学位論文要旨



No 116245
著者(漢字) 鈴木,倫太郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,リンタロウ
標題(和) 好熱古細菌Methanococcus thermolithotrophicus由来FK506結合タンパク質のNMRによるPPIase活性測定および機能の研究
標題(洋)
報告番号 116245
報告番号 甲16245
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2275号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 宮脇,長人
内容要旨 要旨を表示する

 Anfinsenによるタンパク質の巻き戻し実験以降、タンパク質は自発的にフォールドすると考えられてきた。しかし、現在では多くのタンパク質がさまざまなタンパク質性の因子によって、フォールディングを助けられていることがわかっている。これらの因子は、フォールディング経路の律速段階を促進するフォールダーゼと、凝集や間違ったフォールディングからできたてのポリペプチドを保護するシャペロンの二つのグループに分けられる。細胞内のタンパク質のフォールディングにおいて、シャペロンが重要な役割をはたしていることはすでによく知られている。また、タンパク質のフォールディングには二つの主な律速段階、ジスルフィド結合の形成およびプロリン残基とその前の残基の間のペプチド結合の異性化がある。二つのフォールダーゼ、プロテインジスルフィドイソメラーゼとペプチジルプロリルcis-transイソメラーゼ(PPIase)は、これらの反応を促進することでタンパク質のフォールディングを促進すると考えられている。

 一方20世紀の間にさまざまな極限環境で生育する微生物が次々と発見された。それらのうち幾つかはすでに全遺伝子が解読されているが、それぞれの生育環境における遺伝子産物の挙動はほとんど明らかになっていない。好熱菌や超好熱菌のタンパク質の高温条件下でのフォールディングはその一つである。特にPPIaseの触媒するプロリンの異性化(Scheme1)は酵素がなくても起こる単純な化学交換反応であり、高温では低温時よりもはるかに速い反応になる。また、最近フォールダーゼにはシャペロンの機能を持つものが多いことがわかり、一般的にもPPIase活性の生理的意味を疑問視する声が上がっている。しかし、調べられた限り好熱菌と超好熱菌を含むすべての生物でPPIaseが見つかっていることは、何らかの生理的意義をPPIase活性が担うことを示唆している。本研究では好熱菌におけるPPIase活性の役割を明らかにするために、好熱古細菌 Methanococcus thermolithotrophicus が持つPPIaseであるFK506結合タンパク質(MtFKBP17)を用いて、これまで行われていなかったNMRによる高温での活性測定を行い、その機能を検討した。またMtFKBP17のNMRの化学シフトを帰属し、その機能と構造の関係を考察した。

1. NMRによるMtFKBP17のPPIase活性測定

 プロリンとその前の残基の間のペプチド結合の異性化の速度、およびPPIaseによるその促進は一般にキモトリプシン法によって測定されている。この方法ではまずtrans型ペプチドを過剰量のキモトリプシンですべて切断し、残ったcis型ペプチドからtrans型への異性化が系全体の律速となることを利用して、キモトリプシンによる切断を異性化反応のかわりに検出する。キモトリプシン以外のプロテアーゼを使用することで異なる配列の基質に対する活性を測定することも行われているが、それでもこの方法は基質の配列に制限が多く、また異性化が速くなると測定できなくなるため高温での測定ができないなどの欠点がある。

 これに対し、NMRは基質の配列に制限がほとんどなく、また測定できる反応速度が比較的速い領域にあるので、90℃近くまで測定が可能である。他にも基質濃度はかなり濃くなければならないなど、キモトリプシン法とは違いが多い。NMRを用いて測定する方法にもいくつか知られているが、その中で特に基質ペプチドの配列に制限が少ない方法として2D EXSY NMR法による活性測定を行った。これは10-700ms程度の反応時間の間に異性化によってcis型からtrans型へあるいはその逆へ変化した分子種の量を2次元NMRにおけるピーク強度から求める方法である。なお、EXSYスペクトルはNOESYスペクトルと同じパルスシーケンスを用いて測定されるが、化学交換の観測を目的とする場合はEXSYスペクトルと呼ばれることが多い。EXSYスペクトルによる測定では、通常の酵素の活性測定とは異なり平衡条件下での反応を観測するため見かけの反応速度は0であるが、その際の正逆両反応をそれぞれ1次反応として速度定数を求めることができる。

 EXSY NMR測定にはJEOL Lambda400を用いた。測定溶媒は20mMリン酸緩衝液pH8、100% D20、温度は10-50℃の範囲で変化させ、ペプチド基質は1-8mM、MtFKBP17は2-10μMの範囲で測定を行った。一つの条件につき反応時間を変化させて5枚のスペクトルをとり、経時変化から速度定数を求めた。一枚のスペクトルの測定には約6時間30分を要した。また、他にペプチド基質の帰属のためにDQF-COSY、ROESYスペクトルを測定した。MtFKBP17は大腸菌で大量発現させたものを精製して用いた。

 測定した基質はSuccinyl-L-alanyl-L-leucyl-L-prolyl-L-phenylalanine P-nitroanilide(Suc-ALPF-pNa)とRibonuclease T1 の39番目のプロリン残基周辺の15残基からなる部分配列(RtP39)である。前者はキモトリプシン法に用いる蛍光標識された基質であり、後者はPPIase活性の基質としてよく用いられるタンパク質の中の異性化を促進される部位である。25℃と50℃でのMtFKBP17の活性は、Suc-ALPF-pNaで3倍、RtP39で2倍違っていた。また50℃で酵素のない条件での反応速度に対する酵素に触媒された反応速度の比は、Suc-ALPF-pNaで16倍、RtP39で70倍であり、高温においてもMtRKBP17が有意なPPIase活性を有していることが明らかになった。また、さらに温度を変えてEyring Plotにより反応の活性化エンタルピーを求めたところ、キモトリプシン法による値と一致し、測定条件が大きく異なるNMR法とキモトリプシン法で同じ反応を観測していることが確認された。キモトリプシン法の結果を高温側に外挿すると50℃ではMtFKBP17の活性は酵素のない条件での反応速度にくらべてはるかに小さくなるが、これは酵素濃度が薄いことによるもので、細胞内でのMtFKBP17の濃度(数10μM)はむしろNMR法の条件に近い。したがってMtFKBP17はそのような高濃度で有意な活性を有する酵素であると言える。このことから本酵素のPPIase活性は高温においても生理的な意味を持ちうると考えられる。

2. MtFKBP17のNMR化学シフトの帰属[1]

 MtFKBP17の立体構造情報を得るために、15Nラベル体および13C,15Nラベル体を大腸菌で発現、精製して化学シフトの帰属を行った。測定にはVarian Unitiy INOVA500を用いた。15N-HSQCスペクトルには25℃と50℃で大きな違いが見られず、温度による構造の変化は小さいことが示唆された。しかし、50℃に2週間おいた後のMtFKBP17の15N-HSQCスペクトルでは、ピークの重なりが激しくなり、また新たに現れた小さなピークが多数観測されるという変化が見られた。これはMtFKBP17の構造が変化し、一部がランダムコイルに近い状態になったことを示唆している。化学シフトの帰属に用いるスペクトルには3-4週間の測定時間を要するため、以後の帰属は25℃で行った。主鎖の帰属のために、15N-TOCSY-HSQC,15N-NOESY-HSQC,HNCA,CBCA(CO)NH,HNCACB,(HCA)CO(CA)NH,HNCOスペクトルを測定し、Cα,Cβ,CO,Hαの化学シフトをこれらのスペクトルを用いて連鎖帰属により決定した。ついで側鎖の帰属を,HC(CO)NH,C(CO)NH,HCCH-TOCSYスペクトルを用いて行った。帰属のためのプログラムとしてはP-ROIシステムおよびSparky3を用いた。決定した化学シフトの値を用いてプログラムChemical-Shift lndex、およびTALOSにより二次構造を予測し、またNOEパターンにより二次構造のトポロジーを解析した。これらの結果からMtFKBP17は構造既知のヒトのFKBPとほぼ同じフォールドを持つことが明らかになった。一方、MtFKBP17にはヒトのFKBPにはない2カ所の挿入配列があるが、これらの部分にも二次構造が存在することがわかった。MtFKBP17はPPIase活性とは別にシャペロン活性を持っており、この活性には2ヶ所の挿入配列のうち、44残基からなる長い挿入配列の寄与が重要であることがわかっている。この部分には新たにβシートとαヘリックスが見つかり、これらの構造がシャペロン活性に重要な役割を果たしていることが示唆された。原子間ベクトルの運動性を反映するアミドプロトンとアミド窒素間のNOEを測定したところ、この長い挿入配列部分は比較的運動性が高く、ヒトのFKBPとの相同部分とはある程度独立した運動をしていることが示唆された。またもう一つの13残基の挿入配列にはαヘリックスが見つかった。3.まとめ

 一般に酵素活性は極めて薄い酵素濃度下で測定されるが、生体内での機能を明らかにするためには生体内での酵素濃度に準じた濃度領域での検討が必要であろう。本研究ではNMRによる高温でのPPIase活性測定法を確立し、MtFKBP17が高温で有意な活性を示すためにはその濃度が重要な要素となることを明らかにした。また、MtFKBP17の化学シフトの帰属を行い、二次構造を予測、解析した結果、PPIase活性をになうFKBP部分とシャペロン活性を担うと思われる挿入配列部分が構造上独立していることが示唆された。

[1]Suzuki,R.,Nagata,K.,Kawakami,M.,Nemoto,N.,Furutani,M.,Adachi,K,Maruyama,T.,Tanokura,M.(2000)Assignment of IH,13C and 15N signals of FKBP from Methanococcus thermolithotrophicus.Journal of Biomolecular NMR 17,183-184

Schem 1.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、好熱菌におけるペプチジルブロリルcis-transイソメラーゼ(PPIase)の生理的役割を考える上で重要な、高温条件でのPPIase活性を明らかにするために、好熱古細菌掘 Methanococcus thermolithotrophicus由来FK506結合タンパク質(MtFKBP17)のNMR法による活性測定を行った。さらにMtFKBP17の化学シフトを決定し、立体構造と機能の関係を考察した。本論文は4章からなる。

 第1章では、まずタンパク質のフォールディングと、これを助ける因子であるシャペロンとフォールダーゼについての説明を行った。フォールダーゼにはプロテインジスルフィドイソメラーゼとPPIaseの2種類があり、さらにPPIaseにはサイクロフィリン、FK506結合タンパク質(FKBP)、パブリンの3つのファミリーに分かれる。これらの因子の解説に加えて、PPIaseにはシャペロン活性を持つものが多いことなどから、PPIaseの活性の生理的な役割が疑問視される側面を説明した。さらにPPIaseの各ファミリーの違いと生物種における分布を概説して、好熟菌にはFKBPを唯一のPPIaseとして持つものが多いことを指摘し、好熱菌が生息する高温環境ではPPIaseが触媒するプロリン残基の異性化反応は酵素がなくても非常に速くなり、PPIaseが必要とされないという考え方を紹介した。また、プロリン残基の異性化反応の物理的な特徴とPPIaseの反応機構について現在の知見をまとめた。最後にFKBPファミリーのアミノ酸配列上の特徴と、FKBPの待つシャペロン活性について説明している。

 第2章では、本研究のうち、NMRによるPPIase活性測定を記述した。まず、PPIase活性測定の二つの方法としてキモトリプシン法とNMR法をあげて違いを説明し、NMR法の理論と解析について詳述した。

 測定の結果、25℃と50℃でのMtFKBP17の活性は、2-3倍違っていた。また50℃で酵素のない条件での反応速度に対するPPIaseに触媒された反応速度の比は16-70倍であり、高温においてMtFKBP17が有意なPPIase活性を保っていることが明らかになった。キモトリプシン法でこの比を求めると、同法で測定できる限界の37℃でおよそ1であり、さらに高温になるとより小さくなることが示唆された。活性の温度依存性から求められる活性化エンタルピーの値はNMR法とキモトリプシン法で一致し、両方法で同じ反応を観測していることが確かめられた。両方法の違いは、反応溶液の酵素濃度の違いによるものと考えられるが、細胞内でのMtFKBP17の濃度(数μM以上)はNMR法の条件に近く、MtFKBP17はそのような高濃度で有意な活性を示す酵素であること、その活性は高温においても生理的な意味を持つことが示唆された。

 第3章では、MtFKBP17のNMRの化学シフトの帰属の結果とそれにより示される立体構造情報を述べた。連鎖帰属により主鎖のHN、N、Cα、Cβ、C'、Hα の化学シフトを決定した。側鎖についてもほとんどの原子について帰属を行った。決定した化学シフトの値を用いた二次構造の予測と、NOEパターンを解析して得られる二次構造のトポロジーから、MtFKBP17は構造既知のヒトのFKBPとほぼ同じフォールドを持つことが明らかになった。一方、ヒトのFKBPにはない2カ所の挿入配列の部分にも二次構造が存在することがわかった。特に44残基からなる長い挿入配列部分はMtFKBP17がPPIase活性とは別に持つシャペロン活性のために必要であることが知られているが、この部分には新たにβシートとαヘリックスが見いだされ、これらの構造がシャペロン活性に重要な役割を果たしていることが示唆された。原子間ベクトルの運動性を反映するアミドプロトンとアミド窒素間のNOEを測定したところ、この長い挿入配列部分は比較的連動性が高く、ヒトのFKBPとの相同部分とはある程度独立した運動をしていることが示唆された。

 MtFKBP17の15N-HSQCスペクトルには25℃と50℃で大きな違いが見られず、温度による構造の変化は小さいことが示唆された。一方、50℃に2週間おいた後のスペクトルは、ピークの重なりが激しくなり、また小さなピークが新たに多数観測された。このことからMtFKBP17の構造は長期間の高温によって変化し、一部がランダムコイルに近い状態になることが示唆された。

 第4章では以上の結果をまとめ、MtFKBP17が高温で有意な活性を示すためにはその濃度が重要な要素であり、MtFKBP17は細胞内で高い濃度で存在すると考えられることから、生体内でもそのPPIase活性は生理的機能を十分持ち得ると結論づけた。また、MtFKBP17のシャペロン活性は構造上ある程度独立したドメインが担っている可能性が示唆された。

 本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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