学位論文要旨



No 116251
著者(漢字) 小曽戸,陽一
著者(英字)
著者(カナ) コソド,ヨウイチ
標題(和) 出芽酵母による小胞体-ゴルジ体間小胞輸送の研究
標題(洋)
報告番号 116251
報告番号 甲16251
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2281号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 理化学研究所 主任研究員 高月,昭
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 出芽酵母は真核生物のモデル系として、これまでに様々な生命現象の解明に役立ってきた。近年の細胞生物学において最も盛んな分野の一つといえる蛋白質小胞輸送の研究においても、出芽酵母から得られた研究成果なくして、現在到達したほどの理解はあり得ないだろう。本論文は、小胞体からゴルジ体に至る小胞輸送においていくつかの蛋白質装置が果たす機能未知の役割について、出芽酵母を用い遺伝生化学的解析を行った結果をまとめたものである。

 真核生物において、蛋白質が機能を果たす場所に行くには、正しい輸送がおこなわなければならない。細胞内小器官を移動する際、蛋白質は輸送小胞と呼ばれる生体膜によって包まれる。輸送小胞は、ひとつの小器官から出芽し、次の目的地である標的器官の膜にたどりつき、中身を標的の膜の内側に取り込ませる。この過程は高い精度で行われなければならない。これまでに、SNAREs(soluble N-ethylmaleimide sensitive factor[NSF]attachment protein[SNAP]receptors)、Rabファミリー、Usolファミリー、そしてSeclファミリーといったその正確性を担うと考えられる蛋白質装置が多くの真核生物から同定されている。

 本研究では出芽酵母の小胞体-ゴルジ体間のSeclファミリーであるSly1蛋白質に着目した。SLY1遺伝子は、そのアミノ酸の1残基が置換された変異により、Rabファミリーであるyptlの欠失による致死性をバイパスすることから1991年に同定された。この変異により多くの小胞体ゴルジ体間の温度感受性変異が相補されること、さらにSLY1遺伝子内の異なる箇所の変異により制限温度下で小胞体-ゴルジ体の小胞輸送が停止することから、SLY1は小胞輸送における幾つかの段階に影響すると予測された。また蛋白質レベルでは、Sly1はゴルジ体上のt(target)-SNAREであるSed5と強く結合することが報告されていた。このような知見を背景に、筆者はSly1に関する多面的研究を試みた。

1. Sed5蛋白質の相互作用の解析

 Sed5蛋白質はその分子内に3カ所のコイルドコイルモチーフをもっており、その領域が他の蛋白質との相互作用に関与すると考えられた。本研究では、コイルドコイル領域のそれぞれ(N末端側からH1、H2、H3)及びSed5の細胞質部分の全長に、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)タグ、マルトー・スバインディングプロテイン(MBP)タグ、及びmycタグを付けた融合蛋白質を大腸菌内で発現するプラスミドを設計した。形質転換した大腸菌破砕液から、グルタチオンセファロースおよびアミロースレジンによるアフィニティ精製を行った。また同様の手法を用いて、出芽酵母の小胞体-ゴルジ体間のSNAPであるSecl7、NSFであるSec18、そしてSly1にそれぞれGSTタグを結合した融合蛋白質を作製した。相互作用の検出方法として、Sed5及びその3カ所のコイルドコイル領域のC末端側のmycタグを抗myc抗体に結合させ、プロテインAセファロースビーズに吸着させた。さらにそのビーズを調べたい他の融合蛋白質と緩衝液中で緩やかに撹拌したのち、結合してくる蛋白質を同定した。

 その結果、Sec17はSed5のC末端側のコイルであるH3部位と特異的に結合した。この領域は哺乳類のSec17ホモログであるα-SNAPが、神経細胞細胞質膜のt-SNAREであるsyntaxin1に結合する領域と相同性がある。これに対しSly1は、Sed5のN末端側のコイルであるH1に特異的に結合した。さらに、Sed5全長にSecl7及びSly1が結合したとき、互いに競合しないことが明らかになった。またSed5のN末端側であるH1とH2をつなげた蛋白質(以下H1H2)は、C末端側のH3と結合した。Sed5の細胞質部分の全長には、H1H2とH3がそれぞれ結合した。この2つの結果からSed5のN末端側とC末端側には相互作用があることを見いだした。さらに、上記の通りSly1はSed5N末端側のH1と結合するが、それによってSed5のN末端とC末端の相互作用が阻害されることを明らかにした。これらの結果からSly1がSed5の構造を制御している可能性が示唆された。

2. 温度感受性変異型Sly1蛋白質を用いたSly1の機能解析

 sly1蛋白質のアミノ酸配列のうち266番目のアルギニンがリジンとなった変異株は、制限温度下で小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送が停止する。筆者はこの株のsly1ts遺伝子をサブクローニングし、その遺伝子産物であるSly1tsのGST融合蛋白質を作製した。その融合蛋白質を用いて第一章の手法による結合実験を行ったところ、Sed5と共沈してきたSly1ts型蛋白質は野生型Sly1に比べ大幅に量が減少していた。また酵母生体内でSly1-6myc、Sly1ts-6mycを発現させ、酵母破砕液からmyc抗体による免疫沈降を行いウエスタン解析を行ったところ、野生型に比べSly1ts型に結合していたSed5量は低下していた。これらの結果からSed5とSly1ts型蛋白質の結合性が野生型に比べ低下していることが明らかになった。ところが酵母破砕液を遠心分画に供したところ、配列上には膜貫通領域を持たないSly1蛋白質は、野生型およびSly1ts型ともに大部分が膜上に局在した。このことからSed5との結合以外に、Sly1を膜上に局在させる機構が存在することが示唆された。

 またsly1ts株内で、SEC18遺伝子にHAタグを融合した遺伝子を本来の遺伝子と置換すると生育の阻害が観察された。そこでsly1te株とsec18温度感受性株を掛け合わせ四分子解析を行ったところ、この両者の変異は合成致死となることが見いだされた。この現象からSly1の機能として、t-SNARE、v(vesicle)-SNAREの解離を起こすATPaseであるSec18の近傍で働くこと、すなわちSNARE間の結合、解離の段階を調節する可能性が考えられた。さらに詳細な実験を行うために、以下のようなin vitroの実験系を構築した。6myc-Sed5および3HA-Bet1蛋白質を別々に発現させた二種類の膜画分を酵母破砕液から調製し、そこに大腸菌で作成した野生型Sly1およびSlt1ts型の融合蛋白質を添加してインキュベートした後に、免疫沈降法を用いて6myc-Sed5に結合している3HA-Bet1量を観察した。野生型Sly1蛋白質を加えたときはSly1ts型の添加時に比べて、Sed5-Bet1間の結合は増加していた。この結果からSly1の機能として、膜上のt-SNARE、v-SNAREの結合を促進する働きを持つことが考えられる。

3. Sly1遺伝子の温度感受性変異をコピーで相補する遺伝の探索

 さらにSLY1と遺伝学的に新規の相互作用を持つ遺伝子が存在するかどうかに興味が持たれた。そこで、sly1ts株の温度感受性を多コピーで抑制する遺伝子のスクリーニングを試みた。方法としては、酵母の多コピーゲノミックライブラリーをsly1ts株に導入し、制限温度下で生育可能となった酵母に含まれていた遺伝子を同定した。取得された遺伝子は9種類であるが、これらをその機能から5クラスに分類した。特徴的な遺伝子としては、前述のような生化学的解析を行ったv-SNAREであるBET1、小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送に働くUSO1、また相互作用の機作については不明であるがCell wall stress sensorとして報告されているWSC1、WSC2およびMID2などが挙げられる。

 これらの他に、現在までに機能のわかっていない遺伝子であるHSS1(=high copy suppressor of sly1ts mutant)が認められた。カルボキペプチダーゼYのパルスチェイス実験から、この遺伝子の多コピー発現により小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送が回復していたことが確認された。さらにHss1蛋白質にHAタグを結合し、生化学的な解析を試みた。遠心分画および間接蛍光抗体染色の結果から、Hss1は小胞体上に局在する膜蛋白質であることが明らかになった。また電子顕微鏡による観察では、HSS1の多コピー発現によって小胞体膜の増大が見受けられた。これまでのところHss1の正確な機能は不明であるが、その小胞体への高い局在性によって、Sly1を介する小胞輸送に影響を及ぼしている可能性が考えられる。

 本研究では出芽酵母の小胞体-ゴルジ体間の小胞輸送に働くSly1に着目して、生化学および遺伝学の手法を用いた多面的アプローチを行った。第一章ではSed5の分子内結合に焦点を当てた微小な視点から、第二章ではSed5-Bet1のSNARE同士の分子間相互作用に対して、また第三章ではやや視点を広げin vivoでの小胞輸送系を用いた解析を行った。いずれの段階においてもSly1を中心とした、これまでに報告されていない知見を得ることに成功した。Sly1を含むSec1ファミリー蛋白質の機能はそれぞれの生物種により多岐にわたると考えられるが、出芽酵母を用いた本研究がその役割を解明するための一助になると期待される。

報文

Kosodo, Y., Noda, Y., and Yoda, K. (1998). Protein-Protein intemctions of the yeast Golgit-SNARE Sed5 protein distinct from its neural plasma membrane cognate Syntaxin 1. Biochem. Biophy. Res. Commun. 250,212-216.

Kosodo, Y., Imai, K., Hirata, A., Noda, Y., Takatsuki, A., Adachi, H., and Yoda, K. Multicopy suppressors of the sly1 temperature-sensitive mutation in the ER-Golgi vesicular transport in Saccharomyces cerevisiae. (submitted).

審査要旨 要旨を表示する

 真核細胞は細胞内の膜系を発達させ、各コンパートメントが独特な役割を果たすことによって高度な生命活動を可能にしている。小胞輸送はこの各コンパートメントに蛋白質や脂質などを供給する重要なシステムで、ゴルジ体は、それらの修飾・成熟化や輸送先の仕分けを行う中心的オルガネラである。本研究は酵母を材料に用いて、小胞体(ER)由来の輸送小胞がゴルジ体に融合する初期過程に関わる遺伝子産物の研究をまとめたもので、本文は3章からなっている。

 研究の背景を論じた緒言に続く第1章では、tSNAREであるSed5蛋白質の分子レベルでの相互作用の解析結果が述べられている。Sed5蛋白質は、分子内に他の蛋白質との相互作用に関与すると考えられる3ヶ所のコイルドコイル領域をもっている。各領域(N末端側からH1,H2,H3)とその組合せにmycエピトープ・タグをつけ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)融合蛋白質として大腸菌で調製した。同様に、Sec17,Sec18,Sly1などの小胞輸送に働く蛋白質も調製した。これらを緩衝液中で混ぜ合わせ、抗myc抗体で結合してくる蛋白質を調べた。その結果、Sec17がSed5のC末端側のコイルであるH3と特異的に結合し、Sly1がSed5のN末端側のコイルであるH1に特異的に結合した。さらに、Sed5全長にSec17及びSly1が結合するとき、互いに競合しないことが分かった。また、H1 + H2とH3が結合し、この結合がSly1によって阻害されることから、Sly1はSed5の分子構造を制御している可能性が示唆された。

 第2章では、温度感受性Sly1変異蛋白質を用いた機能解析の結果が述べられている。Sly1蛋白質の266番目のアルギニンがリジンとなった変異株は、制限温度37℃でER-ゴルジ体間小胞輸送が停止する。この変異Sly1ts蛋白質は、免疫共沈実験で、Sed5とほとんど結合しなかったが、野生型Sly1と同じくらいの量が膜画分に回収された。このことから、Sed5との結合以外にSly1を膜上に局在させる機構が存在する。一方、Sly1ts変異とSNARE複合体を解離させるATPaSe NSFの変異であるsec18tsは合成致死となること、Sec18へのHAタグの付与でもSly1ts株内では生育阻害をおこすことを認めた。これは、Sly1がSNARE複合体の解離・再結合反応の近くで働いていることを示唆している。HA-Bet1標識小胞とmyc-Sed5標識小胞の融合、即ちBet1-Sed5 SNARE複合体形成を調べる無細胞系を構築した。この系は、大腸菌で調製した野生型Sly1蛋白質の添加により促進された。これはSly1がSNARE複合体形成促進活性を持つことを意味する。

 第3章では、先のsly1ts温度感受性変異を多コピーで抑制する遺伝子の探索結果が述べられている。取得された多コピーサプレッサー遺伝子は、9種類で、5つのグループに分類することができた。特徴的なものとして、vSNAREであるBET1と小胞体-ゴルジ体間輸送の促進因子であるUSO1、細胞壁のストレスセンサーと推定されているWSC1,WSC2,MID2がある。これまで機能不明のORFであったHSS1遺伝子がサプレッサーとして取得されたので、詳細に検討した。この遺伝子が多コピーであると、sly1ts株で非許容温度でも小胞輸送が回復することを確認した。遠心分画及び間接免疫蛍光染色によりHss1はERに局在する膜貫通型蛋白質であることが分かった。電子顕微鏡観察では、このときER膜系が細胞内で発達することが認められた。このER膜系の変化が、変異抑制に関与していると予想される。

 以上、本論文は、酵母を材料にERからゴルジ体への小胞輸送に関わるSed5およびSly1蛋白質の分子レベルの特徴と機能を解明し、更に新規な遺伝子HSS1の関与を明らかにした。これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク