No | 116230 | |
著者(漢字) | 舩原,大輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フナバラ,ダイスケ | |
標題(和) | ムラサキイガイ前足牽引筋キャッチ運動の制御機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the regulatory system for catch contraction of mussel anterior byssus retractor muscle | |
報告番号 | 116230 | |
報告番号 | 甲16230 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2260号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | イガイ類Mytilus edulis前足牽引筋(anterior byssus retractor muscle,ABRM)は、低エネルギー消費で長時間にわたり張力を維持できる筋肉として古くからよく知られている。ABRMはアセチルコリンの刺激により収縮を開始し、この物質を除去しても張力は持続する。このキャッチ状態はセロトニンにより解除され、筋肉は弛緩する。その際、筋細胞内にcAMPが蓄積されることから、cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素(Aキナーゼ)によるタンパク質のリン酸化が、キャッチ筋の弛緩に重要な働きをしていると考えられてきた。当該筋細胞内のAキナーゼ標的タンパク質として、ミオシン重鎖および軽鎖、さらにはパラミオシンが候補にあがってきたが、生体内での真の基質は永らく不明であった。ところが最近、Siegmanら(1997)はABRMのキャッチ解除時に〜600kDaのタンパク質がリン酸化することをin vivoで明らかにした。しかしながら、本タンパク質の詳細については不明のままとされてきた。 本研究は、このような背景の下、まず、ABRM〜600kDa成分の同定を試みた。次いで、本成分につきin vitroでのリン酸化を検討し、リン酸化アミノ酸および周辺領域のアミノ酸配列を調べた。さらに、リン酸化部位を特定するために、cDNAクローニングを行った。一方、ABRMから新規45kDaタンパク質を単離し、その同定と、アクトミオシンや上記〜600kDa成分との反応性を調べたもので、得られた研究成果の概要は以下の通りである。 1.ムラサキイガイABRMキャッチ運動制御タンパク質〜600kDa成分の同定 ABRM〜600kDa成分はその分子量から、タイチン/コネクチンファミリー分子のtwitchinであると予想された。そこで、既報のホタテガイ近縁種Placopecten magellanicus閉殻筋twitchinの精製法を参考に、ムラサキイガイM.galloprovincialis ABRMから〜600kDa成分の精製を試みた。まず、陰イオン交換クロマトグラフィーを行い、〜600kDa成分を含む溶出画分を集めた。さらにこの画分をゲルろ過に供して精製を試みたところ、SDS-PAGE分析で単一のバンドを示す標品が得られた。この標品につき、アミノ酸組成分析を行ったところ、線虫Caenorhabditis elegans体壁筋twitchinのものとよく類似することが示された。次に、ABRM精製標品のリシルエンドペプチダーゼ消化物をSDS-PAGEで分離した後、PVDF膜に転写し、単離ペプチドのN末端アミノ酸配列を分析した。その結果、VRTGTPKVDNYDKYYHDLVKKYVPQAVAVおよびPFDKPDFPGVPEINEの配列が得られ、それぞれC.elegans twitchinキナーゼドメインのN末端に隣接する配列、およびイムノグロブリン様モチーフの配列と高い相同性を示した。以上の結果から、ABRM〜600kDa成分をtwitchinと同定した。 2.ムラサキイガイABRMtwitchinのin vitroリン酸化 まず、ABRMtwitchin精製標品に、重量比1/200の市販のAキナーゼ触媒サブユニットを添加して、pH7.5,25℃,1mM ATP存在下でリン酸化反応を行った。その結果、反応開始後わずか1分ほどで最大リン酸化量、twitchin1モルあたり3モルの取り込みが認められた。同様の反応をAキナーゼ非存在下で行ったところ、twitchin1モルあたり0.5モルのリン酸が取り込まれた。この反応は10μMAキナーゼインヒビターで完全に阻害されたが、10μMwortmanninおよび30μMML-9ではほとんど阻害されなかったことから、前述の白己リン酸化は精製標品に混入したAキナーゼによるものと考えられた。次に、リン酸化twitchinを重量比1/100のトリプシンで10℃処理し、経時的に試料を採取して、リン酸化部位の挙動を調べた。その結果、分子量1万以下のリン酸化部位を含む消化断片は速やかに遊離したものの、大部分は高分子量のまま維持された。したがって、twitchinのリン酸化部位は分子の末端に局在することが示唆された。 次に、リン酸化twitchinを6NHCl存在下、110℃で90分間加水分解した後、セルロースプレートを用いた薄層電気泳動に付して分析したところ、リン酸化アミノ酸はセリンと同定された。さらに、リン酸化twitchinに重量比1/50のトリプシンで37℃、24時間反応させてtwitchinを完全に消化した後、リン酸化ペプチドをODSカラムを用いたHPLC逆相クロマトグラフィーで単離した。得られたリン酸化ペプチドのアミノ酸配列はRPS*LVDVIPDQPTLQHRおよびRPS*MSPAPEVと決定され、下線で示した配列はAキナーゼの典型的な認識配列とよく一致した。なおS*はリン酸化セリンを表す。便宜上、これらペプチドをそれぞれD1およびD2とした。 3.ムラサキイガイABRMtwitchinのcDNAクローニング ムラサキイガイABRMから常法により調製した全RNAを鋳型に、さらに第1節で得られた部分アミノ酸配列を参照して作成した縮合プライマーを用いてPCRを行った結果、キナーゼドメインをコードするクローンが得られた。塩基配列から演繹されたアミノ酸配列は、アメフラシ類Aplysia californica歯舌筋twitchinのキナーゼドメインと約80%、C.elegans twitchinのそれと約70%の相同性を示した。次に、新たに決定した塩基配列をプライマーに3'および5'RACEを行った。3'RACEの結果、ポリAテールを含む約3kbpのクローンが得られた。さらに、決定した領域の塩基配列を基に順次プライマーを作成して、連続的に13回の5'RACEを行った結果、最終的に4,536アミノ酸残基のコード領域を含む15.5kbpの塩基配列が決定された。演繹アミノ酸配列につきPfamソフトウェアでモチーフ構造を解析したところ、キナーゼドメインのほかフィブロネクチン様モチーフとイムノグロブリン様モチーフの繰り返し構造が明らかになった。前節でアミノ酸配列を決定したリン酸化ペプチドD1およびD2は、それぞれN末端から873-889および4,114-4,123残基目に位置することが示された。さらに、808-814残基目にもRRPSLVDの配列が存在し、リン酸化量が3モル/モルtwitchinであることから、この領域もリン酸化することが示唆された。 4.ムラサキイガイABRMカルポニン様タンパク質の精製とその性状 ムラサキイガイABRM筋原線維を二次元電気泳動に供したところ、約45kDa付近に新規タンパク質成分のスポットが認められた。そこでまず、ABRMから45kDa成分を陰イオン交換クロマトグラフィーで精製し、本標品に重量比1/100のキモトリプシンで37℃、5分間消化した。消化物をSDS-PAGEに供した後、PVDF膜に転写して得られたペプチドにつきN末端アミノ酸配列分析したところ、ASKGMTSFGAVRHHおよびGMDRALISKMGSKYDSGLの配列が得られ、いずれも他生物種由来のカルポニン関連タンパク質の相同領域と高いアミノ酸同一率を示した。また、本45kDa成分は、市販の抗ニワトリ平滑筋カルポニン抗体と強く反応した。得られたアミノ酸配列を基にプライマーを作成し、PCRによるcDNAクローニングを行った結果、全長403アミノ酸残基をコードする1,840bpのクローンが得られた。演繹アミノ酸配列は、既知のカルポニンおよびカルポニン様タンパク質と高い相同性を示したことから、ABRM45kDaタンパク質をカルポニン様タンパク質と同定した。 次に、ABRMカルポニン様タンパク質のアクトミオシンMg2+-ATPase活性に及ぼす影響を調べた。本タンパク質をABRMアクトミオシンに対し重量比1/10および1/1加えたところ、Mg2+-ATPase活性はそれぞれ12および41%阻害された。さらに、twitchinのD2リン酸化部位を含む3,997-4,227残基の領域をグルタチオンSトランスフェラーゼ融合タンパク質として大腸菌で発現させてプローブとし、ABRMカルポニン様タンパク質を対象にウェストウェスタンを行った。その結果、当該リン酸化部位はカルポニン様タンパク質と結合することが示された。以上の結果から、ムラサキイガイのカルポニン様タンパク質がtwitchinと共同してキャッチ運動を制御している可能性が示唆された。 以上、本研究により、ムラサキイガイABRMが弛緩する際にリン酸化されるタンパク質はtwitchinと同定され、本twitchinはin vitroでAキナーゼによって1モルあたり3モルのリン酸を取り込むことが示された。また、cDNAクローニングによって本twitchinはフィブロネクチン様モチーフとイムノグロブリン様モチーフの繰り返し構造とキナーゼドメインから構成され、リン酸化部位を分子末端付近に含むことが明らかにされた。さらに、ABRMからカルポニン様タンパク質を同定し、本タンパク質がアクトミオシンMg2+-ATPase活性を阻害し、twitchinと相互作用することを示した。以上のように本研究は永らく不明であった軟体動物筋肉のキャッチ収縮機構につき、分子レベルからその一端を明らかにしたもので、これらの成果は筋生理学上および比較生化学上に資するところが大きいものと考えられた。 | |
審査要旨 | ムラサキイガイ前足牽引筋(ABRM)は、低エネルギー消費で長時間にわたり張力を維持できるキャッチ運動を行う。最近、ABRMのキャッチ解除時に〜600kDaのタンパク質がリン酸化することが明らかになったが、本タンパク質の詳細については不明のままとされてきた。そこで本研究は、ABRM〜600kDa成分の同定を試み、さらに本成分につきin vitroでのリン酸化を検討し、リン酸化アミノ酸および周辺領域のアミノ酸配列を調べるとともに、cDNAクローニングを行った。一方、ABRMから新規45kDaタンパク質を単離し、その同定と、アクトミオシンや上記〜600kDa成分との反応性を調べた。まず、ムラサキイガイABRMから陰イオン交換クロマトグラフィーおよびゲルろ過を用いて〜600kDa成分を精製した。この標品のアミノ酸組成は線虫twitchinのものとよく類似した。次に、精製標品の内部アミノ酸配列を分析した結果、VRTGTPKVDNYDKYYHDLVKKYVPQAVAVおよびPFDKPDFPGVPElNEの配列が得られ、それぞれ線虫twitchinと高い相同性を示した。以上の結果から、ABRM〜600kDa成分をtwitchinと同定した。 次に、ABRM twitchinのAキナーゼによるリン酸化反応を行った。その結果、1モルあたり3モルのリン酸が取り込まれた。また、本twitchinに自己リン酸化能は認められなかった。次に、リン酸化twitchinのトリプシンによる消化パターンを調べたところ、twitchinのリン酸化部位は分子の末端に局在することが示唆された。リン酸化アミノ酸はセリンと同定され、さらにリン酸化twitchinのトリプシン完全消化物から単離したリン酸化ペプチドのアミノ酸配列は、RPSLVDVlPDQPTLQHRおよびRPSMSPAPEVと決定され、それぞれ3残基目のセリンがリン酸化していた。便宜上、これらペプチドをそれぞれD1およびD2とした。さらに、cDNAクローニングの結果、4,536アミノ酸残基のコード領域を含む15.5kbpの塩基配列が決定された。演縄アミノ酸配列のモチーフ構造を解析したところ、キナーゼドメインのほかフィブロネクチン様モチーフとイムノグロブリン様モチーフの繰り返し構造が明らかになった。リン酸化ペプチドD1およびD2は、それぞれN末端から873-889および4,114-4,123残基に位置した。 次に、ABRM筋原線維を二次元電気泳動に供したところ、約45kDa付近に新規タンパク質成分のスポットが認められた。そこで、本45kDa成分を陰イオン交換クロマトグラフィーで精製した。内部アミノ酸配列分析したところ、ASKGMTSFGAVRHHおよびGMDRALISKMGSKYDSGLの配列が得られ、いずれも他生物種由来のカルポニン関連タンパク質と高い相同性を示した。また、本45kDa成分は、市販の抗カルポニン抗体と強く反応した。cDNAクローニングの結果、全長403アミノ酸残基をコードする1,840bpのクローンが得られた。演繹アミノ酸配列は,既知のカルポニンおよびカルポニン様タンパク質と高い相同性を示したことから、45kDa成分をカルポニン様タンパク質と同定した。本タンパク質をABRMアクトミオシンに対し重量比1/10および1/1加えたところ、Mg2+-ATPase活性はそれぞれ12および41%阻害された。さらに、twitchinのD2リン酸化部位を含む領域を大腸菌で発現させてプローブとし、カルポニン様タンパク質を対象にウェストウェスタンを行った。その結果、当該リン酸化部位はカルポニン様タンパク質と結合することが示された。 以上、本研究により、ムラサキイガイABRMが弛緩する際にリン酸化されるタンパク質はtwitchinと同定され、本twitchinはAキナーゼによって1モルあたり3モルのリン酸を取り込むことが示された。また、本twitchinはフィブロネクチン様モチーフとイムノグロブリン様モチーフの繰り返し構造とキナーゼドメインから構成され、リン酸化部位を分子末端付近に含むことが明らかにされた。さらに、ABRMからカルポニン様タンパク質を同定し、本タンパク質がアクトミオシンMg2+-ATPasc活性を阻害し、twitchinと相互作用することを示したもので、学術上、応用上に寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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