学位論文要旨



No 116259
著者(漢字) 福田,英理子
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,エリコ
標題(和) Sulfolobus sp. strain 7の2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素に関する研究
標題(洋)
報告番号 116259
報告番号 甲16259
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2289号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 助教授 大久保,明
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 2-オキソ酸を酸化的に脱炭酸してアシル-CoAを生成する反応は様々な代謝経路に関与しており、生物が生きる上で必須な反応である。ほとんどの生物では、この反応は2-オキソ酸脱水素酵素複合体によって触媒されるが、それに対して全ての古細菌・一部の嫌気性生物では2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素(OFOR)によって触媒される。OFORは補因子として1分子のTPP、1〜3個の[4Fe-4S]型クラスターを持ち、フェレドキシンを電子受容体として上記の反応を触媒する。OFORファミリーは基質とする2-オキソ酸に対する特異性により4種類存在し、またそのサブユニット構造からabcd、ab、a型などに分類される。各種OFORの一次構造の比較から、OFORは4個のabcd祖先型遺伝子の交換、欠失、融合を経て今日の形に分化したと考えられており、タンパク質の進化のモデルとして興味深い。OFORを有する生物には病原性生物が多いことから、本酵素を標的とした阻害剤の設計も期待され、医薬的立場からも注目されている。

 現在までに多くのOFORファミリーが様々な生物から単離され、またゲノム計画の進行に伴い、遺伝子配列からその存在が推定されている。しかしOFORファミリーは酸素に対して不安定なものが多く、遺伝子の組み換えによって得られるレコンビナントOFORも不安定であり、酵素の構造や機能に関する研究は限られたものであった。

 本研究では、OFORファミリーの構造と機能を解明することを目指し、好酸好熱性古細菌Sulfolobus sp. strain 7 由来のOFOR(a,bサブユニットのヘテロダイマー)の大腸菌を用いた大量発現系を構築した。また、OFORファミリーにおいて保存性の高いYPITPモチーフの役割の解明、2-オキソ酸認識部位、CoA結合部位の特定を試みた。

1. Sulfolobus sp. strain 7 のOFOR遺伝子大量発現系の構築

 Sulfolobus OFORの遺伝子oforA、oforBは26塩基の重複があるため、まずそれぞれ単独で大腸菌内で発現させ各サブユニットの機能解析を試みた。タンパク質のフォールディングを促進させるために大腸菌のGroESLをOFORと共発現させ、また古細菌のArgコドンは大腸菌のマイナーコドンであることを考慮して、tRNAArgを補う遺伝子を導入したところ、両サブユニットの発現が確認されたが、a、bいずれのサブユニットも単独ではOFOR活性は示さなかった。次に、これらのサブユニットを別個の大腸菌内で発現させた後に、試験管内で混合してOFORを再構成させる試みを行ったが、天然型酵素の約1%程度のOFOR活性しか検出されなかった。それに対し、a、bサブユニットを同一の大腸菌内で発現させたところ、活性のあるレコンビナントOFORを得ることができた。Sulfolobus sp. strain 7 から精製した天然型OFORと比較したところ、レコンビナントOFORは比活性、至適温度、至適pH、熱安定性など調べた全ての点で天然型と同一の性質を示した。

 これらの結果より、OFORのa、bサブユニットをコードする遺伝子oforA、oforBは翻訳されるときに同一の菌体内に存在することが必要であり、正しい立体構造をとるために互いに相互作用している可能性が考えられる。

 現在までにOFORファミリー酵素遺伝子の大腸菌を用いた発現系を構築した例がいくつか報告されているが、得られたレコンビナントOFORはいずれも天然型OFORよりも不安定化しており、比活性も劣っていたことから、酵素本来の構造・機能を示していない可能性が高い。本研究で構築されたSulfolobus OFORの発現系は、天然型OFORと同一の性質を有するレコンビナントOFORを得た最初の例であると考えられる。

2. YPITPモチーフの役割

 OFORファミリーは互いに一次構造の相同性が低く、鉄硫黄クラスター結合部位、TPP結合部位などが部分的に保存されているが、その他のアミノ酸配列においては他の構造・機能既知の酵素と相同性は認められない。しかし、Sulfolobus OFORではaサブユニットに見出される5アミノ酸残基から成るYPITPモチーフ(第253〜257残基)はOFORファミリーにおいて高く保存されており、またOFORファミリーに特有で機能は未知である。そこで、本モチーフの役割を調べることを目的として、先に確立されたSulfolobus OFORの発現系を用いてYPITPモチーフに部位特異的変異を導入した。変異体の解析を行った結果、Y253とP257の変異体はいずれも活性が失われており、この位置におけるアミノ酸残基は活性に重要であると考えられる。Y253Fはわずかな活性を示したことから、第253残基には芳香環が必須であることが明らかになった。P254,I255,T256の変異体はいずれも野生型OFORよりも低いVmax値を示したが、2-オキソ酸に対するKm値には重大な変化はなく活性は保持されていた。

 近年、Desulfovibrio Africans 由来のピルビン酸:フェレドキシン酸化還元酵素(POR)のX線結晶構造が解明され、基質との複合体の3A分解能の構造も得られたことから、ピルビン酸の結合様式について、YPITPモチーフは基質結合部位に隣接しており、モチーフのThr残基の水酸基はピルビン酸のカルボニル基と水素結合し、基質認識に重要であると提唱された。しかし、Sulfolobus OFORのT256の変異体T256A等はいずれも活性を保持しており、Thr残基-基質間相互作用は必須ではないことが明らかになった。YPITP変異体の各種2-オキソ酸に対するVmax値は、いずれも野生型OFORの50%以下であったのに対して、Km値は野生型OFORと大きな差は見られなかった。この結果から、YPITPモチーフは2-オキソ酸の認識・結合ではなく、酵素の触媒反応に重要な役割を果たしていると考えられる。

3. OFORの2-オキソ酸認識部位

 一般にOFORファミリーは基質特異性が高く、一種類の2-オキソ酸しか基質としない。しかし、Sulfolobus OFORは基質特異性が広く、ピルビン酸、2-オキソブチル酸、2-オキソグルタル酸など複数の2-オキソ酸を基質とすることができる。そこで、D.africanus PORの立体構造と一次構造の比較に基づき、Sulfolobus OFORの2-オキソ酸結合に関与していると予想されるアミノ酸残基(aサブユニットのT256、R344、T353、bサブユニットのK49,L123)に部位特異的変異を導入してその影響を調べた。変異体を解析した結果、R344の変異体は活性を失っていたが、その他の変異体はいずれも活性を保持していた。R344のグアニジノ基は2-オキソ酸のカルボキシル基を認識すると推測されており、またこの位置におけるArg残基はOFORファミリーで完全に保存されていることから、本アミノ酸残基は基質結合に必須であると考えられる。T353は2-オキソ酸の側鎖に相当する部分と相互作用していると推測されているが、T353の変異体は各種2-オキソ酸に対する比活性が野生型OFORの5%以下に低下しており、基質結合・酵素反応に重要であると考えられる。K49とL123は2-オキソ酸の側鎖の認識に関与していると予想されている。K49の変異体はピルビン酸に対する活性は保持されていたが、その他の2-オキソ酸に対する活性が大きく低下しており、第49残基はOFORをピルビン酸に特異的なPOR型酵素に決定づけるアミノ酸残基の一つであると考えられる。一方、L123の変異体は2-オキソグルタル酸に対する活性が保持されているのに対して、その他の2-オキソ酸に対する活性が著しく低下しており、第123残基はOFORを2-オキソグルタル酸に特異的なKOR(2-オキソグルタル酸:フェレドキシン酸化還元酵素)型酵素に決定づけるアミノ酸残基の一つであると考えられる。またこれらの結果は、本酵素の広い基質特異性は2-オキソ酸の側鎖を認識する残基T353、K49、L123に起因すること、2-オキソ酸結合部位は両サブユニット界面にあることを示唆している。

4. OFORのCoA結合部位

 D. africanus PORの立体構造解明に伴い、2-オキソ酸、TPP結合様式は明らかにされたが、もう一つの基質であるCoAの結合部位は依然として未知である。そこで、Sulfolobus OFORのCoA結合部位と予想される配列GXXGXG(aサブユニットの第9〜14残基)のGlyに部位特異的変異を導入し、変異体の解析を行ったところ、いずれの変異体もわずかな活性しか示さなかった。他方、アデニン類似体である4-Fluoro-7 nitrobenzofurazan NBD-F)を用いた共有結合修飾によるOFORの失活はCoAで保護されること、NBD-FはOFORのbサブユニットに特異的に結合することから、CoAもa、bサブユニット界面に結合することが明らかになった。

 本研究により、OFORファミリーのタンパク質工学的研究に適した遺伝子発現系が確立し、これに基づく各種変異体の解析から、OFORファミリーに特有の機能未知の保存配列YPITPの役割について、また2-オキソ酸に対する基質特異性を決定するアミノ酸残基、CoA結合部位に関する新たな知見が得られた。これらの結果に基づき、医薬上有益であるOFORの阻害剤の設計や、任意の2-オキソ酸を基質とする新たな改変OFORの設計などの可能性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 2-オキソ酸の酸化的脱炭酸反応は糖・アミノ酸代謝など、様々な代謝経路において重要な反応であり、通常の生物では分子量数百万におよぶ巨大酵素複合体によって触媒される。それに対し、すべての古細菌、少数の真正細菌、及び一部の真核生物では、2-オキソ酸:フェレドキシン酸化還元酵素(OFOR)により、フェレドキシンを電子受容体として上記の反応を触媒する。本研究では、好酸好熱性古細菌Sulfolobus sp. strain 7 のもつOFORの構造・機能を解明することを目的とした。

 第一章では、研究対象としての古細菌およびそれに由来する酵素OFORファミリーの意義について概説を行った。

 第二章では、Sulfolobus OFORの大腸菌を用いた発現系の構築を行い、活性のあるレコンビナント野生型OFORを得た。Sulrolobus sp. strain 7 から精製した天然型OFORと比較した結果、レコンビナントOFORは調べた全ての点で天然型OFORと同一の性質を示し、OFORファミリーではじめて安定なレコンビナントOFORを生成する発現系が構築された。本発現系によって、OFORファミリーのタンパク質工学的研究が可能になり、酵素の構造・機能解明の第一歩が確立されたと考えられる。

 第三章では、構築されたSulfolobus OFORの発現系を用いてOFORファミリーにおいて保存性が高く、機能未知のアミノ酸配列YPITPモチーフの役割を調べた。Sulfolobus OFORのaサブユニットに見出される本モチーフ(第253残基から第257残基)に部位特異的変異を導入した結果、YPITPモチーフの第253残基には芳香環が必須であり、第257残基にはProが必須であることが明らかになった。それに対してP254、1255、T256の変異体はいずれも活性を保持していた。Desulfovibrio africanus由来のPORのX線結晶構造によると、T256残基の水酸基は基質であるピルビン酸と水素結合していることから、活性に必須であると考えられたが、予想に反してSulfolobus OFORのT256の変異体は活性を保持していた。これらの結果から、YPlTPモチーフは2-オキソ酸の認識・結合ではなく、酵素の触媒反応に重要な役割を果たしていると考えられる。

 第四章では、Sulfolobus OFORの2-オキソ酸結合に関与していると推定されるアミノ酸残基(aサブユニットのT256、R344、T353、bサブユニットのK49、L123)に部位特異的変異を導入し、その影響を調べた。その結果、aサブユニットのR344は必須であり、T353は活性に重要であると考えられた。また、bサブユニットの第49残基はOFORをピルビン酸に特異的なPOR型酵素に、第123残基はOFORを2-オキソグルタル酸に特異的なKOR型酵素に決定づけるアミノ酸残基の一つであると推定することができた。

 第五章では、Sulfolobus OFORのCoA結合部位を決定することを試みた。OFORファミリーにおいてCoA認識部位であると推定されるGXXGXGモチーフのGlyをAlaに置換した変異体の解析を行った結果、本モチーフは活性に重要であることが確認された。また、アデニン環類似体である化学修飾NBD-Fを用いてSulfolobus OFORのラベル化を試みたところ、NBD-FはOFORの活性中心に特異的に結合し、反応を阻害することが明らかになった。また、NBD-FはSulfolobus OFORのbサブユニットに特異的に結合することが明らかになった。このことから、Sulfolobus OFORのCoA結合部位は、サブユニット界面に存在していると推定された。

 第六章では、当研究室で同じSulfolobus sp. strain 7 株から発見されたインドール-3-ピルビン酸:メチルビオロゲン酸化還元酵素(IMOR)の性質を解析した。Sulfolobus IMORの基質特異性を調べた結果、インドール-3-ピルビン酸、フェニルピルビン酸などのかさ高い疎水的な側鎖を持つ2-オキソ酸の他、インドールアセトアルデヒド、フェニルアセトアルデヒドなどのアルデヒドも基質とすることが分かった。このことからSulfolobus IMORはアルデヒドオキシダーゼと2-オキソ酸の脱炭酸活性の両者を有しており、全く新規な酵素であることが確認された。

 以上、本論文はSulfolobus sp. strain 7 のOFORの発現系構築と、それを利用した部位特異的変異体の作成・解析により、OFORの構造・機能に関する新しい知見を与えたものとして、学術上、貢献するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文は博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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