファイトプラズマの16S rRNA遺伝子とともに分子系統解析を行い、ファイトプラズマの分類体系を確立し、種の分類基準を提案した。その結果、Phytoplasma 属は8つのGroup、28の「暫定種」に相当するsubgroupに分類した。この分類体系に基づいて、本研究で解析したファイトプラズマの一部について、近縁なsubgroupとの比較を詳細に行い、「暫定種」に分類されるべきものであることを明らかにし、提唱した。また、16S/23S ITS領域は、種内の系統関係やPhytoplama属の系統学的位置を解析する上で有効であることを明らかにした。本研究により、ファイトプラズマの分子遺伝学的研究を行うための基盤的な知見を得ることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

 ファイトプラズマは農業上重要な植物病原細菌であり、主にヨコバイにより伝搬され、感染した植物に萎縮・黄化・叢生などの症状を引き起こす。培養が不可能なことから、その分類学的研究は困難であったが、近年、16S rRNA遺伝子の解析が可能となった結果、ようやくその分類学的位置が明らかになりつつある。1994年の国際細菌分類委員会において、ファイトプラズマの分類は16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づき系統解析により行い、暫定種を設定することが決定された。

 本研究は「種」の概念の導入をふまえ、ファイトプラズマの16S rRNA遺伝子および16S/23S ITS領域の塩基配列をもとに、分子系統学的解析を行い、ファイトプラズマの系統関係を明らかにし、分類体系を確立することを目的として行った。

 国内およびアジア諸国より蒐集したファイトプラズマ40分離株の16S rRNA遺伝子を解析するとともに、データベース上に登録された世界中の108分離株のファイトプラズマの16S rRNA遺伝子の塩基配列データを加え、CLASTAL Wを用いて近隣結合法により分子系統樹を作成した。系統樹の信頼性は、100サンプルのブートストラップ解析により評価した。ファイトプラズマを8つの16S-group(1-VIII)に、さらにその中を「種」に該当する分類群であることを基準として合計29のsubgroupに分類した。

 アジサイ葉化病(JHP)に感染したアジサイから、ファイトプラズマを検出した。増幅された16S rRNA遺伝子の塩基配列を用いた分子系統解析の結果JHPは、海外に発生するアジサイのフデイトプラズマとは全く異なり、16S-group I の新たなsubgroupを構成することが明らかになった。そこで、JHPに対し暫定種‘Candidatus Phytoplasma japonicum’を提唱した。

 日本及び東南アジアのイネ科植物(イネ、サトウキビ、ギョウギシバ、brachiaria grass)に発生する各種ファイトプラズマの16S rRNA遺伝子による系統解析を行った。その結果、rice orange leaf(ROL)ファイトプラズマは16S-group Iであるが、他はいずれも16S-group VIIに分類された。特にイネ萎黄病(RYD)ファイトプラズマの2分離株は、16S-group VIIの他のファイトプラズマと異なる分類群を形成すると判断されたことから、暫定種で‘Candidatus Phytoplasma oryzae’を提唱した。

 ナツメてんぐ巣病(JWB)ファイトプラズマの5分離株について、16S rRNA遺伝子による系統解析を行った結果、各分離株は非常に相同性が高く、16S-groupVIIIに独立したクラスターを形成した。このことから、暫定種‘Candidatus Phytoplasma zizyphi’を提唱した。

 ITS領域は、16Sおよび23SのrRNA遺伝子の間に位置する非コード領域で、進化上の制約がrRNA遺伝子などのコード領域に比べ、より少ないと考えられ、種内の系統関係を知るのに有効であると考えられた。そこで、ファイトプラズマ27分離株について、ITS領域の塩基配列を決定して系統解析を行った。その結果、同一種内の、媒介昆虫特異性の異なる極めて近縁なファイトプラズマの系統間差を明らかにすることができた。また、ファイトプラズマのITS領域にはtRNA遺伝子があり、その配置は動物マイコプラズマよりもBacillus属細菌に類似していた。

 以上の知見をもとに、ファイトプラズマの種の分類基準について、次のように考察した。すなわち、あるファイトプラズマ分離株からなる分類群が、16S rDNA塩基配列において他のファイトプラズマとの相同性が97%以下である場合には「種」と認めてよい。また、その基準にわずかに達しない分類群であっても、媒介昆虫や植物宿主あるいは病徴が大きく異なるなどの条件を満たす場合には、「種」として認めてよい。なお、この場合には、分子生物学的手法により、異なることが明瞭に示されることが望ましい。

 以上の結果をもとに、本研究ではアジア地域に発生するファイトプラズマの16S rRNA遺伝子の構造を決定し、データベース上で入手可能な全てのファイトプラズマの16S rRNA遺伝子とともに分子系統解析を行い、ファイトプラズマの分類体系を確立し、種の分類基準を提案した。この分類体系に基づいて、本研究で解析したファイトプラズマの一部について、「暫定種」の提案を行った。また、16S/23S ITS領域は、ファイトプラズマの種内における系統間差を解析する上で有効であることを明らかにした。

 以上を要するに、本研究ではファイトプラズマの分類体系を確立し、その分類学的研究を行うための基盤的な知見を明らかにし、適用の可能性を論じたものであり、学術上・実用上寄与するところが極めて大きいものと判断される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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