学位論文要旨



No 116255
著者(漢字) 澤野,頼子
著者(英字)
著者(カナ) サワノ,ヨリコ
標題(和) パイナップル(Ananas comosus)由来ブロメラインインヒビターの構造機能相関の解析
標題(洋)
報告番号 116255
報告番号 甲16255
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2285号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 宮脇,長人
内容要旨 要旨を表示する

 プロテアーゼは、そのタンパク質分解という作用を通じて生体内の制御機能と直接関係していることが明らかになっている。一方、プロテアーゼインヒビターは生体内におけるプロテアーゼの活性調節を行う物質の一つとして重要な役割を果たしていると認識されつつある。ブロメラインインヒビター(BI)はパイナップルの地下茎に存在し、共存するブロメラインを特に拮抗的に阻害するシステインプロテアーゼインヒビターである。これまでに7種のBIアイソフォームタンパク質(BI-I,II,III,IV,VI,VII,およびVIII)が単離されており、いずれもジスルフィド結合で架橋されたヘテロな2本鎖一(軽鎖:10または11残基、重鎖:40または41残基)から成り、アイソフォーム間のアミノ酸配列相同性は非常に高い。BIのアミノ酸配列およびジスルフィド結合の位置は、BIと同様なシステインプロテアーゼを阻害するシスタチンスーパーファミリー(CSF)とは相同性が低く、むしろ典型的なセリンプロテアーゼインヒビターであるダイズ由来ボーマンバーク型トリプシン・キモトリプシンインヒビター(BBH)のものとよく一致した。さらに、NMRにより決定されたBI-VIの3次元立体構造は、3本のストランドから成る逆平行6シート構造で構成されるドメインを2つ持ち、BBI-1と類似した立体構造を持つことが明らかとなった。よって、BIはシステインプロテアーゼインヒビターでありながら、分子進化的にはボーマンバーク型ファミリーと共通の祖先を持ち、BBI-1と同様に一本鎖として発現された後、プロセッシングを受けて二本鎖構造を持つことが推測された。また、機能的にもシステインプロテアーゼのみならず、セリンプロテアーゼをも阻害することが明らかにされ、BIは全く新しいタイプのシステインプロテアーゼインヒビターであることが示唆されてきた。本研究では、BIの構造と機能の相関を解析することを目的として、BI遺伝子をクローン化し、大腸菌における大量発現系の構築を行った。さらに組換え型BIアイソフォームの生化学的解析からその成熟化機構を明らかにした。

1.BI遺伝子のクローニング

 BI-VIタンパク質の重鎖のアミノ酸配列を基に作製した縮重DNAプライマーを用いて、パイナップル染色体DNAを鋳型としてPCRを行い、得られた増幅断片をプローブとして、ゲノミックサザンハイブリダイゼーションを行った。EcoR Iによって消化した場合に強くハイブリダイズした8.5kbpの断片をパイナップルゲノミックライブラリーからプラークハイブリダイゼーションによりクローン化した。制限酵素地図の解析により、8.5kbpのEcoR I断片中でBI配列を含むと予想されたSph I-PshB I約1.2kbp断片について塩基配列を決定した。この断片は246アミノ酸残基からなる推定分子量27520のタンパク質をコードする738bpのORFを含んでいた。このORFは、N末端側から推定シグナルペプチド配列に続いて、それぞれ軽鎖、重鎖の順でBI-III,-VII,および・VIアイソフォームの配列をタンデムにコードしており、BI遺伝子であると判明した。また、各アイソフォームの軽鎖と重鎖の間には5残基(Thr-Ser-Ser-Ser-Asp)の、重鎖と次のアイソフォームの軽鎖との間には19残基のプロペプチド配列がコードされていた。したがって、BI遺伝子は246アミノ酸残基から成る前駆体タンパク質として翻訳された後、シグナルペプチドが除去され、プロペプチド配列部分がプロセシングされて各成熟型BIアイソフォームに変換されることが示唆された。また、ゲノミックサザンハイブリダイゼーションにおいては、いずれの制限酵素で消化した場合にも1つの断片のみにプローブが強くハイブリダイズしたことより、BI遺伝子は染色体上に1コピーのみ存在していることが明らかとなり、BI-III,-VII,および-VI以外のアイソフォームは、これとは別な遺伝子にコードされているわけではなく、3つのいずれかのBIアイソフォームのN末端あるいはC末端のアミノ酸残基が、それぞれアミノペプチダーゼ、あるいはカルボキシペプチダーゼの作用によって切断されて生成されることが示唆された。パイナップルにおいては、個々のBIアイソフォームを別々に発現するよりも、このように前駆体タンパク質として発現した後プロセシングする方法が、必要な際に効率よくインヒビターを供給できるという理由で、進化的に選択されてきたのであろうと考えられる。

2.BI遺伝子の大腸菌における発現、精製

 明らかにした塩基配列に基づき、軽鎖と重鎖の間に5残基のプロ配列を含む、プロ型BI-VI(軽鎖・プロ配列一重鎖)の大腸菌における発現系を構築した。プロ型BI-VIはT7プロモータ制御下でHis-tag融合タンパク質としてBL21(DE3)株にて発現させ、26.5℃で16時間誘導させた場合に可溶性画分に大量に発現が認められた。菌体破砕液上清をNi-NTA agarose、Mono Qクロマトグラフィーに供した後、プロテアーゼによるHis-tagの除去、逆相HPLCによる精製を行い、SDS-PAGE上で単一のバンドを得た。精製されたプロ型BI-VIタンパク質は、天然型BI-VI(κi=0.23μM)よりやや弱いブロメライン阻害活性(κi=0.31μM)を示した。この結果から、パイナップル植物体内において、5残基のプロ配列を含む1本鎖型BIアイソフォームも弱いブロメライン阻害活性を示すが、標的プロテアーゼ(ブロメライン)あるいはその他のプロテアーゼによってプロセシングを受け、2本鎖型BIアイソフォームに変換されることにより、完全な阻害活性を示すことが示唆された。また、円偏光二色性(CD)スペクトル解析、および、1H-1H二次元核磁気共鳴(NMR)スペクトル解析により、プロ型BI-VIは天然型BI-VIと同一のフォールディングをとっていることが示された。一方、5残基のプロ配列を含まない組換えタンパク質(BI-VIL-H)は大腸菌の不溶性画分にのみ生産され、リフォールディングによっても活性を示さなかったことより、このプロ配列はBIの正しいフォールディングを助ける役割を担っているものと考えられた。

3.プロ型BIタンパク質の成熟化機構の解析

 1本鎖のプロ型BIがどのようにプロセシングされて成熟型の2本鎖BIに変換されるかを明らかにするために、プロ型BI-VI(軽鎖C末端がArg残基)およびプロ型BI-VIのR11Q変異体(BI-VIIと同様に軽鎖C末端がGln残基)について、ブロメラインによるプロセシング部位の同定を試みた。各BIに1/20量(モル比)のブロメラインをpH4.5、30℃の条件下で反応させ、DTTにより還元した後、Tricine-SDS-PAGEを行った結果、反応1時間後以降、プロセシングを受けたと思われるタンパク質のバンドが検出された。経時的に反応を行い、得られた分解断片についでN末端配列分析を行ったところ、ブロメラインによって軽鎖とプロ配列の間のArg-Thr結合(BI-VIの場合)あるいはGln-Thr結合(R11Q変異体の場合)が切断された後、徐々にプロ配列中のThr-Ser-Ser-Ser配列がプロセシングされていくことが明らかになった。しかし、87時間の反応後もプロ配列と重鎖N末端の間のAsp-Glu結合の切断は観察されなかった。よって、パイナップル体内において、プロ型BIアイソフォームは軽鎖とプロ配列の間をブロメラインによって、さらにプロ配列と重鎖の間を何らかの別のプロテアーゼによってプロセシングされることにより、成熟型2本鎖BIアイソフォームに変換されることが示唆された

4.プロ型BI-VIの立体構造解析

 BIとプロテアーゼとの相互作用機構を解明することを目的として、プロ配列を含めたプロ型BI-VIのNMRによる立体構造解析を試みた。3mMプロ型BI-VIを用いて軽水中(10% D20/ 90% H20,pH3.9)でのNOESY、DQF-COSY、およびTOCSYスペクトル、および重水中(100% D20,pD3.9)でのNOESYおよびTOCSYスペクトルを測定し、連鎖帰属および各残基の側鎖の同定を行い、全配列中で75%の残基が帰属できた。しかし、水の影響で見えないピークが多数あり、また軽鎖と重鎖の間のプロ配列部分のアミノ酸残基のピークが重なっていたため、非標識サンプルでの完全な帰属は難しく、より精度の高い構造情報を得るためにはアミノ酸残基を15N標識あるいは13C/15N二重標識したタンパク質試料によるNMR測定が必要であると考えられた。そこで、標識試料を得るためM9最少培地による発現を試みたが、プロ型BI-VIは通常のM9最少培地(M9 salt、およびビタミン類、各種金属塩、各種アミノ酸混合物、窒素源としてNH4Cl、炭素源としてglucoseなどを含む)では様々な培養条件の検討によっても発現が認めらなかった。しかし、13C/15N標識C.H.L(chlorella hydrolyzed label)培地(藻類加水分解物を含む培地)を用いることによって、発現に成功した。この培地により発現させ、精製した1mM 13C/15N標識プロ型BI-VIを用いて軽水中(10% D20/ 90% H20,pH3.9)でのNMR測定(15N-1H HSQC,HN(CO)CA ,HNCA,CBCA(CO) NH,HNCACB,およびHNCOスペクトル)を行い、Sparkyプログラムにより主鎖および一部側鎖(1HN,15N,13Cα,13Cβ)の帰属を行い、全配列中で96%の残基を帰属することができた。

 さらに、側鎖の帰属を進め、精密な立体構造情報を得るとともに、標的プロテアーゼ共存下での立体構造を解析することにより、その相互作用機構および阻害機構を解明することができると考えられる。さらに、ここから得られた知見により、様々なプロテアーゼに対する特異的なあるいは幅広い活性を持つなどの効果的な阻害剤の開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、パイナップル由来のタンパク質性システインプロテアーゼインヒビターであるブロメラインインヒビター(BI)の阻害メカニズムと構造との相関についての解析を行った結果について述べている。BIについて、遺伝子解析から生化学的解析、構造生物学的解析まで広範にわたる研究を行い、新規な成熟化機構と阻害機構を持つことを明らかにした。本論文は4章からなる。

 第1章においては、まずプロテアーゼインヒビター全般の概説を行い、その分類と生理学的意義について説明した。次に、これまでに明らかにされてきたBIに関する生化学的、構造生物学的知見を説明した。すなわち、パイナップルからいずれもヘテロな2本鎖(軽鎖:10または11残基、重鎮:40または41残基)からなる7種のBIアイソフォーム(BI-I〜IV,VI〜VII)が単離されており、そのアミノ酸配列、ジスルフィド結合の位置やアイソフォームVIの核磁気共鳴(NMR)法によって決定された立体構造は、典型的なセリンプロテアーゼインヒビターであるダイズ由来ボーマンバーク型インヒビターのものと類似性が高いことを示した。また、機能的には、共存するブロメライン(システインプロテアーゼ)を特に阻害することに加えて、セリンプロテアーゼに対する阻害能も呈することを示した。以上のことから、BIは全く新しいタイプのプロテアーゼインヒビターであることを示唆した。

 第2章では、パイナップルからBI遺伝子をクローン化し、その構造解析を行った結果、それぞれ軽鎖、重鎖の順で3アイソフォーム(BI-VII,III,およびVI)配列が1つのオープンリーディングフレームにコードされていることを見出した。また、その推定アミノ酸配列には、推定シグナルペプチド配列、各アイソフォームの軽鎖と重鎮の間には5残基の、各アイソフォーム間には19残基のプロペプチド配列、C末端に推定液胞輸送シグナル配列が含まれていた。ゲノミックサザンハイブリダイゼーションの結果、BI遺伝子は染色体上に1コピーのみ存在していることが示され、また、アミノ/カルボキシペプチダーゼの作用を考えると、この1つのBI前駆体遺伝子から全ての7アイソフォーム分子が生成されることが示唆された。

 第3章では、軽鎖と重鎮の間のプロペプチド配列を含むプロ型BI-VIタンパク質の大腸菌における活性発現を行い、阻害機構におけるプロ配列の役割とその成熟化機構を明らかにした。活性型で発現されたプロ型BI-VIは、天然型のものとほぼ同等のブロメライン阻害活性を示し、円二色性(CD)スペクトル解析の結果からも、天然型のものと同様なフォールディングをとっていることが示された。一方、プロペプチド配列を含まない系は大腸菌の不溶性画分に不活性型で生産され、リフォールディングによっても活性が回復しなかったことより、このプロ配列は、BIの正しいフォールディングを助ける役割を持つことが示された。また、プロ型BI-VIのブロメラインによる限定分解を行った結果、パイナップルにおいて、ブロメラインによって軽鎖C末端とプロ配列N末端の間のペプチド結合が切断された後、徐々にプロ配列がプロセシングされていき、さらに、プロ配列と重鎮N末端の間のペプチド結合がアミノペプチダーゼ様プロテアーゼに切断されることにより、2本鎖BIに変換されるという新規な成熟化機構が示された。また、セリンプロテアーゼであるトリプシンあるいはキモトリプシンによる限定分解では、それぞれ軽鎖とプロ配列の間あるいは軽鎖C未端部のペプチド結合の切断が観察された。以上の結果から、軽鎖と重鎮間のプロ配列が軽鎖C末端部とともに阻害活性ループを形成し、これが標的プロテアーゼの活性ポケットに入り込み、基質のごとく切断されることによって、阻害活性が発現されるという新規なプロテアーゼ阻害モデルが示された。

 第4章においては、13C/15N二重標識プロ型BI-VIのNMRのよる立体構造解析を試みた結果、主鎖の帰属を完了し、ここから予測されたプロ型BI-VIの二次構造は、天然型の立体構造から得られた結果とほぼ一致し、両者は同様なフォールディングをとることが支持された。この結果を用いて、標的プロテアーゼとの相互作用部位を解析することを可能とした。

 以上、BIの遺伝子解析、生化学的解析を行った結果、プロ配列を介した新規なプロテアーゼ阻害モデルが提唱でき、その成熟化機構が明らかとなった。また、構造生物学的解析から、プロテアーゼとの詳細な相互作用機構解明に必要なデータが得られた。ここから得られた知見は、プロテアーゼ-プロテアーゼインヒビターの相関の研究に重要な情報を与えるばかりでなく、プロテアーゼが関与する様々な疾病に関与する効果的な阻害剤の開発など応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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