学位論文要旨



No 116216
著者(漢字)
著者(英字) Phua,Mui How
著者(カナ) プア,ムーイ ハウ
標題(和) 森林保全に関する定量的研究 : マレーシアサバ州キナバル地域を事例として
標題(洋) A Quantitative Study on Forest Conservation : A Case of Kinabalu Region, Sabah, Malaysia
報告番号 116216
報告番号 甲16216
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2246号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 助教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 露木,聡
 東京大学 助教授 白石,則彦
内容要旨 要旨を表示する

 近年熱帯地域における森林減少が深刻な社会問題となるにつれ、森林保全は一国の社会発展プロセスの中で必要不可欠な要素となりつつある。森林保全は計画立案から管理、評価まで様々な側面を有するが、これまでこれらの点は十分に考慮されてきたとは言えない。森林保全の多様な側面を分析するには定量的アプローチが必要となる。

 第一章においては研究の背景及び研究の目的を述べた。定量的アプローチを基礎とする本研究の目的は以下のようにまとめられる。

1.マルチセンサリモートセンシング技術より得られた土地被覆指標を用いてキナバル地域における森林減少の性格を明らかにする。

2.持続可能な森林経営のための基準と指標に関連して、GISべース多基準意思決定アプローチ(GISべースMCDM)を用いたランドスケープスケールでの森林保全計画のための基準と指標を提案する。

3.森林の総価値を算出する新しいアプローチと森林保全評価の新しい理論を提案する。

4.持続可能な森林保全概念モデルを作成し、保全区域における経営のモニタリングツールとしての基準と指標を提案しキナバルパークヘの適用を試みる。

5.キナバルパークにおいて保護管理の効用を最大化し、公園と住民の関係を改善するような現実的な最適保護管理計画を策定する。

 第二章では対象地の概要を述べた。

 第三章では森林減少のパターンを衛星リモートセンシングによる変化抽出技法を用いて明らかにした。本研究ではマルチセンサリモートセンシングアプローチを用いて地表土地被覆を表わす基本的土地被覆指標として正規化植生指数(NDVI)とパターン展開係数を使用する。以上のアプローチを用いてキナバル地域の森林被覆の時系列変化を把握することが出来た。パターン展開法から求められる土壌係数と植生係数の2つの展開係数とNDVIの各値の画像差分、及び土壌係数と植生係数という2つのパターン展開係数の変化ベクトル分析(CVA)を行なったところ、CVAが最も良い結果を与えた。

 キナバル地域における森林減少は、1973・91年(期間1)の2,569ha/yearから1991・96年(期間2)における370ha/yearへとその度合いは減少している。期間1の減少割合が森林被覆に対する1%に当たるのに対し、期間2では0.14%以下となっている。森林減少割合が減少傾向とはいえ、限られた森林及び土地への圧力は増加しつつあると考えられ、これからの当地域の森林保全計画の立案は過去において撹乱された二次林の回復にその主眼が置かれることになろう。

 そこで第四章ではGISべース多基準意思決定アプローチを用いた森林保全計画立案を行なう。最も適切な森林保全計画立案のためには、森林保全計画は適切な基準と指標に基づく森林の優先順位づけ及び選択というプロセスを含んでいなければならない。しかし、いかなる基準がふさわしいかということに関しては明らかな定義というものは無い。例えば、これまでの研究において用いられてきた多様性基準等は、その多くは大型動物種の保護というような限定された目標に沿ったものでしかなかった。これに対して本研究では、より広い立場から森林生態系の保全を扱うために持続可能な森林経営のための基準と指標として生物多様性保全及び水土保全の基準を、さらに森林に対する脅威の度合いを表す基準として潜在的脅威基準を採用した。その結果、これらの3基準(GISアプローチより求められる8つの指標からなる)を用いて、重要な森林地域を提示することが可能となった。川沿いの森林は重要地域とされ、法的に保全されるべきことが明らかになった。さらに、相対的により広い新たな保全区域を計画するために、それぞれ100ha以上の広さを持つ11の森林ポリゴンの外側境界を結ぶ4,361haの面積を持った保全候補地を作成した。例えばこれにより現存道路の障害を除くことが出来ればキナバルパークヘとつながるコリドーを設定できる。

 第五章では森林の総価値を算出する新しいアプローチの開発を行なう。森林の総価値を算出するためにステップ1とステップ2という新しいアプローチを提案する。これはアンケート調査と既存の文献に基づく推計及びGISベースMCDMアプローチの結果より得られる重要度マップを組み合わせたものである。ステップ1ではvc(森林の総価値の推定値)はレクリエーション価値のω倍として求められる。これはレクリエーション価値が総価値の一部であることに基づいている。ωは文献より得られ17.92である。この手法をキナバルパークに適用する。レクリエーション価値はすべての訪問者の消費者余剰として個人旅行費用モデルより求められる。レクリエーション価値は1997年においてRM524,161,575となる。以上よりキナバルパークの森林の総価値vcはRM9,392,975,422と推計される。ステップ1はこれまでの手法より迅速、容易、低コストの方法である。これより平均総価値が得られ、総価値の一次推計としては十分なものである。

 ステップ2は、GISべースMCDMアプローチの結果より得られる重要度マップを用いて各ピクセル単位で平均総価値をキナバルパークに修正する方法である。ピクセルkの総価値(Vk)は重要度マップから求められる修正係数γkとvcの平均値を用いて表される。これを総計して修正した総価値が求まる。キナバルパークについてステップ2の推計値はRM7,255,872,810となった。

 次に森林保全の評価の新しい理論(tr=Vc/Ec)を提案する。修復期間(tr)は毎年の保全経費から求められる。キナバルパークでは年間RM12,225,950が保全経費として支出されており、これよりtrは594年間となる。これは、現在の森林生態系が破壊されたなら同じ年間支出の下では、およそ600年間の年月が森林生態系の修復のために必要であるということを意味している。この新しい概念trは保全地域の保全経費支出の合理性を意思決定者に認めさせるための指標として非常に有用であると思われる。

 GISべースMCDMアプローチより選ばれた保全候補地は、費用便益分析(CBA)アプローチにより経済的に評価できる。新しい手法より導かれた森林の総価値はCBAアプローチにおける便益要素である。これに対し費用要素は、機会費用(最も経済的な農業生産活動であるオイルパーム栽培よりの単位収入)である。森林生態系より産み出される価値総体は、他の便益を台無しにして成り立っているいかなる他の代替利用よりもずっと高い価値を持つ。機会費用である他の代替利用の最大利益がha当たりRM2,008であるのに対し、修正した森林の総価値は少なくともRM24,572以上となった。

 第六章ではペーパーパークシンドロームの防止策として保全区域の経営のためのモニタリングツールの提示と現実的保護管理計画立案に取り組む。持続可能な森林保全の概念モデルは生態的、経済的、社会的な要素のインターアクションという形で構成される。まず、経済的要素と生態的要素の間のインターアクションは管理能力と調和的利用によって表される。管理局の経済力及び人的資源はその管理能力を示す基準となる。調和的利用の尺度としてレクリエーション便益の基準を挙げた。次いで、社会的要素と経済的要素のインターアクションは人々に対する公園設置による社会的厚生と便益によって表現される。これは公園設置による雇用機会創出の基準と自然環境教育の基準によって表される。試行としてキナバルパークヘ適用するモニタリングツールのプロトタイプを作成した。その結果、21ある指標のうち、9つが「やや持続的でない」とされ、1つが「持続的でない」とされた。「やや持続的でない」または「持続的でない」とされた指標のうち、財政余剰及び政府収入源の指標は他の指標にも影響を及ぼし、公園経営の長期的持続性に大きな影響を与える。総括すると、公園は「持続的である」と言えるものの、「やや持続的でない」もしくは「持続的でない」とされた指標に関しては改善や強化が必要である。

 保護管理は経営活動の核のひとつであり、究極の目標は永久的に保全区域を守っていくことである。キナバルパークでは地元住民が雇われ、境界のメンテナンスとパトロールという保護管理活動を行なっている。これは住民にパートタイム収入をもたらし、経営側と住民の間の関係を向上させることとなる。本研究においては現実的な最適保護管理計画が線形計画法を用いて策定される。保護管理計画の目的は現実的かつ適切な配分に基づいて年間保護管理活動の効用を最大化することにある。本研究では効用と雇用で示す保護管理活動の間に正の相関関係を仮定する。雇用を最大化することによって公園経営は地元社会にパートタイム収入をもたらすことになる。雇用の適切な配分のため1991・99年の9年間に記録された保護管理と侵入被害パターンを基にして9つの保護管理ゾーンヘの雇用の配分を行なう。最適保護管理計画では年間に雇用として858人日、支出としてRM12,875必要となった。導かれた保護管理計画は9年間の支出のレンジの中にあり現実的であると言える。

 第七章では本研究の成果をリストアップし、様々な観点より考察を行なった。

 第八章では、本研究において森林保全の持つ多様な側面の研究に際し定量的アプローチが非常に有効であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、熱帯地域における森林の減少が深刻な社会問題となるにつれ、森林保全は一国の社会発展プロセスの中で重要な位置を占めつつある。そのために、森林保全計画の立案から管理、評価までの側面を含む定量的アプローチへの要望が強まっている。そのような背景のもとで、本研究は、マレーシア、サバ州、キナバル地域を対象として、上記の側面を全体的に捉える定量的方法の確立を研究目的としたものである。

 第1章では、研究の背景と研究目的に言及し、研究課題を整理している。第2章は、研究対象地域であるサバ州、キナバル地域の概要に関する記述である。

 第3章では、衛星リモートセンシングによる変化抽出技法を用いて森林減少のパターンを明らかにしている。分析には、地表土地被覆を表わす基本的指標としての正規化植生指数(NDVI)とパターン展開係数を使用し、土壌係数と植生係数の2つのパターン展開係数の変化ベクトル分析(CVA)方法が有効であることがわかった。その結果、キナバル地域では、1973-91年の2,569haから1991-96年における370haへと森林減少の度合いは減少していることが明らかになった。

 第4章では、GISベース多基準意志決定(MCDM)アプローチを用いて森林保全計画立案を試みている。持続可能な森林経営のための基準と指標として生物多様性保全と水土保全の基準を、さらに森林に対する脅威の度合いを表す基準として潜在的脅威基準を採用した。その結果、これらの3基準と8つの指標を用いて、重要な森林地域(川沿いの森林など)の優先順位などを明示することが可能となった。さらに、11の森林ポリゴンを結ぶ4,360haの大きさの保全候補地を明示した。

 第5章では森林の総価値を評価する方法として、アンケート調査と既存の文献に基づく推計方式(ステップ1)と、前章のGISベースMCDMアプローチの結果より得られた重要度マップを組み合わせる方式(ステップ2)の二つを提示した。ステップ1では、キナバルパークのレクリエーション価値を個人旅行費用モデルより求め(1997年においてRM524,161,575)、これに文献から得られた変換係数ω(17.92)を乗じてキナバルパークの森林の総価値VcはRM9,392,975,422と推計された。ステップ2では、各ピクセルkの総価値(VK)は、重要度マップから求められる修正係数γkとVcの平均値から求められ、その合計はキナバルパークについてRM7,255,872,810となった。次に、キナバルパークにおける年間RM12,225,950が保全経費(Ec)と上述の森林の総価値Vcから修復期間tr(r=Vc/Ec)を求め、594年間となった。この新しい概念trは、保全地域の保全経費支出の合理性を説明するための指標として有用であると思われる。

 第6章では、ペーパーパークシンドロームの防止策として保全区域の経営のためのモニタリングツールのプロトタイプの提示と現実的保護管理計画立案について検討した。持続可能な森林保全の概念モデルは生態的、経済的、社会的な要素のインターアクションという形で構成される。例えば、経済的要素と生態的要素の間のインターアクションは管理能力と調和的利用によって表される。管理能力を表す基準としては管理局の経済力及び人的資源を、調和的利用のそれとしてはレクリエーション便益の基準を採用した。他のインターアクションについても同様である。その結果、21ある指標のうち、その半数が「やや持続的でない」または「持続的でない」とされた。これらの指標のうち、財政余剰及び政府収入源の指標は公園経営の長期的持続性に大きな影響を与えるものと判断された。全体的には、キナバルパークは「持続的である」と言えるが、上記の一部の指標に関しては改善や強化が必要である。

 最後に、保護管理計画立案に関して、線形計画法に基づく最適保護管理計画について検討した。本研究では、効用の大小を雇用の多少で表現することにし、1991-99年の9年間に記録された保護管理と侵入被害パターンを基にして9つの保護管理ゾーンヘの雇用の最適配分計画を求めた。最適保護管理計画では年間雇用として858人日、支出としてRM12,875が必要となった。

 第7章では本研究の成果に関して、第8章では森林保全計画に対する本研究の定量的アプローチの有効性に関して考察を加えた。

 以上、本論文は、森林保全計画の策定に関して、衛星リモートセンシングやGIS技術、さらには多基準意思決定法、線形計画法、森林の価値評価法などを有機的に結合し、新しい定量的アプローチを提示すると共に、キナバル地域の森林保全に関して貴重な知見を提示したもので、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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