学位論文要旨



No 116202
著者(漢字) 高木,基樹
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,モトキ
標題(和) 非メバロン酸経路に関する研究
標題(洋)
報告番号 116202
報告番号 甲16202
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2232号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

 イソプレノイド化合物の生合成基本単位であるisopentenyl diphosphate(IPP)とそのアイソマーであるdimethylally diphosphate (DMAPP)は、全ての生物において、acetyl CoAを出発基質としメバロン酸(MVA)を経由する、いわゆるメバロン酸経路で生合成されるとこれまでの長い間信じられてきた。しかしながら、高等植物の色素体、緑藻、大腸菌や枯草菌をはじめとする多くの真正細菌においては、メバロン酸経路とは全く異なる新規経路、非メバロン酸経路が存在することが近年明らかにされた。この非メバロン酸経路の初発の反応は、pyruvateとD-glyceraldehyde 3-phosphateから1-deoxy-D-xylulose 5-phosphate(DXP)が生成する縮合反応であり、この反応を触媒する酵素DXP synthaseをコードする遺伝子(dxs)が数種の生物からクローニングされている。第2段階目の反応は、DXPから2-C-methyl-D-erythritol 4-phosphate(MEP)が生成する分子内転位と還元が同時に起こる反応であり、この反応を触媒する酵素 DXP reductoisomeraseをコードする遺伝子(dxr)については、当研究室で、大腸菌からクローニングすることに成功した。また、標的未知であった抗菌剤fosmidomycinがDXP reductoisomeraseの特異的阻害剤であることも明らかにした。しかしながら、MEP以降の生合成反応については、全く判明していない。そこで、非メバロン酸経路のMEPからIPPに至る本経路の全貌の解明を目指して研究を行った。

1. 非メバロン酸経路の変異株の取得

 非メバロン酸経路のMEPからIPPに至る経路の解明を行うために、MEP以降の非メバロン酸経路の欠損変異株の取得を試みた。非メバロン酸経路の欠損変異株は致死であるため、外部から最終産物であるIPPを供給しなければならない。しかしながら、IPPのようなリン酸化合物は細胞内への透過性が悪いため、外部からIPPを供給することは難しいと考えた。実際、dxr破壊株にIPPを添加して培養したが生育は認められなかった。そこで、放線菌 Streptomyces sp. CLl90株よりクローニングしたメバロン酸経路遺伝子クラスターを利用し、大腸菌にメバロン酸経路のメバロン酸以降の遺伝子mevalonate kinase、phosphomevalonate(PMV )kinase、diphosphomevalonate(DPMVA)decarboxylase、IPP isomeraseを導入し、メバロン酸添加時にはIPPおよびDMAPPをメバロン酸経路で供給できる系を構築した。次に、この形質転換株を変異処理することにより、非メバロン酸経路の欠損変異株をメバロン酸要求変異株としてスクリーニングした。約60,000コロニーをスクリーニングしたところ、17株のメバロン酸要求変異株を取得することができた。これらの変異株は、目的通り、メバロン酸非存在下では生育できず、メバロン酸存在下では野生株と同等の生育を示した。

 次に、非メバロン酸経路の欠損変異株の変異を相補する遺伝子の取得を試みた。大腸菌のゲノミックライブラリーで変異株を形質転換し、メバロン酸非存在下で生育が回復することを指標に、相補遺伝子として機能未知遺伝子であった4つの遺伝子gcpE、YACM、ygbB、ychBを取得することに成功した。これらの遺伝子は、dxs遺伝子やdxr遺伝子と同様に、酵母、古細菌やメバロン酸経路を有する真正細菌からは検出されず、多くの真正細菌に見出された。従って、これらの遺伝子は、生物における分布からも非メバロン酸経路の遺伝子であることが示唆された。

2. 非メバロン酸経路の欠損変異株の相補遺伝子の機能解析

 取得した4つの遺伝子YACM、ygbB、ychB、gcpEの非メバロン酸経路における機能解析を行った。それぞれの遺伝子を大腸菌で大量発現させ、遺伝子産物を精製した。それぞれの遺伝子産物と生合成中間体であるMEP を様々な条件下で反応させた。その結果、YACM遺伝子産物とMEPをCTP存在下で反応したときのみ、反応の進行が確認できた。この反応産物を精製後、各種分析機器を用いて構造解析を行い、反応産物の構造を4-(cytidine 5'-diphospho)-2-C-methyl-D-erythritol(CDP-ME)と決定した。このことから、YACM遺伝子産物は、MEPをCTP存在下でCDP-MEに変換する酵素2-C-methyl-D-erythritol cytidylyltransferase(MEP cytidylyltransferase)であることが明らかとなった。

 次に、CDP-MEとygbB、ychB、gcpE遺伝子産物を様々な条件下で反応させた。その結果、ychB 遺伝子産物とCDP-MEをATP存在下で反応させたときのみ、反応の進行が確認でき、この反応産物の構造を2-phospho-4-(cytidine 5'-diphospho)-2-C-methyl-D-erythritol(CDP-ME2P)と決定した。このことから、ychB遺伝子産物は、CDP-MEをATP存在下でCDP-ME2Pに変換する酵素4-(cytidine 5'-diphospho)-2-C-methyl-D-erythritol kinase(CDP-ME kinase)であることが明らかとなった。

 さらに、CDP-ME2PとygbB、gcpE遺伝子産物を様々な条件下で反応させた。その結果、ygbB遺伝子産物とCDP-ME2Pを反応させたときのみ、反応の進行が確認でき、この反応産物の構造を2-C-methyl-D-erythritol 2,4-cyclodiphosphate(MECDP)と決定した。このことから、ygbB遺伝子産物は、CDP-ME2PをMECDPに変換する酵素2-C-methyl-D-erythritol 2,4-cyclodiphosphate synthase(MECDP synthase)であることが明らかとなった。

 以上のように、非メバロン酸経路のMEP以降MECDPに至る3段階の反応を解明し、YACM遺伝子産物がMEP cytidylyltransferaseであること、ychB遺伝子産物がCDP-ME kinaseであること、ygbB遺伝子産物がMECDP synthaseであることを明らかにした。しかしながら、gcpE遺伝子産物とMECDPを反応させたが、反応の進行は観察できなかった。gcpE遺伝子の機能についてはいまだ解明されていない。

3. 非メバロン酸経路の後半部分の解析

 本研究の進行中、IPPとDMAPPの相互変換を行うIPP isomerase遺伝子(idi)は、大腸菌においては必須ではないことが報告された。このことは、1.非メバロン酸経路では、IPP経路とDMAPP経路に分岐している、2.大腸菌はidi遺伝子以外にもIPP isomerase遺伝子を有している、という2つの可能性を示唆していた。そこで、dxrとidiの両遺伝子破壊株(E.coli DK331)に、メバロン酸経路のメバロン酸以降の3つの遺伝子MVA kinase、PMVA kinase、DPMVA decarboxylaseを導入し、IPPのみを供給したときの生育を検討することにより、MECDP以降の反応経路について解析を行った。その結果、E. coli DK331にIPPのみを供給した場合には、生育が確認できなかったが、E. coli DK331に前述の3つのメバロン酸経路遺伝子に加えて、外来のIPP isomerase遺伝子を導入した場合には、生育を示した。このことから、大腸菌は、IPP isomerase としてidi遺伝子のみを有していることが証明され、非メバロン酸経路はIPP経路とDMAPP経路とに分岐していることが強く示唆された。

 以上のように、非メバロン酸経路のMEP以降MECDPに至る3段階の反応を明らかにし、それらの反応を触媒する酵素をコードする遺伝子のクローニングに成功した。また、MECDP以降、IPP経路とDMAPP経路に分岐することを示した。しかしながら、MECDP以降の反応経路およびそれらの反応を触媒する酵素や関連する遺伝子については、不明のままである。現在、さらにMECDP以降の経路の解明を目指し研究を展開している。

メバロン酸経路と非メバロン酸経路

非メバロン酸経路

審査要旨 要旨を表示する

 イソプレノイドの生合成基本単位であるisopentenyl diphosphate(IPP)とそのアイソマーであるdimethylallyl diphosphate(DMAPP)は、高等植物の色素体、緑藻、多くの真正細菌において、メバロン酸経路とは全く異なる新規経路、非メバロン酸経路によって生合成されている。本経路の初発の反応は、pyruvateとD-glyceraldehyde 3-phosphateから1-deoxy-D-xylulose 5-phosphate(DXP)が生成する縮合反応であり、第2段階の反応は、DXPから2-C-methyI-D-erythritol 4-phosphate(MEP)が生成する反応である。しかし、MEP以降の生合成経路については全く明らかにされていない。本研究は、MEP以降の非メバロン酸経路の解析を行ったもので、4章からなる。

 第1章では、非メバロン酸経路の変異株の取得および解析について延べている。非メバロン酸経路の欠損変異株は致死であるため、放線菌 Streptomyces sp. CL190株よりクローニングしたメバロン酸経路遺伝子を大腸菌に導入し、メバロン酸添加時にはIPPおよびDMAPPを供給できる系を構築した。この形質転換株を変異処理することにより、非メバロン酸経路の欠損変異株を取得することができた。次に、大腸菌のゲノミックライブラリーで変異株を形質転換し、メバロン酸非存在下で生育が回復することを指標に、相補遺伝子として機能未知遺伝子であった4つの遺伝子gcpE, YACM, ygbB, ychBを取得することに成功した。

 第2章では、非メバロン酸経路の変異株を相補する遺伝子の解析を行っている。取得した4つの遺伝子 YACM, ygbB, ychB, gcpEを大腸菌で大量発現させ、遺伝子産物を精製した。それぞれの遺伝子産物と生合成中間体であるMEPを様々な条件下で反応させた結果、YACM遺伝子産物とMEPをCTP存在下で反応したときのみ、反応の進行が確認され、YACM遺伝子産物は、MEPをCTP存在下で4-(cytidine 5-'diphospho)-2-C-methyl-D-erythritol(CDP-ME)に変換する酵素MEP cytidylyltransferaseであることが明らかとなった。

 次に、CDP-MEとygbB, ychB, gcpE遺伝子産物を様々な条件下で反応させた結果、ychB遺伝子産物とCDP-MEをATP存在下で反応させたときのみ、反応の進行が確認され、ychB遺伝子産物はCDP-MEをATP存在下で2-phospho-4-(cytidine 5'-diphospho)-2-C-methyI-D-erythritol(CDP-ME2P)に変換する酵素CDP-ME kinaseであることが判明した。

 さらに、CDP-ME2PとygbB, gcgE遺伝子産物を様々な条件下で反応させた結果、ygbB遺伝子産物とCDP-ME2Pを反応させたときのみ、反応の進行が確認され、ygbB遺伝子産物はCDP-ME2Pを2-C-methyl-D-erythritol 2,4-cyclodiphosphate(MECDP)に変換する酵素MECDP synthaseであることが明らかとなった。

 以上のように、非メバロン酸経路のMEP以降MECDPに至る3段階の反応を解明したが、gcpE遺伝子の機能についてはいまだ判明していない。

 第3章では、非メバロン酸経路の後半部分の解析を行っている。その結果、IPPとDMAPPの相互変換を行うIPP isomerase遺伝子として、大腸菌はidiのみを有することが明らかになり、idi遺伝子が生育に必須ではないことから、大腸菌において、非メバロン酸経路はIPP経路とDMAPP経路とに分岐していることが示唆された。

 第4章では、非メバロン酸経路の初発反応と第2段階反応を触媒する酵素の酵素学的解析を行い、1-deoxy-D-xylulose 5-phosphate synthaseと 1-deoxy-D-xylulose 5-phosphate reductoisomeraseの諸性質を明らかにした。

 以上、本論文は大腸菌における非メバロン酸経路のMEP以降MECDPに至る3段階の反応を明らかにし、それらの反応を触媒する酵素をコードする遺伝子のクローニングに成功するとともに、MECDP以降、IPP経路とDMAPP経路に分岐することを示したものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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