学位論文要旨



No 116198
著者(漢字) 栗山,亙
著者(英字)
著者(カナ) クリヤマ,ワタル
標題(和) 顕著な生理活性を有する複素環化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 116198
報告番号 甲16198
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2228号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 天然から得られる物質には、さまざまな活性を持つものがあり、我々はその恩恵を受けて生活している。しかしながら活性そのものは極めて強力であっても発現の選択性に問題があれば化合物としての有用性はなくなってしまう。また、分子の形状による生体への吸収の問題、生合成経路からの供給量の問題など、実際に化合物を利用するまでには、多くの問題を乗り越えなければならない。

 我々は、合成的な手法を用い、これらの問題点を解決できないかと考え、以下のような研究を行った。

1)バンレイシ科植物から単離されたアセトゲニンのひとつ、solaminの合成研究1)

 バンレイシ科植物からは現在までに数多くのsolamin2)類似構造をもつアセトゲニンが単離されてきており、抗腫瘍をはじめとし、さまざまな領域に広がる活性を持つことが知られている。合成についても多くの報告があるが、筆者は不斉点の構築において、1つずつ順次導入し、さらに末端のラクトンユニットを直接導入することで、さまざまな異性体や誘導体を合成できる可能性をもつルートを開発した。また、本合成ルートは他のアセトゲニンについても応用可能であると考えている。

 D-グルタミン酸2より導かれる既知のアルデヒド33)を出発原料としこのものに対して、順次2度のキレート効果を利用したグリニャール反応を行うことで、ラクトン部位を除いたテトラヒドロフラン環部分のコアユニットを構築した。

 ラクトンユニットは、3-オキソブタン酸エステルをパン酵母によって不斉還元して得られる(S)-3-ヒドロキシブタン酸エステルより合成し、二重結合の等価体としてメチルチオ基を導入した。6は3工程を経てヨウ化物へと導き、これら2つのユニットを、ナトリウムヘキサメチルジシラジドを塩基として用いることで高収率でカップリングさせることに成功した。

 8から3工程を経て、solamin1へと導いた。今後本合成ルートの応用性を確認していく予定である。

2)ヒストンデアセチラーゼ阻害活性を持つ環状テトラペプチドApicidin及びその誘導体の合成研究4)

 ヒストンデアセチラーゼ活性を持つ環状テトラペプチドはこれまでにも知られているが、Apicidin95)にはそれらの持つケトデカン酸末端のエポキシドを欠くのが特徴である。通常活性はそのエポキシドの部分に酵素が不可逆的に結合することで発現すると考えられている。エポキシドを欠くことにより酵素との可逆的な結合が示唆される本化合物は薬剤としての可能性が考えられ、原虫類のヒストンデアセチラーゼ阻害活性が報告されている本化合物を化学的に修飾することで、哺乳動物との間で選択性を出せればマラリアなどの治療薬としての効果が期待できる。

 環状テトラペプチドの合成の際には、環化部位の選定によっては目的とするものがまったく得られないことがある。本合成では単離文献に記載された、アミド水素とカルボニル基との水素結合の状態を参考にし、ピペコリン酸と、アミノデカン酸誘導体との間で切断し、この部分で環化反応を行うこととした。インドール環の窒素上の水素がメトキシ基で置換されたトリプトファン誘導体は、ジヒドロトリプトファン誘導体を酸化することで得た。

 アミノデカン酸誘導体については、セリンのキラリティーを利用することとし、セリンから誘導されるβ-ラクトンと、対応する臭化物とのGrignard反応により合成した。

 得られた上記アミノ酸及び、イソロイシン、ピペコリン酸をカップリングさせることにより、環化前駆体となる鎖状テトラペプチドを得た。

 得られた20のメチルエステル部分を加水分解し、tert-ブチルオキシカルボニル基を酸処理により除去した後、高希釈条件下、ペンタフルオロフェニルジフェニルホスフィネートを縮合剤として用いることで、環化体を得た。さらにシリル保護基を脱保護することでアルコール体21を得た。

 得られた21をTPAPを用いて酸化することにより、天然体のapicidin9を得ることができた。

 現在、アミノデカン酸ユニットを化学的に修飾したapicidin誘導体についても合成研究を行っている。

References

1)Kuriyama,W.;Ishigami,K.;Kitahara,T.Heterocycles,1999,50,981.

2)Mynt,S.H.;Cortes,D.;Laurens,A.;Hocquemiller,R.;Lebceuf,M.;Cave,A.;Cotte,J.;Quero,A.-M.Phytochemistry,1991,30,3335.

3)Koert,U.;Stein,M.;Wanger,H.Liebig.Ann.,1995,1415.

4)Kuriyama,W.;Kitahara,T.Heterocycles,2001,51,in press.

5)Singh,S.B.;Zink,D.L.;Polishook,J.D.;Dombrowski,A.W.;Darkin-Rattray,S.J.;Schmatz,D.M.;Goetz,M.A.Tetrahedron Lett.,1996,37,8077.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は顕著な生理活性を有する複素環化合物の合成研究に関するものであり、3章よりなる。筆者は、幅広い応用性を持った合成ルートにより、天然物及びその誘導体合成を行うことを目的とし研究をおこなった。

 第1章においてはバンレイシ科植物から単離されたアセトゲニンのひとつ、solamin1の合成研究について述べている。

 D-グルタミン酸より導かれる既知のアルデヒド2を出発原料としこのものに対して、順次2度のキレート効果を利用したGrignard反応を行うことで、ラクトン部位を除いたテトラヒドロフラン環部分のコアユニット5を構築した。

 ラクトンユニット7は、(S)-3-ヒドロキシブタン酸エステルより合成し、二重結合の等価体としてメチルチオ基を導入した。5は3工程を経てヨウ化物6へと導き、これら2つのユニットをカップリングし、さらに2行程を経てSolamin1へと導いた。

 本合成手法は他のアセトゲニン合成にも用いられており、現在も発展的研究が行われている。

 第2章ではヒストンデアセチラーゼ阻害活性を持つ環状テトラペプチドApicidin9の合成について述べている。

 インドリル環の窒素上の水素がメトキシ基で置換されたトリプトファン誘導体10は、ジヒドロトリプトファン誘導体を酸化することで得た。アミノデカン酸誘導体12については、セリンのキラリティーを利用し、セリンから誘導されるβ-ラクトンと、対応する臭化物とのGrignard反応により合成した。得られた上記アミノ酸及び、イソロイシン11、ピペコリン酸13をカップリングさせることにより、環化前駆体となる鎖状テトラペプチド14を得た。

 得られた14のメチルエステル部分を加水分解し、tert-ブトキシカルボニル基を酸処理により除去した後、高希釈条件下、ペンタフルオロフェニルジフェニルホスフィネートを縮合剤として用いることで、環化体を得た。さらにシリル保護基を脱保護することでアルコール体15を得た。

 得られた15をTPAPを用いて酸化することにより、天然体のapicidin9を得ることができた。

 第3章ではApicidin誘導体の合成研究について述べている。

 第2章で天然体のApicidin9を合成した方法に従い、デカン酸ユニット側鎖上に置換基を持たない誘導体である16を合成した。また、オキシムなどの誘導体を合成するための重要中間体である17、18を合成した。今後の活性試験などによりさらに深い知見が得られると考えられる。

 以上本論文は、顕著な生理活性を有する複素環化合物の合成研究に関するものであり、著者は2つの天然物の全合成とともに誘導体合成を行った。本合成は多くの類縁体に応用可能であり、合成的手法による化合物の探索を行い学術上、実用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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