学位論文要旨



No 116179
著者(漢字) 山田,美加
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ミカ
標題(和) ダイズアレルゲンタンパク質Gly m Bd 30K遺伝子の構造と発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 116179
報告番号 甲16179
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2209号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高野,哲夫
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 吉田,薫
内容要旨 要旨を表示する

 現代人の3人に1人が何らかの物質に対するアレルギーを持っているといわれ、特に食べ物によって引き起こされるアレルギー反応のことを食物アレルギーと呼んでいる。アレルギー患者の血液中にはアレルゲンと結合するIgE抗体が多く含まれている傾向が認められており、アレルゲン物質が体内に侵入すると呼吸困難などを引き起こす原因となる。従って食物アレルギー患者にとって食品素材中のアレルゲンの分布や食品素材間の免疫交差性に関する情報が求められ、様々なアレルゲンが単離されるようになった。

 ダイズは日本の伝統的加工食品の素材であり重要なタンパク質源であるとともに、卵、牛乳、肉のようなアレルゲン食品の一つとして知られている。その中でも約65%以上の患者の血清が認識するタンパク質が主要なアレルゲンタンパク質であると同定され、小川らによってGly m Bd 30Kと命名されている。Gly m Bd 30Kは細胞内では液胞に局在し、oil-bodyと親和性を持つ。パパインスーパーファミリーに属するチオールプロテアーゼの一種であり(ただし活性は持たない)、同じファミリーに属するダニアレルゲンタンパク質(DerI)と30%の相同性が認められている。このように他のアレルゲンタンパク質と相同性が認められる例は珍しいことではなく、由来する植物が分類学的に近くない場合においても、アレルゲン分子の免疫交差性が認められている。一方でこれら免疫交差性アレルゲンが実は植物の制御に関与しているタンパク質群であることが報告されるようになり植物由来アレルゲン間にある共通点として注目されている。実際、Gly m Bd 30Kタンパク質はダイズの病原菌感染時において、病原菌から発せられるエリシター(syringolide)に対して結合する性質を持つことが報告されている。しかしGly m Bd 30KはPR(pathogenesisrelated)タンパク質ではないことから、耐病性機能において二次的な働きを持つと考えられている。

1.Gly m Bd 30K遺伝子の構造解析

Gly m Bd 30KのcDNAをプローブとして、ダイズ・ゲノミックライブラリーのスクリーニングを行い、12個のポジティブなクローンが得られた。2つのクローンB7とB9についてシークエンス解析を行い、クローンB7では6328bp、クローンB9では4997bpの塩基配列を決定した。cDNAの塩基配列との比較から、B7、B9は同じ位置に3つのイントロンを持ち、プロモーター領域としてB7は4646bp、B9は3420bpの塩基配列を含んでいた。クローンB7のタンパク質コード領域はGly m Bd 30KのcDNAと99%相同性があるこからfunctional遺伝子であると考えられた。それに対してクローンB9のタンパク質コード領域の塩基配列はB7と約90%の相同性を持つが、多くの終始コドンが含まれていたことから偽遺伝子であることを確認した。この結果はゲノムサザンハイブリダイゼーションによって予想されるコピー数と一致していた。またGly m Bd 30Kの転写開始点はATGよりも40塩基上流にあることが5'-RACE法により確認できた。

2.Gly m Bd 30Kプロモーター領域の解析

B7とB9のプロモーター領域の塩基配列を比較すると約60%の相同性があることから、共通の調節機能の存在が推察された。ノーザンハイブリダイゼーションによりGly m Bd 30Kの器官特異性について解析した結果、Gly m Bd 30Kは種子において特異的に発現する性質を持つことが確認された。プロモーター領域の塩基配列を詳細に解析すると、B7のプロモーター領域には種子特異的発現に関わると報告されているエレメントが数多く含まれることが判明した。Gly m Bd 30Kのプロモーター機能についてさらに詳細に検討するために、B7のATGより上流約1500塩基のプロモーター領域をGUSレポーター遺伝子と連結してシロイヌナズナに形質転換し、異なる器官におけるGly m Bd 30Kプロモーターの発現制御機能について解析した。GUS遺伝子はダイズと同様登熟種子に最も強く発現しており、登熟が進むに従って発現は少なくなった。しかし、発芽種子でもGUSの発現は明らかに観察され、発芽の進行とともに消失した。栄養成長期、花芽形成期ではどの器官においてもGUS発現は検出されなかった。

3.Gly m Bd 30K遺伝子のエリシター応答性

Gly m Bd 30Kがsyringolide結合性を示すことから、ダイズの耐病性機構において何らかの働きを持つと考えられたので、病原菌感染時に植物体内で誘導、発現されるといわれる植物ホルモン等を処理し、ダイズの葉、タバコ懸濁培養細胞における発現、応答性について検討を行った。ダイズの葉をsyringolide、サリチル酸、アブシジン酸、ジャスモン酸で6、12時間処理し、RT-PCR法によりmRNAの発現量の検出を行った。水処理区では品種:Halosoy(抵抗性Rpg4/Rpg4)では発現が弱く、品種:Merit(罹病性rpg4/rpg4)では処理後6時間において強い発現が得られた。Syringolide処理区では、処理後24時間でHalosoyとMeritで共に発現量が増加しており、またMeritの方がより早く増加していることが確認できた。サリチル酸処理区では、処理後24時間において両品種で同じ増加傾向を示した。アブシジン酸処理区では両品種で共に発現は認められるものの、処理による増加はみられなかった(Fig.)。ジャスモン酸処理区ではHalosoyでは発現量に変化はなかったが、Meritにおいてやや増加傾向を示した。以上のことから、Gly m Bd 30Kの葉における発現はsyringolideとサリチル酸に応答性を示した。また、品種間差があることが確認できた。長さの異なるプロモーター領域をGUS遺伝子に連結しパーティクルガンでタバコ懸濁培養細胞に導入した後に、syringolide、サリチル酸、アブシジン酸、ジャスモン酸で処理し、一過的に誘導されるGUS活性について比較した。その結果、最も短い500塩基のプロモーターにおいてもGUS活性が誘導されており、この部分にプロモーター活性を持つ部位があることがわかった。また偽遺伝子の1500塩基のプロモーターにおいてもGUS活性が観察されるのでB9もかつて機能を持っていたことが推察された。また最も長い領域と、500塩基のプロモーター領域では、GUS誘導に大きな差がないことから、耐病性のシグナル伝達おいて、感染直後にすばやい応答性を示し、その後の抵抗性誘導を促しているのではないかと考えられた。Gly m Bd 30Kプロモーター領域ATGより上流1500塩基を導入した形質転換体シロイヌナズナの葉を用いてsyringolide、サリチル酸、アブシジン酸、ジャスモン酸処理した結果、個体間差はあるもののGUS活性がそれぞれの区で誘導されていることが確認できた。

4.ダイズおよびアズキの形質転換

ダイズの形質転換を目的とし、発芽種子を用いてアグロバクテリウム・インジェクション法を行った。導入したプラスミドの特異的領域をPCRで確認はできたものの、バンドが検出できた個体の後代では安定したGUS発現が見られなかったことから、幼根と幼芽の間にある未分化組織へのアグロバクテリウム感染には、キメラ個体が生じる率が高いと考えられた。ダイズの未熟子葉由来の体細胞胚にパーティクルガン処理し形質転換する方法においては2つのプラスミドを用いてのコトランスフォーメーションを行い、PCRの結果から、カナマイシン、Gly m Bd 30Kコード領域を含むpBI121はバンドとして確認できなかったが、ハイグロマイシンコード領域を含むpCHはバンドとして確認できた。しかし得られた再分化個体において選抜過程でのエスケープ率が高いことが、今後の選抜において課題として残った。アズキの胚軸にアグロバクテリウム感染させることにより、形質転換を試みた結果、高いシュート形成率は得られたものの、発根培地上で発根できた個体数は少なかった。これら形質転換法を取り入れ、アレルゲンタンパク質を遺伝学的に低減化せさせることは可能であると考えられるが、発現を抑制させるためのジーンサイレンシングにはメカニズムについて不明な点か多く残されており、今後さらなる改良が必要であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 ダイズは、アレルゲン食品の一つであり、ダイズ種子で同定されている多くのアレルゲンタンパク質の中で、65%以上の患者の血清が認識する最も重要なアレルゲンタンパク質がGly m Bd 30Kである。しかし、Gly m Bd 30Kの植物体内における発現及び機能については明らかにされていない。そこで本論文ではアレルゲンタンパク質Gly m Bd 30Kの遺伝子の構造と発現に関する解析を行った。

 1章の緒論では、研究の背景、意義と目的について述べている。

 2章ではGly m Bd 30K遺伝子のクローニングと発現解析を行った。Gly m Bd 30KのcDNAをプローブとして、ダイズ・ゲノミックライブラリーのスクリーニングを行い、2クローン(B7、B9)の全塩基配列を決定した。クローンB7、B9は同じ位置に3つの異なる長さのイントロンを持っていた。解析の結果、クローンB7はfunctional遺伝子で、クローンB9のタンパク質コード領域には多くの終止コドンが含まれていたことから偽遺伝子であることを確認した。またGly m Bd 30Kの転写開始点はATGよりも39塩基上流にあることが5'-RACE法により確認できた。Gly m Bd 30K遺伝子発現の器官特異性について解析した結果、Gly m Bd 30Kは種子において特異的に発現する性質を持つことが確認された。

 3章ではGly m Bd 30K遺伝子のプロモーター領域の解析を行った。クローンB7のATGより上流約1500塩基のプロモーター領域をGUS遺伝子と連結してシロイヌナズナに形質転換した。GUS遺伝子はダイズと同様登熟種子で最も強く発現しており、莢では登熟が進むに従って発現は少なくなった。発芽種子でもGUS遺伝子の発現は明らかに観察され、発芽の進行とともに消失した。栄養成長期、花芽形成期ではどの器官においてもGUS発現は検出されなかった。ダイズ同様、形質転換体シロイヌナズナにおいてGly m Bd 30Kプロモーターによる十分な器官特異的GUS発現を検出することができたことから、ATGより約1500塩基上流領域内に種子における発現を制御している部位が存在していることが示唆された。

 4章ではGly m Bd 30Kのエリシター応答性について解析した。syringolide処理区のダイズ葉では、抵抗性品種と非抵抗性品種で共に発現量が増加していることが確認できた。サリチル酸処理区では、両品種で同じ増加傾向を示し、アブシジン酸処理区では両品種で共に若干の増加が見られた。したがってGly m Bd 30Kは抵抗性機構の初期のシグナル伝達に関わる可能性が示唆された。また、クローンB7のプロモーター領域をGUS遺伝子に連結し、タバコ懸濁培養細胞に導入し一過的に誘導されるGUS活性について比較した。その結果、500塩基から4646塩基の領域内にsyringolide応答性シスエレメントが含まれているこが推測された。またプロモーター内に含まれるサリチル酸、ジャスモン酸応答性エレメントの機能が示唆された。

 5章ではダイズの形質転換手法の検討を行った。遺伝子工学的手法を用いて遺伝子発現を抑制することにより、Gly m Bd 30Kを低減化させることが効果的であると考えられるが、ダイズでは未だ効率の高い形質転換方法が確立されていないことから、3種類の形質転換方法について検討を行った第1に、アグロバクテリウム・インジェクション法を行った。導入したプラスミドの特異的領域をPCRで確認はできたものの、バンドが検出できた個体の後代では安定したGUS発現が見られなかったことから、キメラ個体が生じる率が高いと考えられた。第2に、アズキにもGly m Bd 30Kタンパク質が多く含まれていることから、アズキの胚軸にアグロバクテリウムを感染させ、形質転換体を再分化させる方法を試みた。高いシュート形成率が示され発根培地上で発根できた個体数は少なかったが、形質転換体が得られた。第3に、ダイズの未熟子葉由来の体細胞胚にパーティクルガンで遺伝子導入を行った。PCRの結果から、Gly m Bd 30Kコード領域の遺伝子導入は確認できなかったが、ハイグロマイシン抵抗性遺伝子の導入は確認できた。

 以上本論文は、ダイズの最も重要なアレルゲンタンパク質であるGly m Bd 30K遺伝子の構造と発現特性について明らかにするとともに、ダイズ形質転換方法に関する詳細な検討を行ったものであり、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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