学位論文要旨



No 116257
著者(漢字) 永森,収志
著者(英字)
著者(カナ) ナガモリ,シュウシ
標題(和) 蛋白質膜透過装置におけるSecGの構造解析
標題(洋)
報告番号 116257
報告番号 甲16257
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2287号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 蛋白質膜透過機構は、あらゆる生物の細胞に普遍的に存在している。大腸菌における分泌蛋白質の細胞質膜透過はSec因子(現在、SecA/B/D/E/F/G/Yの7種類が知られている)から構成される膜透過装置によって行われる。このうち、SecA、SecY、SecE、SecGが膜透過反応において中心的な役割を担っている。細胞質で合成された分泌蛋白質前駆体は、分子シャペロンであるSecBと結合し、細胞質膜上でSecAに受け渡される。SecAは、膜内在性蛋白質であるSecYEG複合体に前駆体蛋白質を送り込む。ATPaseであるSecAはATPの結合により膜に深く挿入し、ATP加水分解で膜から脱離する。この挿入・脱離サイクルの繰り返しによって、前駆体蛋白質が段階的に膜透過すると考えられている。SecGは、膜透過活性を促進する因子として当研究室で発見された。SecGは110アミノ酸残基からなり、N末端とC末端をペリプラズム側に、2カ所の膜貫通領域間を細胞質側に露出していることが、プロテアーゼによる消化実験やアルカリフォスファターゼとの融合蛋白質の解析、さらにアミノ酸配列による配向性予測によって示唆されている。近年、当研究室ではSecGの膜内配向性が膜透過反応に共役して反転することを提唱している。一方、膜内在性蛋白質は一般に唯一の膜内配向性で存在すると考えられてきた。したがって、SecGの配向性反転はきわめて特異な性質であり、膜透過を促進するSecGの機能と密接に関連していることが示唆されている。しかし、SecG-アルカリフォスファターゼ融合蛋白質はSecG活性を持たず、機能的なSecGの配向性を解析するには適さない。そこでまず、機能を持ったSecGについてその配向性を詳しく決定し、さらに膜透過反応中においてSecGがどのような構造変化をするか明らかにすることを目的として本研究を行った。

1. 膜透過装置内におけるSecGの構造

 SecG分子内にはシステイン残基が含まれないため、様々な位置にシステイン残基を一残基持つSecG変異体を18種構築した(図)。すべての変異体は、in vivoでのSecG遺伝子破壊株の低温感受性を抑制し、反転膜小胞を用いたin vitro膜透過実験では膜透過活性を促進した。つまりすべての変異体はin vivo、in vitro両方でSecG機能を保持していた。これらの変異体を用いてより詳細な配向性の解析を試みた。SH基特異的化学修飾試薬であるN-ethylmaleimide(NEM)や4-acetamide-4'-maleimidylstilbrne-2,2'-disulfonic acid(AMS)は、膜外に露出しているシステイン残基のみに反応することが知られている。AMSは膜透過性が低いため、反転膜小胞を用いて修飾実験を行うと細胞質側のシステイン残基が修飾されるが、ペリプラズム側のシステイン残基は界面活性剤による可溶化によってはじめて修飾されると考えられる。

 還元剤で処理した反転膜小胞にこれらの試薬を用いた解析の結果、膜透過反応非存在下におけるSecGでは、N末端とC末端がペリプラズム側に存在し、二つの膜貫通領域の間が細胞質に露出していることが明らかになった。これらの結果は、提唱されているSecGの膜内配向性モデルが正しいことを示している。さらに、一番目の膜貫通領域と二番目の膜貫通領域は、界面活性剤で可溶化した際に受けるAMS修飾の温度依存性が異なっていた。また、NEMによる膜透過活性の阻害効果も、二つの膜貫通領域の間で違いが見られた。アミノ酸配列を比較すると二番目の膜貫通領域は、一番目と比べて極性残基を多く持っていた。膜貫通領域の性質の違いは、大腸菌以外のSecGホモローグにも共通している。このことは、二つの膜貫通領域が膜透過装置内において異なった環境下に存在していることを示していると考えられる。

 N末端およびC末端側にシステイン残基を持つ変異体は、非還元状態ではジスルフィド結合によりホモ二量体を形成していた。これはN末端とC末端が酸化的なペリプラズムに露出しているためだと思われる。ほぼすべてのSecG変異体が二量体を形成していてもin vivoにおける蛋白質の膜透過は促進された。さらに共免疫沈降実験によりホモ二量体は、膜透過装置内で他のSec因子と相互作用していることが明らかになった。ジスルフィド結合の形成は非常に近接した分子間でのみ起きる。推測されている膜透過装置の大きさを考えると、異なった二つの装置内に存在するSecG分子間で二量体が形成されたとは考えにくい。これらのことから、SecGが膜透過装置内に少なくとも二分子は存在していることがわかった。最近の電子顕微鏡を用いた解析の結果、SecYEG複合体は複数で膜透過装置を形成していることが示唆されている。今回得られた知見は、その結果を生化学的に支持していると考えられる。

 SecGの膜透過促進機能は、膜透過反応に共役した配向性の反転と密接に関係すると考えられている。そこで二量体となっても配向性を反転させるかを調べた。ATPの非加水分解アナログであるAMP-PNPを加えると、膜透過基質が無くてもSecAは膜に挿入する。同条件下において、SecG変異体の二量体形成はAMP-PNPに依存して増加した。AMP-PNPのみでは、SecGの反転は起こらないが、SecAの膜挿入によって二分子のSecGがより近接して存在するようになると考えられる。ATPと膜透過基質であるproOmpAを加えて膜透過を開始後、AMP-PNPで反応を止めると膜に挿入したSecAは安定化し、野生型SecGは配向性を反転させる。変異SecGの二量体はジスルフィド結合を保持した状態で、野生型同様に配向性が反転していた。二量体の片方のみが反転したようなSecG変異体は検出されなかったことから、SecGの膜透過反応に共役した配向性反転は、二分子のSecGで同時に起きている可能性が考えられる。

 以上の結果から、SecGの正確な膜内配向性が明らかになり、二つの膜貫通領域が異なった環境に存在する可能性が示唆された。また、SecG分子は膜透過装置内に複数存在し、非常に近接していることがわかった。さらに一つの膜透過装置内に存在するSecG分子は、同調して膜内配向性を反転させている可能性が示唆された。

2. SecGの膜内配向性反転

 構築したシステイン変異体を用いて、SecGの配向性反転をシステイン特異的化学修飾により解析することを試みた。システイン残基をペリプラズム側に持つSecG変異体の反転膜小胞を還元後、AMSによるSecGの修飾を調べた。ATPを加えて膜透過反応を開始した後にAMSを添加すると、AMSに修飾されたSecGの量が増加した。すなわち、膜透過反応進行中にAMSを加えると、本来ペリプラズム側(小胞内側)に存在するシステイン残基が、細胞質側に存在するAMSの修飾を受けると考えられる。AMSの膜透過性は低いため、ペリプラズム側のシステイン残基が細胞質側に露出した結果、AMSによって修飾されたことが強く示唆された。さらにペリプラズム側のシステイン残基が修飾されるためには、ATP、SecA、膜透過基質であるproOmpAが必須であり、この現象が蛋白質膜透過反応に依存していることが明らかになった。

 細胞質、ペリプラズム、膜貫通領域にそれぞれシステイン残基を持つ代表的な変異体の反転膜小胞を用いて、同様の修飾実験を行った。その結果、ペリプラズム領域にシステイン残基を持つ変異体は、C末端の近くにシステイン残基を持つものほど、膜透過反応に依存したAMSの修飾効率が上昇した。反対に、細胞質側にシステイン残基を持つ変異体は、膜透過反応に依存して、修飾効率が若干低下した。N末端側のペリプラズム領域にシステイン残基を持つ変異体や膜貫通領域にシステイン残基を持つものは、膜透過反応存在下・非存在下に関わらず修飾を受けなかった。

 AMSによる修飾を、システイン変異体SecGを発現させたSecG遺伝子破壊株から調製したスフェロプラストを用いて行った。細胞質側にシステイン残基を持つ変異体のスフェロプラストを使用した場合、蛋白質膜透過が進行している条件下でのみSecGが修飾された。ペリプラズム領域にシステイン残基を持つ変異体では、膜透過反応の存在に関わらず修飾を受けた。細胞質に存在する蛋白質EF-Tuはいずれの場合も修飾を受けなかったことから、細胞質側のシステイン残基がSecGの反転によってペリプラズム側に露出し、AMSにより修飾されたと考えられる。

 以上の結果から、反転膜小胞では、SecGのペリプラズム側が膜透過反応に依存して、細胞質領域に露出することが明らかになり、スフェロプラストでは、膜透過反応に依存してSecGの細胞質領域がペリプラズム側に露出することが示された。つまり、膜透過反応に依存したSecGの膜内配向性反転を、AMSを用いた修飾実験によって検出することが可能になった。これまで、SecGの配向性反転は、膜透過反応をAMP-PNPで停止し、SecAの膜挿入を固定した条件下で、SecG分子のプロテアーゼ切断部位が変化することによって観察されている。AMP-PNPのみでSecAが膜挿入するように、AMP-PNPが原因で蛋白質が通常生体内では取らない構造をとる可能性が考えられる。プロテアーゼは、SecAやSecYなどの膜透過装置を構成する他の因子も消化するため、装置を構成する一因子であるSecGは生体内における構造とは異なった状態になる可能性もある。これらの理由により、プロテアーゼやAMP-PNPを用いないで反転を検出する方法が望まれていた。今回構築したAMSによる実験系では、膜透過装置全体の構造を維持したまま、SecGの配向性反転を検出することができる。本研究によってSecGの膜内配向性の反転を検出する新しい実験系が確立されたと考える。

図. 構築したSecG変異体

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌における分泌蛋白質の細胞質膜透過はSec因子から構成される膜透過装置によって行われる。ATPaseであるSecAはATPの結合により膜に深く挿入し、SecYEG複合体が形成するチャンネルに前駆体蛋白質を送り込み、ATP加水分解によって膜から脱離する。この挿入・脱離サイクルの繰り返しが、膜透過の駆動力と考えられている。本論文は、SecAサイクルに共役して膜内配向性が反転するSecGの膜内における構造とその変化を詳細に解析したものである。

 序論は蛋白質膜透過機構についてのこれまでの知見を述べ、SecAやSecGの構造変化が果たす役割について論じている。また、SecGの構造変化を検出する方法の問題点について議論し、新しい検出方法を確立する重要性が指摘されている。

 第1章では、膜内におけるSecGの詳細な配向性を決定するため、様々な位置にシステイン残基を一残基持つSecG変異体を18種構築し、SH基特異的化学修飾試薬であるN-ethylmaleimide(NEM)や4-acetamide-4'-maleimidylstibene-2,2'-disulfonic acid(AMS)によって化学修飾した結果が述べられている。NEMやAMSは、膜外に露出しているシステイン残基のみに反応し、NEMは膜を透過するがAMSは膜透過性が低いため、両試薬を用いると細胞質側とペリプラズム側のシステイン残基を区別することが出来る。その結果、膜透過反応非存在下におけるSecGは、提唱されているSecGの膜内配向性モデルと同じであることが明らかとなった。さらに、一番目と二番目の膜貫通領域の間で修飾試薬に対する感受性が異なることから、二つの膜貫通領域が膜透過装置内において異なった環境下に存在していることが明らかにされている。また、ジスルフィド結合によりホモ二量体を形成したSecGホモ二量体は、機能を保持しており、膜透過装置内に存在していることが示されている。次に、SecGの膜透過促進機能は、配向性の反転と密接に関係すると考えられているため、二量体が配向性を反転させるかが調べられている。膜透過反応を、ATPの非加水分解アナログであるAMP-PNPで止めると膜に挿入したSecAは安定化し、野生型SecGは配向性を反転させる。変異SecGの二量体もジスルフィド結合を保持した状態で、野生型同様に配向性が反転することが明らかにされている。

 第2章では、SecGの配向性反転をシステイン特異的化学修飾により解析することが試みられている。システイン残基をペリプラズム側に持つSecG変異体の反転膜小胞を還元後、AMSによるSecGの修飾を調べると、蛋白質膜透過反応に依存してAMSに修飾されたSecGの量が増加した。AMSの膜透過性は低いため、ペリプラズム側のシステイン残基が細胞質側に露出した結果、AMSで修飾されたことが強く示唆されている。様々な位置にシステイン残基を持つ変異体の反転膜小胞を用いて、AMS修飾実験を行った結果、ペリプラズムの変異体は、C末端の近くにシステイン残基を持つものほど、膜透過反応に依存したAMSの修飾効率が上昇する事を示している。一方、細胞質側にシステイン残基を持つ変異体は、膜透過反応に依存して、修飾効率が若干低下したことを示している。細胞質にシステイン残基をもつ変異体のスフェロプラストを用いてAMSで修飾すると、蛋白質膜透過が進行している条件下でのみSecGが修飾された。細胞質側のシステイン残基がSecGの反転によってペリブラズム側に露出し、AMSにより修飾されることが明らかにされている。これらの結果から、AMSによる化学修飾を指標とした、SecGの配向性反転を検出する実験系が述べられている。

 以上本論文は、SecGの膜内での詳細な構造と膜内配向性の反転を検出する新たな実験系を確立したものであり、学術上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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