学位論文要旨



No 116242
著者(漢字) 麻見,安雄
著者(英字)
著者(カナ) アサミ,ヤスオ
標題(和) 出芽酵母における染色体レベルでの非相同組換えの解析系の開発とその応用
標題(洋)
報告番号 116242
報告番号 甲16242
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2272号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 助教授 宮脇,長人
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

染色体再編は(挿入、欠失、転座、逆位)は非相同組換えにより引き起こされ、しばしばガンや遺伝病の原因となることが知られている。非相同組換えの機構としては、主に2つのモデルが示されている。1つは短い相同性に依存した末端結合による非相同組換えであり、もう1つはDNAトポイソメラーゼのサブユニット交換による相同性に依存しない非相同組換えである(Fig.1)。

DNAトポイソメラーゼはDNA複製や転写時にDNA分子のトポロジーを変化させる酵素である。トポイソメラーゼは2つのタイプに分けられ、I型トポイソメラーゼは正の超らせん構造を弛緩する。またトポイソメラーゼは正の超らせんあるいは弛緩したDNAを二重鎖切断を一時的に作ることによりDNAを負の超らせん構造へと変換する。特に、抗ガン剤として利用されているVP-16(etoposide)などのトポイソメラーゼII阻害剤は、トポイソメラーゼIIとDNAとの反応中間体であるcleavable-complexを安定化しDNAの二重鎖切断を促進することが知られている。しかしこれらの阻害剤は治療関連二次性白血病を引き起こすことも知られており治療上での問題となっている。

本研究では、出芽酵母における染色体の再編を解析するために、新しい組換え検出系を作成し、またその系を用いてトポイソメラーゼに依存する組換えについて調べることを目的とした。

[材料と方法]

染色体上での非相同組替え検出系の開発

Saccharomyces cerevisiaeのChromosome IIIのLEU2領域に、CAN1とCYH2のネガティブ選択マーカーを導入した株を作成した(Fig.2)。この株では、カナバニンとシクロヘキシミドの2つの薬剤に感受性であるが、2つのマーカーが同時に欠失すると2つの薬剤に対して耐性となる。耐性となった組換え体についてコロニーダイレクトPCRを行い染色体の欠失を起こした変異体のみを非相同組換え体とした。

また組換え頻度を測る方法としては、fluctuation test(Luria SE and DelbruckM.,(1943))を用い、下記の式を用いて変異率を求めた。

m=-lnP(0)ln2/Nt

m:細胞分裂1回あたりの、1個の細胞における変異率(/cell/division cycle)P(0):組換え体を全く生じなかったプレートの割合、Nt:最終細胞数

トポイソメラーゼ阻害剤による影響

この系を用いて、抗ガン剤VP-16がトポイソメラーゼに依存する組換えを引き起こすかどうか調べた。

組換え体の解析

コロニーダイレクトPCRにより染色体欠失が起こっている組換え体についての解析は、SalIによる制限酵素処理を行い電気泳動のパターンにより分類を行った。また、組換え体の結合部位は塩基配列を決定することにより調べた。

[結果と考察]

染色体の再編を検出する系の開発

実験当初、カナバニンとシクロヘキシミドの薬剤耐性を持つものを組換え体としたが組換え体の染色体構造を解析したところ、欠失を起こした組換え体だけでなく、野生型と染色体構造に見かけ上変化のみられないものも得られた。そこで欠失により染色体再編を起こしたものだけについての組換え頻度を求めるために、コロニーダイレクトPCRにより欠失を起こした組換え体のみを非相同組換え体とした。

野生株おける組換え頻度とトポイソメラーゼ阻害剤による影響

野性株における染色体欠失の組換え頻度を調べたところ、コントロールグループでおよそ3.6×10-11/cell/division cycleの頻度で染色体上での欠失による組換えが起きていた。これに対してトポイソメラーゼ阻害剤VP-16を作用させた場合では、3.2×10-9/cell/division cycleの頻度で染色体の欠失が起きていた。この事から未処理菌に比べてVP-16を作用させると約100倍高頻度で染色体の再編が起きていることわかった(Fig.3)。

また組換え体の解析の結果、非相同組換えによる染色体再編が起きていることが確認された(Fig4)。コントロールグループとVP-16処理グループとを比較すると、VP-16処理グループにおいて、より欠失した領域が大きい傾向がみられた。

以上のことから、トポイソメラーゼ依存の非相同組換えが起きていることが示唆された(Fig.5)。

また、この系を用いて酵母における染色体再編に関与する因子の解析を行うことが可能となった。

さらに、この結果は、大腸菌のDNAジャイレースに依存する非相同組換えと類似の組換え機構が真核生物にも存在することを示しており、治療関連二次性白血病を引き起こす原因として染色体上での非相同組換えが関与していることが示唆された。

[まとめ]

● 出芽酵母における染色体の再編を解析するために、新しい組換え検出系を作成した。

● この系を用いて、抗ガン剤VP-16がトポイソメラーゼに依存する組換えを引き起こすかどうか調べた。

● 結果としてVP-16を作用させた後、未処理菌に比べて染色体の再編が高頻度で起きていることがわかった。

● 従って、この系を用いて酵母における染色体再編に関与する因子の解析を行うことが可能となった。

Figure 1.

Figure 2.

Figure 3.

Figure 4.

Figure 5.

審査要旨 要旨を表示する

 非相同的組換えは、原核生物から真核生物に至るすべての生物種で起きる現象であり、その修復機構の解明は生物学的に非常に重要なテーマであると考えられる。しかしながら、動物細胞を用いた実験は定量性に欠け、またその解析も容易ではないという問題点が存在する。本研究では遺伝的組換えの一つである非相同組換えに特に注目し、出芽酵母を用いた染色体レベルでの非相同組換えの解析を行う系の開発を目的とした。また、開発した検出系を用いて、トポイソメラーゼII阻害剤VP-16による影響を調べた。

 第1章においては、まず原核生物および真核生物における非相同組換えについての概説を行った。その中で、原核生物における非相同組換えについて現在までに知られている知見と、真核生物について知られている知見、および真核生物ではまだ確認されていない非相同組換えのモデルについての説明を行った。

 第2章では出芽酵母における非相同的組換えを調べる系として、染色体上での組換え体の構造解析を簡単で、かつ定量的に検出する実験系を作製した。

 作成した系を利用してカナバニンとシクロヘキシミドに耐性を示す形質転換体を得た。野性株における自然状態での組換え体の染色体構造を解析したところ、形質転換体は、欠失変異だけでなく、多重点突然変異や元々の領域にあるcyh2遺伝子との遺伝子交叉などが考えられるものが観察された。

 第3章では、当初作成した系において問題点があったため、その系に改良を行った。そこで新たに、欠失により染色体再編を起こしたものだけについて求めるための実験方法としてコロニーダイレクトPCR法を利用して系の改良を行った。その結果、コロニーから直接染色体のPCRをおこない、SalI 処理をして欠失を生じたものだけを非相同組換え体とする事で、真核生物において非相同組換えを特異的に定量する系の開発ができた。新たに開発した組換え検出系を用いて、野生株における非相同組換えを調べた。その結果、非常に低い頻度ながら染色体上での欠失による組換えが起きていることが示された。また、得られた組換え体の組換え部位には長い相同性は認められず0-13bpの短い相同性しか存在していなかった。組換え部位に長い相同性が認められなかったことからこの組換えが非相同的組換えであることが明らかになった。

 第4章においては、開発した系を用いて染色体再編に関わる因子として、トポイソメラーゼIIによる非相同組換えの直接的な関与を調べた。この系はまた、薬剤の透過性を増加させるため、ISE2変異を導入していることから、トポイソメラーゼII阻害剤VP-16に対する感受性を調べたところ、ISE2変異株がこの実験系でも有効であることが確認された。

 ここで、VP-16による染色体への影響を調べたところ、野生林において、約100倍高頻度で染色体の再編が起きていることが示された。

 染色体の構造を解析したところ、欠失変異を生じる組換えは特定の部位ではなく様々な部位で起きており、生じた欠失の長さも様々であった。さらにいくつかの欠失変異を待つ染色体について組換え部位の塩基配列には長い相同性は認められず2-9bpの短い相同性が存在していた。組換え部位及びその付近に特に顕著な規則性や特徴のある配列(二次構造など)は認められなかった。今回の結果から、阻害剤が真核生物のトポイソメラーゼに影響し、in vivo においても非相同組換えが引き起こされることを示唆していた。また短いながら相同性があることから、エンドジョイニングによる機構の関与も示唆された。

 以上、出芽酵母における染色体の再編を解析するために、新しい組換え検出系を開発した。この系を用いて、トポイソメラーゼII阻害剤VP-16がトポイソメラーゼに依存する組換えを引き起こすかどうか調べたところ、VP-16を作用させることにより、未処理菌に比べて染色体の再編が高頻度で起きていることが示され、非相同組換えにトポイソメラーゼIIが関与していることが示唆された。本研究で得られた知見は、学術上、応用状貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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