学位論文要旨



No 116261
著者(漢字) 桝田,和宏
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,カズヒロ
標題(和) リポ蛋白質の膜からの遊離を触媒するABCトランスポーター
標題(洋)
報告番号 116261
報告番号 甲16261
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2291号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 グラム陰性細菌である大腸菌の細胞は、外膜、ペリプラズム空間、内膜(細胞質膜)、細胞質の4つのコンパートメントからなっている。大腸菌の外膜、および内膜にはリポ蛋白質と呼ばれるN末端のシステイン残基が脂質修飾を受けた蛋白質が存在している。リポ蛋白質は、その脂質部分を介して膜と結合している膜表在性蛋白質であり、蛋白質部分は内膜および外膜のペリプラズム空間側に配向している。大腸菌には約90種類のリポ蛋白質が存在していると考えられており、形態維持、物質輸送、薬剤排出、蛋白質の分泌、ペプチドグリカン合成と分解などの細胞機能に関与している。

 シグナルペプチドを持つ前駆体として合成されたリポ蛋白質は内膜を透過する過程で脂質修飾とシグナルペプチドの切断を受け、その後脂質修飾されたシステイン残基の次のアミノ酸残基(+2 位)がアスパラギン酸であるリポ蛋白質は内膜にとどまり、それ以外のアミノ酸残基を持つリポ蛋白質は外膜へ運ばれることが知られていた。しかしリポ蛋白質の選別機構や外膜への局在化機構は長い間不明だった。数年前、当研究室においてリポ蛋白質の外膜への局在化に関与する2つの因子が同定され、それらの機能が解析された。その結果、リポ蛋白質はペリプラズム空間のシャペロン蛋白質LolAと1:1の可溶性の複合体を形成して内膜から遊離し、外膜に存在するレセプター蛋白質LolBの働きによって外膜に組み込まれることが明らかとなった。さらに可溶化した内膜画分とリポ蛋白質を再構成したプロテオリポソームを用いた解析から、リポ蛋白質の膜からの遊離にはATPと内膜因子が必要であることが明らかとなり、リポ蛋白質の遊離に関与するATPase活性を持つ内膜因子の存在が示唆された。

 本論文は、この内膜因子が3種の蛋白質からなるABCトランスポーターであることを明らかにし、これが関与するリポ蛋白質の選別と膜からの遊離の機構について詳細に検討したものである。

リポ蛋白質の膜からの遊離に関与するABCトランスポーターLolCDE

 本研究の開始直前に、遺伝子量効果によってリポ蛋白質の遊離活性を上昇させる大腸菌染色体のDNA断片が当研究室ですでに得られていた。このDNA断片には7つのorf(Open Reading Erame)が見いだされていた。どのorfがリポ蛋白質の遊離活性を上昇させるのかを、種々のDNA断片を運ぶ多コピー数プラスミドを作成し、それらを保持する大腸菌から内膜蛋白質を調製し、リポ蛋白質とともにプロテオリポソームに再構成して調べた。その結果、ycfU、ycfVおよびycfWの3つのorfがリポ蛋白質の遊離活性を上昇させることが示された。そこで、これら3つのorfを運ぶプラスミドを保持する大腸菌の内膜画分からリポ蛋白質遊離活性を精製した結果、最終精製標品には3つの蛋白質が1:2:1の複合体として含まれていることが明らかになった。これらの蛋白質がycfU、ycfVおよびycfWの遺伝子産物であることを示し、それぞれLolC、LolD、LolE蛋白質と命名した(1)

 LolCDE複合体の精製標品を用いた再構成実験からLolCDEによるリポ蛋白質の膜からの遊離はATPとLolAに依存するだけでなく、リポ蛋白質の局在化シグナルとして機能する+2 位のアミノ酸残基にも依存することが示された。つまり、外膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質であるPalやL10Pは効率よく遊離させたが、+2 位を内膜局在化シグナルであるアスパラギン酸に変異させたPal(D)やL10P(D)は全く遊離させなかった。この結果は再構成系で観察されるLolCDEによるリポ蛋白質の膜からの遊離がin vivoを反映した現象であることを示している。

 LolD蛋白質はABC(ATP Binding Cassette)トランスポーターのATPaseサブユニットに特異的に見られるWalkerモチーフとABCトランスポーターモチーフをもっている。さらに、LolCとLolEは内膜の尿素処理では可溶化されなかったことから膜内在性蛋白質であると考えられた。これらのサブユニット構成からLolCDE複合体は典型的な細菌型ABCトランスポーターファミリーに属していると結論づけた。LolCDEのホモログは、LolAやLolBのホモログと同様に広くグラム陰性細菌に見いだされたことから、Lol蛋白質によるリポ蛋白質の局在化機構はグラム陰性細菌に普遍的に存在していると考えられる。

 これまでに知られているABCトランスポーターは膜の内から外へ、あるいは外から内への膜を横断した物質の輸送を担うと考えられている(図A)。一方、LolCDEは膜表面にアンカーしているリポ蛋白質を膜から遊離させるABCトランスポーターであると思われた。そこでLolCDEが再構成されたプロテオリポソームを調製した後、Palをプロテオリポソームの外側表面にのみ配向させて遊離反応を調べた。PalはLolAに依存して遊離したことから、LolCDEは膜表面に存在する物質(リポ蛋白質)を膜から遊離させる新しいタイプのABCトランスポーターであることが示された(図A)。LolCDEがリポ蛋白質の膜透過には関与せず、遊離反応を触媒するABCトランスポーターであることは、当研究室で得られたLolCDE変異株を用いても示されている。

リポ蛋白質の局在化シグナルに依存したLolCDE ATPase活性の促進

 これまでの知見からリポ蛋白質の局在化シグナルに依存した膜からの遊離にはLolCDE複合体とLolAが必須であることが示された。しかしLolCDEとLolAのどちらが局在化シグナルを識別しているのかは不明だった。また外膜局在化シグナルと内膜局在化シグナルは、どのように認識されているかも明らかではなかった。そこでリポ蛋白質の膜からの遊離における局在化シグナル認識機構を理解するために、L10Pの遊離に、過剰量のPalやPal(D)がどのように影響するかを調べたところ、外膜局在化シグナルをもつPalによってL10Pの遊離は強く阻害されたが、内膜局在化シグナルをもつPal(D)によってはまったく阻害されなかった。これはPal(D)がLolCDE/LolAによる遊離反応の基質にはならないことを示唆している。そこで次にLolCDEのATPase活性に対する局在化シグナルの影響を調べた。Pal(D)存在下ではLolCDEのATPase活性は全く促進されなかったが、Palに依存したATPase活性の促進が観察された。またATPase活性の促進はLolA非存在下で観察された。これらの結果により、リポ蛋白質の外膜局在化シグナルを直接認識しているのはLolCDE複合体であることが明らかとなった(図B)。これらの知見から内膜局在化シグナルをもつリポ蛋白質は、LolCDEの基質にならないため内膜にとどまることが強く示唆された。

 本論文ではリポ蛋白質の選別と膜からの遊離を司る新しいタイプのABCトランスポーターLolCDEの同定と機能解析について述べた。今後は本研究の成果を基礎としてリポ蛋白質の膜からの遊離に依存したLolCDE ATPase活性の解析や局在化シグナルを識別するサブユニットの同定とその分子機構の解明が期待される。

1)Yakushi T, Masuda K, Narita S, Matsuyama S, Tokuda H Nature Cell Biol. 2000Apr;2(4):212-8.

図A LoICDEと既知のABCトランスポーターの機能の相違

HisQMPは代表的な細菌型のABCトランスポーターである

図B リポ蛋白質の局在化機構

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌の外膜、および内膜にはリポ蛋白質と呼ばれるN末端のシステイン残基が脂質で修飾された蛋白質が存在している。脂質修飾されたシステイン残基の次がアスパラギン酸以外のアミノ酸残基であると、リポ蛋白質はペリプラズムのシャペロン蛋白質LolAと可溶性の複合体を形成して内膜から遊離する。この遊離にはATPと内膜因子が必要である。本論文は、この内膜因子が3種の蛋白質からなるABCトランスポーターであることを明らかにし、これが関与するリポ蛋白質の選別と膜からの遊離機構について詳細に検討したものである。

 序論ではリポ蛋白質の選別と外膜局在化機構に関するこれまでの知見が述べられている。結果の項は、内膜因子の同定について述べたものである。本研究の開始直前に、遺伝子量効果によってリポ蛋白質の遊離活性を上昇させる大腸菌染色体のDNA断片が得られていた。このDNA断片には7つのorf(Open Reading Frame)が見いだされていたので、リポ蛋白質の遊離活性に必要なorfを調べ、ycfU、ycfV、およびycfWの3つであることを明らかにしている。これら3つのorfを運ぶプラスミドを保持する大腸菌の内膜画分からリポ蛋白質遊離活性を精製し、3つの蛋白質が1:2:1の複合体として含まれ、これらがycfU、ycfVおよびycfWの遺伝子産物であることを示し、それぞれLolC、LolD、LolE蛋白質と命名した。次にLolCDE複合体の精製標品を用いた再構成実験からLolCDEによるリポ蛋白質の膜からの遊離は局在化シグナルに依存することが示された。この結果は再構成系で観察されるLolCDEによるリポ蛋白質の膜からの遊離がin vivoを反映した現象であることを示している。

 LolD蛋白質はABC(ATP Binding Cassette)トランスポーターのATPaseサブユニットに特異的に見られるWalkerモチーフとABCトランスポーターモチーフをもっている。また、LolCとLolEは内膜の尿素処理では可溶化しないことから膜内在性蛋白質であると考えられた。これらのサブユニット構成からLolCDE複合体は典型的な細菌型ABCトランスポーターであると考えられた。既知のABCトランスポーターは脂質2重層を越えた物質の輸送を担うと考えられている。一方、LolCDEは膜表面にアンカーしているリポ蛋白質を膜から遊離させるABCトランスポーターであると思われた。そこでLolCDEを再構成したプロテオリポソームの外側表面にのみリポ蛋白質を配向させて遊離反応を調べた。リポ蛋白質はLolAに依存して遊離したことから、LolCDEは膜表面に存在するリポ蛋白質を膜から遊離させる新しいタイプのABCトランスポーターであると結論した。

 リポ蛋白質の膜からの遊離における局在化シグナル認識機構を理解するために、外膜局在化シグナルをもつリポ蛋白質の遊離が他のリポ蛋白質によってどのように影響されるかを調べ、内膜局在化シグナルをもつリポ蛋白質がLolCDE/LolAの基質にはならないことを明らかにした。次にLolCDEのATPase活性に対する局在化シグナルの影響を調べ、ATPase活性は外膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質では促進されるが、内膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質によっては促進されないことを見いだした。これらの結果により、リポ蛋白質の外膜局在化シグナルを直接認識しているのはLolCDE複合体であること、また内膜局在化シグナルをもつリポ蛋白質は、LolCDEの基質にならないため内膜にとどまることを明らかにした。

 以上、本論文はリポ蛋白質の選別と膜からの遊離を司る新しいタイプのABCトランスポーターLolCDEの同定と機能解析について述べたもので、学術上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク