学位論文要旨



No 116180
著者(漢字)
著者(英字) Ali,Akbar Maghsoudi Moud
著者(カナ) アリ,アクバル マグスーディ ムード
標題(和) コムギの耐旱性に関する形態学的・生理学的研究
標題(洋) Morphological and Physiological Studies on Drought Tolerance in Wheat : Triticum aestivum L.
報告番号 116180
報告番号 甲16180
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2210号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山岸,徹
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 森田,茂紀
内容要旨 要旨を表示する

 世界のコムギ栽培地帯のうち,乾燥地域では水ストレスが収量の重要な制限要因となっている.そのような地域では,耐旱性品種の選択が収量向上のうえで重要である.耐旱性に関してはそれにかかわる多くの形質が提唱されており,耐旱性の品種間差とそれぞれの形質との関係について多くの研究がなされている.しかし,関与する形質は生態的形質,生理的形質から形態的形質まで多岐にわたり,ある耐旱性品種において耐旱性に関わるそれらの形質がどのように関与しているのか総合的に調べた研究はあまりない.本研究ではコムギの耐旱性について,品種間差のもたらされる機構を既に提唱されている幾つかの形質に関し検討したものである.第1章では,乾燥条件下における生育特性を,草型,初期成長の面から検討した.第2章では,生育特性,水利用に関して根系の発達過程との関係から検討した.第3章では水利用効率の品種間差をガス交換特性の面から検討した.第4章では,膨圧の維持に重要と考えられている浸透調節機構の検定法として花粉を用いた簡易検定法について検討した.

1.半乾燥圃場条件に生育したコムギの乾物生産特性ならびに生理学的特性の品種間差

 圃場において雨除栽培した耐旱性,草型の異なるコムギ4品種について,灌水区と無灌水区を設け,土壌含水量,葉面積指数(LAI),乾物生産,収量,光合成,気孔数を調査した.両区の土壌水分含量の差は,深さ40cm以下では見られなかったが,乾物生産特性には大きな差があった.収量は両区とも耐旱性の強いAlvandが最も高かった.耐旱性の弱いアサカゼコムギは,灌水区での収量は比較的高かったが無灌水区では最も低くなった.灌水区の収穫指数(HI)は耐旱性の高いとされるAlvand,BR9で低く,耐旱性の弱いアサカゼコムギ,BR10で高かった.しかし無灌水区のHIはAlvand,BR9では増加したが,アサカゼコムギ,BR10では変化しなかった.一方,Alvand,BR9はアサカゼコムギ,BR10に比べ草丈が高く,草型も耐旱性に関与していることが示唆された.耐旱性と関係すると考えられている初期成長の速さは,種子の大きいBR10で速かったが,耐旱性との関係は認められなかった.

2.乾燥条件下における,生育にともなう根系分布の変化と吸水量の品種間差

 第1節では,耐旱性の異なるアサカゼコムギ,BR9,BR10を用い,深さ100cmのポットで栽培し,土層別吸水特性,根系の分布,地上部,地下部生育量を調査した.初期生育は,アサカゼコムギが大きかったがその後差は次第に小さくなったことが観察された.発芽時から調査を終了した開花直後までの期間における水分吸収量には,品種間差は認められなかった.しかし,生育時期別に見ると,発芽から節間伸長期までの吸水量はアサカゼコムギが1番多かったが,節間伸長期以降はBR9の吸水量が1番多くなった.またアサカゼコムギでは,ポット上部からの吸水量が3品種の中で最も多かったのに対し,ポット下部からの吸水量はBR9が最も多かった.開花直後における根の分布は,アサカゼコムギでは比較的上層に根が分布していたのに対し,BR9では下層での根の分布が比較的多かった.以上より,利用可能な土壌水分が限られているとき,初期に生育旺盛な品種は必ずしもその生育を後半まで維持できないことが示唆された.また,土層上部の水利用に関しては大きな品種間差は認められないが,下層においては品種間差が認められること,上層における吸水量には根圏密度の影響は比較的小さいが,下層における吸水量には根圏密度が影響していることが示された.

 第2節では,前節で大きな違いが見られたアサカゼコムギとBR9を用い,吸水特性,根系分布,地上部,地下部生育量を経時的に調査した.両品種とも地下部/地上部比(RT比)は乾燥条件で大きくなった.対照区における根長密度は土壌表層ではアサカゼコムギが高く下層ではBR9が高かった.乾燥区における根長密度は発芽後110日まではアサカゼコムギの方が高かったが,収穫期にはBR9の方が高かった,これは110日から収穫期にかけて,アサカゼコムギでは根長が増えなかったのに対し,BR9では2倍近く増えたことによった.特に30cm以下の土層での増加が多かった.この期間における根長の増加の違いは,対照区においても認められ,遺伝的に決まっているものと考えられた.吸水量は,発芽後から55日までには品種間差は認められなかった.しかしその後,BR9の吸水量はアサカゼコムギより多くなった.乾物生産量には110日までは品種間差が認められなかったが収穫期には対照区,乾燥処理区ともにBR9の方が乾物生産量が高かった.収量については対照区ではアサカゼコムギの方が高く乾燥処理区ではBR9の方が高かった.これは登熟期間における吸水量がBR9の方が多く,また水利用効率も乾燥処理区でBR9の方が高いことによった.

 以上のように,土壊下層における根圏の発達の程度は吸水量に影響すること,しかも品種による根圏の発達の違いは時期によって異なっていた.

3.灌水条件と乾燥条件における光合成特性と葉の蒸散効率の品種間差

 コムギ6品種を用い,乾燥条件下における光合成特性を比較した.BR10では乾燥による光合成の低下が著しかったが,この品種で気孔コンダクタンス(g)の低下が極めて大きく,カルボキシレーションエフィシェンシー(CE)の低下も大きかったことによる.それに対しアサカゼコムギ,Sardaryは光合成の低下が最も小さかったが,両品種でCEの低下が小さかったことに帰因していた.乾燥条件下,光合成速度にはBR10を除き品種間差が認められなかったが光合成蒸散比(iWUE)には品種間差が認められた.iWUEはAlvandが,最も高かった.Alvandは乾燥処理前においても最も高いiWUEを示していた.これはこの品種のgが乾燥処理後のBR9を除き最も小さいこと,逆にCEが最も高いことによった.

4.ポリエチレングリコール溶液中での気孔の体積変化に基づく浸透調節能力検定法の再検討

 耐乾性のメカニズムの一つと考えられている浸透調節機能の推定法として近年提唱されたMorganの方法の再評価を行った.すなわち,カリウムを添加したポリエチレングリコール(PEG)溶液中に花粉を沈め,その際の花粉の体積変化が小さい系統が浸透調整能力が高いとする方法である.まず,植物に水ストレスを与え,その際の水ポテンシャルおよび浸透ポテンシャルの変化から,各品種の浸透調整能力を評価した.次に,花粉を50%PEG溶液に浸したときと30%PEG溶液に浸したときの花粉の投影面積の比を求めた.浸透調整能力が小さかった,アサカゼコムギ,SardaryおよびBR10では投影面積の比は1以下であったのに対し,浸透調整能力の大きかったBR9,SabalanおよびAlvandでは1より大きかった.この結果より,浸透調整能力の簡易検定法として,PEG溶液に浸したさいの花粉投影面積の変化が用いられることが再確認された.

 以上のように,コムギにおいて耐旱性の品種間差は幾つかの生理的機能,形態的要因に基づくこと,それらの発現は,生育ステージによって異なっており,また同じ生理的反応を示していても異なる要因によって影響される場合があることが明かとなった.このことは,耐旱性品種のscreeningはある一つの形質をある特定のステージだけに着目して行えるものでないことを示唆していた.また幾つかの耐旱性形質を集めることによって,さらに耐旱性の優れた品種を育成することができる可能性が示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はコムギの耐旱性について,品種間差のもたらされる機構を,生態的形質,生理的形質,形態的形質の面から多面的に明らかにしようとしたものである.

1.半乾燥圃場条件に生育したコムギの乾物生産特性ならびに生理学的特性の品種間差

 圃場において雨除栽培した耐旱性,草型の異なるコムギ4品種を灌水区と無灌水区で栽培したところ,乾物生産特性に大きな品種間差があった.収量は両区とも耐旱性の強いAlvandが最も高かった.耐旱性の弱いアサカゼコムギは,灌水区での収量は比較的高かったが無灌水区では最も低くなった.灌水区の収穫指数(HI)は耐旱性の高いとされるAlvand,BR9で低く,耐旱性の弱いアサカゼコムギ,BR10で高かった.しかし無灌水区のHIはAlvand,BR9では増加したが,アサカゼコムギ,BR10では変化しなかった.一方,Alvand,BR9はアサカゼコムギ,BR10に比べ草丈が高く,草型も耐旱性に関与していることが示唆された.耐旱性と関係すると考えられている初期成長の速さは,種子の大きいBR10で速かったが,耐旱性との関係は認められなかった.

2.乾燥条件下における,生育にともなう根系分布の変化と吸水量の品種間差

 第1節 耐旱性の異なるアサカゼコムギ,BR9,BR10を用い,深さ100cmのポットで栽培したところ,アサカゼコムギは初期生育が旺盛であり,初期には土壌上部からの吸水量が多かった.これに対しBR9ではポット下部からの吸水量が生育後期においてアサカゼコムギに較べ多かった.

 第2節 前節で大きな違いが見られたアサカゼコムギとBR9を用い,吸水特性,根系分布,地上部,地下部生育量を経時的に調査した.乾燥区における根長密度は発芽後110日まではアサカゼコムギの方が高かったが,収穫期にはBR9の方が高かった.これは110日から収穫期にかけて,アサカゼコムギでは根長が増えなかったのに対し,BR9では2倍近く増えたことによった.特に50cm以下の土層での増加が多かったことによった.この期間における根長の増加の違いは,対照区においても認められ,遺伝的に決まっているものと考えられた.吸水量は,発芽後から55日までには品種間差は認められなかった.しかしその後,BR9の吸水量はアサカゼコムギより多くなった,乾物生産量には110日までは品種間差が認められなかったが収穫期には対照区,乾燥処理区ともにBR9の方が乾物生産量が高かった.収量については対照区ではアサカゼコムギの方が高く乾燥処理区ではBR9の方が高かった.これは登熟期間における吸水量がBR9の方が多く,また水利用効率も乾燥処理区でBR9の方が高いことによった.

 以上のように,土壌下層における根圏の発達の程度は吸水量に影響すること,しかも品種による根圏の発達の違いは時期によって異なっていることが明かとなった.

3.灌水条件と乾燥条件における光合成特性と葉の蒸散効率の品種間差

 コムギ6品種を用い,乾燥条件下における光合成特性を比較した.乾燥条件下,光合成速度にはBR10を除き品種間差が認められなかったが光合成蒸散比(iWUE)には品種間差が認められた.iWUEはAlvandが,最も高かった.Alvandは乾燥処理前においても最も高いiWUEを示していた.これはこの品種の気孔伝導度が乾燥処理後のBR9を除き最も小さいこと,逆にカルボキシエフィシェンシーが最も高いことによった.

4.ポリエチレングリコール溶液中での気孔の体積変化に基づく浸透調節能力検定法の再検討

 耐旱性のメカニズムの一つと考えられている浸透調節機能の推定法として近年提唱されたMorganの方法の再評価を行った,まず,各品種の浸透調整能力を評価した.次に,Morganの方法により花粉を50%PEG溶液に浸したときと30%PEG溶液に浸したときの花粉の投影面積の比を求めた.浸透調整能力が小さかった,アサカゼコムギ,SardaryおよびBR10では投影面積の比は1以下であったのに対し,浸透調整能力の大きかったBR9,SabalanおよびAlvandでは1より大きかった.この結果より,浸透調整能力の簡易検定法として,PEG溶液に浸したさいの花粉投影面積の変化が用いられることが再確認された.

 以上,本研究は,コムギの耐旱性品種についてその機構を,生態的・生理学的・形態学的特性から明らかにしたものである.これらの知見は耐旱性品種の育成に有益な情報を与えたものであって,学術上,応用上貢献するところが大きい.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク