学位論文要旨



No 116181
著者(漢字)
著者(英字) Md,Quamrul Islam
著者(カナ) モハメッド,カムルール,イスラム
標題(和) アフリカイネ(Oryza glaberrima Steud)とアジアイネ(Oryza sativa L.)の種間雑種後代における乾物生産および生理学的特性に関する研究
標題(洋) Studies on Dry Matter Production and Physiological Characteristics in the Interspecific Progenies of Oryzaglaberrima Steud and Oryza sativa L.
報告番号 116181
報告番号 甲16181
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2211号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 助教授 山岸,徹
 東京大学 助教授 山岸,順子
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、最近、西アフリカ稲開発協会(West Africa Rice Development Association,WARDA)で開発されたアフリカイネ(Oryza Glaberrima Steud)とアジアイネ(Oryza sativa L.)との種間雑種後代の乾物生産と、それに関係するいくつかの生理学的特徴を調べたものである。この種間雑種植物は、アフリカイネ品種CG-14と、アジアイネ品種WAB56-104を両親として作られたものである。この種間雑種後代植物は、アフリカイネが有する各種の不良環境耐性と、アジアイネが有する多収性とが結合されていることが期待されているが、その実体は、まだほとんど調べられていない。特に、亜熱帯地域から温帯地域での研究例は皆無である。このイネは、畑栽培を目的に開発されたものであるため、本研究では主に灌漑畑栽培条件下で実験を行った。

I.光合成と乾物生産における特徴

1.アフリカイネ親であるCG-14は、アジアイネ親のWAB56-104に比べ、極めて高い葉面積拡大能力を示した。同時に、CG-14は高い比葉面積(SLA)を示し、アフリカイネは、薄い葉を大きく拡大させる性質を有していることが判った。種間雑種後代植物は、この点に関しアフリカイネとアジアイネの中間的な傾向を示した。

2.単位葉面積当たり光合成速度(LPS)は、CG14で最も低く、WAB56-104で最も高かった。種間雑種後代は両者の中間の値を示した。こうした傾向は、葉のSLAの傾向と一致していた。すなわち、CG14ではSLAが大きいが故に、単位葉面積当たり窒素やクロロフィル含量が低くなっており、さらにそのたために単位葉面積当たり光合成速度が低くなっていると考えられた。

3.種間雑種後代は、葉身の傾斜角度においてもWAB56-104に近かった。すなわち、LPSのみでなく受光態勢においても、アジアイネの良い性質が導入されていることが示唆され、潜在的収量レベルにおいて種間雑種後代はWAB56-104に近い収量を示す可能性が示された。

II.窒素施肥に対する生長と子実収量の反応

 CG14と2種の種間雑種後代(WAB-P19,WAB-P18)は、いかなるNレベルでも大きな窒素吸収力を示した。したがって、体内の窒素濃度は高かったが、そのことがかならずしも子実収量に反映されてはいなかった。一方、アジアイネ親のWAB56-104と2種の種間雑種後代(WAB-DR1,WAB-DR2)は、窒素に対する反応性が大きく、効率良く子実収量の増加に結びついていた。このことは、生長や子実収量の窒素施肥に対する反応には種間雑種後代の中に、アフリカイネに近い性質を有するものから、アジアイネに近い性質を有するものまであり、栽培目的あるいは栽培条件によって使い分ける必要が示唆された。

III.雑草に対する競争性

1.すべての品種、雑種後代系統を通じて子実収量と雑草量との間に-0.80**の相関があり、イネの畑栽培において、雑草量は大きく子実収量を減少させることが示された。そこで、除草を行わないことによる植物体乾物重や子実収量の減少程度を、アフリカイネとアジアイネで比べてみたところ、CG14の子実収量は30%の減少にとどまったが、WAB56-104においては50%も減少していた。その結果、無除草区では、CG14の植物体乾物重はWAB56-104に対して2倍あり、子実収量では1.3倍という値を示した。これらのことは、アフリカイネが、その乾物生産能力、子実生産能力においても雑草に対して高い競争力を有していることを示しているものと考えられた。

2.雑草量は、イネの草丈、分げつ数、LAIなどによって影響を受けていたが、LAIとは最も高い負の相関(r=-0.81**)を示した。すなわち、アフリカイネの高い葉面積拡大能力が雑草抑制に大きく効いていると考えられた。種間雑種後代はCG14とWAB56-104の中間にあり、アジアイネより強い雑草競争力を持っていた。

IV.土壌水分ストレス下での水利用効率

1.制限された土壌水分条件下で生育した植物体の水利用効率は、CG14が最も高く、WAB56-104が最も低かった。種間雑種後代は両者の中間にあった。この傾向は、根の乾物重の傾向と一致していた。

2.土壌断面の水分布を、土壌の非破壊的方法によって経時的に測定することによって、根による水の吸収の様相を推定した。CG14は土壌の深い部分から水を吸収し、WAB56-104は比較的浅い部分から水を吸収していることが示された。このことは、CG14の根の乾物重が、WAB56-104よりも大きいことと関係し、CG14は根をよく発達させることによって土壌水分ストレス下でも高い生長と収量を維持していると推定された。種間雑種後代はCG14とWAB56-104の中間的傾向を示した。

3.葉の水ポテンシャルは、CG14がWAB56-104や種間雑種後代よりも低い値を示した。この理由としては、CG14の葉面積が大きいため、蒸散による水のロスが大きいことが考えられた。

4.したがって、アフリカイネのCG14は、葉での水分ロスを補償するために、水の吸収能力を発達させ、植物体内の水条件が悪い場合でも高い水利用効率を維持する体制能力を備えていると考えられた。

V.土壌水分ストレス下での生長と子実収量

土壌乾燥区の乾物収量は、アフリカイネ親のCG-14で最も大きく、アジアイネ親のWAB56-104では最も小さかった。供試した種間雑種後代4系統とも、CG-14とWAB56-104の中間に入っていた。対照区の乾物収量に対する土壌乾燥区の乾物収量の歩留まりはCG-14で最も高く(85%)、WAB56-104で最も低かった(69%)。そして種間雑種後代4系統は、ともにCG-14とWAB56-104の中間に入っていた(70〜82%)。これらのことから、乾物収量に関しては、アジアイネ親の耐旱性は低く、アフリカイネ親は高いこと、種間雑種後代はアジアイネ親よりも高い耐旱性を有することが示された。

1.一方、土壌乾燥区の子実収量はアフリカイネ親で低く、アジアイネ親で高かった。これは、アフリカイネ親の潜在収量が低いことに起因していると考えられた。しかし、種間雑種後代は、いずれもアフリカイネ親を凌駕していた。対照区の子実収量に対する土壌乾燥区の子実収量の歩留まりは43〜65%で、乾物収量よりも大きな減少を示した。しかし、この土壌乾燥による子実収量の減少程度については、アフリカイネ親とアジアイネ親で明確な差が認められなかった。

 以上より、アフリカイネは、土壌の乾燥に対して比較的強い耐性を有している上、雑草に対する競争力を持っていることが明らかにされた。この性質にアジアイネの有する多収性が結合されれば、除草剤などの使用を制限しながら、乾燥状態になることの多い畑状態でイネを生産して行ける可能性がある。今回WARDAで育成されたアフリカイネとアジアイネの種間雑種後代の中にはこうしたことが実現されているものがあることが判り、今後のアフリカでのイネ生産の改善に役立つと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、最近、西アフリカ稲開発協会(WARDA)で開発されたアジアイネ(Oryza sativa L.)とアフリカイネ(Oryza glaberrima Steud)との種間雑種後代の乾物生産と、それに関係するいくつかの生理学的特徴を調べたものである。このイネは、畑栽培を目的に開発されたものであるため、本研究では主に灌漑畑栽培条件下で実験を行った。

I.光合成と乾物生産における特徴

1.アフリカイネ親であるCG-14は、アジアイネ親のWAB56-104に比べ、極めて高い葉面積拡大能力を示した。同時に、CG-14は高い比葉面積(SLA)を示し、アフリカイネは、薄い葉を大きく拡大させる性質を有していることが判った。種間雑種後代植物は、この点に関しアフリカイネとアジアイネの中間的な傾向を示した。

2.単位葉面積当たり光合成速度は、CG14で最も低く、WAB56-104で最も高かった。種間雑種後代は両者の中間の値を示した。こうした傾向は、葉のSLAの傾向と一致していた。すなわち、CG14ではSLAが大きいが故に単位葉面積当たり窒素やクロロフィル含量が低くなっており、さらに、そのために単位葉面積当たり光合成速度が低くなっていると考えられた。

 種間雑種後代は、葉身の傾斜角度などもWAB56-104に近かった。このことから、潜在的収量レベルにおいて種間雑種後代はWAB56-104に近い多収性を有する可能性が示された。

II.生長と子実収量の窒素施肥に対する反応

 CG14と2種の種間雑種後代は、いかなるNレベルでも大きな窒素吸収力を示した。したがって、体内の窒素濃度は高かったが、そのことがかならずしも子実収量に反映されてはいなかった。一方、WAB56-104と2種の種間雑種後代は、窒素に対する反応性が大きく、高い効率で子実収量の増加に結びついていた。

III.雑草に対する競争性

1.無除草区でCG14はWAB56-104に対して乾物量で2倍、子実収量で1.3倍という値を示し、さらに、除草を行わないことによってCG14の子実収量は30%の減少にとどまったが、WAB56-104においては50%となっていた。

2.雑草量は、イネの草丈、分げつ数、LAIなどによって影響を受けていたが、LAIとは最も高い負の相関(r=-0.81**)を示した。すなわち、アフリカイネでは、その高い葉面積が雑草抑制に大きく効いていると考えられた。種間雑種後代はCG14とWAB56-104の中間にあり、アジアイネより強い雑草競争性を持っていた。

IV.土壌水分ストレス下での水利用効率

1.葉の水ポテンシャルは、CG14がWAB56-104や種間雑種後代よりも低い値を示した。この理由としては、CG14の葉面積が大きいため、蒸散による水のロスが大きいことが考えられた。

2.全植物体レベルでの水利用効率はCG14が最も高く、WAB56-104が最も低かった。種間雑種後代は両者の中間にあった。この傾向は、根の乾物重の傾向と一致していた。

3.土壌断面の水分布を、土壌の非破壊的方法によって経時的に測定することによって、根による水の吸収の様相を推定した。CG14は土壌の深い部分から水を吸収し、WAB56-104は比較的浅い部分から水を吸収していることが示された。このことは、CG14の根の乾物量がWAB56-104よりも大きいことと関係し、CG14は根をよく発達させることによって土壌水分ストレス下でも高い生長と収量を維持していると推定された。種間雑種後代はCG14とWAB56-104の中間的傾向を示した。

V.生長と子実収量の土壌乾燥に対する反応

1)土壌乾燥区の乾物収量は、対照区のそれに比べて25〜47%減少した。WAB56-104では最も大きく、CG-14では最も小さかった。2種の種間雑種後代、WAB450-P19とWAB450-P18は、減少程度が小さく、CG-14に近かった。

2)子実収量についても同様な傾向が見られ、土壌乾燥条件により、35〜57%の減少が見られた。この原因として最も大きかった要素は、1穂頴花数の減少であった。WAB450-P19とWAB450-P18では1穂頴花数の減少が小さかったが、これには土壌乾燥条件下でも比較的高い浸透ポテンシャルを維持していたことと関係していると考えられた。

 以上、本論文は、アフリカイネとアジアイネの種間雑種後代の中に、雑草抑止力が強く、低窒素・畑状態で乾物収量がアジアイネを凌ぐものがあることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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