学位論文要旨



No 116207
著者(漢字) 本田,亜希
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,アキ
標題(和) 免疫反応の抑制機構の解析
標題(洋)
報告番号 116207
報告番号 甲16207
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2237号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 免疫系は有害な非自己を排除して自己を防御する機構であり、通常自己抗原に反応するT細胞やB細胞は発達段階で除去されたり、末梢で不応答になるなどして自己抗原に対する免疫応答、すなわち自己免疫応答は抑制されている。しかし何らかの機構が破綻し、抗体やT細胞が自己抗原と反応した結果、全身あるいは特定の組織や臓器に障害がもたらされる疾患が知られており、これを自己免疫疾患という。自己免疫疾患として、ある種の慢性関節リューマチや糖尿病、多発性硬化症などがあり、いずれも根本的な治療法の確立されていない難病である。そこで本研究では自己免疫性漫性関節リューマチの動物モデル疾患であるコラーゲン誘導性関節炎(CIA:collagen-induced arthritis)をモデルとして免疫抑制機構の解明及び自己免疫応答の抑制に関して実験を行った。これまで慢性関節リューマチの治療方法としては抗炎症剤による炎症の抑制が中心であった。しかしながらこれらは持続性が短く、また発癌性などの副作用の危険性も高く、頻繁な投与によりその危険性はさらに高まることが知られている。したがって近年では症状を単に抑えるのではなく慢性関節リューマチに特異的な方法で根本的に治療しようという姿勢がとられはじめ、免疫抑制剤や、抗TNF剤などが用いられはじめた。しかしこれらにおいても、患者により効果の程度が大きく異なる、遅効性である、また長期使用により効果が減少する、重篤な副作用をもたらすことがあるなどの問題点がある。さらに近年抗IL-1 レセプターと抗TNF抗体の併用、また抗CD4抗体と抗TNF抗体の併用がより効果的に自己免疫疾患を抑制することが慢性関節リューマチのモデルで示されている。しかしながら、実際はこれらを含め、現在提唱されている自己免疫疾患の抑制方法はほとんどが免疫応答を修飾するものであり、慢性関節リューマチを特異的かつ根本的に治療する方法は未だに見つけられていないのが現状である。

 本研究では生体が本来備えている免疫抑制機構に注目し、その機構を解明すると同時に、より根本的に自己免疫反応を抑制することを試みた。ヒトの慢性多発性硬化症モデルであるEAE (experimental autoimmune encephalomyelitis)は自然寛解し、その自然寛解には生体内の免疫抑制機構が伴うと考えられる(後述)。本研究においては、CIAを実験モデルとして用い、動物をあらかじめ前免疫するなどによって、免疫抑制機構を活性化し自己抗原に対する免疫反応を抑制することを試みた。CIAはDBA/IJマウスなどのある特定の遺伝的背景を持つ動物を異種II型コラーゲンで免疫することにより誘導され、T細胞及び抗体の両者が疾患に関わっていると考えられる。本研究においては実験動物としてDBA/lJマウスを用い、ウシII型コラーゲン(bCII)をアジュバントとともに投与することによりCIAを誘導した。

 第一章 抗T細胞レセプター応答によるコラーゲン誘導性関節炎の抑制

 本章ではCIAを誘導するために用いられる抗原であるbCIIの部分ペプチドであるp245-270に対する免疫応答が、生体内の免疫抑制機構を誘導し、CIAの発症を遅延、抑制することを発見した。

 P245-270には優勢なT細胞抗原決定基が含まれており,これに対する応答はむしろCIAの誘導に深く関わると考えられる。しかしこのながらこのペプチドを用いて前免疫を施した後にbCIIでCIAを誘導すると発症が抑制されることを発見した。EAE、インシュリン依存型糖尿病及びCIAなどの自己免疫疾患の実験モデルにおいて、それらの動物の遺伝的背景は様々であるにも関わらず、全ての疾患でBV8S2Al鎖のT細胞レセプター(TCR)をもつT細胞が自己抗原の認識の中心的役割を担っている。SercarzらはBV8S2A鎖の76残基から101残基に相当するペプチド(B5)を用いた免疫はEAE及びCIAを抑制することを示した(1)。またEAEは疾患の発症後自然寛解することが知られているが、この寛解にこのB5ペプチドに対する免疫応答が伴っていることを発見した。これらのことより抗B5応答は自己免疫応答が起こったときに緊急に働く生体内に備えられた抑制機構であると考えられる。

 この事実に基づき、CIAにおいてもbCIIの抗原決定基に相当するp245-270を用いて免疫をした場合に、特異的なT細胞を活性化することにより、抗B5応答が誘導されたためにCIAが抑制された可能性を検討した。そこでDBA/1Jマウスをp245-270で免疫し、その脾臓細胞を取りだし、B5ペプチドと培養を行ったところ、B5ペプチドに特異的に増殖ならびにインターフェロンγ(IFN-γ)産生応答を示すことが明らかとなった。

 これまでのところ抗B5応答は,疾患の寛解時に見られるほかは,スーパー抗原に対する応答によって誘導された例しか知られていなかった。本研究のように自己免疫疾患に関与する優勢な応答の誘導が抗B5応答を活性化し,自己免疫応答を抑制できたことは,抗B5応答が自己免疫抑制の機構として常に生理的に働きうることを示唆しており重要である。すなわちbCII投与のみの場合は自己免疫反応を誘導する一方で、p245-270を用いて前免疫を行うことにより自己免疫反応が抑制されるのは,bCII投与のみでは十分な免疫抑制反応を活性化できないためであると推定される。

 第二章 ダニ抗原を用いた免疫によるコラーゲン誘導性関節炎の抑制

 次にCIAを誘導するために用いるbCIIとは全く異なる抗原が免疫反応の抑制応答を誘導し、自己免疫応答を修飾できることを示した。

 これまでのところ特定の抗原に対する免疫応答について研究が進められる一方で、複数の抗原に対する種々の免疫応答がお互いに及ぼしあう影響についてはほとんど検討されていない。しかしながら実際の生体では常に多くの抗原に接しており、生体内では複数の抗原に対して同時に免疫応答が起こっているものと考えられ,それらの免疫応答が影響を及ぼしあう可能性がある。そこで我々はDBA/1Jマウスを様々な抗原を用いて前免疫を行いCIAに及ぼす影響を観察した。

 すなわちDBA/1JマウスをDermatophagoides farinae抽出物(ダニ抗原)、カサ貝ヘモシアニン(KLH)、卵白アルブミン(OVA)、牛乳β-ラクトグロブリン(β-Lg)、モルモットミエリン塩基性タンパク質(MBP)及び鶏卵白リゾチーム(HEL)を用いて前免疫を行い、その後CIAに及ぼす影響を観察した。ダニ抗原はハウスダストに、OVAは卵に、β-Lgは牛乳に含まれるアレルゲンとして、MBPはEAEを誘導する自己抗原として知られている。その結果KLH、OVAならびにダニ抗原での前免疫はCIAの発症を抑制することが明らかとなった。

 なかでもダニ抗原を用いた前免疫はCIAを最も顕著に抑制したため、抑制機構の解析を行った。ダニ抗原はアレルゲンとしてしられており、Th2型の免疫応答を誘導すると考えられ一方で,CIAはTh1応答が関与している可能性がある。したがってダニ抗原による抑制は関節炎関連応答をTh1型からTh2型へ移行したためである可能性を検討した。しかしながらbCIIに特異的な抗体産生応答を測定した結果、ダニ抗原の前免疫によりbCIIに特異的な抗体価はIgG1,IgG2a,IgG2bのいずれも下がっておらず、またIFN-γ産生の減少も見られなかったことからこの免疫型の移行は起こっていないことが明らかとなった。また抗体価のみならず,T細胞の.増殖応答の抑制も見られず,CIAの発症に通常伴う応答のいずれもダニ抗原投与によって影響を受けなかった。さらなる解析の結果、ダニ抗原を用いた前免疫は第一章と同様の抗B5応答を誘導することが明らかとなった。

 以上より外来抗原を用いた免疫が自己免疫応答を調節するような免疫抑制応答を誘導し、自己免疫疾患を調節する場合のあることが明らかとなった。またさらにダニ抗原を分子量によって分画を行い、CIAを抑制する画分が分子量1万以下であることを決定した。

 第三章 T細胞相互作用による免疫抑制

 以上2つの実験系において特定のT細胞レセプターに対する免疫応答が起こっていることが明らかとなった。特定のT細胞レセプターに対する応答が起こることより、免疫反応の抑制においてはT細胞自身が抗原提示細胞(APC)として抑制性T細胞の標的になっているのではないかと考え、本章ではT細胞どうしの相互作用機構に注目し、CD8T細胞がCD4T細胞に対し特異的に免疫抑制できる場合があることを示した。

 CD8T細胞に対して抗原提示をするために必要とされる主要組織適合抗原クラスI(MHCクラスI)分子は生体内の全ての体細胞に発現しており、T細胞上にも認められる。したがってT細胞も抗原提示を有するものと考えられる。実際のところマウスCD4T細胞によるCD8T細胞への抗原提示においてはよく知られていないが、T細胞が抗原提示能力を有するという報告はこれまでにある。一方でSercarzらは、HEL及び大腸菌βガラクトシダーゼ特異的CD4T細胞とCD8T細胞の抗原決定基が抗原の一次構造上近くに存在することを示した

(2)。さらに近年Caiらの報告などによりT細胞がAPC上の抗原を認識するときにMHC抗原がT細胞内に取り込まれる現象が示されている

(3)。それらを総括し、以下のような仮説を立てた(図1)。すなわちCD4T細胞がMHCクラスIIやB7分子などを備えた(プロフェッショナルな)APC上のMHCクラスII分子から抗原提示を受ける。このとき抗原内にCD4T細胞の抗原決定基とCD8T細胞の抗原決定基が隣接して存在している、APC上のクラスII分子はCD4T細胞とCD8T細胞の抗原決定基の両方をCD4T細胞に対し提示する。CD4T細胞のTCRはこの抗原ペプチドとMHCクラスII分子複合体を取り込み、その後CD4T細胞自身のMHCクラス1分子上にCD8T細胞の抗原決定基部分を提示し、これをCD8T細胞が認識しCD4T細胞に対して何らかの抑制を示すというものである。この仮説を証明するため以下のような実験系を組み立てた(図2)。

 CD8T細胞としてCD8T細胞由来TCR遺伝子組換えマウスである2Cマウスの脾臓細胞を用い、CD4T細胞としてCD4T細胞由来TCR遺伝子組換えマウスである3A9マウスとC57BL/6マウスを掛け合わせた第一世代のマウスである(3A9xB6)F1の脾臓細胞を用いた。2CマウスのCD8T細胞はSIYRペプチドをMHCクラス1分子Kh依存的に認識し、(3A9xB6)F1マウスのCD4T細胞はHEL48-62ペプチドをMHCクラスII I-Ak依存的に認識する。(3AgxB6)FIのCD4T細胞に対するAPCとしてはB10.BRの脾臓細胞をX線照射により増殖能を失活させたものを用いた。抗原ペプチドとして2Cマウスの抗原決定基であるSIYRペプチド及び3A9の抗原決定基であるHEL48-62ペプチドをつないだ合成ペプチドSIYR/48-62(この2つの抗原決定基の間にはαs1-カゼインの配列を参考に5残基のアミノ酸残基を挟んだ)及びコントロールとしてHEL48-62(3A9の抗原決定基のみを含む)を作製した。これらのペプチドをBl0.BR抗原提示細胞と培養した後、刺激済みのCD4T細胞である(3A9xB6)F1のT細胞を合わせて3日培養した。この細胞をX線照射により増殖能を失活させ、刺激済みのCD8T細胞である2C脾臓細胞を加え2日間培養を行い、その増殖ならびにIFN-γ分泌応答を観察した。結果はSIYR/48-62で刺激を受けたCD4T細胞は2C CD8T細胞の増殖応答を誘導し、HEL48-62を用いたものでは増殖を誘導しなかった。このことよりBl0.BRのAPC上のSIYR/48-62/クラスII分子複合物を(3A9xB6)F1由来のCD4T細胞が認識して取り込み、自身のクラス1分子上にSIYR部分を提示し、応答した2C CD8T細胞は増殖応答を示したものと考えられ、仮説は正しかったと考えられる。このような機構は,現在までに示されている免疫抑制機構の中で、免疫抑制が抗原特異的に行われことを示したのは本研究が唯一のものである。

 以上のように本研究では免疫抑制について生体内での現象と,細胞レベルでの分子機構の両者を調べた。生体内の免疫抑制機構を活性化することにより自己免疫応答を抑制することができれば、これまでの対症療法なものとは異なり、根本的な自己免疫疾患の抑制法を確立できるものと考えられる。また近年CD25細胞など免疫抑制を担当する細胞として多くのものが示唆されているが,抗原特異的な抑制機構は知られていない。本研究で示した抗原特異的な免疫抑制機構は、今後、生体全体の免疫抑制の機構を解明するうえでひとつのキーとなるものと期待される。

1. V.Kumar, F.Aziz,E.Sercarz,A.Miller,J Exp Med 185,1725-33(1997).

2. S.Shivakumar, E.E.Sercarz,U.Krzych,Eur J Immunol 19,681-7(1989).

3. J.F.Huang, et al., Scjence 286,952-4(1999).

図1 抗原特異的免疫抑制機構の模式図

図2 抗原特異的免疫抑制機構解明の実験モデル

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では自己免疫性慢性関節リューマチの動物モデル疾患であるコラーゲン誘導性関節炎(CIA:colIagen-induced arthritis)をモデルとし、生体が備えもつ免疫抑制機構を解明することを試みた。DBA/1JマウスをウシII型コラーゲン(bCII)で免疫することによりCIAを誘導し、実験モデルとして用いた。

 第一章ではbCIIの優勢なT細胞抗原決定基が含まれる部分ペプチドであるp245-270に対する免疫応答が、生体内の免疫抑制機構を誘導し、CIAの発症を遅延、抑制することを示した。多くの自己免疫疾患においてBV8S2A1鎖のT細胞レセプター(TCR)をもつT細胞が自己抗原の認識の中心的役割を担っている。SercarzらはBV8S2A鎖の76残基から101残基に相当するペプチド(B5)を用いた免疫はEAE及びCIAを抑制し、またEAEの自然寛解にこのB5ペプチドに対する免疫応答が伴っていることを発見した。これに基づき、CIAにおいてbCIIの抗原決定基に相当するp245-270を用いて免疫をした場合に、特異的なT細胞を活性化することにより、抗B5応答が誘導されたためにCIAが抑制された可能性を検討し、実際p245-270で免疫し、その脾臓細胞がB5ペプチドに特異的に応答することを確認した。以上のように自己免疫疾患に関与する優勢な応答の誘導が抗B5応答を活性化し、自己免疫応答を抑制できたことは、抗B5応答が自己免疫抑制の機構として常に生理的に働きうることを示唆しており重要である。すなわちbCII投与のみの場合は自己免疫反応を誘導するが、P245-270を用いて前免疫を行うことにより自己免疫反応が抑制されるということが、bC II投与のみでは十分な免疫抑制反応を活性化できないためであると推定される。

 第二章ではCIAを誘導するために用いるbC IIとは全く異なる抗原が免疫反応の抑制応答を誘導し、自己免疫応答を修飾する場合があることを示した。DBA/1JマウスをDermatophagoides farinae抽出物(ダニ抗原)、カサ貝ヘモシアニン(KLH)、卵白アルブミン(OVA)、牛乳β-ラクトグロブリン、モルモットミエリン塩基性タンパク質及び鶏卵白リゾチーム(HEL)を用いて前免疫を行い、その後CIAを誘導し発症の度合を観察した結果、KLH、OVAならびにダニ抗原での前免疫はCIAの発症を抑制することが明らかとなった。なかでもダニ抗原を用いた前免疫はCIAを最も顕著に抑制し、またこの抑制は第一章と同様の抗B5応答を誘導することが明らかとなった。

 以上より外来抗原を用いた免疫が自己免疫応答を調節するような免疫抑制応答を誘導し、自己免疫疾患を調節する場合のあることが明らかとなった。またさらにダニ抗原を分子量によって分画を行い、CIAを抑制する画分が分子量1万以下であることを決定した。

 第三章ではT細胞どうしの相互作用機構に注目し、CD8T細胞がCD4T細胞に対し免疫応答を示す場合があることを示した。主要組織適合抗原クラス1(MHCクラスI)分子はT細胞上にも認められ、T細胞も抗原提示能を有するものと考えられる。HEL及び大腸菌βガラクトシダーゼ特異的CD4T細胞とCD8T細胞の抗原決定基が抗原の一次構造上近くに存在することが知られている。さらに近年T細胞がAPC上の抗原を認識するときにMHC抗原がT細胞内に取り込まれる現象が報告された。それらを総括し、以下のような仮説を立てた。すなわち抗原内にCD4T細胞の抗原決定基とCD8T細胞の抗原決定基が隣接する場合、CD4T細胞がプロフェッショナルなAPC上のMHCクラスII分子から抗原提示を受けるときにAPC上のクラスII分子はCD4T細胞とCD8T細胞の抗原決定基の両方をCD4T細胞に対し提示する。CD4T細胞のTCRがこの抗原ペプチドとMHCクラスII分子複合体を取り込み、その後CD4T細胞自身のMHCクラスI分子上にCD8T細胞の抗原決定基部分を提示し、これをCD8T細胞が認識しCD4T細胞に対して何らかの抑制を示すというものである。この仮説を証明するためトランスジェニックマウスを用いた実験系を組み立て、CD4T細胞がAPCから取り込んだ抗原を再び自身のMHC class I分子上に提示し、CD8T細胞の細胞増殖応答とIFN-γ産生を誘導できることを示した。このことは抗原特異的な免疫抑制の機構のひとつの例となる。

 以上のように本研究では免疫抑制について生体内での現象と、細胞レベルでの分子機構の両者を調べた。本研究で示した抗原特異的な免疫抑制機構は、今後、生体全体の免疫抑制の機構を解明するうえでひとつの布石となると考えられ、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク