学位論文要旨



No 116190
著者(漢字) 穆,春生
著者(英字)
著者(カナ) ムー,シュンセイ
標題(和) イネ品種の穂形質に関する発育形態学的研究
標題(洋)
報告番号 116190
報告番号 甲16190
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2220号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山岸,順子
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 根本,圭介
内容要旨 要旨を表示する

 子実を生産対象とするイネでは、穂を形成する頴花の数は収量形成の重要な要因の一つである。したがって、穂とくに頴花の形成過程を明らかにすることは、従来から重要な問題と考えられてきた。また、近年、1穂穎花数が非常に多く、シンクサイズが著しく大きい品種が育成され、収量の増加が期待されている。しかしながら、穂形質に差異をもたらす要因に関する研究は充分とは言い難い。そこで本研究では、まず、主として日本型稲の穂形質の特徴を調べ、続いて、穂形質が異なる品種を用いて成育相転換期におけるshoot apical meristem(SAM)の大きさ・形態および細胞分裂活性に注目し、穂が分化形成される過程を発育形態学的に比較検討することにより、穂形質に差異をもたらす要因を明らかにすることを目的とした。まず第1章においては、日本型稲65系統における穂形質を調べ、日印交雑型稲、インド型稲の穂形質と比較し、日本型稲の穂形質の特徴を検討した。第2章では、特徴的な5品種を用いて、穂形質と成育相転換期におけるSAMの大きさとの関係について検討した。第3章では、幼穂分化直前に高施肥処理とジベレリン(GA3)投与処理を行い、処理による穂形質の変化と第1苞原基分化期におけるSAMの形態・大きさの変化との関係を検討した。最後に、第4章において、第1苞原基分化後期におけるSAMのhistone H4遺伝子の発現に関する品種間の比較を行い、SAMの細胞分裂活性と穂形質との関係について検討した。結果の概要は以下の通りである。

I.穂形質の多様性

 主成分分析の結果、日本型稲65系統の穂形質の変異は非常に大きく、供試したインド型稲(5系統)および日印交雑型稲(4系統)の変異は日本型稲の変異の範囲に含まれていた。また日本産の日本型稲は1穂頴花数の変異は大きいが、相対的な1次枝梗と2次枝梗の発達は中庸であった。供試したインド型稲は相対的に2次枝梗の発達がよく、1穂頴花数は中庸の範囲に分布した。日印交雑型稲は、アケノホシ1系統を除き、インド型稲の分布範囲にあった。

II.穂形質と成育相転換期におけるSAMの大きさとの関係

1.圃場栽培した5品種IR65564-44-51(NPT65)、アケノホシ、土橋1号、密陽23号、日本晴を供試し、穂形質の比較を行った。その結果、1穂分化穎花数はNPT65、アケノホシ、土橋1号、密陽23号、日本晴の順に多く、土橋1号と密陽23号の間には大きな差がなかった。1次枝梗分化数はNPT65、土橋1号、アケノホシ、密陽23号、日本晴の順に多く、密陽23号と日本晴の間には大きな差がなかった。1穂分化頴花数のうち、2次以上の枝梗の分化穎花数の割合はアケノホシ、NPT65、密陽23号で多く、土橋1号、日本晴で少なかった。

2.パラフィン切片法により、止葉原基分化期から第1苞原基分化後期までのSAMを顕微鏡観察した。その結果、SAMの直径、体積は、NPT65、土橋1号、アケノホシ、日本晴、密陽23号の順に大きかった。SAMの高さは、NPT65が他の4品種に比べて高く、他の4品種の間には大きな差がなかった。第1苞原基分化開始後におけるSAMの成長速度は品種によって違うことが認められ、例えば、アケノホシと日本晴を比較すると、止葉原基分化期のSAMの大きさはほぼ同様であるにもかかわらず、第1苞原基分化後期になると、アケノホシが日本晴よりも大きくなり、アケノホシのSAMが第1苞原基分化後期に入ると、急激に増大することが明らかとなった。

3.止葉原基分化期から第1苞原基分化初期までのSAMの直径、体積は、1次枝梗分化数との間に高い正の相関関係が認められたが、第1苞原基分化後期になると、関係が弱くなった。SAMの直径、体積と1穂分化穎花数との関係においては、一定の関係は認められなかったが、第1苞原基分化後期に入ると、5品種が2つのグループに分かれると考えられ、2次以上の枝梗の分化穎花数の割合が多い特徴を持つ品種(NPT65、アケノホシ、密陽23号)と、少ない品種(土橋1号と日本晴)で関係が異なることが認められた。

III-1.穂形質と第1苞原基分化期におけるSAMの形態・大きさに対する高施肥処理の影響

1.日本晴とアケノホシの2品種を用いて、幼穂分化直前に高施肥処理を行った結果、1次枝梗分化数の増加よりも、主として2次枝梗分化数および2次枝梗分化頴花数の増加を通して、1穂分化穎花数が増加した。

2.高施肥処理により、第1苞原基分化期におけるSAMの体積は、両品種とも、直径、高さ両方の増加を通して増加した。それは、個々の細胞の大きさの増大よりも細胞数の増加によっていた。SAMの直径/高さに対する高施肥の影響は認められず、SAMの形は高施肥によって変化しなかった。

3.以上の結果より、高施肥処理によってSAMの体積が増大し、その結果主に2次枝梗分化穎花数が増加し、1穂分化穎花数が増加したことが示された。

III-2.穂形質と第1苞原基分化後期におけるSAMの形態・大きさに対するGA3投与の影響

1.日本晴とアケノホシの2品種を用いて、幼穂分化直前に50ppmのGA3を2回投与した。その結果、1次枝梗分化数が著しく促進された。1穂分化穎花数については、日本晴では1次枝梗分化頴花数の増加に伴い、2次枝梗分化頴花数が減少したため、無処理区とほぼ同様であった。しかし、アケノホシでは1次枝梗分化穎花数の増加が著しく、2次枝梗分化穎花数の減少が少なかったため、GA3投与区は無処理区に比べて1穂分化穎花数が増加した。

2.第1苞原基分化後期におけるSAMの直径に対するGA3の投与の影響は小さく、高さを著しく促進した。それは、個々の細胞の大きさの増大よりも細胞数の増加によっており、したがって、SAMの細胞分裂活性が特に縦方向に高まったためと考えられた。その結果、SAMの直径/高さは非常に小さくなり、体積は著しく増加した。

3.以上の結果から、GA3投与により第1苞原基分化後期におけるSAMの高さの増加と1次枝梗分化数の増加との間に密接な関係があることが推察された。つまり、1次枝梗分化数は成育相転換期におけるSAMの大きさに規定されると同時に、SAMの形と関係があることが示唆された。

IV.第1苞原基分化後期におけるSAMのhistone H4遺伝子の発現

1.histone H4をプローブとしたin situ hybridization法により、第1苞原基分化後期におけるSAMの細胞分裂活性を調べた。その結果、histoneH4の発現はアケノホシ、NPT65、土橋1号、密陽23号、日本晴の順に高く、特に、アケノホシとNPT65は他の3品種よりも発現が多いことが認められた。

2.SAMの細胞分裂活性と大きさおよび1次枝梗分化数との関係においては、アケノホシを除いた他の4品種の間には、それぞれ有意な正の相関関係が認められた。アケノホシに関しては、第1苞原基分化後に入るとSAMの大きさが急激に増大するため、他の4品種で認められた相関関係からはずれるものと推察された。したがって、生殖成長期の進行に伴うSAMの細胞分裂活性の変化は品種によって異なることが示唆された。密陽23号は、1次枝梗分化頴花数に対して多くの2次枝梗頴花が分化することから、第1苞原基分化後期の後に、SAMの細胞分裂活性が顕著に高くなる可能性があると考えられた。

 以上から、1次枝梗分化数の決定には止葉原基分化期から第1苞原基分化後期までのSAMの大きさが関与しているのと同時に、SAMの形態も関与していることが示された。また、2次以上の枝梗の分化穎花数の決定には第1苞原基分化期のSAMの大きさが関与しているのに加えて、第1苞原基分化後期以降のSAMの細胞分裂活性の変化に規定されることが推察された。本研究により、穂形質に差異をもたらす成育相転換期におけるSAMの大きさ・形態および細胞分裂活性に関する新たな知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 イネの穂を形成する頴花の数は収量形成の重要な要因の一つである。しかし、1穂穎花数などの穂形質に差異をもたらす要因に関する研究は少ない。本研究は、まず、主として日本型稲の穂形質の特徴を調べ、続いて穂形質が異なる品種を用いて成育相転換期におけるshoot apical meristem(SAM)の大きさ・形態および細胞分裂活性に注目し、穂形質に差異をもたらす要因を発育形態学的に明らかにすることを目的として行われたものである。

 得られた結果の概要は以下のようにまとめられる。

1.日本型稲65系統の穂形質の特徴について主成分分析を行った結果、その変異は非常に大きく、供試したインド型稲(5系統)および日印交雑型稲(4系統)の変異は日本型稲の変異の範囲に含まれていた。

2.IR65564-44-51(NPT65)、アケノホシ、土橋1号、密陽23号、日本晴を供試し、穂形質の比較を行った結果、1穂分化穎花数はNPT65、アケノホシ、土橋1号、密陽23号、日本晴の順に多かった。1穂分化頴花数のうち、2次以上の枝梗の分化穎花数の割合はアケノホシ、NPT65、密陽23号で多く、土橋1号、日本晴で少なかった。パラフィン切片法により、止葉原基分化期から第1苞原基分化後期までのSAMを顕微鏡観察した。その結果、SAMの直径、体積は、NPT65、土橋1号、アケノホシ、日本晴、密陽23号の順に大きいことを認めた。第1苞原基分化開始後におけるSAMの成長速度は品種によって違うことが認められ、例えばアケノホシと日本晴を比較すると、止葉原基分化期のSAMの大きさはほぼ同様であるが、第1苞原基分化後期になると、アケノホシが急激に増大し、日本晴より大きくなることが明らかにされた。止葉原基分化期から第1苞原基分化初期までのSAMの直径、体積は、1次枝梗分化数との間に高い正の相関関係にあったが、第1苞原基分化後期になると関係が弱くなった。SAMの直径、体積と1穂分化穎花数との関係には一定の関係は認められず、2次以上の枝梗の分化穎花数の割合が多い品種と、少ない品種で関係が異なると考えられた。

3.日本晴とアケノホシの2品種を用いて、幼穂分化直前に高施肥処理を行った結果、1次枝梗分化穎花数の増加よりも2次枝梗分化頴花数の増加を通して、1穂分化穎花数が増加した。第1苞原基分化期におけるSAMの体積は、両品種とも、直径、高さ両方の増加を通して増加し,それは、個々の細胞の大きさの増大よりも細胞数の増加によっていた。SAMの形は変化しなかった。つまり、高施肥処理によってSAMの体積が増大し、その結果主に2次枝梗分化穎花数が増加し、1穂分化穎花数が増加したことが示された。

4.日本晴とアケノホシの2品種を用いて、幼穂分化直前に50ppmのGA3を2回投与した結果、1次枝梗分化数が著しく促進された。第1苞原基分化後期におけるSAMの直径に対するGA3の投与の影響は小さく、高さを著しく促進した。それは、個々の細胞の大きさの増大よりも細胞数の増加によっており、SAMの細胞分裂活性が特に縦方向に高まったためと考えられた。したがって、GA3投与により第1苞原基分化後期におけるSAMの高さの増加と1次枝梗分化数の増加との間に密接な関係があることが推察され、1次枝梗分化数はSAMの形とも関係することが示された。

5.histone H4をプローブとしたin situ hybridization法により、第1苞原基分化後期におけるSAMの細胞分裂活性を調べた。その結果、histone H4の発現はアケノホシ、NPT65、土橋1号、密陽23号、日本晴の順に高く、特に、アケノホシとNPT65は他の3品種よりも高いことが認められた。SAMの細胞分裂活性と大きさおよび1次枝梗分化数との関係においては、アケノホシを除いた他の4品種の間には、有意な正の相関関係が認められた。アケノホシに関しては、第1苞原基分化後期に入るとSAMの大きさが急激に増大するため、相関関係からはずれるものと推察された。したがって、生殖成長期の進行に伴うSAMの細胞分裂活性の変化は品種によって異なることが示唆された。

 以上、本研究は、イネの穂において1次枝梗分化数および2次以上の枝梗の分化穎花数の決定における成育相転換期のshoot apical meristem(SAM)の大きさ・形態および細胞分裂活性の関与について、新たな発育形態学的知見を与えたものであり、学術上のみならず応用上も貢献するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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