学位論文要旨



No 116191
著者(漢字)
著者(英字) Md.Samiul Alam
著者(カナ) モハマド,サミウル アラン
標題(和) 非共生根圏細菌に感染させたイネ(Oryza sativa L.)の子実収量および生理学的特性に関する研究
標題(洋) Studies on Grain Yield and Related Physiological Characteristics of Rice Plants (Oryza sativa L.) Inoculated with Free-living Rhizobacteria
報告番号 116191
報告番号 甲16191
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2221号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 助教授 山岸,徹
内容要旨 要旨を表示する

 近年、低投入持続型作物生産に対する関心が高まり、化学肥料の使用量増加は、地球環境に対して様々な悪影響を与えるということを多くの人々が懸念するようになった。土壌中には多くの細菌が生息しているが、それらの中には、作物の根圏に生息し、細菌自身の生存にとって好ましい環境条件が与えられれば、作物の生育向上に貢献する可能性を有するものがあることが報告されている。こうした状況の中で、主要な食用作物を含むイネ科作物の根圏において、窒素固定を行う非共生細菌の存在と、それら細菌の作物生産における効果が人々の注意をひいている。

 近年、非共生根圏細菌の多くの系統が、中国の異なる地域の水田から集められ、それらの窒素固定能力が調べられた。本研究においては、最近、中国で収集された窒素固定能を持つ非共生根圏細菌のうちのいくつかの種、Azotobacter armeniacus, A. nigricans, Bacillus sphaericus, B. megaterium, Enterobacter sp., Xanthobacter sp.を譲り受け、イネにおける窒素蓄積、生長および収量に対する効果を調べた。実験結果の概要は以下の通りであった。

1.本研究においては、まず、いくつかの種の根圏細菌が混合されたとき、アセチレン還元法により測定した窒素固定能に相乗効果が現れるかどうかを、試験管レベルで調べた。その結果、混合細菌のニトロゲナーゼ活性は、各々の細菌が単独条件で示す活性の平均値よりも、2〜6倍高いことがわかった。混合状態の細菌は、最適の温度とpHにおける窒素固定能のみでなく、適値をはずれた域においても単独種に比べて高い窒素固定能を示し、適域をこえたストレス環境に対しても耐性をもっていることが示された。これらの結果から、細菌は混合されるとその活性が増強されることが判った。

2.上記の実験の結果に基き、ポット植えのイネに、混合した非共生根圏細菌を播種時および生育期間中2回に渡り接種して、イネの根における窒素固定能力を測定した。また、窒素の施肥量を数段階変化させ、窒素固定細菌が窒素の施肥効果を代替できるかどうかも調べた。その結果、ポット植えのイネから切断して得た根においても、接種区のニトロゲナーゼ活性は、非接種区の植物体に比べて有意に大きくなっていた。特に登熟期においては、細菌接種区のイネでは顕著な窒素固定能力の増加がみられた。さらに、細菌接種区のイネでは、登熟期において、止葉窒素濃度、植物個体あたりの窒素蓄積量が、非接種区の植物体に比べて有意に増加していた。すなわち、2年間の実験で、収穫時における窒素蓄積量は接種区の方が、非接種区よりも10〜23%高かった。このように、接種区の窒素蓄積量が非接種区よりも大きかったことは、根圏細菌が空中窒素を固定していることを示唆していると考えられた。そこで、15Nをラベルした窒素肥料を使い、同位体希釈法により接種区の窒素の給源を調べた。その結果、接種区の植物体は、非接種区の植物体に比べて相対的に多くの空中窒素を固定していることが示唆された。さらに、この実験から、接種区では、窒素肥料の施用を抑えることができる可能性も示された。また、試験管レベルの実験でも、ポットレベルの実験でも、窒素肥料の施用を増加させると、ニトロゲナーゼ活性は抑えられることが示された。これらの実験結果から、混合培養の根圏細菌は、自らの固定した窒素でイネの窒素蓄積を補完し、さらに増加させることができることが判った。

3.葉身の光合成速度およびクロロフィル濃度に対する混合細菌接種の効果を検討した。細菌接種区の植物体は、非接種区のものに比べ、栄養生長期においても登熟期においても、有意に高い単位面積当たりの光合成速度を示していた。

 単位葉面積あたりのクロロフィル濃度も上記の光合成速度の傾向を支持していた。さらに、葉身の老化過程におけるクロロフィル濃度の維持からみた、葉身の老化に対する細菌接種の効果を検討した。切除した葉身を混合培養の細菌懸濁液に浮かべ、4日間培養した結果、細菌懸濁液浮遊葉身では、蒸留水浮遊葉身に比べてクロロフィル含量が高く維持されていた。このことから、根圏バクテリアによって葉身の老化の進行が抑制されうると考えられた。これらの結果より、特に登熟期における葉身光合成速度は、細菌接種によって高く維持されることが判り、細菌接種がイネの子実収量の増加に寄与する可能性が示された。

4.イネの生育と子実収量に対する細菌接種の効果を検証するために、3年間にわたりポット試験を行い、生長速度と子実収量に関する試験を行った。細菌接種区の植物体では、非接種区の植物体に対し、葉面積で11.9%、根長で28.4%の有意な増加が観察された。また、根の生理的活性を知るために、植物体の茎の切断面からの出液速度を測定した結果、出液速度は細菌接種区の植物体で有意に高くなっており、細菌を接種したイネの根の活性が高く維持されていることが示された。このように、細菌の接種は、植物体の地上部に対しても、また、地下部に対しても、生長や生理的活性にプラスの効果をもたらすことが明確に示された。3年間にわたって行った実験で、細菌の接種は一貫して乾物生産速度を有意に増加させ、収穫時における乾物量は非接種区に対して6〜14%高くなっていることが示されたが、こうした乾物生長における接種効果には、上記のような地上部や地下部にみられた接種効果が貢献していると考えられた。さらに、生長における接種効果は子実収量にも反映され、接種区では、接種していないものと比較して、15〜19%の子実収量増加が観察された。

5.ニトロゲナーゼ活性ならびに生育に対する細菌接種の影響が、イネの品種間で違いがあるかどうかを調べた。この実験に供試したイネ品種は、インド型と日本型のアジアイネ(Oryzasativa L.)とアフリカイネ(Oryza glaberrima Steud)を含む9種類であった。アジアイネのうち、ニトロゲナーゼ活性については、インド型と日本型の間で有意な差は見られなかった。しかし、アフリカイネのニトロゲナーゼ活性は、アジアイネよりも高い値を示した。

 一方、植物の生育についてみると、まず、葉面積は、9つのいずれの品種においても、細菌接種の効果が観察された。乾物生産速度もまた、供試した品種すべてにおいて、葉面積と同様の傾向をみせた。すなわち、細菌接種したイネの収穫時における乾物量は、非接種区に対し、インド型アジアイネ、日本型アジアイネ、アフリカイネについて、それぞれ14%、15%、21%増加していた。この結果は、アジアイネよりもアフリカイネの方が、根圏細菌と、よりよい相互作用を行うことを示唆していた。

 これらの研究結果から、数種の混合培養された非共生根圏細菌が、イネの根圏において定着し、イネの生長や収量の増加に貢献することが明らかになった。3年間の実験を通して一貫して得られた子実収量の増加は、根圏バクテリアを混合することによってイネ収量の改善プロジェクトを圃場レベルにも適用できる可能性を示唆した。もしこれが実用化されれば、低投入持続的作物生産の一つの選択枝になりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、最近、中国で収集された窒素固定能を持つ非共生根圏細菌のいくつかの種、Azotobacter armeniacus, A. nigricans, Bacillus sphaericus, B. megaterium, Enterobacter Sp., Xanthobacter sp.を用い、イネにおける光合成、生長および収量に対するその効果を調べたものである。

1.窒素固定能を示すニトロゲナーゼ活性は、試験管内で細菌のみを培養した状態で測定した場合でも、また同じく試験管内で切断根に接種して測定した場合でも、いくつかの種を混合すると、各々の細菌が単独条件で示す活性の平均値よりも2〜6倍高いことが判った。また、混合状態の細菌は、最適の温度とpHにおけるのみでなく、適値をはずれた域においても単独種に比べて高い窒素固定能を示し、適域をこえたストレス環境に対しても耐性をもっていることが示された。これらの結果から、細菌は混合されるとその活性が増強されることが判った。

2.土壌条件下で窒素固定細菌を接種した植物体の根におけるニトロゲナーゼ活性は、非接種区の植物体に比べて有意に高くなっていた。特に登熟期では顕著な窒素固定能力の増加がみられた。2年間の実験で、収穫時における窒素蓄積量は、接種区植物体の方が非接種区よりも10〜23%高かった。そこで、15Nをラベルした窒素肥料を使い、同位体希釈法により接種区の窒素の給源を調べた。その結果、接種区の植物体は、非接種区の植物体に比べて相対的に空中窒素から多くのNを得ていることが示唆された。また、窒素肥料の施用を増加させると、ニトロゲナーゼ活性は抑えられることから、窒素肥料が少ない条件では、接種区の植物体が固定窒素に依存する割合は高まると考えられた。

3.葉身の光合成速度およびクロロフィル濃度に対する混合細菌接種の効果を検討した。細菌接種区の植物体は、非接種区のものに比べ、栄養生長期においても登熟期においても有意に高い単位葉面積当たりの光合成速度を示していた。単位葉面積あたりのクロロフィル濃度も上記の光合成速度の傾向を支持していた。さらに、葉身の老化に対する細菌接種の効果を検討した。切除した葉身を混合培養の細菌懸濁液に浮かべ、4日間培養した結果、細菌懸濁液浮遊葉身では、蒸留水浮遊葉身に比べてクロロフィル含量が高く維持されていた。このことから、根圏バクテリアによって葉身の老化の進行が抑制されうると考えられた。これらの結果より、特に登熟期における葉身光合成速度は、細菌接種によって高く維持されることが判り、細菌接種がイネの子実収量の増加に寄与する可能性が示された。

4.細菌接種区の植物体では、非接種区の植物体に対し、葉面積で11.9%、根長で28.4%の有意な増加が観察された。また、根の生理的活性を知るために、植物体の茎の切断面からの出液速度を測定した結果、出液速度は細菌接種区の植物体で有意に高くなっており、細菌を接種したイネの根の活性が高く維持されていることが示された。

5.3年間にわたって行った実験で、細菌の接種は一貫して乾物生産速度を有意に増加させ、収穫時における乾物量は非接種区に対して6〜14%高くなっていることが示された。さらに、生長における接種効果は子実収量にも反映され、接種区では、接種していないものと比較して15〜19%の子実収量増加が観察された。

6.ニトロゲナーゼ活性ならびに生育に対する細菌接種の影響が、イネの品種間で違いがあるかどうかを調べた。ニトロゲナーゼ活性については、インド型と日本型の間で有意な差は見られなかった。しかし、アフリカイネのニトロゲナーゼ活性は、アジアイネよりも高い値を示した。植物の生育について品種間で比較してみると、収穫時における細菌接種区の乾物量は、非接種区に対し、インド型アジアイネで14%、日本型アジアイネで15%、アフリカイネで21%増加していた。この結果は、アジアイネよりもアフリカイネの方が、根圏細菌と、よりよい相互作用を行うことを示唆していた。

 以上、本論文は、数種の混合培養非共生根圏細菌が、イネの生長や収量の増加に貢献することを明らかにし、低投入持続的作物生産に利用される可能性を示したものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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