学位論文要旨



No 116233
著者(漢字)
著者(英字) SUKENDA
著者(カナ) スケンダ
標題(和) アユのPseudomonas plecoglossicida感染症に関する研究
標題(洋) Studies on Pseudomonas plecoglossicida infection in ayu (Plecoglossus altivelis)
報告番号 116233
報告番号 甲16233
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2263号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 木暮,一啓
 東京大学 助教授 小川,和夫
内容要旨 要旨を表示する

 細菌性出血性腹水病はPseudomonas plecoglossicida Nishimori,Kita-Tsukamoto and Wakabayashi2000を原因とする新しい病気で1995年頃から養殖アユに大きな被害を与えるようになった。病魚は本菌を含む血液混じりの腹水を貯留することを特徴とするが、感染や発病の機序については未だ殆ど研究されていない。そこで、筆者は、P.plecoglossicidaの分離菌株を用いてアユに対する感染実験を行い、感染門戸、感染後の菌の動態、ワクチンの効果を調べた。これに先立ち、感染後のアユの各部位の菌数変化を経時的に定量するためにP.plecoglossicidaの定量PCR法を確立した。また、P.plecoglossicigaに緑色蛍光蛋白遺伝子を組み込み、アユ体表面への本菌の付着部位の観察を容易にした。概要は以下の通りである

1.アユに対するP.plecoglossicidaの感染実験

 分離菌株のアユに対する病原性と症状の再現性を確認するために浸漬法と注射法による感染実験を行った。菌株FPC941の10倍希釈系列菌液(3x103〜3x107CFU/mL)に実験魚(体重約7g)を15分間浸漬した後、流水に戻して感染死亡を観察した結果、浸漬法によるLD50は4.3x106CFU/mLであった。また、同菌株を実験魚に腹腔内注射(接種量3x103〜3x107CFU/100g体重)および筋肉内注射(接種量3x102〜3x107CFU/100g体重)してLD50を求めたところ、それぞれ9.5x103および4.5x102CFU/100g体重であった。さらに、浸漬感染(3x107CFU/mL、15分間)させたアユ体内の感染菌の分布を調べたところ、攻撃2日後には肝臓、脾臓、腎臓および血液に菌の存在が確認された。

2.P.plecoglossicida不活化ワクチンによるアユの浸漬免疫実験

 P.plecoglossicidaはアユに承認された医薬品のみならず殆どの抗菌剤に耐性であることから、ワクチンの開発が望まれている。そこで、P.plecoglossicida不活化ワクチンによる浸漬免疫実験を行った。ホルマリンで不活化したFPC941菌液(7x108CFU/mL)に30分間浸漬する方法で免疫した実験アユ(体重約7g)を2週間後に二分し、片方を同じ方法で追加浸漬免疫した。実験魚および対照魚に対して最初の浸漬免疫から2、4、6週間後に浸漬攻撃試験(3x107CFU/mL、15分間)を行い、1、2、3日後に各試験区から3尾づつ抜き取り感染菌の魚体内分布を調べ、また、10日後までの死亡率を求めた。

 攻撃試験における免疫魚群の死亡率はいずれの試験区においても対照魚群よりも低かった。また、初回免疫の4週間後の攻撃試験における一回免疫魚群と二回免疫魚群の死亡率はフィッシャーの直接確率で対照魚群よりも有意に低かったが、6週間後の攻撃においては二回免疫魚群の死亡率は有意に低かったが、一回免疫魚群のそれは有意ではなかった。これらの結果から・浸漬免疫の有効性と追加浸漬免疫の免疫持続効果が示された。

 初回免疫6週間後の浸漬攻撃1、2、3日後の各試験区からの抜き取り検査の結果、二回免疫魚の肝臓、脾臓、腎臓、血液のいずれからも菌は検出されなかったが、一回免疫魚では1、2、3日後にいずれも3尾中1尾の臓器の一部ないしは全てから菌が検出された。また、対照魚では1、2日後は3尾中の2尾、3日後は3尾中3尾の臓器の一部ないしは全てから菌が検出された。この実験によって免疫の度合いに個体差のあること、とくに一回免疫では十分に免疫されない個体がかなり在ることが明らかになった。

3.浸漬実験感染魚体内におけるP.plecoglossicidaの動態の定量PCR法による追跡

 P.plecoglossicidaに実験感染させたアユの体内における菌の動態を追跡する際、培養法(プレートカウント)では試料採取後直ちに計測作業をしなければならず、また、作業時間も長いため、短い時間間隔で多数の試料を計測することができない。そこで、試料の保存ができ、試料採取後にまとめて計測作業が可能な定量PCR法によるP.plecoglossicidaの定量法を確立した。つぎに実験アユをP.plecoglossicidaで浸漬攻撃(3x 107CFU/mL、15分間)したのち、24℃の流水槽に収容し、攻撃後1,3,6,12,24,48,72時間後に5尾づつ抜き取り、皮膚、鰓、肝臓、脾臓、腎臓、および血液の中の菌量を定量PCR法によって計測した。

 皮膚からは1時間後、鰓からは3時間後に菌が検出され、皮膚あるいは両者が浸入門戸であることが示唆された。6時間後には肝臓、脾臓および腎臓からも菌が検出されるようになり、このことから菌と接触後6時間で感染が成立したと推定された。また、48時間後、それまで検出されなかった血液に多量の菌が出現し、このことから24時間から48時間の間に敗血症に転帰したことが明らかになった。

4.緑色蛍光蛋白遺伝子のP.plecoglossicidaへの組み込み

 実験感染魚の体表面や体内における供試菌の観察を容易にするために、クラゲ(Aequoreavictoria)由来の緑色蛍光蛋白(GFP)遺伝子を組み込んでP.plecoglossicidaを分子標識した。すなわち、市販のGFPベクターのpGFPuvではP.plecoglossicidaにGFP遺伝子を組み込めなかったため、pGFPuvをgfp cDNA源として、宿主範囲の広いプラスミドpME4510を基にP.plecoglossicidaに移入できるgfp発現ベクターとしてプラスミドpSKL01、pSKT03、pSKN04を新たに構築した。Escherichi coli JM109を用いて定法によりプラスミドを増幅し、エレクトロポレーションによりP.plecoglossicidaに移入した。これらのプラスミドを持つ菌株と持たない菌株のLB培地での発育速度に差は無く、3つのプラスミドのうちpSKTO3あるいはpSKNO4を持つ菌株は非選択培地上においても安定であった。pSKTO3を持つ菌株が最も多量のGFPを産生しことから感染実験にはpSKTO3をもつ菌株を採用した。体重約3gのアユを供試菌液(約107CFU/mL)に15分間浸漬して感染させ・感染3日後に血液塗抹標本および主要臓器の凍結切片標本を蛍光顕微鏡で観察した。その結果、pSKTO3で標識された菌株は対照の無標識菌株と変わらない感染力を示し、感染魚の組織中のP.plecoglossicidaの所在は緑色蛍光色素を指標として容易に検出することができた。

5.アユの皮膚へのP.plecoglossicidaの付着

 前述の浸漬実験感染魚におけるP.plecoglossicidaの動態の追跡実験により皮膚が主要な感染門戸であることが示唆されたことから、GFP遺伝子の組み込みによって蛍光標識された菌株を利用してアユの皮膚への菌の付着の仕方を明らかにした。すなわち、次の7つの実験区を設け、各区5尾づつのアユを供試した。(1)直径約1ミクロンの蛍光標識ラテックスビーズ懸濁液(約106粒/mL)に実験魚を15分間浸漬し、さらにトリパンブルー液(0.05%)に10分間浸漬した後、約5分間流水に収容した区、(2)GFP遺伝子の組み込みによって蛍光標識されたE.coli(約107CFU/mL)懸濁液と上記の蛍光標識ビーズ懸濁液との混合液に実験魚を15分間浸漬し、さらにトリパンブルー液(0.05%)に10分間浸漬した後、約5分間流水に収容した区、(3)(2)の蛍光標識E.coliを蛍光標識P.plecoglossicidaに置き換えた区、(4)(2)と同様に蛍光標識E.coliと蛍光標識ビーズの懸濁液に実験魚を浸漬するが、トリパンブルー液には浸漬しない区、(5)(3)と同様に蛍光標識P.pleconglossicidaと蛍光標識ビーズの懸濁液に実験魚を浸漬するが、トリパンブルー液には浸漬しない区、(6)蛍光標識していないP.plecoglossicida(野生株)と蛍光標識ビーズの懸濁液に実験魚を浸漬した区、(7)蛍光標識P.plecoglossicidaのみの懸濁液に実験魚を浸漬した区。各実験区から採取した実験魚の皮膚を剥ぎ、また鰭を切除して、その表面に付着する菌およびビーズを位相差顕微鏡および蛍光顕微鏡で観察した。

 皮膚や鰭に付着している蛍光標識P.plecoglossicidaは蛍光顕微鏡下で容易に検出された。蛍光標識P.plecoglossicidaの付着している箇所は、蛍光標識E.coliおよび蛍光標識ビーズの付着箇所とほぼ一致していた。また、蛍光標識ビーズの付着箇所はトリパンブルーの染色箇所と一致し、このことは既に桐生(1999)によって報告されており、皮膚の微細損傷がトリパンブルーに染色されることが組織学的に証明されている。なお、トリパンブルーで皮膚や鰭の試料を染色すると蛍光標識されたP.plecoglossicidaあるいはE.coliが付着していてもその蛍光色はトリパンブルー色素に覆われて殆ど観察できなくなった。そこで、蛍光標識ビーズを蛍光標識細菌と混ぜて浸漬感染実験を行い、トリパンブルー染色をせずに、蛍光標識ビーズの付着する箇所を微細損傷箇所と判定することとした。これらの実験結果から、P.plecoglossicidaには健全な皮膚に付着する特別な機能は備わっておらず、非病原菌であるE.coliや非生物であるラテックスビーズと同じく皮膚の損傷部位に専ら付着することが判明した。このことから、P.plecoglossicidaの病原細菌としての特性は付着機能には存在せず、付着後の宿主の防御反応に対して発揮されるものと推察された。

 以上、本研究を通して、P.plecoglossicidaはアユに感染する際・付着を有利にするような特別な機能はもたず、他の水中懸濁微粒子と同様に体表面のスレ(微細損傷部)に主に付着し、付着部位における魚側の防御に打ち勝って体内に侵入し、水温24℃では6時間後までに肝臓、脾臓、腎臓などの臓器で増殖し始め、24〜48時間後に敗血症になることが浸漬感染実験により明らかとなった。また、浸漬ワクチンにより免疫が付与され、追加免疫に免疫持続効果のあることが分かった。これらの成果は、アユの細菌性腹水病の防除対策に基礎的知見を提供すると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 Pseudomonas plecoglossicidaによる細菌性出血性腹水病は、1995年頃から養殖アユに知られるようになったが、感染や発病の機序については殆ど研究されていない。本論文ではP.plecoglossicidaの分離菌株を用いてアユに対する感染実験を行い、感染門戸、感染後の菌の動態、ワクチンの効果を明らかにした。これに先立ち、感染後のアユの各部位の菌数変化を経時的に定量するために本菌の定量PCR法を確立した。また、本菌に緑色蛍光蛋白遺伝子を組込み、感染後の菌の観察を容易にした。概要は以下の通りである。

1.感染実験

 分離菌株のアユに対する病原性と症状の再現性を確認するために浸漬法と注射法による感染実験を行った。菌株FPC941の15分間浸漬法によるLD50は4.3x106CFU/mLであった。また、同菌株の腹腔内注射および筋肉内注射のLD5。は、それぞれ9.5x103および4.5x102CFU/100g体重であった。さらに、浸漬感染(3x107CFU/mL、15分間)させたアユ体内の感染菌の分布を調べたところ、攻撃2日後には肝臓、脾臓、腎臓および血液に菌の存在が確認された。

2.浸漬免疫実験

 ホルマリンで不活化したFPC941菌液(7x108CFU/mL)にアユ(体重約7g)を30分間浸漬する方法で免疫した。浸漬攻撃試験(3x107CFU/mL、15分間)における免疫区の死亡率は対照区よりも低く浸漬免疫が有効と認められた。また、追加浸漬免疫の免疫持続効果が示された。

 初回免疫6週間後の浸漬攻撃の1、2、3日後に各試験区の抜き取り検査を行った。その結果、二回免疫魚の肝臓、脾臓、腎臓、血液のいずれからも菌は検出されなかった。一回免疫魚では一部から菌が検出された。また、対照魚では3尾中3尾から菌が検出された。この実験よって免疫の程度に個体差のあること、とくに一回免疫では十分に免疫されない個体がかなり在ることが明らかになった。

3.定量PCR法による感染菌の追跡

 経時的に採取した試料を後刻まとめて計測する手段とてP.plecoglossicidaの定量PCR法を確立した。つぎに浸漬攻撃したアユを24℃の流水槽に収容し、攻撃後1、3、6、12、24、48、72時間後に5尾づつ抜き取り、皮膚、鰓、肝臓、脾臓、腎臓、および血液の中の菌量を定量PCR法によって計測した。

 皮膚からは1時間後、鰓からは3時間後に菌が検出され、皮膚あるいは両者が浸入門戸であることが示唆された。6時間後には肝臓、脾臓および腎臓からも菌が検出されるようになり、感染が成立したと推定された。また、48時間後、それまで検出されなかった血液に多量の菌が出現し、敗血症に転帰したことが明らかになった。

4.緑色蛍光蛋白遺伝子の組込み

 クラゲ由来の緑色蛍光蛋白遺伝子(gfp)を組込んでP.plecoglossicidaを分子標識した。すなわち、市販のgfpベクターのpGFPuvをgfp cDNA源として、プラスミドpME4510を基にP.plecoglossicidaに移入できるgfp発現ベクターとしてプラスミドpSKL01、pSKT03、pSKN04を新たに構築した。これらのプラスミドを移入した菌株のうち、pSKT03を待つ菌株が最も多量の緑色蛍光蛋白(GFP)を産生し、非選択培地上でも安定であったことからpSKT03をもつ菌株で感染実験を行った。浸漬感染3日後に血液塗抹標本および主要臓器の凍結切片標本を蛍光顕微鏡で観察した。その結果、GFP標識菌株は無標識菌株と変わらない感染力を示し、感染魚の組織中のP.plecoglossicidaの所在は緑色蛍光を指標として容易に検出することができた。

5.アユ皮膚上の菌の付着場所

 皮膚が主要な感染門戸であることが示唆されたことから、蛍光標識菌株を利用してアユの皮膚への菌の付着の仕方を明らかにした。蛍光標識P.plecoglossicidaの付着している箇所は、蛍光標識E.coliおよび蛍光標識ラテックスビーズの付着箇所とほぼ一致していた。また、ラテックスビーズの付着箇所はトリパンブルーの染色箇所と一致した。これらの実験結果から、P.plecoglossicidaには健全な皮膚に付着する特別な機能は備わっておらず、非病原菌であるE.coliや非生物であるラテックスビーズと同じく.皮膚の損傷部位に専ら付着することが判明した。

 以上の一連の研究の結果、P.plecoglossicidaは、体表面のスレ(微細損傷部)に付着し、付着部位での防御反応を破って体内に侵入し、水温24℃では6時間後までに肝臓、脾臓、腎臓などの臓器で増殖し始め、24〜48時間後に敗血症になることが明らかとなった。また、浸漬ワクチンにより免疫が付与されることが分かった。これらの成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク