学位論文要旨



No 116219
著者(漢字) 渡邊,俊
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,シュン
標題(和) ウナギ属魚類(genus Anguilla)の分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 116219
報告番号 甲16219
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2249号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 助教授 小川,和夫
 国立科学博物館動物研究部 第2研究室長 松浦,啓一
内容要旨 要旨を表示する

 熱帯域を中心に世界に広く分布するウナギ属魚類は、ウナギ目(Anguilliformes)の中で唯一通し回遊性をもつグループとして特異である。その不思議な回遊生態と漁業資源としての重要性からウナギ属魚類の生態に関する研究は多いが、分類に関する研究は乏しい。デンマークのEge (1939)により16種3亜種として確立されたウナギ属魚類の分類体系は、その後一部修正されながらも60年たった今も多くの研究者に受けいれられている。しかしこの分類体系は形態形質の他に産地情報をもとりいれて作られたもので、産地不明の個体や同所的分布を示す種については明確に識別することができない。一般にウナギ属魚類の分類においては、各々の形態が相互に類似し分類形質の極めて乏しいことが研究の障壁となっている。そこで本研究では、従来用いられてきた形態形質の他にミトコンドリアDNA(以下mtDNA)の分子形質にも着目し、新しい角度からウナギ属魚類の分類を試みた。本研究では、まず現行の分類の問題点を整理し、ウナギ属魚類の形態形質について精査した。次に近年急速に発達した分子生物学的手法によって分子形質を用いてウナギ属魚類の分類体系を見直し、新しい体系を構築した。さらには世界のウナギ属魚類を対象として、実用的な検索を提示することもこの研究の狙いとした。

現行の分類の問題点

 Ege(1939)の論文に記載された形質の数値と地理分布の情報を基にウナギ属魚類の分類を再検討したところ、一部の地域で同所的分布を示すAnguilla celebesensisとA. interiorisやA. nebulosaとA.marmorealなど計5組の組み合わせにおいては、両種の形態形質はいずれも重複する範囲をもち、両種を明確に分類することはできなかった。また現行のウナギ属魚類の検索には標徴形質が平均値で示されているのみで、変異幅についての情報がないため、この検索は実際の種同定の現場において全く機能しないことがわかった。さらに産地情報のない場合は、ウナギ属のいずれの種についても正確な種同定をすることができないことも明らかとなった。

形態形質

 世界各地から採集したウナギ属魚類の標本1501個体と、博物館に保管されている標本235個体の計1736個体について、体長、頭長、背鰭始部前長、肛門前長、吻長、眼径、下顎長など外部形態の計21形質を計測した。またこのうち1544個体については斑紋の有無を観察し、209個体については歯帯の長さ、歯帯の中間点の幅そして溝の有無など歯帯に関する9形質を観察した。同時に内部形態として脊椎骨数と腹椎骨数そして左右の擬鎖骨、背鰭始部、肛門および臀鰭始部の脊椎骨上の位置について観察を行った(1024個体)。さらに今までウナギ属魚類の分類学的研究においてほとんど検討されなかった頭骨および尾部骨格の形態(80個体)、そして頭部感覚孔の配列と数(203個体)についても観察した。その結果、斑紋の有無、主上顎骨上の歯帯の幅(広い・狭い)、および背鰭始部の位置(長鰭型・短鰭型)の計3形質は、ウナギ属魚類を分類するに有効な形態形質であることが明らかとなった。一方、その他の形態形質はいずれも重複する範囲をもち、分類形質としては使用できないことがわかった。以上のことから形態形質によって、ウナギ属は以下の4グループに分けることができた:1.斑紋があり歯帯の広いグループ、2.斑紋があり歯帯の狭いグループ、3,斑紋がなく長鰭型のグループ、4、斑紋がなく短鰭型のグループ。

分子形質

 形態観察によって分けられた4グループの中から各25〜104個体、計316個体を選び、mtDNAの16SリボゾームRNA遺伝子領域(以下16S領域)について、10種類の制限酵素(A1u I, Apa I, Bbr PI, Bsp 12861 ,Eco OlO91, Eco T14I, Hha I, Msp I, Mva I, Mva I, Van 911)を用いてRFLP分析を行った。バンドパターンを0-1データに変換してクラスター解析を行い、デンドログラムを得た。このデンドログラムに形態形質から得られた4つのグループを重ね合わせた結果、明瞭に識別される14のクレードを認識することができた。次に各クレード内の個体の脊椎骨数に着目してみると、その内1つのクレードについてはさらにその内部に脊椎骨数が100〜110を示す個体と111〜114を示す個体が各々別のクレードを作り、明瞭な2群に分かれることが明らかになった。すなわち以上の分子と形態形質の観察に基づいて15の分類群を得ることができた。形態形質によって明瞭に分けられた4グループがデンドログラム上でまとまらなかったこと、また分子系統学的研究(青山1998)によると3つの形態形質(斑紋、歯帯、背鰭始部の位置)がいずれも多系統的に出現することを考慮すると、この4グループはそれぞれ属以上の階級として取り扱うことはできず、したがってこのグループに包含される15分類群は種以下の階級に相当するものと考えた。15分類群かられぞれ1個体、計15個体を選び、16S領域の塩基配列1485bpを決定し、15個体相互の遺伝距離を算出したところ、0.0115〜0.0571の値を得た。ウナギ属魚類中、最も新しく分化した姉妹群と考えられているA. anguillaとA. rostrata 2種間の値(0.0115)を種の境界値と定義すると、ここで得られた15分類群はすべて種以上の階級に属するものと考えられた。そこでこれらの15分類群は種に相当するものと判断した。一方、同様の解析法から亜種同士の遺伝距離は、A. australis AustraliaとA. australis schmidtiiで最も小さく(0.0034)、次いでA. nebulosa nebulosaとA. nebulosa labiataで0.0061、A. bicolor bicolorとA. bicolor pacificaで0.0068となり、いずれも上記の種の境界値(0.0115)よりも低い値を示した。また16S領域と同様に調節領域についても7種類の制限酵素(Alu I, Eco T221, Hha I, Hinc II, Mbo I, Msp I, Mva I)を用いてRFLP分析とクラスター解析を行ったところ、A. nebulosa nebulosa と A. nebulosa labiata,そしてA. bicolor bicolorとA. bicolor pacificaにおいては、採集地ごとにクレードを形成したが、A. australisの亜種間では、両亜種の異なる分布域から得られた個体がひとつのクレード内に混在し、分布域で識別されるこれら2亜種に遺伝的差異はないものと判断された。さらにA. bicolor bicolorとA. bicolor pacificaのmtDNA調節領域の塩基配列からみた両亜種間の遺伝的差異は6.6%と小さく、これはインド洋から太平洋まで広域に分布し、内部が6集団に分かれるにもかかわらず単一種とされるA. marmorataのそれ(2.4〜7.7%)とほぼ同等である(石川1998)ことを考えると、3組の亜種同士の遺伝的差異は十分に小さく、これらに亜種を設けず、それぞれ一種と解釈した方が妥当であると考えられた。

ウナギ属魚類の分類

 世界のウナギ属魚類の分類を再検討するため、模式標本が存在するウナギ属魚類61種、計220個体について外部形態の計測を行った。次にこれまで記載された138種についてシノニムの整理を行い、本研究で得られた15分類群と比較した。その結果、本研究の15分類群に対応する種名を形態形質と産地情報に基づいて以下のとおり選定した:A. celebesensis Kaup, 1856、A. interioirs Whitley, 1983、A. megastoma Kaup, 1856、A. nebulosa McClelland, 1844、A. marmorata Quoy and Gaimard, 1824、A. reinhardtii Steindachner 1867、A. borneensis Popta, 1924、A. japonica Temminck and Schlege1, 1846、A. rostrata(Lesueur, 1817)、A. anguilla(Linnaeus, 1758), A. dieffenbachii Gray, 1842,A.mossambica(Peters,1852)、A. bicolor McClelland,1 844、A. obscura Gunther, 1871、A. austlalis Richardson, 1841。またこれらの各種について形態および分子の形質を記載した(ここでは省略)。さらに世界のウナギ属魚類に適用可能な検索を以下の通り考案した(分子による種同定の詳細は省略)。

1a.斑紋がある ・・・・・2

1b.斑紋がない ・・・・・3

2a.主上顎骨上の歯帯が広い ・・・・・4

2b.主上顎骨上の歯帯が狭い ・・・・・5

3a.長鰭型である ・・・・・6

3b.短鰭型である ・・・・・7

4.5種類の制限酵素(Alu I, Apa I, Bsp 1286I, Eco O109I, Msp I)によるRFLP分析・・・・・A. celebesensis, A. interioirs, A. megastoma

5.4種類の制限酵素(Bbr PI, Eco 0109I, Wco T14I, Hha I)によるRFLP分析・・・・・A. nebulosa, A. marmorata, A. reinhardtii

6.7種類の制限酵素(A. pa I, Bsp 1286I, Eco O109I, Eco Tl4I, Hha I, Msp I, Mva I)によるRFLP分析・・・・・A. borneensis, A. japonica, A. rostrata, A. anguilla, A. dieffenbachii, A. mossambica

7.5種類の制限酵素(B sp 1286I, Eco O109I, Msp I, Mva I, Van 91I)によるRFLP分析・・・・・A. bicolor, A. obscura, A.a ustlalis

 本研究では、初めてmtDNAの分子形質を魚類の分類に導入し、従来のウナギ属魚類における分類の再検討を行って、新しい分類体系を提唱した。そしてその結果得られた実用的な検索は、同所的分布を示す2種の判別や産地の不明な外来種の同定に役立つものと考えられる。またこれらの知見は形態形質に乏しい卵や小型のレプトケファルス幼生の同定にも応用でき、海洋生物学、水産科学の発展に大いに貢献するものと期待される。今後より多くの分子情報を集積して種間・集団間の変異をさらに正確に把握することにより、厳密な種の認識と簡便な検索を得ることが可能になるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 ウナギ属魚類はその不思議な回遊生態と食資源動物としての重要性から生物学の様々な分野において格好の研究対象となっている。しかしながらこれらの研究の基礎となる分類学は未だ十分に確立されたとは言い難い。そこで本研究では、まず現行の分類体系を再検討した上で、形態形質に加えミトコンドリアDNA(以下mtDNA)の分子形質にも着目してウナギ属魚類の分類体系の再構築を目的とした。また世界中に分布するウナギ属魚類を対象として、実際に機能する検索を考案することも研究の狙いとした。

 まず第1章の緒言に続く第2章では、現行のウナギ属魚類の分類の問題点を整理した。これまでに精査されている14形質ではすべての種を厳密に分類することが不可能であること、また分布域の情報が重要な分類形質となっている従来の分類では、同所的分布を示す形態類似種を分類することができない場合が生じること、さらにはこれまでの検索は全く機能しないことが明らかになった。

 第3章では、ウナギ属魚類の外部形態の35形質と内部形態の17形質の計52形質を精査した結果、大部分の形態形質は分類形質として使えないことが明らかとなった。その中でわずかに「斑紋の有無」、「主上顎骨上の歯帯の幅」、および「背鰭始部の位置」の計3形質は、ウナギ属魚類を分類するのに有効な形態形質であることがわかった。これを用いてウナギ属を以下の4グループに分けることができた:1斑紋があり、歯帯の広いグループ、2,斑紋があり、歯帯の狭いグループ、3斑紋がなく、長鰭型のグループ、4斑紋がなく、短鰭型のグループ。

 第4章では、まずmtDNAの16SリボゾームRNA遺伝子領域(以下16S領域)についてRFLP分析を行い、そのバンドパターンのクラスター解析からデンドログラムを得た。このデンドログラムに第3章で得た4グループと脊椎骨数のデータを重ね合わせた結果、明瞭に識別される15のグレード(分類群)を認識することができた。次に、この15分類群からそれぞれ1個体づつ計15個体を選び、16S領域の塩基配列を決定した。15個体相互の遺伝距離を算出し比較検討したところ、15分類群はいずれも「種」に相当するものと判断できた。一方、同様の解析法から亜種同士と考えられていた種・亜種間の遺伝的差異は十分に小さく、ここにあえて亜種を設けず、まとめて一種と解釈した方が妥当であると考えた。これより、これまで16種3亜種(Ege1939)と考えられていたウナギ属魚類は15種とするのが適切と結論した。

 以上を総合して第5章では、世界のウナギ属魚類の分類の再検討とシノニムの整理を行い、本研究の15分類群に以下の種名を与えた:A. celebesensis Kaup,1 856、A. interioirs Whitley, 1983、A. megastoma Kaup, 1856、A. nebulosa McClelland, 1844、A. marmorata Quoy and Gaimard,1824、A. reinhardtii Steindachner 1867、A. borneensis Popta, 1924、A.j aponica Temminck and Schlegel, 1846、A. rostrata(Lesueur, 1817)、A. anguilla(Linnaeus, 1758)、A. dieffenbachii Gray, 1842、A. mossambica(Peters, 1852)、A. bicolor McClelland, 1844、A. obscura Gunther, 1871、A.australis Richardson, 1841。またこれらの各種について形態および分子の形質を記載した。さらに世界のウナギ属魚類全種に適用可能な検索を形態形質、分子形質、地理分布を加味して3通り考案した(ここでは省略)。

 最後に第6章では、本研究で得られた分類学の結果に基づいて、ウナギ属魚類の種分化と進化の過程について総合的に考察を加えた。

 以上本研究では、初めてmtDNAの分子形質を魚類分類学に導入し、ウナギ属魚類の新しい分類体系を構築することができた。また、世界中のウナギ属魚類を対象とした実用的検索も得た。これらの成果は、同所的分布を示す形態類似種の判別、産地不明の外来種の同定、さらには形態形質に乏しい卵や小型のレプトケファルス幼生の同定の際に有効であるだけでなく、ウナギ資源の管理・保全に多くの示唆を与えるものであり、水産科学、海洋科学の発展に大いに貢献するものと考える。このように本研究は学術上、応用上寄与することが少なくないと判断されたので、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学術論文としてふさわしいものと認めた。

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