学位論文要旨



No 116221
著者(漢字)
著者(英字) Pravakar,Mishra
著者(カナ) プラバカル,ミシュラ
標題(和) 黒潮系暖水塊の時間変化と混合と生物生産に関する研究
標題(洋) Studies on temporal evolution, mixing and biological production in the Kuroshio warm-core rings.
報告番号 116221
報告番号 甲16221
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2251号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 古谷,研
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 小松,輝久
内容要旨 要旨を表示する

内容

 水深100mにおける閉じた等温線の存在によって定義される暖水塊(渦)は、通常、黒潮続流から派生して形成されるものであり、低緯度から高緯度への熱、塩分、物質の輸送や、温帯系の南北回遊魚類の回遊経路として重要な役割を果たす。また暖水塊の縁辺部は動物プランクトンが豊富で、幼稚魚の成育場として機能し、その環境変動が多獲性浮魚類の年々の加入率に大きな影響を持っている。

 本論文は、1993年5,月に形成され数年間持続した黒潮系孤立暖水塊について、その空間的構造と時間的変化過程を、物理学および生物・化学の両面から研究したものであり、長年にわたる調査船による海洋観測データと人工衛星からの海面水温の熱赤外画像および海色画像を用いて記述し、日本の本州東岸沖における暖水塊の形成過程、5年間にわたる物理学的生物学的遷移過程について論議したものである。また、暖水塊の周辺域に現れる暖水・冷水ストリーマ等の中規模現象が、どのように暖水塊内外の海水交換や生物生産性の構造および季節変化特性に影響するのかについて、白鳳丸による現場での集中観測に基いて考察した。とくに、暖水塊と黒潮続流の蛇行および暖水塊と暖水塊の間の相互作用に伴うストリーマによる水塊の移流の効果に研究の焦点を当て、人工衛星からの海面水温・塩分、水温分布と船舶による流速等の海洋観測データとを合わせ用いることによって、暖水塊の大きさ、形状、移動、渦位、有効位置エネルギー等の物理量の季節および経年的変化過程について解析し、議論した。

 これらの物理過程の計算のために、函館海洋気象台所属の高風丸による東経144度に沿う水温・塩分南北断面の観測データと白鳳丸航海のCTD・ADCP観測データを用いた。また生物過程の研究の項目としては、栄養塩濃度、クロロフィル濃度と、動物プランクトンの湿重量および粒子サイズデータを用いた。暖水塊中の栄養塩とクロロフィル濃度の季節および経年変化を理解するために、高風丸の1993〜1997年の海洋観測資料と、東北区水産研究所サンマ資源検討会議報告、気象庁気象月報などを合わせ用いた。また、Reduced gravity(g)、流速(v)、有効位置エネルギー(APE)、運動エネルギー(KE)、ロスビーの内部変形半径、ロスビー数等を決定するために、水温6℃面を内部境界面とする二層モデルを用い、暖水塊内の平均密度をρ、海面における面積をdAとして、式 KE=ρ/2ΣdAhv2とAPE=ρg'/2ΣdA(h-h∞)2により、KEとAPEを計算した。

 得られた研究成果の大要は以下の通りである。

1. 1993-1998年の間に東経150度以西の黒潮親潮移行域に出現した暖水塊のすべてについて、その統計量をまとめ、数十年スケールの変化についても解析した。その結果、渦の寿命は半年〜1年であること、1980年代後半以降は毎年2-3個あり、それ以前の1-2個に比べて多くなったのは長寿命の渦の出現によることがわかった。本研究の渦は、1993年の3月から5月にかけて黒潮続流の北の小暖水塊に、黒潮続流から派生した規模の大きな暖水舌(暖ストリーマ)が合体することによって発生したものである。暖水塊の中核水温は、冬季の海面冷却に伴う対流によって約2℃低下したが、その後5月から6月にかけて黒潮続流との連続的な相互作用が強化され、暖水塊内部の突然の温昇と高塩分化をもたらす黒潮系水の流入が生じた。冬季には、中心部の塩分低下と渦の直径の縮小が同時的に生じたが、これは冬季の鉛直混合に加えて親潮系低塩分水の流入が起きたことを示唆している。その後、後にできた別の暖水塊と合体を繰り返しつつ5年以上にわたる長寿命の暖水塊として追跡された。

2. 暖水塊の移動は、長期的には地球自転の鉛直成分の緯度変化の効果(ベータ効果)に加えて、一般流による移流、および陸岸・陸棚斜面の効果等に依存する。最初の数ヶ月間は暖水塊(渦)と黒潮続流および暖水塊(渦)の相互作用等により短期的な変動が著しいが、徐々に北に移動し、一年の間では、12月に一番北、4月に一番南に移動した。親潮の南への貫入が、4月に最大、12月に最小なることから、暖水塊の季節的な南北移動には、親潮南下強度の季節変動の影響の強いことが示唆された。

3. ADCP(音響ドップラー式流速鉛直プロファイラー)を用いた観測によれば、暖水渦中の最大流速は0.7m/s程度であり、渦の中心から50-60km離れた付近に現れる。ポテンシャル渦度と水温6℃の等温線の深さが逆相関にあり、渦位バランスにおけるストレッチングの重要性を示している。有効位置エネルギー(APE)がエネルギーの大部分を占め、運動エネルギー(KE)よりも一桁大きい。この暖水塊のAPEは1年間の間に1/10程度に小さくなるが、大規模な暖水ストリーマが1年に1度程度侵入することによってAPEが供給され、暖水塊93Aの強度が維持され続けたことがわかった。

4. 目合0.33mmメッシュのネットで海面下150mから海面まで鉛直的に積算した動物プランクトンのバイオマスは、渦の中心部で最小を示した。高いバイオマスが北側からの親潮系水の影響を受ける暖水渦の北側および東側の縁で見られ、黒潮系の暖水ストリーマが侵入する渦の西側では、小型の動物プランクトンが高密度に分布するものの、重量としては少ないことがわかった。海色画像からは、1997年4月にはクロロフィル値が1μg/1以下であったが、5月3日には2μg/1に達した。春季ブルームの期間中、クロロフィル濃度は、冷水ストリーマと暖水ストリーマによって大きく変化した。秋季の観測でも、外側縁辺部でのクロロフィル濃度はO.1-0.5μg/1の間で大きく変化し、それぞれ異なる起源をもつ高塩分水および低塩分水と一致した。高いクロロフィル濃度値は、暖水塊の周辺部で認められ、これは暖水塊周辺部における湧昇による表層への栄養塩負荷と一致していることがわかった。

5. 暖水塊上層の塩分値は、最初、黒潮系水のレベルにあったが、年々低下して、3年後には2/3程度親潮系水に近づいた。暖水塊中心部のクロロフィル濃度は、5月に春期ブルームを示すが、そのピーク値は初めの黒潮系水のレベルから年々増大し、親潮系水の高レベルに近づいた。動物プランクトンのバイオマスは、夏季に最大になることがこれまでの領域からも知られているが、暖水塊内のそれは、年々増大し、プランクトンの種組成も黒潮系水のものから親潮系水のものへと変化することがわかった。

 以上のことから、黒潮続流から毎年1〜2個発生する暖水塊の中、数年以上持続したKWCR93Aは、季節変動や後にできた暖水塊等との相互作用を繰り返しつつ、徐々に北に移動しながら力学的に減衰し、水塊的にも生物種組成の面でも親潮系のものに変質してゆくことが見い出された。

審査要旨 要旨を表示する

 本州東方沖合の黒潮続流と親潮の間の移行域は、南からの暖水と北からの冷水が南北に入り組む海域である。中でも、黒潮続流から派生される暖水塊(渦)は、低緯度から高緯度への熱、塩分、物質の輸送や、温帯系の南北回遊魚類の回遊経路として重要な役割を果たしている。また、暖水塊の縁辺部は動物プランクトンが豊富で、幼稚魚の成育場として機能し、その環境変動が多獲性浮魚類の年々の加入率に大きな影響を持っている。

 本研究は、これらの黒潮系孤立暖水塊と、その周辺域に現れる中規模現象が、暖水塊内外の海水交換や生物生産に与える影響について、既往の海洋観測データと白鳳丸による集中観測等に基づいて考察した。

 得られた研究成果の大要は以下の通りである。

1. 1993-1998年の6年間に東経150度以西の黒潮親潮移行域に出現した暖水塊のすべてについて解析し、大半の渦は北に移動しつつ半年〜1年で消滅すること、また本研究で詳しく解析した著しく長命の暖水渦は、黒潮続流の北の小暖水塊に、黒潮続流から派生した規模の大きな暖水舌(暖ストリーマ)が合体することによって発生したものであることを見出した。この暖水塊は、その後新たな暖水の供給を間欠的に受けつつ、5年以上にわたる長寿命の暖水塊として追跡された。

2. 暖水塊の移動は、地球自転の鉛直成分の緯度変化の効果、一般流による移流、および陸棚斜面の鏡像の効果等に依存する。最初の数ヶ月間は暖水塊と黒潮続流および暖水塊の相互作用等により短期的な変動が著しいが、徐々に北に移動すること、また季節的な南北移動には、親潮南下強度の季節変動の影響の強いことが示唆された。

3. 観測によれば、暖水渦中のポテンシャル渦度と、一様な中核水の外縁にあたる6℃の等温面の深さが逆相関にあり、渦位バランスにおけるストレッチングの重要性が示された。また、有効位置エネルギー(APE)は1年間の間に1/10程度に小さくなるが、大規模な暖水ストリーマが1年に1度程度侵入することによって有効位置エネルギーが補給され続け、暖水塊93Aの強度が長く維持され続けたことがわかった。

4. メソ動物プランクトンのバイオマスは、暖水禍の中心部で最小、縁辺部で最大を示した。また、黒潮系の暖水ストリーマが侵入する渦の西側では、小型の動物プランクトンが高密度に分布するものの、重量としては少ないことがわかった。クロロフィル濃度は、春季ブルームの期間中、暖水および冷水ストリーマの流入によって大きく変化した。また、高いクロロフィル濃度値は、暖水塊の周辺部で認められ、これは暖水塊周辺部における湧昇による表層への栄養塩負荷と一致していることがわかった。

5. 暖水塊上層の塩分値は、初め、黒潮系水のレベルにあったが、年々低下して、3年後には2/3程度親潮系の塩分値に近づいた。暖水塊中心部のクロロフィル濃度は、黒潮系水のレベルから年々増大し、5月に春季ブルームを示す親潮系水の高レベルに近づいた。また、動物プランクトンのバイオマスも、年々増大し、プランクトンの種組成も黒潮系水のものから親潮系水のものへと変化することが見い出された。

 以上の成果は、漁業生物生産の高い黒潮親潮移行域における低次生産の増大や浮魚類の回遊と漁場形成に重要な役割を演じている暖水塊の構造および変動過程に関して、海洋物理学的な説明を与えるものとして、大きな成果を収めたものと言える。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものと認めた。

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