学位論文要旨



No 116248
著者(漢字) 大坪,嘉行
著者(英字)
著者(カナ) オオツボ,ヨシユキ
標題(和) Pseudomonas sp. KKS102株のPCB/bipheny1分解系遺伝子群の発現調節機構の解明
標題(洋)
報告番号 116248
報告番号 甲16248
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2278号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 人類はその発展と共に多くの化合物を生み出し利用してきた。そのうちあるものは、自然界において十分に分解されずに残留し、様々な影響を及ぼすこととなった。そのような難分解性物質の中には生体にとって有害なものもあり、例えば非常に低濃度で生物の内分泌系を攪乱する物質いわゆる環境ホルモンは、地球上の生態系にとって大きな脅威となっている。このような有害な人為起源物質を環境中から浄化する試みは、地球上の生物資源の保全の観点から非常に重要である。

 PCB(ポリ塩化ビフェニル)は、そのような化合物の一つである。この物質は低揮発性、高絶縁性、高脂溶性、化学的安定性等の有用な性質により、大量に合成され使用されてきた。その後、PCBが生体に対し環境ホルモンとしての活性を含む強い毒性を持っことが明らかになり、製造使用が禁止され、それまでに製造されたものが容易には廃棄出来ないまま蓄積され現在に至っている。

 当研究室では微生物を用いたPCBの分解に着目して研究を行ってきた。これまでの結果では、土壌中よりPCB/ビフェニル分解菌、Pseudomonas sp. KKS102を単離し、そのPCB/ビフェニル分解経路(Fig.1)および分解に関与する遺伝子群(bph genes)が明らかにされている(Fig.2)。しかし、bph遺伝子群の発現調節機構は未解明のままであった。微生物を用いて効率よくPCBを分解させるには、分解に関与する遺伝子群の発現制御機構を解明し、積極的に利用することが必要であると考えられる。

 本研究では、P.sp.KKS102のbph遺伝子群の発現制御機構の解明を目的に研究を行った。加えて、PCBの高分解菌の作製を行った。

1. bph遺伝子群の誘導基質

 bph遺伝子群の誘導に関与する物質の同定を試みた。難分解性物質の分解に関与する遺伝子群の誘導基質は多くの場合その分解経路の中間産物であり、経路の出発物質であることの方がまれである。この目的のため、bphA、bphB、bphC、bphDの各破壊株を作製し、ビフェニル添加による誘導の有無をノーザン解析で検討した。この結果、bphD破壊株においてのみ誘導が観察された。この結果から、bph遺伝子群の誘導基質は、ビフェニルがBphA、BphB、BphCの活性によって変換された産物すなわち2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4-dienoic acid(HOPDA)であることが示唆された。さらに、HOPDAを調整して培地に添加したところ、誘導が観察された。これらの結果からbph遺伝子群の誘導基質はHOPDAであると結論した。

2. bphS遺伝子の機能

 bph遺伝子群の上流の塩基配列を解読したところ、挿入配列(ISBPHと命名)、およびGntRファミリーに属する転写因子をコードするORF(bphSと命名)を見いだした。bphSの破壊株では、bphA1、bphC、bphDの転写産物およびBphD活性の構成的な発現が観察されたことから、bphSはbph遺伝子群の負の制御因子であることが明らかになった。

3. bphE上流のプロモーターの役割

  bph遺伝子群の最上流に位置するbphE遺伝子が誘導されることから、bph遺伝子群の誘導的発現に関与するプロモーターはbphE遺伝子上流に存在すると考えられた。そこで、bphE上流の転写開始地点をprimer extensionで解析し、bphE上流の転写開始地点を決定した。またその対応する位置にプロモーター要素を見出した(pEプロモーターと命名)。さらに、pEプロモーター領域-lacZ融合DNAをゲノムに組み込み、転写活性を測定する系を構築して解析を行い、bphE上流にはpEプロモーターのみが存在すること、およびプロモーター直下流のDNA配列が誘導的発現に関与することを明らかにした。

 bph遺伝子群全体が転写される上でのpEプロモーターの重要性を明らかにするために、pEプロモーターを欠失した株を作製した。pEプロモーターを欠失させると、BphD活性の低下が観察された。この活性の低下は負の制御因子(bphS)の破壊によっても相補されなかった。また、bphE上流に構成的なプロモーターを組み込んだところ、構成的なBphD活性が検出された。以上の結果から、bph遺伝子群は1つの転写単位であること、すなわちオペロンをなしていること、およびpEプロモーターがbph遺伝子群の発現に関わる主要なプロモーターであることが明らかとなった。

4. bphR遺伝子の機能解析

 bph遺伝子群の下流にはLysRファミリーに属する転写因子をコードすると考えられる遺伝子bphRが存在している。しかしながらbphR破壊株では、KKS株と同等のbph遺伝子群の誘導が観察されたので、bphRはbph遺伝子群の発現には関与しないことが明らかとなった。さらに、bphRの破壊株でビフェニルの代謝によって生じる安息香酸の蓄積が観察され、bphR遺伝子産物が安息香酸の資化に関与する遺伝子群の発現制御に関わることが示唆された。

5. BphSタンパク質のpEプロモーターへの結合

 BphSを発現する大腸菌の粗抽出液、あるいはC末端にHisタグをつけて精製したBphSタンパク質を用いて、BphSとpEプロモーター領域との結合をゲルシフトアッセイによって解析した。その結果、BphSがpEプロモーター領域と特異的に結合することが明らかになった。また、この結合の親和性は誘導基質であるHOPDAの存在下では低下することが明らかになった。さらにDNase footprintingを行ったところ、pEプロモーターの直下流に4カ所の連続する結合部位が確認された。

 4カ所の結合部位(上流からBS1、BS2、BS3、BS4)のうち、BS1とBS2は比較的低い濃度のBphSタンパク質の存在下でもDNaseによる切断から保護されたが、BS3と4は比較的高濃度のBphSタンパク質の存在下においてのみ保護された。それぞれの結合部位に対する親和性(解離定数)を測定したところ、その結合強度はBS2>BSl>BS4>BS3の順であった。さらにゲルシフトアッセイによる競合実験により、BphSがBS1とBS2に、またBS3とBS4に協同的に結合すること、さらに結合部位全体にも協同的に結合することが明らかになった。

 それぞれの結合部位を欠失させたpEプロモーター領域をLacZをレポーターとして解析したところ、BS1およびBS2が抑制において主要な役割を果たすが、BS3およびBS4も効率的な抑制に関与することが明らかになった。

 以上、pEプロモーターはbph遺伝子群の転写を行う上での最重要なプロモーターであること、bphS遺伝子産物はpEプロモーターの転写を負に制御する主要な転写制御因子であること、その誘導基質であるHOPDAの存在下ではDNAから解離することにより抑制が解除されることを明らかにした。

6. bph遺伝子群高発現株の作製

 環境汚染物質の微生物による分解を考えるとき、問題になるのは効率である。分解効率の上昇を達成するには、種々の方法を考案し、組み合わせることが肝要である。KKS株はそのDNA操作、特に相同的組換えが容易である点、分解に関与する遺伝子群のDNA配列が解読されている点で、効率上昇を達成する方法を試みる上での良い宿主であると考えられる。

 本研究では、bph遺伝子群の上流に構成的な強いプロモーターを相同的組換えを用いて組み込むことにより、bph遺伝子群の高発現株の作製をおこなった。

 KKS株中でよく機能するプロモータ配列を選択するため、種々のプロモーターのKKS株中での活性をLacZをレポーターとして測定し、高い活性を示したプロモーター配列を、相同的組換えを用いてKKS株ゲノム上のbphE上流に組み込んだ。作製した株のBphD活性を測定したところ、pEプロモーターのコア配列を組み込んだ株が、KKS株と比べて4倍程度の、大腸菌の保存されたプロモーター配列を組み込んだ株が2倍程度の活性を示した。これらの株についてビフェニルの分解活性を測定したところ、KKS株と比較しておよそ3倍の分解活性の上昇が見られた。現在PCBの分解活性についても検討中であるが、KKS株よりも分解能力が上昇していた。

 本来の分解菌のゲノム中に相同的組換えを用いてプロモーター配列を組み込むこの方法は、plasmidを用いたときよりも安定に保持され、かつ薬剤などの選択圧をかける必要がないと考えられる点で、また本来の宿主を用いるためその遺伝子群が発現して効率よく機能するための細胞内環境が整っていると考えられる点において優れていると考えられる。

 微生物で目的の遺伝子の高発現をさせる際の方法として幅広く応用されることが期待される。

7. pentachlorophenol(PCP)分解菌Sphingomonas chlorohenolica ATCC39723のpcpA産物の機能解析

 本菌のPCP分解経路においてPCPは2,6-dichlorohydroquinoneに変換される。その後PcpAにより代謝される事が示唆されていたが、その変換産物は明らかになっていなかった。

 本菌株よりpopA遺伝子をクローニングした。精製したPcpAを用いて2,6-DCHQを変換し、TMS化した後にGC-MSで分析したところ、2,6-DCHQはPcpAによって2-chloromaleylacetateに変換されることが明らかになった。さらに、hydroquinone、chlorohydroquinoneはそれぞれγ-hydroxymuconic-semialdehyde、maleylacetateに変換された。

 これまで芳香族化合物の微生物による分解代謝においては、基質はベンゼン環上の隣り合った2つの炭素原子が水酸化されたカテコール体に変換された後に、dioxygenaseにより2つの酸素原子が導入され、環開裂するという経路により分解されるとされてきた。それに対して、PcpAは芳香環の一位と四位に水酸基のついた化合物であるhydroquinone類を基質とする新規環開裂dioxygenaseであることが明らかになった。hydroquinone類を直接酸化する活性自体の報告はあるが、その触媒に預かる酵素やその遺伝子に関する報告は今まで無かった。このようなhydroquinoneを経由する代謝経路は、カテコール体を経由する代謝経路と並んで自然界の物質循環を担う重要な経路であると考えられる。

Fig.1 Pseudomonas sp.KKS102におけるPCB/biphenylの代謝経路

Fig.2 Pseudomonas sp.KKS102のbph遺伝子クラスター

審査要旨 要旨を表示する

 PCBは高脂溶性、高絶縁性といった特質により優秀な化合物として大量に使用された化学物質である。しかし、生体に対して強い毒性および内分泌撹乱作用をもつことが明らかとなっており、環境中に拡散したPCBや、PCB製品の廃棄処理方法が大きな問題となっている。

 Pseudomonas sp-KKS102株は、PCB/ビフェニルを分解することのできる菌である。本菌株におけるPCB/ビフェニルの分解代謝経路およびその分解に関与する遺伝子群についてはすでに解明されていたが、その遺伝子群の発現調節機構に関しては知見が無かった。PCB/ビフェニルの分解に関与する遺伝子群(bph遺伝子群)の発現制御機構に関しては世界的にも知見が乏しい。bph遺伝子群の発現制御機構の解明は、その機構を利用したPCBの高分解菌の作製に応用可能であると考えられ、応用的な面からも非常に重要である。本研究は、KKS102株のbph遺伝子群の発現制御機構の解明を行い、得られた知見を基礎としてPCBの高分解菌の作製を行ったものである。

 本論文の1章では、bph遺伝子の各種破壊株の解析により、bph遺伝子群の誘導基質が2-hydroxy-6-oxo-6-phenylhexa-2,4-dienoic acid(HOPDA)であることが明らかにされた。HOPDAが誘導基質であることは、HOPDAにより in vivoで転写が誘導されることによっても確認されている。PCBビフェニルの分解に関与する遺伝子群の誘導基質を明らかにした初めての例である。

 2章では、LysRファミリーに属する転写因子をコードするbphRについて、破壊株の作製およびその解析によってbph遺伝子群の発現制御には関与しないことを示した。さらに、bphS遺伝子を新たに発見し、bphSの破壊株の解析によりbph遺伝子群の負の制御因子をコードすることを示した。さらにbph遺伝子群上流の転写開始地点の解析を行い、bphE上流に唯一存在するプロモーター配列を見いだした(pEプロモーター)。さらにbph遺伝子群がオペロンをなすこと、その発現がbph遺伝子上流に存在するpEプロモーターに強く依存すること、bphS遺伝子産物の作用はpEプロモーターの発現調節であることを示した。すなわち、bphS遺伝子産物は、bph遺伝子群の発現制御においてきわめて重要な役割を果たすことを示した。

 3章の結果は、bph遺伝子群の制御・誘導機構を分子レベルで解明したものである。本章では精製したBphSタンパク質を用いて、BphSタンパク質とpEプロモーター近傍に存在する作用部位(オペレーター)の相互作用について解析を行った。BphSタンパク質がpEプロモーターの直下流の4箇所に結合することを示すとともに、その結合が協同的であることを示した。さらにDNAとBphSの親和性がHOPDAの存在下では弱まることを示した。以上の結果は、BphSが抑制因子であること、その脱抑制因子がHOPDAであることを示している。

 4章では、bphE上流に相同的組み替えを利用して構成的な強いブロモーターを組み込むという新規手法を用いてPCB/ビフェニルの高分解菌の作製を試み、成功を収めている。この方法はPCB高分解菌の作成方法として積極的に利用されることが期待される。

 以上、本研究は、bph遺伝子群の発現制御機構の根幹をなす部分を明らかとしたものとして、学術上かつ応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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