学位論文要旨



No 116235
著者(漢字) 李,尚遠
著者(英字)
著者(カナ) イ,サンウォン
標題(和) 農地保全から見たソウル・グリーンベルトの政策と実態
標題(洋)
報告番号 116235
報告番号 甲16235
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2265号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 田中,忠次
内容要旨 要旨を表示する

 無秩序な都市拡大および農地転用を防止するためには、土地利用規制が必要であり、中でも、開発圧力が高い大都市の周辺に設定され開発行為を禁止するグリーンベルトは、有効な規制手段である。しかし、1990年代から始まった地方自治制の実施を受けて、グリーンベルト内住民から開発規制の緩和に対する強い要求が出されていることと、グリーンベルトの外側での開発が度々問題になることが示すように、グリーンベルト設定都市の人口増加による開発地の不足から、グリーンベルト制度は大幅に見直しされてきた。

 本研究の目的は、1)社会・経済的な変化と対応させつつ、開発許可の変遷を把握し、これに対する検討を行うこと、および、2)開発行為実態の分析を通じて、農地保全を十分に達成できるグリーンベルト政策の改善策を提示することである。

 本研究は8章から構成される。

 1章では既存の研究のレビューをふまえ、研究の目的と枠組みを提示した。2章では韓国におけるグリーンベルト政策に関して、3章では韓国における農地保全政策とグリーンベルトに関して、関連既存論文および法令集を参考にして、考察を行った。

 また4章では開発行為が許可される根拠であるグリーンベルト施行規則を取り上げて、考察を行った。まず、グリーンべルト内における開発行為に対し、許可がどのように与えられているかを、関連法規をもとに把握した後、開発行為許可の時代別、項目別の変遷を考察した。また、開発行為許可の対象となる項目の、変遷を必然化した社会的、および経済的要因を検討した。

 その結果、以下のことが明らかになった。

1)施行規則には、開発許可の対象となる行為である農林水産業用施設、住宅・附属建築物、村共同施設、公共施設、鉱工業施設、その他施設、土地の形質変更および最小敷地面積の8項目が定められているが、48回の改正(1971.10〜1998.5)の結果、その種類は8から173へと、大幅に増加した(表1参照)。

2)施行規則において改正と新設を合わせた数の変化の大きさは、1990年代に入ってから、それまでの10年ずつの1.5倍強に拡大している。

 これは、1989年2月の改正の際に土地形質変更の許可権が地方自治体へ移譲されたことや、公共施設の建設に対する地方自治体の権限の拡大など、グリーンベルト政策および関連する政策のあり方が大きく変更されたことが原因である(表1参照)。

3)開発行為項目は、時代的な背景に対応して変化したが、その特徴は、(1)許容業種の拡大(2)許容面積の拡大(3)開発行為の許可を申請する者が満たすべき資格要件の拡大の3パタ一ンに分類できる。

 5章、6章ではソウル・グリーンベルトと河南市を対象にして、開発許可制度の観点から、開発行為について、量的および空間的に考察を行った。

 5章では、ソウル・グリーンベルト(京畿道内に分布する)を対象に、開発許可の状況を整理した。その上開発行為がどのような理由で許可され、どのような問題点を抱えているかを把握した。

 その結果・以下のことが明らかになった 1)ソウル・グリーンベルトにおける開発行為の総面積のうち、土地の形質変更がなされた面積が多くを占める。開発行為一件当りの面積を計算したところ、個人では許可を得られない大きさとなった。したがって、公共事業に関係する開発行為が含まれていたものと推測される(表2参照)。

2)京畿道庁に寄せられた20件の請願のうち、8件が公共事業による移築であった。質疑内容は、移築予定地についてが多い。移築が難しい農地および山林などの移築の可能性に関する質問であった。

 6章では、ソウル・グリーンベルトにある河南市を対象として、開発許可および違法開発行為が、どのような形態で行われたかを明らかにした。その上で、開発行為を空間的に表し把握した。また、住宅移築の状況について把握した。

 その結果、以下のことが明らかになった。

1)開発行為許可件数は、新築部門では住宅および畜舎が85%を占めた。増改築部門では住宅・附属舎および畜舎が全体の85%を占めた。用途変更部門では住宅から飲食店への用途変更、および畜舎から農産物保管倉庫への用途変更が全体の70%を占めた。その他部門では駐車場、および資材置場の設置が許可された。

2)作業場、および倉庫を使用していたケースが、違法開発行為全体の71%を占め、摘発された。作業場、および倉庫として違法に使用されていた土地の大部分が、法律上は畜舎を用途とする土地であった(表3参照)。

3)住宅が移築される地目は、畑、水田および果樹園が全体の地目の87%を占めた。

4)開発許可が周辺に与えた影響を空間的に把握すると、しばしば他の開発(例えば、飲食店は駐車場を)を誘発させていた。

 7章では、開発用地として、選択されることの多い農地の転用実態を分析した。まず、河南市を対象地域に、農地を転用した農家の特性、転用された農地での開発行為の種類、および、農家が転用する農地を選択する際の基準を明らかにした。

 転用される農地の選択基準は、通作距離、都市的環境および開発規制の各側面から分析を行った。

 通作距離を相対距離によって把握した理由は、「所有農地のうちのどの農地が転用されるのかということについて一定の法則性が存在することを確認するためには、各農家について所有農地の存在形態を相対化して把握する必要性(佐藤.1988)」があるからである。

 図1のように都市用施設の相関分析の結果は、R=0.98という高い相関関係を示している。反面、農業用施設の場合は、R=-0.34として、都市用施設と比較したら、符号は反対の低い相関関係を示している。

 その結果、以下のことが明らかになった。

1)許可が下りた開発行為のうち、農地を転用した件数は、27件であった。新築の場合には、住宅移築と給油所が全20件の中で10件を占めた。また、用途変更の場合には、飲食店、住宅、および雑貨店へ用途変更されたものが、全6件の中で5件を占めた。

2)農地の転用は、大家族で多かった。大家族においては、生活資金がより切実に必要だと推察される。また農地の転用は、主たる農業従事者の年齢が40歳代から60歳代の農家で多く行われた。

3)相対通作距離の長い農地ほど、都市用施設に転用される傾向があることが確認された。

 8章では結論および提案を行った。

 本研究では、以下の結論が得られた。

1)グリーンベルト施行規則の48回の改正を通じ、グリーンベルト指定地域内における開発許可の種類、開発許可行為の対象業種、開発行為の許可上限面積、開発行為の許可を申請するための資格要件が大幅に緩和された。1990年代は前の年代(1970・1980年代)と比べ、項目の新設および改正の数が1.5倍になった。

2)開発許可の件数は、新築行為の場合、住宅および畜舎が多くを占めた。また土地の形質変更の場合には、畜舎の他の用途への変更および、住宅の飲食店への変更が多く見られた。土地の違法な目的外利用の場合には、当該土地の法律上の用途は畜舎である場合が多かった。

3)農地の転用は、家計の経済的な必要性が推察される大家族、およびライフステージの関連で、農業従事者の年齢が60歳代の農家で多かった。4)農地転用による開発行為は、相対通作距離が長い農地における都市的施設の設置が多かった。

 無秩序な開発から農地を保全するための方策として、以下の3点を提言する。

1)飲食店への用途変更は駐車場の開発を引き起こすおそれがある。このため飲食店の開発を許可する際には、隣接農地への配慮を行う。このことにより農地を保全する。

2)畜舎は、違法行為により多くが他の用途に目的外使用され、あるいは合法的用途変更によって、同じ場所で土地の形質変更が何度も発生した。このような開発許可当初の趣旨と異なる利用を防止するためには、畜舎の再転用に関する現行規定中にある「新設から5年間の再転用禁止」において、再転用禁止期間を延長するなどの措置を講じるべきである。

3)集落の中心からより離れている場所から生じる開発に対して秩序を与え、新規開発地周辺の農地が壊廃されることを防ぐため、グリーンべルト内の土地利用に調和し適合する形で施設の設置が可能な場所を見定めることが必要である。すなわち、集落内に限り都市用施設を許容することと、農地には農業振興区域への指定を推進することで、区域内の都市用開発の制限と農業生産基盤の整備を行うべきである。

表1 施工規則の年代別改正・新設の現状

表2 ソウルグリーンベルト内の開発許可の経年変化

表3 可南市における違法行為の現状

図1 農地の相対通作距離と転用率(都市用施設)

審査要旨 要旨を表示する

 ソウル・グリーンベルトは原則的に開発行為が禁止されている区域であるが、区域住民の要求を背景に、制度緩和がなされ、開発が徐々に進められてきている。しかもそうした多くの開発は、主に農地を対象として行われてきた。しかし、グリーンベルトの保全は、農地が適正に管理されて初めて達成できる。

 そこで、本研究は、農地保全を十分に達成できるグリーンベルト政策の改善策を提示することを目的に、ソウル・グリーンベルトにおける社会・経済的な変化と対応させた開発許可制度に見る変遷、開発行為の実態および農地転用の実態把握とその分析を行い、制度改善のための提言を試みた。

 1章では、研究の目的と枠組みを提示した。2章、3章では韓国におけるグリーンベルト政策と農地保全政策に関して、関連既存論文および法令集を資料に考察を行った。

 4章ではグリーンベルト施行規則について考察を行った。その結果、グリーンベルト施行規則の48回の改正を通じ、グリーンベルト指定地域内における開発許可の種類、開発許可行為の対象業種、開発行為の許可上限面積、開発行為の許可を申請するための資格要件が大幅に緩和されたことを明らかにした。1990年代は、それ以前の年代(1970・1980年代)と比べ、項目の新設および改正の数が1.5倍であった。これは、1989年2月の改正の際に、土地形質変更の許可権が地方自治体の権限へ委譲されたことや、公共施設の建設に対する地方自治体の権限の拡大など、グリーンベルト政策および関連する政策のあり方にその原因を求めることができる。

 5章では、ソウル・グリーンベルトを対象にして、開発許可制度の観点から、開発行為の実態について量的に分析を行った。その結果、開発行為の総面積のうち、土地の形質変更がなされた面積がその多くを占めており、土地の形質変更がなされた面積を1件当りの面積として試算すると、個人では許可を得られない開発規模となることが明らかにされた。これより、土地の形質変更がなされた開発については、公共事業に関係する開発行為が行われていたと推測された。

 6章では、ソウル・グリーンベルトにある河南市を対象として、開発許可および違法開発行為の形態について実態の把握と分析を行った。

 その結果、開発許可の件数は新築行為の場合、住宅および畜舎が全体の85%を占めていること、増改築の場合では住宅・附属舎および畜舎が全体の85%を占めていること、用途変更の場合では住宅から飲食店への用途変更、および畜舎から農産物保管倉庫への用途変更の合計が全体の70%を占めていること、住宅が移築される地目は、畑、水田および果樹園が全体の地目の87%を占めていることを明らかにした。一方、違法開発行為として摘発された総数の71%が作業場および倉庫として使用されており、その土地の法律上の用途は畜舎である場合が多いことを明らかにした。これより、住宅は農地に建設される傾向が見られ、また、畜舎は他の用途に転用されやすい傾向が見られた。さらに、開発許可が周辺に与えた影響を空間的に把握すると、しばしば他の開発(例えば、飲食店の周辺に駐車場を造成する)を誘発させていたことを明らかにした。これより、都市的開発が行われた場所に隣接する農地において、更なる開発が波及する可能性が示唆された。

 7章では、開発用地として選択されることの多い農地について、その転用実態を分析した。具体には、河南市において転用された農地での開発行為の種類、農地を転用した農家の特性、および、農家が転用する農地を選択する際の基準を明らかにした。その上で、開発行為を空間的に表し把握した。

 その結果、農地の転用については、農地を分散して所有している農家ほど転用する傾向が見られることを明らかにした。転用による開発行為は、所有農地の中でも団地面積が小さい団地で多く発生する傾向が見られた。また、所有農地の中でも通作距離が長い農地、すなわち屋敷から遠い所にある農地において、都市的開発が行われる傾向が強いことが明らかにされた。農家にとって通作に負担が生じる農地あるいは作付面積の小さい農地は、営農活動に支障が生じる要因となるために、転用による開発行為が行われやすいと考える。

 8章では、以上の分析結果より、無秩序な開発から農地を保全するための方策を提言した。以上を要するに本論文は、ソウル・グリーンベルトの開発許可行為に関する制度の変遷を整理するとともに、グリーンベルト区域内での開発行為の実態を分析し、区域内の安定的な土地利用にとって重要な農地保全が達成可能となるグリーンベルト制度の改善策を提示したもので、その知見はグリーンベルトにおける農地保全の強化ならびに無秩序な開発行為防止の問題と関連して、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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