学位論文要旨



No 116195
著者(漢字) 植田,祥啓
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,ヨシヒロ
標題(和) 経口免疫寛容におけるアポトーシスの役割
標題(洋)
報告番号 116195
報告番号 甲16195
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2225号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 久垣,辰博
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 腸管は常に微生物や食物抗原に曝されているため、過剰な免疫応答を誘導してアレルギーや自己免疫疾患を引き起こしかねない。したがって腸管免疫系は生体を調節する上で非常に重要な役割を担っていると考えられる。腸管免疫系は分泌型イムノグロブリンクラスA(IgA)を産生し、抗原の侵入をブロックする。また生体に侵入した抗原に対しては経口免疫寛容を誘導して強い免疫応答から生体を防御していると考えられている。経口免疫寛容は自己抗原やアレルゲンに対しても免疫寛容を誘導できることから臨床的に応用されることが期待されているため、詳細な機構の解析が待たれている。経口免疫寛容の誘導時に免疫抑制性の調節T細胞の誘導やT細胞の不応答化、T細胞のアポトーシスといった現象が起こることが報告されている。しかし、このような寛容のメカニズムを誘導する抗原提示のしくみや部位はわかっていない。本研究は抗原の経口投与によってアポトーシスが起こることに注目して経口免疫寛容の誘導部位について検討した。さらにアポトーシス異常マウスにおける経口免疫寛容の誘導を評価することをあわせて経ロ免疫寛容における免疫細胞のアポトーシスの役割を検討することを目的とした。

第1章 経口抗原によって誘導されるCD4+T細胞のアポトーシスの起こる部位

 経口抗原によってどの部位でCD4+T細胞のアポトーシスが起こるのかを検討するためにオボアルブミン(OVA)特異的T細胞レセプター(TCR)遺伝子導入マウス(OVA23-3)に卵白食(OVAを9%含む)を摂取させ免疫器官を摘出し、CD4+T細胞数の変化とCD4+T細胞のアポトーシスを解析した。(TCRトランスジェニックマウスのT細胞は大部分が導入されたTCRを発現するT細胞のため、抗原特異的な応答を解析するのに有用である。)その結果、胸腺を含め腸管免疫系以外の免疫器官でCD4+T細胞のアポトーシスと細胞数の低下が観察された。一方腸管免疫系であるパイエル板はアポトーシスが観察されたものの、細胞数が低下しなかった。また腸間膜リンパ節では顕著なアポトーシスが誘導されず、細胞数の増加が観察された。したがって経口抗原に対して腸管免疫系よりもそれ以外の部位でCD4+T細胞のアポトーシスと細胞数の低下が誘導されることが示された。そこで、卵白食摂取により腸管免疫系と全身免疫系でCD4+T細胞の応答低下が誘導されているかどうかを調べた。卵白食を摂取させたOVA特異的TCRトランスジェニックマウス(卵白食群;寛容群)のCD4+T細胞を腸間膜リンパ節(腸管免疫系)と脾臓(全身免疫系)から回収し、in vitroの抗原刺激に対する増殖応答・サイトカイン応答を比較した。卵白食マウス由来の腸間膜リンパ節CD4+T細胞はカゼイン食群(対照群)に比べて増殖応答が低下しなかった(すなわち寛容が誘導されなかった)のに対して脾臓のCD4+T細胞はカゼイン食群に比べて卵白食群の増殖応答が低下した(寛容が誘導された)。また、IL-2応答は低下したものの高抗原量で刺激した場合、IL-5産生が亢進した。

以上の結果より腸間膜リンパ節に比べ、脾臓の方がCD4+T細胞の寛容がより強く誘導されていることがわかった。

第2章 腸管免疫系および全身免疫系由来の抗原提示細胞によって誘導されるT細胞応答の相違

 免疫器官や組織によって誘導される免疫応答が異なることが知られている。このような免疫応答の違いは免疫器官や組織に存在する抗原提示細胞の違いや環境によると考えられている。第1章の結果から抗原の経口投与によって腸管膜リンパ節ではIL-5産生等を介したIgA産生応答などの腸管独特の免疫応答が、脾臓ではT細胞のアポトーシスを始めとして免疫寛容が部位特異的に誘導される可能性が考えられた。このような応答の変化が臓器による抗原提示の環境によるものであるかどうかを確かめるためにカゼイン食群(対照群)あるいは卵白食群(寛容群)の腸間膜リンパ節・脾臓細胞(T細胞を除く)を抗原提示細胞として未感作CD4+T細胞を抗原ともに培養して誘導したT細胞の応答を解析した。

 カゼイン食群・卵白食群であるかに拘わらず腸間膜リンパ節抗原提示細胞で誘導したT細胞は強い増殖応答とサイトカイン応答、特にIL-5応答が誘導された。一方でカゼイン食群の脾臓抗原提示細胞で誘導したT細胞は増殖応答が誘導されたが、腸間膜リンパ節抗原提示細胞とで誘導したT細胞に比べて低いサイトカイン応答を示した。さらに卵白食群由来の脾臓抗原提示細胞で誘導したT細胞は顕著に増殖とサイトカイン応答が抑制された。したがって、卵白食群由来の脾臓を抗原提示細胞として培養することによってT細胞に増殖・サイトカイン応答の低下を誘導できることが明らかとなった。このことから抗原の経口投与により脾臓の抗原提示細胞によって経口免疫寛容が誘導されることが示された。また、腸管膜リンパ節の抗原提示細胞は経口抗原の影響を受けずに脾臓よりも強い免疫応答、特にIgA産生応答を誘導するIL-5応答を誘導することが示された。

第3章 アポトーシス遺伝子変異マウスと経口免疫寛容の誘導

 第1章よりOVA特異的TCRトランスジェニックマウスに抗原を摂取させることによって全身にアポトーシスを誘導したことから、経口免疫寛容において重要な役割を果たしていると考えられた。そこで経口免疫寛容の誘導におけるアポトーシスの役割を明らかにするために、2種類のアポトーシス遺伝子に異常のあるマウスを用いて経口免疫寛容の誘導に与える影響を観察した。まず活性化T細胞またはB細胞にアポトーシスを誘導するFas遺伝子に変異のあるlprマウスにおいて経口免疫寛容の誘導を検討した。lprマウス・同系正常マウスであるC57B6/Jマウスにそれぞれカゼイン食(対照群)・卵白食(寛容群)を摂取させ、OVAで腹腔免疫し、血清中の特異的抗体価を測定した。また、lprマウス、C57B6/Jマウスにカゼイン食・卵白食を摂取後、OVAを皮下免疫してリンパ節を摘出し、in vitroにおけるリンパ節細胞の増殖応答の低下を比較した。その結果、lprマウスにおいては抗体応答・リンパ節増殖応答ともに同系正常マウスと同様に対照群と比べ寛容群で経口免疫寛容による応答の低下が観察された。また、OVA特異的TCRトランスジェニックマウスの脾臓T細胞を抗原刺激しFasLmRNAの発現量をライトサイクラーにより検討したところカゼイン食群、卵白食摂取群と同様にFasLmRNAが発現された。したがって、Fas遺伝子は経口免疫寛容の誘導に必須ではないことが証明された。次にストレスに対して細胞にアポトーシスと細胞周期の停止を誘導するガン抑制遺伝子であるp53遺伝子欠損(p53KO)マウスにおける経口免疫寛容の誘導を検討した。その結果、このマウスにおいてリンパ節増殖応答の低下は同系正常マウスと同様に誘導されたものの、抗体産生応答の低下が部分的に解除されることが観察された。このことからp53が経口免疫寛容においてT細胞ではなくB細胞の寛容の誘導に関係することが考えられた。それを確認するため、p53KOマウスとOVA特異的TCRトランスジェニックマウスを交配しp53KO-OVA特異的T細胞トランスジェニックマウスを作成し、このマウスに9%OVA食を自由摂取させてCD4+T細胞のアポトーシスを観察した。その結果、p53KO-OVA特異的T細胞トランスジェニックマウスにおいても正常にCD4+T細胞のアポトーシスが誘導されることがわかった。さらに、p53KOマウスにカゼイン食・卵白食を摂取させ、TNP結合OVAで腹腔免疫し、血清中のOVA特異的抗体価とTNP特異的抗体価を測定・比較した。その結果、先にも述べたとおり、経口免疫寛容によるOVA特異的抗体価の応答低下にに部分的な解除が観察されたが、TNP特異的抗体価は同系正常マウスと同様に応答の低下が誘導された。TNP特異的抗体価はOVA特異的T細胞の状態を反映するため、p53KOマウスにおいては正常にT細胞の免疫寛容が誘導されていることが示された。すなわち、p53KOマウスにおける経口免疫寛容による抗体応答の低下の部分的解除はB細胞の異常に起因することが示唆された。

まとめ経ロ免疫寛容とアポトーシス

 TCRトランスジェニックマウスに抗原を摂取させることによって全身にT細胞のアポトーシスを誘導した。特に胸腺でネガティブセレクションが誘導されたということは、食物特異的なT細胞を消去するだけでなく、食物タンパク質が末梢の免疫系のレパトアを調節している可能性を示唆していると考えられる。また経口抗原によって全身系の末梢のT細胞にアポトーシスが誘導されることは経口抗原に対しては免疫応答が炎症反応に至る前にT細胞を消去してしまう働きがあると予想される。今回アポトーシス異常マウスでT細胞の寛容に影響がなかったのは、Fasやp53以外の経路のアポトーシスが働いたためか、アポトーシスがT細胞の寛容の維持には大きく影響しないと考えられる。抗原提示細胞で誘導されたT細胞の応答低下がin vitroにおいてアポトーシスを介さなかったこともそのことを示唆していると考えられる。また、p53遺伝子が経口免疫寛容におけるB細胞の調節機構に関係している結果が得られたことは本研究が初めてである。したがって、アポトーシスの異常はむしろB細胞寛容に強く影響するのかもしれない。さらに本研究によって経口抗原によって全身免疫系と腸管免疫系とでは異なる免疫応答が誘導されることが示された。すなわち、全身免疫系では経口免疫寛容が誘導され、腸管免疫系はむしろ経口抗原によってT細胞応答が活性化されIgA産生応答を促進されるように調節されていると考えられる。本研究は経口免疫寛容における全身免疫系と腸管免疫系の制御に重要な知見を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は抗原の経口投与によってアポトーシスが起こることに注目して経口免疫寛容の誘導部位について検討した。さらにアポトーシス異常マウスにおける経口免疫寛容の誘導を評価することをあわせて経口免疫寛容における免疫細胞のアポトーシスの役割を検討することを目的とした。本論文は緒言、3章、総合討論からなる。

 研究の背景を序論で述べた後、第1章では経口抗原によってどの部位でCD4+T細胞のアポトーシスが起こるのかを検討するためにオボアルブミン(OVA)特異的T細胞レセプター遺伝子導入マウスに卵白食(抗原を含む)を摂取させ免疫器官を摘出して、CD4+T細胞数の変化とCD4+T細胞のアポトーシスを解析した結果を述べている。その結果、胸腺を含め腸管免疫系以外の免疫器官でCD4+T細胞のアポトーシスと細胞数の低下が観察された。一方、腸管免疫系であるパイエル板はアポトーシスが観察されたものの、細胞数が低下しなかった。また腸間膜リンパ節では顕著なアポトーシスが誘導されず、細胞数の増加が観察された。したがって経口抗原によって腸管免疫系よりもそれ以外の部位でCD4+T細胞のアポトーシスと細胞数の低下が誘導されることが示唆された。そこで、卵白食摂取により腸管免疫系と全身免疫系でCD4+T細胞の応答低下が誘導されているかどうかを調べた。その結果、卵白食マウス由来の腸間膜リンパ節CD4+T細胞はカゼイン食群(対照群)に比べて増殖応答が低下しなかった(すなわち寛容が誘導されなかった)のに対して脾臓のCD4+T細胞はカゼイン食群に比べて卵白食群の増殖応答が低下した(寛容が誘導された)。

 第2章では第1章の結果から抗原の経口投与によって腸管免疫系ではなく非腸管免疫系である脾臓でT細胞の免疫寛容が誘導される可能性が考えられ、これが免疫応答の誘導に重要な抗原提示細胞の違いによるものであるかどうかを確かめるためにカゼイン食群あるいは卵白食群の腸間膜リンパ節・脾臓細胞を抗原提示細胞として未感作CD4+T細胞を抗原ともに培養して誘導したT細胞の応答を解析した。カゼイン食群・卵白食群であるかに拘わらず腸間膜リンパ節抗原提示細胞で誘導したT細胞は強い増殖応答とサイトカイン応答を示した。カゼイン食群の脾臓抗原提示細胞で誘導したT細胞は増殖応答が誘導されたが、腸間膜リンパ節の抗原提示細胞で誘導したT細胞に比べて低いサイトカイン応答を示した。さらに卵白食群由来の脾臓抗原提示細胞で誘導したT細胞は顕著に増殖とサイトカイン応答が抑制された。したがって、寛容を誘導したマウスの脾臓を抗原提示細胞として培養することによってT細胞の応答低下を誘導できることが明らかとなった。また、腸管膜リンパ節の抗原提示細胞は経口抗原の影響を受けずに脾臓よりも強い免疫応答を誘導することが示された。

 第3章では経口免疫寛容の誘導におけるアポトーシスの役割を明らかにするために、2種類のアポトーシス遺伝子に異常のあるマウスを用いて経口免疫寛容の誘導に与える影響を観察した。まずFas遺伝子に変異のあるlprマウスにおいて経口免疫寛容の誘導を検討した。その結果、lprマウスにおいては抗体応答・リンパ節増殖応答ともに同系正常マウスと同様に対照群と比べ寛容群で経口免疫寛容による応答の低下が観察された。したがって、Fas遺伝子は経口免疫寛容の誘導に必須ではないことが証明された。次にp53遺伝子欠損(p53KO)マウスにおける経口免疫寛容の誘導を検討した。その結果、このマウスにおいて抗体産生応答の低下が部分的に解除されることが観察された。そこでp53KO-OVA特異的T細胞トランスジェニックマウスを作成し、このマウスに9%OVA食を自由摂取させてCD4+T細胞のアポトーシスを観察した。その結果、p53KO-OVA特異的TCRトランスジェニックマウスにおいても正常にCD4+T細胞のアポトーシスが誘導されることがわかった。さらに、p53KOマウスにカゼイン食・卵白食を摂取させ、TNP結合OVAで腹腔免疫し、血清中のOVA特異的抗体価とTNP特異的抗体価を測定・比較した。その結果、p53KOマウスおいても経口免疫寛容によるTNP特異的抗体価は同系正常マウスと同様に応答の低下が誘導された。TNP特異的抗体価はOVA特異的T細胞のヘルパー機能を反映するため、p53KOマウスにおいては正常にT細胞の免疫寛容が誘導されていることが示された。すなわち、p53KOマウスにおける経口免疫寛容による抗体応答の低下の部分的解除はB細胞の異常に起因することが示唆された。

 総合討論ではこれまでの結果をまとめ、腸管免疫応答、経口免疫寛容に関する総合的な討論を行った。本研究は抗原の経口投与によって引き起こされるアポトーシスの制御に注目することによって経口免疫寛容における全身免疫系と腸管免疫系の制御に重要な知見を与えるもので新たな視点として食物アレルギーの治療の応用に貢献すると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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