学位論文要旨



No 116192
著者(漢字) 深井,善雄
著者(英字)
著者(カナ) フカイ,ヨシオ
標題(和) 砂漠化防止に向けての持続可能な手法に関する研究
標題(洋) Studies on sustainable approaches for desertification control.
報告番号 116192
報告番号 甲16192
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2222号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

1.研究目的

 1994年6月に採択された砂漠化防止条約(現在は砂漠化対処条約)では「砂漠化」とは「乾燥、半乾燥および乾燥半湿潤地域におけるさまざまな要因(気候変動および人間活動を含む)に起因する土地の劣化である」と定義された。

 砂漠化問題は世界的な環境問題の一つであり、砂漠化に対する取り組みは世界各地でなされているが、なかなか期待される成果はどこも上げられていない。その理由は人間の力では対処不可能な気候変動が砂漠化に大きく関係している点、砂漠化に瀕する地域でも人々は生活を営んでおり、人間の生活そのものが砂漠化を助長している点にある。

 もちろん、金銭に糸目をつけなければ、砂漠地でも生活環境を形成することは可能である。しかし、本研究の対象地域であるサヘル周辺国は発展途上国ばかりで、経済的にはどこも余裕はなく、自国で自立できる国はないため、砂漠化防止活動に対する取り組みはこれまで援助ドナー国の活動に頼っていたのが現状である。しかし、それら活動は一時的なものであり、息の長い活動が必要な砂漠化防止に対しては一時的な応急処置は施せても、抜本的な解決には至っていない。この点も、砂漠化問題の大きな問題である。

 すなわち、砂漠化防止活動は持続性が非常に重要であり、そのためにはそこに暮らす人々の活動なくして、真の砂漠化防止はなし得ないのである。

 そこで、以上のような状況を考慮して、本論文では「住民自らが各自の努力で可能な持続可能な砂漠化防止に対する取り組みに関する研究」を目的とする。

 具体的には当該地域では砂漠化によって、人間生活に欠かせない食糧確保でさえ、ままならない状態にある。そこで、まずは生活の基本である食糧を安定的に確保(農業生産基盤)するための環境を住民自らの手で持続させる手法を念頭において、研究を行った。

2.現状の調査と問題点の抽出

2.1 自然的要因

 研究対象地域の気候は、1960年代始めまでは比較的湿潤であったことが、多くの資料で指摘されている。しかし1960年代終わりから現在まで、断続的に旱魃が発生している。とくに1968〜1973年、1981〜1985年に大きな旱魃が記録され、多くの死者を出している。また、最近でも1990〜1991年に旱魃が発生した。

 その結果、植生破壊、生態系への悪影響が確認された。気候の変化による草木の破壊が深刻であることは様々な研究などで明らかになっているが、具体的には生物種の多様性の損失、表土・土壌の喪失、植生の荒廃、動植物の生息地の損失や破壊などが指摘されている。これら生態系や植生の破壊は、気候変化との相互作用によりさらに悪化している。

 他方、水資源を生み出すことは人間の力で不可能であるが、地力の回復は有機物などを施肥すれば可能である。しかし、現状では畑に家畜を短期間放し飼いにする、穀物残渣をそのまま放置して表土の流亡を防ぐ、穀物残渣を燃やし、土壌に灰を供給するなどの方策が取られている程度である。

2.2 社会的変化

 砂漠化は降水量や気候だけによる自然的な要因だけではなく、人口増加等の人為的要因が砂漠化の大きな要因だとされている。たとえば、対象地域の人口自然増加率は約3%で、23年でほぼ倍増ペースであるため、食糧需要の増加に伴う開墾、森林資源の過度利用、過放牧などが砂漠化をさらに加速させ、また、砂漠化による生産力の低下がさらなる自然資源の過度な負担を強いるという悪循環になっている。また、水や燃料供給状況の悪化は特に女性の労働負担を増大する。女性が水汲みや薪集めにより多くの時間をかけることにより、子供の世話などに関する活動時間が短縮され、女性だけでなく子供の健康への悪影響も指摘されている。

3. 持続的手法の開発

3.1 乾燥地に施用する有機物、特に堆肥に関する研究

 砂漠化とは「土壌の劣化」と言われるように「砂漠化対策=土壌対策」と位置付けることができるため、本項では土壌の化学性に重点を置き、研究を行った。

 具体的にはエジプト国で地元で入手可能な原料を使って、人力による生産手法で堆肥を製造すると同時にそれらを使って、作物栽培実証試験を実施した。ちなみに、ここで用いた堆肥原料は生活ごみ、穀物(トマト)残渣、水草である。

 本研究では原料毎の成分を堆肥化前後に分析し、原料毎の特徴を把握すると同時により効果的な堆肥の活用方法について研究を行った。その際、特に注目した項目はC/N比である。エジプトで定められている堆肥基準で日本との顕著な違いはC/N比が低く設定されている点であった。日本では35〜50程度が一般的であるのに対して、エジプトでは1〜25が適当と指定されている。これは砂漠地域では降雨が少なく、土壌中の成分が流出しないためと考えられる。

 製造した堆肥の成分分析の結果、製造された堆肥は全てエジプトの堆肥成分基準内に入っており、現地で入手できる材料で製造した堆肥でも農業生産に大きく貢献することが明らかになった。

 また、栽培試験の際、現地で入手可能な鶏糞(C/N比が低い成分として)を試験区に加えたところ、それら試験区の生産量が非常に高かった。この結果から乾燥地域における土壌に対してC/N比が低い成分が即効性に優れている点が明らかになった。しかし、土壌改良の面から考えれば、C/N比だけにこだわるのではなく、生産された堆肥も同時に活用することが理想的であることがわかった。

3.2 土壌侵食と地表水の有効利用

 本項では土壌の物理性を損なう外的要因の抽出とその対策による効果について研究すると同時に、表流水を効率的に集水するWater Harvesting手法について研究した。

 土壌劣化を引き起こす要因である侵食の中でも本研究ではとくに深刻な被害をもたらしている水食について研究した。

 その結果によれば、裸地における表流水の流出率は予想通り高かった。しかし、土手等の侵食防止措置さえ施せば、流出率も収まり、侵食も抑えられることがわかった。また、そのような貯水効果により、これまで利用されていなかった裸地と呼ばれる荒廃地でもこれまでの降雨量で栽培が可能であることが判明した。

 他方、土壌劣化を引き起こす地表水を有効に利用するための方策の一つであるWater Harvesting試験を実施した結果、集水面積次第では、少ない降雨地域でも十分作物が育つだけの用水量が確保できることが判明し、これまで不毛の大地とされた地域でも栽培が可能であることが証明された。

4. 住民意識に関する研究

 砂漠化防止活動は多くの時間を要するため、活動期間が一時的なプロジェクトでは応急処置が精一杯で、根本的な解決まで導くことはできない。あくまでそこに暮らす人々が主役となってこそ、真の持続可能な砂漠化防止は実現するのである。

 地球規模の環境問題としての砂漠化はそもそも先進国側の発想であり、地域住民にとっては、「砂漠の緑より、明日の生活(食糧確保)」の方が重要なのである。

 本項では西アフリカのニジェール国で実施した植林プロジェクト(砂漠化防止のための植林事業)を事例に住民の意識に関する研究を行った。

 その結果、プロジェクト側と住民側に砂漠化への取り組む際の意識の差(この場合は樹木の捉え方の違い)が浮かび上がり、その隔たりが住民のプロジェクト活動に取り組む意欲を失わせていることが明らかになった。砂漠化防止というと常に技術面での貢献がクローズアップされていたため、比較的住民への配慮はなされてこなかったが、このような視点を考慮して取り組むことは活動を持続させる点から非常に重要であることがわかった。

5. 持続可能な砂漠化防止策の提案

 砂漠化が迫る地域とは言え、その状況は一様でなく、地域によって適当と思われる対応は異なる。そこで、本研究では当該地域を4タイプに特徴的な地域毎に分類し、その対策を提案する。なお、分類の際最も重視した制限要因は水資源である。なぜなら、水は人間の力で集められることはできても、生み出すことはできないからである。

 また、そこで分類した地域別に<特徴>、<資源>、<資源管理のあり方>等の各項に整理し、それぞれの状況に合わせて、先に報告した研究成果を組み合わせながら適当な対策を提案する。他方、地域に関係なく、砂漠化防止に取り組む際に意識しなくてはならない事項を整理し、各項毎に活動指針としてまとめる。主要事項は以下のとおりである。

 ・適正技術:地元住民が理解でき、かつ自らの力で維持、管理、運営できる技術レベルを確立し、普及させる。本研究で得られた成果は地元住民でも可能な取り組みであり、今後はいかにそれら有用情報を地元に普及させるか考える。

 ・住民意識/生活への配慮:本研究で明らかになったように今後実施される予定のプロジェクトでは住民意識に配慮し、彼らの視点で物事を考え、過度の負担にならないよう配慮された活動が提案されるべきであり、このような視点での取り組みは新しい形態の活動と言える。

 ・短期・中長期目標の設定:砂漠化を防止するには長い時間を要する。したがって、性急に成果を期待するのではなく、ターム毎に目標を定め、確実に基礎を築いていくことが重要である。

 ・地域資源循環型コミュニティーの発想:砂漠地域の資源は乏しく、現実問題として投入可能量も自然的要因、社会的要因、経済的要因から判断しても多くは期待できない。本研究では、域内にする現存する資源を有効に利用することで新たな可能性を見出した。環境教育:砂漠化は一朝一夕で解決できる問題ではないため、次世代を背負う子供たちに幼少の頃から、砂漠化という問題を抱えているという意識を植え付けることは非常に重要な活動である。本研究で得られた成果が次世代を担う子供たちに伝えることを今後の大きな課題と考える。

 ・集水地形の活用と造成:域内に降った降雨を可能な限り域内に留める努力を図るべきである。本研究でも表流水を確保することにより、生産地域の拡大、生産量の拡大が期待できることが判明したことを今後は地元に有用情報として発信する努力を図る。

 ・農牧林業共存社会の形成:砂漠化問題は地域社会のあらゆる要素が複雑に絡み合って、発生している。したがって、各生業毎に協調できる活動は積極的に連携を図り、共存できる社会を形成する努力を図る。

 ・流域単位の計画策定:砂漠化の大きな制限要因である水を考えられるため、砂漠地域で最も利用し易い地域はコリといわれる枯れ川(雨季のみ水が流れる)を中心とした流域である。そのため、そのような地域の活用は積極的に進める。

審査要旨 要旨を表示する

 砂漠化は世界各地でその猛威を振るっており、地域社会に多大な影響を及ぼしているため、地域住民生活を営んでいく上で大きな障害となっている。他方、砂漠化に対する取り組みは長い時間を要するため、砂漠化防止のための活動主体はそこに暮らす人々でなけれげ真の砂漠化防止は実現しない。そこで、本研究では砂漠化防止に向けて地域住民自らの努力でなし得る手法に関して研究したもので、6章から構成されている。

 序章に続いて第1章では、砂漠化現況調査として様々な統計データと現地調査から砂漠化の要因、影響に関する研究について述べている。たとえば、人口増加率は明らかに砂漠化の影響が強い地域ほど鈍化する傾向を示しており、砂漠地域から移動している人々によって、一部地域では人口急増による社会問題が発生している事などが述べられている。

 第2、3章では乾燥地の土壌改良への取り組みとして「施用する有機物、特に堆肥に関する研究」について述べている。エジプト国内で入手可能な原料を使って、人力による生産手法で堆肥を製造し、作物栽培実証試験を実施した。特に堆肥成分で注目した項目はC/N比で、基準が大きく日本とは異なるからである(日本では35〜50程度、エジプトでは1〜25)。製造した堆肥は全て堆肥成分基準内に入り、現地で入手できる材料でも優良な堆肥が生産できることが明らかになった。また、栽培試験の際、現地で入手可能な鶏糞を試験区に加えたところ、鶏糞混入区が非常に良好で他の区もC/N比の低い順に生産量が高く、C/N比が生産量に関わっていることがわかった。しかし、土壌の持続性を考慮すればC/Nにこだわるのではなく、有機物も生産された堆肥も同時に投入することが理想的である。

 対象地域では降雨の変動幅が大きく、天水農業が一般的なため、旱魃時には大さな被害を受けている。以上のような状況をふまえて、第4章では砂漠地域にある水資源を最大限有効に利用するため、土壌侵食と地表水の有効利用に関する研究を行った。地表水の流出率に関する試験では僅かな畝立て処理を施しただけでも流出率を抑えることがわかった。また、Water Harvesting試験では非常に微量な降雨でも集水することでかなりのかん水に匹敵することがわかり、これまで耕作は不可能とされてきた場所での耕作の可能性が判明した。

 砂漠化防止活動は多くの時間を要するため、そこに暮らす人々が主役となってこそ、真の持続可能な砂漠化防止は実現すると言う考えに基づき、第5章では住民の参加を促すためニジェール国で実施した植林プロジェクト(砂漠化防止のための植林事業)を事例に住民の意識に関する研究を行った。その結果、プロジェクト側と住民側に砂漠化への取り組む際の意識の差(この場合は樹木の捉え方の違い)が浮かび上がり、その隔たりが住民のプロジェクト活動に取り組む意欲を失わせていることが明らかになった。

 研究結果を整理し、住民の手による持続可能な砂漠化防止策を提案した。砂漠地域を水資源環境を目安にタイプ分けし、タイプごとに<特徴>、<資源>、<資源管理のあり方>などの各項に整理し、それぞれの状況に合わせて研究成果を組み合わせながら適当な対策を提案している。また、各タイプともに共通する手法は以下のように整理している。

 地元住民の力で維持、管理、運営できる技術レベル(適性技術)を確立し、普及させる。住民の参加を求めるのであれば、地域の生活、文化、風習に配慮し、彼らの視点で物事を考え、過度の負担にならないよう配慮された活動が提案されるべきである。砂漠化を防止するには長い時間を要するため、性急に成果を期待するのではなく、短、中長期間ごとの目標を適切に定めていくことが重要である。砂漠地域の資源は乏しいため、地域内にする現存する資源を有効に利用することを念頭に資源循環型社会の形成が重要である。砂漠化は一朝一夕で解決できる問題ではないため、次世代を背負う子供たちに幼少の頃から、砂漠化という問題を抱えているという意識を植え付けることは非常に重要な活動である。集水地形の活用と造成、すなわち地域内に降った降雨を可能な限り地域内に留める努力を図るべきである。農牧林業共存社会の形成では砂漠化問題は地域社会のあらゆる要素が複雑に絡み合って、発生している。したがって、各生業ごとに協調できる活動は積極的に連携を図り、共存できる社会を形成する努力を図る。流域単位の計画策定では砂漠化の大きな制限要因である水を考えられるため、砂漠地域で最も利用し易い地域はコリといわれる枯れ川(雨季のみ水が流れる)を中心とした流域である。

 以上を要するに本論文は砂漠化防止の手段が現地の人々に理解され、実行に移されるものでなければならないという視点に立脚し、具体的かつ着手可能な諸技術を総合的に組み合わせて提言したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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