学位論文要旨



No 116236
著者(漢字) 澁谷,栄
著者(英字)
著者(カナ) シブタニ,サカエ
標題(和) 針葉樹樹皮抽出成分の抗菌性に関する研究
標題(洋)
報告番号 116236
報告番号 甲16236
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2266号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐分,義正
 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 鮫島,正浩
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

現在木材利用における副産物である背板,鋸屑,樹皮などの廃棄物は以前に比べて多くリサイクルされるようになった。背板及び鋸屑などの再利用率はほぼ100%に相当する。樹皮についても以前に比べて再利用率が高くなってはいるものの他の廃棄物に比べて再利用率が低い。樹皮は特徴として植物体の他の部位よりも抽出成分を多く含有していることが知られているが,再利用の場合においては障害となることが多い。しかしながら抽出成分は様々な構造を取ることからも推測されるように有益な生理活性を持つことも考えられる。そこで植物体の防御機能の一つと考えられる抗菌性に着目し,樹皮抽出成分の抗菌性について調べ,有効利用の検討を行った。

2.日本産針葉樹樹皮抽出物の持つ抗菌性について

 ヒノキ,スギ,アカマツ,トドマツ,アカエゾマツ,カラマツの間伐材から剥離した樹皮を風乾させたのちウィリーミルで粉砕し,それぞれ50gの樹皮粉試料を各500mLのn-ヘキサン,酢酸エチル,およびエタノールで逐次抽出を行って抽出物を得た。得られた抽出物を木材成分分解性の細菌(Pseudomonasspp.,Nocardia spp.)および糸状菌(Phanerochaete chrysosporium,Trichoderma reesei)に対して抗菌試験を行い抗菌物質の検索を行った。細菌に対する抗菌性は寒天培地に、樹皮抽出物を加えて抽出物を含まないコントロールのものとの比較により評価した。その結果、各抽出物の添加濃度0.1%,0.01%で行った抗菌試験ではn-ヘキサン抽出物はいずれの樹種おいても酢酸エチル及びエタノール抽出物に比べて,細菌に対して強い抗菌性を示した。次に、抽出物を培地に対して0.01%で添加した場合の抗菌試験の結果,明確な抗菌性を示したものは、アカエゾマツおよびヒノキのn-ヘキサン抽出物だけであった。分画と抗菌試験を行い抗菌性物質の検索を行ったところ,アカエゾマツのn-ヘキサン抽出物よりジテルペンカルボン酸であるdehydroabietic acid(図1)を抗菌性物質として同定した。また、糸状菌に対する抗菌性は寒天培地上に、抽出物5mgを含むペーパーディスク(直径9.Omm、厚さ1.3mm)を置き、菌糸の生育状況を観察し、ペーパーディスクが接触した寒天培地上に形成される生育阻止円の大きさ、およびディスク上での菌糸の生育状況によって評価した。糸状菌に対する抗菌試験では細菌や放線菌などに強い抗菌性を示したn-ヘキサン抽出物は、糸状菌P.chrysosporiumおよびT.reeseiに対しては全く抗菌性を示さなかった。これと対称的に細菌、放線菌に抗菌性の弱かった酢酸エチル抽出物およびエタノール抽出物は糸状菌に対して明確な抗菌性を示した。特にアカエゾマツの酢酸エチル抽出物の抗菌性は顕著で、P.chrysosporiumおよびT reeseiに対してそれぞれ直径2.5cm、2.3cmの阻止円を形成させた。そこで、糸状菌に対する抗菌物質を検索したところ、アカエゾマツの酢酸エチル抽出物よりスチルベン配糖体であるisorhapontin(図2)を抗菌性物質として同定した。

3.MICROTOXTMにおける樹皮抽出物の生物発光阻害効果

 高感度の急性毒性の試験法として広く用いられいるMICROTOXTM試験は,発光細菌Photobacterium phosphoreumの生物発光に対する阻害活性を利用したものである。本章ではMICROTOXTM試験を用いて樹皮抽出物の評価を行った。前述の樹皮抽出物各1mgを1mLのジメチルスルホキシドに溶解させ適宜希釈し、これを細菌懸濁液に添加し発光阻害について測定した。ここで、P.phosphoreumによる発光量を,試験開始後15分間後に測定し,コントロールに対して1/2に減少させる試料濃度をEC50(EC:Effective Concentration)として、これを次式[TI50]=100/[EC50]に代入して毒性指数(TI:ToxicityIndex)を求めた。試験の結果(図3)いずれの樹種においても酢酸エチル抽出物よりもn-ヘキサン抽出物の方が強い生物発光阻害活性を示しており,さらに試供した樹種中ではトドマツとアカマツ樹皮から得たn-ヘキサン抽出物のTI50値はそれぞれ94.3、86.2であり、これらの抽出物の中に非常に強力な生物発光の阻害活性物質が存在することが明らかとなった。このうちトドマツ樹皮抽出物について原因物質の検索を行ったところ、主要な発光阻害物質はオレイン酸であると同定された。そこでオレイン酸およびその関連化合物によるP.phosphoreumの生物発光の阻害活性を調べた結果,オレイン酸と同様に非常に強力な阻害活性を示したのは炭素数18の脂肪酸の中でcis型の不飽和二重結合を9位に有する脂肪酸類であった。対称的に炭素数18の飽和脂肪酸でも飽和脂肪酸であるステアリン酸や、オレイン酸と同様に9位に不飽和二重結合を持つがカルボキシル基を有さないオレイルアルコールでは非常に阻害効果が低かった。また、バクセン酸、ペトロセリン酸といった9位以外の箇所に不飽和二重結合を有する炭素数18の他の脂肪酸や、9位に不飽和二重結合を有するがtrans型であるエライジン酸でも、オレイン酸の場合に比べると活性は非常に弱いものであった。これらの結果から,脂肪酸における不飽和二重結合の存在、その位置ならびに立体配置の違い、ならびにカルボキシル基の存在がP.phosphoreumに対する発光阻害に非常に影響を与えることが判明した。さらに、試供した6種の樹皮のn-ヘキサン抽出物中のオレイン酸量についてGC分析により測定した。トドマツ及びアカマツ樹皮のn-ヘキサン抽出物中にはそれぞれ乾燥樹皮重量に対してに2.4%、4.0%のオレイン酸を含有していることが判明した。対称的に他の樹種のn-ヘキサン抽出物のGC分析ではオレイン酸は検出されなかった。

4.スチルベン配糖体の糸状菌セルラーゼに対する阻害効果

 タンニンはタンパク質の沈殿能を持つが、樹皮抽出物中にはこのようなポリフェノールが多いことが知られている。本章では樹皮の酢酸エチル抽出物のセルラーゼに対する阻害性について調べた。0.1%微結晶性バクテリアセルロース(BMCC)、0.1%樹皮抽出物、0.1%Tri-chodermaセルラーゼとなるように試料液を調製し、30℃で1時間反応させた。反応液は遠沈して上澄みをとり、同量の水にBMCCを再懸濁させた。この再懸濁させたBMCCについて600nmの吸光度を測定して抽出物無添加のコントロールと比較を行い樹皮抽出物のセルラーゼに対する阻害性について検討した。図4に各樹皮抽出物を添加した時の分解性について示した。ここではアカエゾマツの樹皮抽出物の阻害効果が比較的大きいことが分かる。これまでにアカエゾマツ樹皮の酢酸エチル抽出物中にはスチルベン配糖体が多いことが知られている。そこで主成分であるisorhapontinを精製し、Trchodermaセルラーゼの主要構成成分であるセロビオヒドロラーゼI(CBH I)についての阻害効果について検討を行った。ここでは1mMのisorhapontinの存在下でCBHIの基質に対する分解が明らかに阻害された。さらにisorhapontinの阻害効果をセロヘプタイトールの加水分解について定量的に観察を行った。ここではCBHIの加水分解によって生じた還元末端をCDHで酸化し、これをCyt.cの吸光度の変化で検出することにより定量を行った。この結果は図5-Aに示したようにCBHIの活性がisorhapontinの濃度の増加に伴い減少していることが分かる。図5-BのLineweaver-BurkのプロットからCBHIに対するisorhapontinの阻害効果は不拮抗非拮抗混合型の阻害であると推定された。また250μMのisorhapontinの存在下で3種のエンドグルカナーゼ(EGI,EGII,EGIII)に対しても阻害効果の検討を行った。その結果、阻害効果を示したのはCBHIおよびEGIについてであった(図6)。CBHIおよびEGIはhy-drophobic claster analysisによりFamily7に分類されることが知られている。このことからスチルベン配糖体のセルラーゼに対する阻害効果がFamily7に特異的なものであると考えられた。

5.アカエゾマツ樹皮由来のスチルベンの抗カビ性について

 日本産のアカエゾマツの樹皮中に含まれるスチルベン配糖体は含有量が乾燥樹皮重量の約10%と特異的に多く、糸状菌PhanerochaeteおよびTrichodermaに対して寒天培地上で生育抑制効果を示すことが分かっている。このような天然物を防カビ剤として利用できれば資源的および環境的にも非常に有効ではないかと考えられる。そこで本研究では糸状菌Trichoderma用いて培養を行い、抗菌性の原因物質として同定したスチルベン配糖体の代謝と菌の生育について調べ,効果的な抗菌性の発現について検討を行った。本研究で用いた糸状菌はTrichoderma viride IAM5141である。なお、より明確に抗菌性の認められるPhanerochaete chrysosporium K-3を対照として用いた。糸状菌の培養は液体培地で行った。作製した培地はオートクレーブを用いて滅菌を行ったのち、培養用試験管に10mLずつ分注し、胞子液によりそれぞれの菌を植え付けた。なお、スチルベン配糖体は最終濃度が1.0mg/mLとなるように溶解させた。培養した2種の糸状菌は1日ごとに生育状況の観察を行った。生育量はグラスフィルターを用いて培養液と菌体部分をろ別し、残さを回収して105℃で絶乾とし菌体の乾燥重量として測定した。この菌体の重量は1日3検体を測定して平均重量をもとめた。培地中のスチルベン類の分析はろ別した培養液をHPLC分析して行った。配糖体添加における生育状況の観察では培養初期の段階においてP.chrysosporiumでは生育抑制が認められたが、T.virideではコントロールと同様の生育を示すことが分かった。液体培地のHPLC分析により、培養期間中の培地中のスチルベン配糖体はP.chrysosporiumでは早期にアグリコンヘの変換が起こったがT.virideでは培養後期にアグリコンヘの変換が起こっていることが認められた。そこでアグリコンを用いて培養を行った時のT.virideの生育状況を図7に示した。T.virideに対して0.10mg/mLの添加濃度でコントロールに比べ生育抑制が認められるが、0.25mg/mLでは更に効果を示し、培養の期間を通じてほとんど生育が認められない。そこで配糖体とβ一グルコシダーゼの添加によるT.virideの生育状況を検討した。ここでは配糖体のみを添加した合と比較して明らかに生育阻害が示されることが認められた。この時の培地中のスチルベンの分析を観察したところ、1日目以降、配糖体の全体の70%はアグリコンに変換されており、これが培養期間を通じてほぼ持続したのが確認された。また、これまでの結果からアグリコンの濃度が低い時はアグリコンの分解がみ認められている。そこで抗菌性の持続のためにカテキン添加により低濃度のスチルベン(アグリコン)の分解の抑制を試みた。力テキン単独ではコントロールと同様の生育を示したが、アグリコンと同時にカテキンを添加したものではアグリコン単独のものよりも抗菌性が持続していることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 木材利用過程において副産する樹皮・背板・鋸屑などは廃棄されていたが、現在は、未利用資源として、背板・鋸屑はほぼ100%有効利用されている。しかし、樹皮の利用は種々検討されているが、多量に廃棄されているのが現状である。樹皮の特徴として、他の部位より抽出成分を多く含有していることが知られているが、このことが資源として利用する場合の障害の原因にもなっている。しかし、樹皮抽出成分が、種々の病害菌から樹体を防御していることもよく知られている。

 申請者は、この樹皮抽出成分の抗菌性に着目し、種々の日本産針葉樹樹皮の抽出成分の抗菌活性について検討し、生理活性物質としての有効利用を考察した。

 論文は、6章より構成され、1章は緒言、6章は総括で、2章から5章に本論が記述されている。

 2章では、日本産針葉樹樹皮抽出成分の抗菌活性について論じている。ヒノキ・スギ・アカマツ・トドマツ・アカエゾマツ・カラマツの内樹皮扮を、n-ヘキサン・酢酸エチルおよびエタノールで逐次抽出し、得られた各抽出物について、木材成分分解性の各種細菌及び糸状菌に対する抗菌試験を行い、抗菌物質の検索をした。その結果、細菌類に対しては、n-ヘキサン抽出物中に抗菌活性が強く認められたが、酢酸エチル・エタノール各抽出物にはほとんど認められなかった。一方、糸状菌類に対しては、逆の傾向が認められn-ヘキサンより酢酸エチル・エタノール各抽出物中に顕著な抗菌活性が存在することを見出した。特に、抽出物量・活性の強かったアカエゾマツのn-ヘキサンおよび酢酸エチル抽出物の活性成分を分画・単離し、細菌に対しては樹脂酸であるdehydroabietic acidを、また、糸状菌に対してはスチルベン配糖体であるisorhapontinをそれぞれ同定した。

 3章ではMICROTOXTMにおける樹皮抽出物の生物発生阻害効果について論じている。n-ヘキサン抽出物中に強い活性が認められ、とくに、トドマツ・アカマツに発光阻害効果が顕著であった。活性が最大であったトドマツを中心に分画、活性成分として脂肪酸のオレイン酸を同定している。発光細菌に対する呼吸阻害活性成分の検出を当初の目的としていたが、オレイン酸自身、本菌の成育阻害効果はほとんどなく、発光過程のいずれかが阻害されたものと考察、この方法の使用にあたっては注意が必要であることを言及している。

 4章では、アカエゾマツ樹皮由来のスチルベン配糖体のセルラーゼに対する効果を調べ、アカエゾマツが最も阻害活性が大であることを確認した。ついで、アカエゾマツ酢酸エチル抽出物中の主要抗菌活性成分であったスチルベン配糖体isorhapontinを中心に、糸状菌セルラーゼを精製し、セロビオヒドロラーゼI(CBH I)、エンドグルカナーゼ(EG I・EG II・EG III)各々に対して阻害効果を検討し、スチルベン配糖体はEG2・EG3には阻害効果がないが、CBH I・EG Iには顕著な阻害効果があることを見出した。CBH IおよびCBH Iの活性ドメインを調製し詳細に解析し、活性ドメインに直接作用してセルラーゼ活性を阻害することを明らかにした。また、アグリコンでは効果がないことからセルラーゼ活性の阻害にはスチルベン配糖体構造が重要であることも見出している。

 5章ではアカエゾマツ樹皮由来のスチルベンの抗カビ性について論じている。すなわち、糸状菌2種を中心にスチルベン配糖体添加下の菌の生育試験を行い菌の種類により生育阻害効果が異なること、この原因として培地中のスチルベン配糖体・アグリコンの存在量に関係があることを見出し、アグリコン単独添加がいずれの糸状菌に対しても顕著な生育阻害効果を示すことを明らかにしている。

 以上要するに、本論文は日本産針葉樹樹皮抽出成分の抗菌活性について種々検討、考察し学術上応用上大変興味ある知見を与える論文であり、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授けるに値するものであると認めた。

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