学位論文要旨



No 116249
著者(漢字) 小口,慶子
著者(英字)
著者(カナ) オグチ,ケイコ
標題(和) 高等植物におけるテロメラーゼの解析
標題(洋)
報告番号 116249
報告番号 甲16249
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2279号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 林,昭浩
 東京大学 助教授 日高,真誠
 東京大学 助教授 田中,寛
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物の染色体末端に存在するテロメア繰り返し配列は細胞分裂の度に短縮し、限界の長さに達した時点で細胞は分裂の寿命を迎える。しかし、ヒトの生殖細胞や癌細胞にみられるように、テロメア配列を伸長付加するテロメラーゼが発現した場合には分裂を繰り返してもテロメアDNAは短縮せず、細胞は無限に増殖を続けることが可能になる。細胞の老化や不死化、癌化に密接な関連を持つテロメラーゼには、生物学及び医学の分野において大きな関心が持たれている。

 植物は動物と異なり、形態形成を行いながら生長し、生殖細胞系列も胚発生時ではなく生長の過程で形成される。数1000年以上も生長を続けている屋久杉の様な種が存在する様に、長期にわたり分裂能力を維持する必要のある植物の分裂組織において、テロメアの維持は不可欠であり、厳密な制御機構の存在が予測される。また、植物は茎や葉などの分化した組織からも簡単な操作により脱分化させ、再び個体を再生できるという特異な性質を持つ。この脱分化の際にテロメラーゼ活性も同時に発現することが知られており、その活性制御機構は動物細胞との差異を考慮する上で興味深い。植物におけるテロメラーゼに関する解析は動物や酵母にくらべ遅れており、テロメア伸長に関する機能の明確な遺伝子も単離されていなかった。こうした背景から、植物の分裂増殖に関する特異性に焦点をあて、テロメラーゼが果たす役割を明らかにすることを目的として研究を行った。

 本研究においてはモデル植物として繁用される双子葉植物のシロイヌナズナArabidopsis thaliana及び単子葉植物のイネOlyaz sativaを材料とした。当研究室において、シロイヌナズナの培養細胞において高いテロメラーゼ活性が見いだされており、材料として適当であると考えられた。

(1) シロイヌナズナとイネにおけるTERT相同遺伝子の単離

 テロメラーゼの作用機構は、一種の逆転写酵素であるTERT(telomerase reversetranscriptase)が内在するRNAを鋳型にして行う伸長付加反応である。いずれの遺伝子も高等植物においては単離されていなかったため、シロイヌナズナのTERT遺伝子を取得して解析を進めることにした。ヒトのTERTの配列をもとに、データベース上で相同遺伝子を検索した結果、シロイヌナズナgenomic BAC end sequenceにおいて約600 bpの極めて相同性の高い配列を見いだした。この配列を利用して特異的なプローブを作製し、シロイヌナズナの培養細胞から調整したcDNAライブラリーに対してスクリーニングを行った結果、1124アミノ酸の蛋白質をコードするorfが得られ、AtTERTと命名した。高等植物においてTERT遺伝子が単離されたのは初めてのことである。AtTERTの配列をもとに、さらに検索を行った結果、イネOryza sativa のgenomic BAC end sequence においても極めて相同性の高い約500bpの配列を見いだした。イネの培養細胞から調節されたcDNAライブラリーに対してスクリーニングを行い、最長1260アミノ酸をコードするorfを得て、OsTERTと命名した。

 AtTERTの分子量131kDa、pI9.9、OsTERTの分子量は143kDa、pI9.6であり、この値は既知のTERTと同様なものであった。また、AtTERT、OsTERTは他のTERT同様、逆転写酵素に保存されている全てのモチーフと、TERTファミリーに特異的に見いだされるTモチーフを保存していた。既知のTERTのアミノ酸配列をもとに系統樹を作製したところ、酵母、原生動物、高等真核生物の3つのグループに分類され、AtTERT及びOsTERTが系統的にヒトとマウスのTERTに近縁であることが示された。

 ヒトとマウスのTERTにはAktkinaseによるリン酸化サイトが見いだされており、リン酸化による制御を受けている可能性が示唆されている。OsTERTにはこの保存領域が存在するが、AtTERTには見いだされなかった。また、得られたOsTERTのクローンを複数個解析したところ、N末端の長さが異なるものが存在した。

 AtTERT遺伝子に特異的なプローブを用いてサザンハイブリダイゼーションを行った結果、シロイヌナズナのAtTERTは他のTERT遺伝子同様シングルコピーであることが示された。

(2) TERT遺伝子の発現とテロメラーゼ活性

 ヒトやマウスではテロメラーゼ活性が主にTERT遺伝子の転写量に依存することが報告されている。そこで、シロイヌナズナの各組織を用い、TRAP法によりテロメラーゼ活性を測定すると共に、RT-PCR法によりAtTERT遺伝子の転写産物を定量した。その結果、細胞分裂が活発な培養細胞と茎頂分裂組織では、比較的高いテロメラーゼ活性とAtTERT遺伝子の転写産物が検出された。また、分化した組織であるロゼット葉からはテロメラーゼ活性は検出されず、当該転写産物も見い出されなかった。以上の結果から、各分化過程におけるシロイヌナズナのテロメラーゼ活性は、主にAtTERTの転写制御により調節されていることが示唆された。

 AtTERT遺伝子は植物の分裂組織においてのみ発現していると考えられたため、in situ ハイブリダイゼーションのレベルさ分裂組織における発現局在の解析を行った。その結果、茎長分裂組織の中でも特に表層部位にシグナルが見られ、分裂組織特異的な発現であることが裏付けられた。

 イネの各組織を用いた解析からも、シロイヌナズナ同様、分裂組織を含む部位において高いテロメラーゼ活性が観察された。一方でOsTERT遺伝子の転写産物は少なくとも5種類のものぶ存在し、単なる発現量による転写制御機構ではなく、スプライシングによる調節機構も考えられる。

まとめ

 本研究において、シロイヌナズナのAtTERT、イネのOsTERT遺伝子を単離し、植物におけるテロメア維持機構が多くの高等真核生物と同じTERTによることが示された。植物においてはTERT相同遺伝子としてだけでなく、テロメア維持機構に関連する機能既知な分子として唯一のものである。AtTERT、OsTERTともにRTモチーフとTモチーフを保存しており、分子量、等電点ともに既知のTERTと良く似たものであった。アミノ酸レベルでヒトやマウスと高い相同性を示し、系統樹においては高等真核生物として一つのクラスターを形成した。また、AtTERT遺伝子は植物の分裂組織においてのみ発現し、テロメラーゼの局在性と一致していることが確認された。OsTERT遺伝子は単なる転写レベルでの発現制御だけでなく、スプライシングやリン酸化による調節機構の存在も考えられ、このことが双子葉植物と単子葉植物の違いである可能性は興味深い。

Oguchi,K.,Liu,H.,Tamura,K. and Takahashi,H.(1999) Molecular cloning and characterization of AtTERT, a telomerase reverse transcriptase homolog in Arabidopsis thaliana. FEBS lett.457,465-469

審査要旨 要旨を表示する

 高等生物の染色体末端に存在するテロメア繰り返し配列は細胞分裂の度に短縮し、限界の長さに達した時点で細胞は分裂の寿命を迎える。しかしながら、テロメア配列を伸長付加するテロメラーゼが発現した場合には、細胞は増殖を続けることが可能となる。ヒトなどの高等動物では、細胞の不死化や癌化との関連から多くの研究がなされている。これに対し、個体の形成や発生分化、生殖細胞系統の維持など多くの点で高等動物と異なる高等植物におけるテロメラーゼに関する研究はほとんどなされていない。本研究はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、及びイネ(Oryza sativa)からのテロメラーゼ遺伝子の単離と塩基配列解析と発現解析を行った結果について述べたものである。

 序章では、直鎖状染色体における末端問題とテロメア、老化・不死化とテロメア維持機構、テロメラーゼの特性等についてのこれまでの知見を総括している。第1章では、双子葉植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)及び単子葉植物のイネ(Oryza sativa)からのテロメラーゼ触媒サブユニット(TERT)相同遺伝子の単離と構造解析について述べている。テロメラーゼは、逆転写酵素の一種であるTERT(telomerase reverse transcriptase)が内在するRNAを鋳型として伸長付加反応を行う。いずれの遺伝子も高等植物からは単離されていなかった。ヒトのTERT配列を元に、データベース上で相同配列を検索した結果、genomic BAC end sequenceより約600bpの相同性の高い配列を見いだした。この配列を元に特異的なプローブを作成し、シロイヌナズナの培養細胞から調製したcDNAライブラリーに対してスクリーニングを行うことにより、1124アミノ酸の蛋白質をコードするオープンリーディングフレーム(orf)が見出され、これをAtTERTと命名した。高等植物のTERT遺伝子の単離は世界で初めてである。この配列を元にイネについても同様の解析とスクリーニングを行い、最長1260アミノ酸をコードするorfを得て、OsTERTと命名した。AtTERT及びOsTRET遺伝子産物の分子サイズとpIは、それぞれ131 kDa,pI 9.9:143 kDa,pI 9.6であり、既知のTERTと類似の値を示した。また、いずれも逆転写酵素の特徴的なモチーフ群とTERTファミリー特異的なモチーフの全てを保存していた。系統解析の結果、これまでに知られているTERTは、酵母、原生動物、高等動植物の3つのグループに分類されることが分かった。

 第二章では、シロイヌナズナ及びイネにおけるTERT遺伝子の発現とテロメラーゼ活性について解析した結果を述べている。ヒトやマウスではテロメラーゼ活性が主としてTERT遺伝子の転写量に依存することが報告されている。シロイヌナズナの各組織を用い、TRAP(telomeric repeat amplification protocol)法によりテロメラーゼ活性を測定するとともに、RT-PCR法により、AtTERT遺伝子の転写産物を定量した。分裂の活発な培養細胞と茎頂分裂組織では、比較的高いテロメラーゼ活性とAtTERT遺伝子の転写産物が検出された。一方、分化した組織であるロゼット葉からはテロメラーゼ活性は検出されず当該転写産物も見いだされなかった。シロイヌナズナのテロメラーゼ活性は、主としてAtTERT遺伝子の転写制御によって調節されていることが示唆された。in situハイブリダイゼーションによって分裂組織における発現局在の解析を行った結果、茎頂分裂組織の中でも特に表層部位に強いシグナルが認められた。また、イネにおいても分裂組織において高いテロメラーゼ活性が観察された。OsTERT遺伝子の転写産物は少なくとも5種類存在し、単なる転写制御ではなく、スプライシングによる調節が考えられた。シロイヌナズナとイネにおけるTERT遺伝子の転写の様相が異なることは、双子葉植物と単子葉植物における発現調節機構の差異を示していることも考えられ、興味深い。

 終章は総合討論である。

 以上要するに本論文は、シロイヌナズナ及びイネより、高等植物で初めてTERT遺伝子を単離し、塩基配列の決定を行うとともに発現調節について解析を行ったものであり、学術上、応用上寄与するとことが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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