学位論文要旨



No 116243
著者(漢字) 伊藤,三恵
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ミエ
標題(和) サイトカインLECT2のリフォールディングとNMRを用いた高次構造解析
標題(洋)
報告番号 116243
報告番号 甲16243
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2273号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 上野川,修一
 国立感染症研究所 室長 鈴木,和男
 東京大学 助教授 宮脇,長人
内容要旨 要旨を表示する

LECT2は好中球走化性因子であり、ヒト好中球の機能を制御するタンパク質として造血器系腫瘍細胞株から単離精製され、遺伝子もクローニングされた。LECT2はアミノ酸133残基、分子量約16kの塩基性タンパク質で、肝臓に特異的に発現している。本研究は、LECT2の立体構造に基づいて、その作用機構を解明することを目的としている。NMRを用いてLECT2の高次構造解析を行うには安定同位体標識(15N,13C/15N)することが不可欠である。そこで、本研究では、(His)6-LECT2の大腸菌を宿主とする大量発現系を構築し、発現タンパク質の巻き戻し法を確立し、円二色性(CD)スペクトル及び核磁気共鳴(NMR)スペクトルの解析を行った。様々なタンパク質の様々な巻き戻し方法がNMRサンプル調製に用いられているが、巻き戻しの困難なタンパク質も数多く存在する。本研究では、高い障害となるサンプル調製に際し、系統的に巻き戻し法を検討することにより、Cys 残基を6個持つ(His)6-LECT2の最も効率の良いNi-NTA agarose上での巻き戻し法を開発した。これにより得られたデータは他のタンパク質の調製にも応用可能な重要な知見である。

[実験]

 (His)6-LECT2の大量発現系の検討

 LECT2のN末端に(His)6-tagを付加した遺伝子をT7プロモーターを持つpET-21(a)ベクターに挿入して発現プラスミドを作成した。誘導により発現した(His)6-LECT2はインクルージョンボディーを形成し、大部分が不溶性画分となった。可溶性タンパク質として生産させるために様々な培養条件の検討を行い、チオレドキシンやGroES/Lとの共発現、チオレドキシン融合タンパク発現系を試みた。しかし、可溶性画分への生産量の増加に効果は見られなかったので、大量に発現している不溶性画分からの可溶化、巻き戻しを行った。

巻き戻し法の検討

 不溶性タンパク質に8M尿素を添加して可溶化し、透析法、希釈法、ゲル濾過カラム法、及びNi-NTA-agaroseカラムに結合させたまま尿素濃度をゆっくり下げるNi-NTA-agaroseカラム法を行った。

再生(His)6-LECT2の分析・巻き戻しの確認

 再生(His)6-LECT2のCD及びNMRスペクトルを、CHO細胞で発現精製したLECT2のものと比較した。CD測定はJASCO J-720、多核多次元NMR測定は、VARIAN Unity INOVA 500 NMR で行った。

NMR測定

 溶媒条件の検討は15N標識(His)6-LECT2を用いて行った。15N,1H-HSQCスペクトルで最も分離の良い溶媒条件は50mM Na2SO4と5% glycerolを含む90% H20/10% D20(pH6.0)だった。さらに、13C/15N標識(His)6-LEcT2を同様の方法で調製し、連鎖帰属に用いる3核3次元NMRスペクトル(HNCA,HNCO,HN(CO)CA,CBCA(CO)NH,C(CO)NH,H(CCO)NH)を測定した。測定温度は全て25℃とした。

主鎖の連鎖帰属

 スペクトルの処理にはNMRPipe,NMRDrawを用いた。スペクトルを印刷して解析するためにはPROIを用い、コンピュータディスプレイ上での解析にはSparky3を使用した。各NMRスペクトルからアミドプロトン、アミド窒素、Cα炭素、Cβ炭素、カルボニル炭素の相関を得て、連鎖帰属を行った。

[結果と考察]

巻き戻し法の確立

 検討の結果、Ni-NTA agaroseカラム法での巻き戻しに成功した。透析法と希釈法では(His)6-LECT2を効率良く巻き戻すことはできなかったが、Ni-NTAagarose上に固定することで、巻き戻し過程のタンパク質間相互作用が減り、効率良く巻き戻せるようになったものと考える。間違ったS-S結合をかけ直すために、酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン混合溶液中で、穏やかにNi-NTA agaroseカラム上に固定した(His)6-U三CT2を撹拌した。さらに、溶出後に充分空気酸化をすることが、モノマーの存在比の増加に効果的であった。その結果、最小培地1リットルあたり約1mgの最終生成物を得ることができた。この方法で得た再生(His)6-LECT2のCD及びNMRスペクトルを、CHO細胞から発現精製したLECT2のものと比較したところ、CDスペクトル(Fig.1)はいずれも230nmにピークを持つβ構造に特徴的なパターンを示した。さらに、NMRスペクトル(1H-1H NOESY)(Fig.2)においてもシグナルが一致したことから、大腸菌由来の(His)6-LEcT2はCHO細胞由来のLECT2と同じ立体構造を持つと結論づけた。

NMRスペクトルの帰属

 以上の系を用いて、15Nおよび13C/15Nで標識した(His)6-LEcT2を調製し、3核3次元NMRの測定と解析を行った。天然型立体構造を持つタンパク質に特徴的な分離の良いスペクトルが得られ、50mM Na2SO4存在下で測定したスペクトルに帰属した(Fig.3)。その結果、観測可能と期待される130スピン系(140アミノ酸-(N 末端+Pro残基9個))のうち110について帰属をすることができた(Fig.4)。

 帰属した化学シフトの値を元に、CSI(chemical shift index)を用いて二次構造の分布を明らかにした。その結果、(His)6-LECT2はβシートに富むタンパク質であり、αヘリックスを含まないことが明らかとなった。

[まとめ]

(1)(His)6-LECT2の巻き戻しに成功した。Ni-NTA agarose樹脂に固定することで、液相での巻き戻し法に比べて、高濃度での取り扱いが可能となった。

(2)CD測定の結果、CHO細胞由来のLECT2と大腸菌で発現、再生した(His)6-LECT2のCDスペクトルが一致した。

(3)NMR(1H-1H NOESY)測定の結果、観測された交差ピークの分布がCHO細胞由来のLECT2と再生(His)6-LECT2との間で一致した。(2),(3)より、巻き戻しが成功したものと考える。

(4)主鎖の化学シフトから、予測した二次構造は、βシートに富むことを示唆しており、CD測定の結果と一致した。

Fig.1 CD spectra of LECT2 (16.7 μM)from CHO cells and(His)6-LECT2(21.3 μM)from E.coli.

Fig.2 Methyl-methy region of 1H-1H NOESY spectra of(a)LECT2(40μM)from CHO cells and(b)(His)6-LECT2(1 mM)from E.coli.

Fig3 15N, 1H-HSQC spectrum of(His)6-LECT2 in 90% H2O/10%D2O(pD 6.0)containing 50 mM Na2SO4 and 5% glycerol.

Fig.4 Sequential walk of(His)6-LECT2.The residues from Tyr70 to Ile76 were connected by the sequential walk on the HNCACB spectrum.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、サイトカインLECT2(leukocyte cell-derived chemotaxin2)の核磁気共鳴(NMR)を用いた高次構造解析を目指した大腸菌を宿主とするLECT2の発現、リフォールディングとその高次構造解析を行った結果について述べている。新規サイトカインであるLECT2の発現系の構築から構造解析まで、一連の構造解析のステップを全て行った。本論文は4章からなる。

 第1章においては、サイトカインについての一般的な説明を行い、まず、その定義について記し、現在知られているサイトカインに共通する特色について述べた。次に、LECT2発見の経緯と機能について記し、明らかにされているLECT2の疾患との関係について述べた。LECT2は好中球走化性因子としてT細胞白血病細胞から発見された新規タンパク質であり、機能の詳細は不明であるが、慢性関節リュウマチと肝炎においてLECT2が鍵となるタンパク質として機能していることを述べた。LECT2はC-X-CモチーフもC-Cモチーフを待っておらず、一般的な好中球走化性因子の属するサイトカインの分類には属さない新規サイトカインであることを説明した。次に、LECT2の機能発現の機構を明らかするためにLECT2の立体構造を明らかにしたいという本研究の目的について述べ、最後に本研究の構成について述べた。

 第二章では、大腸菌を宿主とした発現系の構築について述べた。第一節においては、可溶性画分からの精製を試みた。単独発現、シャペロン(Thioredoxin,GroES/L)との共発現、融合タンパク質としての発現とそれらの培養条件を検討したが、可溶性画分への生産の増加は見られなかった。その中で最適化した単独発現においてLB培地1リットル培養から100μgを最終精製物として得、CDスペクトル、NMRスペクトルにおいて、基準物質とするCHO細胞から発現精製したLECT2(以後、CHOLECT2)のそれらと同じ結果を得た。これにより、大腸菌を宿主とする(His)6-LECT2の発現・精製に成功したことを示した。第二節においては、不溶性画分からの可溶化と巻き戻しについて述べた。この節は本論文のメインとなる部分である。大腸菌で不溶性画分に生産された(His)6-ECT2を可溶化・還元し、Niカラムに固定したままで可溶化剤濃度を落としていくことで、分子間相互作用を抑えることができたので、液相での巻き戻し(透析法、希釈法)よりも、効率良い巻き戻しに成功した。さらに、(His)6-ECT2をNiカラムに固定したままで酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン混合溶液中で撹拌することで、誤ったジスルフィド結合をかけ直した。Niカラムからの溶出後、低タンパク質濃度で撹拌することで、フリーなチオール基を酸化した。以上の3つのステップを行うことで、オリゴマーの比率が減り、モノマーの比率が上昇した。ジスルフィド結合を持つタンパク質の一般的な巻き戻し法が無く、サンプル調製に大きな障壁となっている。本研究において開発した巻き戻し法は巻き戻し困難なタンパク質に対し、多くの知見を与えた。また、巻き戻しの確認は基準物質とするCHO LECT2のCDスペクトル、NMRスペクトルと比較することで一致を見た。詳しく見ると、CDスペクトルにおいて230nmにβシートを特徴づける山を示し、αヘリックスを特徴づける220 nmの吸収を示さなかった。NMRスペクトルにおいても1D、2Dともにシグナルの一致を見た。CHO LECT2と(His)6-LECT2は立体構造上同じであることを示した。これにより、巻き戻しの確認とした。

 第三章においては、NMRを用いた高次構造解析について述べた。第二章第二節で最適化した大腸菌を宿主とする発現、巻き戻しにより安定同位体標識(15N,13C/15N)体を調製し、三核三次元NMRで高次構造解析を行ったことを説明した。まず、NMR測定溶媒条件の検討を行った結果、シグナルの分離が良いのは硫酸ナトリウムを添加した条件であった。そして、3次元展開した。NMRデータの帰属(どのシグナルがタンパク質のどの原子由来かを決めること)を行い、現在主鎖の帰属がほとんど完了している。得られた化学シフトを基に二次構造を予測したところ、βシート40%を含むことが示された。

 第四章では、(His)6-ECT2の大腸菌を用いた発現系の構築、NMRを用いた構造解析を行ったことにより明らかになった問題提示および考え得る今後の展開を述べた。また、(His)6-ECT2の構造機能相関に終始するばかりでなく、ジスルフィド結合を持つタンパク質の新たな巻き戻し法を提案した。ここから得られた知見は、学術上、応用上貢献するところが大いにある。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして判断した。

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