学位論文要旨



No 116264
著者(漢字) 明賀,史純
著者(英字)
著者(カナ) ミョウガ,フミヨシ
標題(和) シロイヌナズナ・イネに存在するMu様トランスポゾンに関する研究
標題(洋)
報告番号 116264
報告番号 甲16264
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2294号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 梅田,正明
内容要旨 要旨を表示する

 トランスポゾンは、ゲノムの多様化をもたらす可動性遺伝因子であり、動物、植物、細菌に至る様々な生物種に存在することが知られている。植物の代表的なDNA型トランスポゾンとしてはトウモロコシのAc/Ds、En/Spm及びMuがあり、それぞれ構造上の特徴や転移の際に生じる標的配列の重複の塩基数などが異なっている。中でもMuは、最も転移能が高く、標的とする挿入配列の特異性が低いという点から、様々な変異体の形成など遺伝育種面で有用であることが指摘されている。Muは、両端に約210bpの逆向き反復配列(TIR)を持つという他のトランスポゾンにはない特徴があり、転移に際して9bpの標的配列の重複を生じる。Muの自律性因子MuDR(4942bp)は、二つの遺伝子mudrAとmudrBを内部に持っており、それぞれ823アミノ酸残基のタンパク質(MURA)と207アミノ酸残基のタンパク質(MURB)をコードしている。MURAは、原核生物の特異な一群の13のトランスポゼースと相同性が見られること、実際にMuの末端反復配列への結合する能力を持つことが示されており、トランスポゼースであると考えられている。一方、MURBの機能は全く分かっていない。Muは、Ac/DsとEn/Spmと比較すると解析が遅れており、未だにその転移機構に関する知見は少ない。また、他の植物ではMu様トランスポゾンが同定されたとする報告はほとんどなく、MuDRのような自律性因子は同定されていない。本研究では、シロイヌナズナ・イネゲノムに存在するMu様トランスポゾンを単離同定することによって、トウモロコシ以外の他の植物種にもMu様トランスポゾンが存在することを示し、それらとトウモロコシのMuDRと比較することで種間の構造的特徴の違いを明らかにした。また、Mu様トランスポゾンのいくつかではトランスポゼース遺伝子が発現していることを見出し、それらが転移活性を持つ自律性因子である可能性が示唆された。さらに、シロイヌナズナのMu様トランスポゾンの1つに挿入していた配列がレトロポゾンSINE(Short INterspersed Element)であることを明らかにして、シロイヌナズナゲノムにもSINEが存在することを示した。

1.シロイヌナズナの多様なMu様トランスポゾンの同定と構造解析

 シロイヌナズナ(Columbia系統)の全ゲノム配列は既に95%以上が決定され、データベースに登録されている。そこで、トウモロコシMuDRのmudrA遺伝子の配列の一部をqueryとしてホモロジー検索を行い、シロイヌナズナに142個のMuホモログ(AtMu;Arabidopsis thaliana Muと命名)が存在することを見出した。トウモロコシMuDRのmudrA遺伝子に相当するシロイヌナズナの遺伝子(tnpAと命名)の相同性から、各メンバーは大きく3つのグループに分類された。各グループ間では因子長が約4,8及び15kbと大きく異なり、相同性により分類した結果と因子長が相関することが分かった。3グループのうちの1つにはMuDRと同様に因子の末端に150〜300bpの長さの末端逆向き配列(TIR)を持つものが存在したが、興味あることに他のグループのAtMuにはTIRが存在しなかった。しかし、これらの配列の両端にはMuDRと同様に挿入に際して9bpの標的となったと考えられる配列が重複して存在していた。TIRを持つメンバーのうちの1つは、Columbiaとは生態型および種が異なるシロイヌナズナの系統には存在しておらず、標的配列のみが存在することを確認した。

 tnpA遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用いたRT-PCRにより、いくつかのメンバーの発現を調べたところ、培養細胞やメチル化阻害剤である5-azacytidine(5-azaC)で処理した培養細胞、DNA低メチル化突然変異体(ddm1)の植物体などではtnpAが発現していたが、野生型の植物体では発現していなかった。このことは、シロイヌナズナ植物体中ではtnpAの発現が抑制されており、脱メチル化や脱分化などによりその抑制が外れて、AtMuがシロイヌナズナゲノム中で転移する可能性を示唆する。さらにRT-PCRと5'及び3'-RACE法を用いた転写産物の解析から、tnpA遺伝子においてAtMuの各グループ間でイントロンの位置が異なっていた。

 さらに、AtMuの末端にIRを持たないメンバーには、tnpA遺伝子とは逆向きに存在すると予想される大きなORF(tnpBと命名)が存在した。そこで、tnpA遺伝子と同様に、RT-PCRと5'及び3'-RACE法を用いた転写産物の解析を行った結果、このtnpBが転写されていることが明らかになり、エキソンの位置及びそこにコードされるアミノ酸配列も推定できた。tnpBもtnpA同様にグループ間でイントロンの位置が異なっていた。tnpB産物(TNPB)のアミノ酸配列はトウモロコシのMURBより大きく、相同性は存在しなかったが、各メンバー間では高い相同性が存在した。シロイヌナズナとトウモロコシでtnpA遺伝子は保存されているのに対しtnpB遺伝子は保存されていないことから、トランスポゼースであるTNPAは種間で保存され、一方TNPBは植物種で独自に進化してきた可能性が示唆された。

2.イネに存在するMu様トランスポゾンTnr2の解析

 Tnr2は、レトロポゾンp-SINE1のメンバーの一つへの挿入配列として見出されたもので、イネ染色体上に数百コピーで散在しており、両端に56bpの逆向き反復配列が存在し、転移に際して9bpの標的配列の重複を生じるが、その大きさ(147bp)から自身では転移できない非自律性因子と考えられた。これまでにイネゲノムライブラリーのスクリーニングから多数のTnr2のメンバーが同定されたが、その中のひとつにトウモロコシのMuDRがコードするmudrAの一部配列と有意な相同性を持つクローンが見つかった。このことから、Tnr2はイネに存在するMu様トランスポゾンであり、mudrAとの相同領域を持つクローンは、その自律性因子の部分配列ではないかと推察された。mudrA遺伝子に相当するTnr2の遺伝子(tnpA)の部分配列をプローブに用いたサザン法による解析を行ったところ、イネO.sativa cv.IR36のゲノムにはTnr2のtnpAと非常に高い相同性を持つ配列が2コピー存在すると予想される結果を得た。この部分配列にハイブリダイズするプライマーを用いたIPCR(Inverse-PCR)などによってTnr2のtnpAをコードする全領域を含むDNAフラグメントを得た。

 次に、その塩基配列をプローブとしてTnrzのtnpA転写産物のノーザン法による解析を行った。イネ植物体及び培養細胞において共に、tnpAが発現していることが分かった。発現量は、日本晴植物体に比べてOc培養細胞の方がやや多かった。DNAメチル化阻害剤5-azaCによる処理の有無で発現量に差は見られなかったことから、AtMuの場合と異なりTnr2トランスポゼースの発現はメチル化による抑制を受けないと考えられる。

 RT-PCRと5'及び3'-RACE法により得られたtnpAのcDNAの塩基配列を決定して推定されるアミノ酸配列をAtMu及びMuDRと比較したところ、約30,40%と高い相同性を示した。特にTnr2のtnpAのエキソン2およびエキソン3は、MuDRと非常に高い相同性を示したが、エキソン1およびエキソン4、5の領域の相同性は低かった。また、Tnr2のtnpAはAtMu及びMuDRとは異なる位置にイントロンが存在すること、いくつかのalternative splicingにより生じたと考えられる転写産物も量的には少ないが存在することが分かった。ポリアデニル化はポリアデニル化シグナルを含む約200bpの領域内の複数のサイトで起きていた。そして転写終結部の近傍にはMuDRやAtMuの一部のグループと同様に12-42bpのダイレクトリピートが存在していた。さらに、Tnr2のtnpA転写産物とは明らかに異なる、約60%の相同性を持つ別の転写産物が得られた。また、この配列以外にもホモロジー検索によりTnr2のtnpAに高い相同性を持つ配列がイネゲノムDNAに存在することが明らかとなった。このことは、Tnr2とは別の転移可能なMu様トランスポゾンがイネゲノム中に存在することを示唆する。

3.シロイヌナズナのSINE、AtSN1とAtSN2の発見

 シロイヌナズナゲノムに存在したAtMuの一つのメンバーの内部に挿入配列が存在することを見出した。この配列は挿入に際してMuホモログの標的となったと考えられる15bpの配列が重複して存在し、内部にRNAポリメラーゼIIIが認識するプロモーター配列(A及びB-box)が、3'端にポリAが存在することから、シロイヌナズナのレトロポゾンSINEであると考えられ、AtSN(Arabidopsis thaliana SINE)と名付けた。データベースを基にしたホモロジー検索により多数のメンバーを同定したが、それらは内部配列の違いから二つのサブファミリー(AtSN1とAtSN2)に分けることができた。各々のコンセンサス配列は159と149bpであり、最終的にAtSN1には71個、AtSN2には128個のメンバーが存在することが分かった。AtSNのメンバーには、端の領域を欠失した因子が全体の約四分の一の割合で存在していた。欠失した因子の内、5'領域を欠失したものが大部分であり、その多くには標的配列の重複が存在した。この結果は、5'端を欠失した因子が全体長を持つメンバーと同様なメカニズムで転移したことを示唆する。また、動物のSINEと異なり、コンセンサス配列におけるメチル化ターゲット部位の塩基が各メンバーにおいて高頻度に置換されていないことからメチル化部位を保存するメカニズムが存在する可能性が考えられた。さらに、AtSNの標的配列における5'のニッキング部位には5'-T/AA(A)-3'と表せるような動・植物の他のSINEとよく似たモチーフが存在した。AtSNとAtSN2のメンバーはコンセンサス配列と比較して非常に多くの塩基置換が起きていたことや、調べた全てのメンバーにおいてColumbia系統以外の異なる2系統(Landsberg,Wassilewskija)の生態型のシロイヌナズナにも存在したことから、メンバーの増幅がシロイヌナズナが各生態型に分かれる以前に起こったのではないかと考えられた。

 以上、本研究は、シロイヌナズナ・イネゲノム中にMu様トランスポゾンが存在していることを示し、トウモロコシ以外の植物にもMuファミリーが存在することを明らかにした。また、シロイヌナズナのMuファミリー(AtMu)の解析中に1つのメンバーの内部に挿入していたシロイヌナズナのSINEを見出し、その構造的特徴を明らかにした。AtMuの解析から、1つの植物種においてさえ構造的特徴が大きく異なる3つのMuファミリーのグループが存在することが示された。そしてAtMuには、MuDRと同様な因子の末端にTIRを持つメンバー以外にTIRを持たないメンバーが存在するという結果は、今までのDNA型トランスポゾンの概念の範疇を越えるものであり、新規のMuファミリーのグループが存在する可能性を示した。さらに、いくつかのAtMuではトランスポゼース遺伝子が発現していることから、これらの因子がゲノム中で転移する可能性が示唆された。本研究で得られた知見は、これまでほとんど解明されていないMuファミリーの存在様式や転移機構の解明に大きく貢献すると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 可動性遺伝因子は、様々な生物種に存在し、ゲノムの多様化をもたらす因子である。トウモロコシのDNA型可動性遺伝因子Muの自律性因子MuDR(4942bp)は、両端に約210bpの逆向き配列(TIR)を持ち、転移に際して9bpの標的配列を重複する。MuDRは、二つの遺伝子mudrAとmudrBを持ち、それぞれ、自身のTIRへ結合することからトランスポゼースと考えられるMURAと機能不明のタンパク質MURBをコードする。Muの転移機構の解析は植物の他の可動性遺伝因子に較べて遅れており、また、トウモロコシ以外のほとんどの植物でMu様因子は同定されてはいない。本研究は、シロイヌナズナとイネゲノムに多様なMu様因子が存在することを示し、それらのいくつかがトランスポゼース遺伝子を発現している転移可能な自律性因子である可能性を示したものである。さらに、シロイヌナズナのMu様因子の1つに挿入していた配列が、シロイヌナズナゲノムに多コピーで散在するレトロポゾンSINEであることを明らかにした。

 第1章で研究の背景を概説した後、第2章ではシロイヌナズナのMu様トランスポゾンの同定と構造解析の結果について述べている。MuDRのmudrA配列をqueryとして相同性検索を行い、ゲノム上に142個のMu様因子(AtMuと命名)を見い出し、mudrAに相当するAtMuの遺伝子(tnpAと命名)の相同性から、これらが因子長の異なる3つのグループに分類されることを示した。1つのグループに存在した150〜300bpの完全な逆向き配列(TIR)を持つメンバーを除けば、全て不完全なTIRを持つものであるが、これらの配列の両端に9bpの標的配列が重複していることを明らかにした。

 また、tnpAの発現が、野生型の植物体中では抑制されているが、その抑制が培養細胞に於いて、あるいはDNA脱メチル化により解除されることを明らかにすることによって、AtMuが転移可能であることを示した。また、転写産物の解析から、各グループのAtMuのtnpA遺伝子において特異的なエキソンとイントロンが存在することを明らかにした。

 さらに、末端に不完全なTIRしか持たないメンバーには、tnpA遺伝子とは逆向きの遺伝子(tnpBと命名)が存在し、発現していることを示した。推定されるTNPBタンパク質は、各グループのメンバー間で高い相同性があるが、トウモロコシのMURBより大きく相同性も存在しなかったことから、植物種で独自に進化したと推測した。

 第3章では、イネに存在するMu様因子Tnr2の解析について述べている。イネの可動性遺伝因子dTnr2は、56bpの末端逆向き配列を持ち、転移により9bpの標的配列を重複する。その大きさ(147bp)から非自律性因子と思われたが、実際、dTnr2のメンバーにmudrAの一部配列と有意な相同性を持つ自律性因子と考えられる因子(Tnr2)がイネに2つ存在することを明らかにした。Tnr2はAtMuとは異なり、植物体でも培養細胞でもよく発現し、DNAメチル化による発現抑制を受けないこと、いくつかのエキソンとイントロンをもつtnpAからalternative splicingにより生じたと考えられる転写物が少ないながら存在することを明らかにした。また、相同性検索によりイネゲノムにTnr2ホモログがいくつか存在することを示した。

 第4章では、シロイヌナズナのSlNEについて述べている。AtMuの一つのメンバーに、内部にRNAポリメラーゼIIIのプロモーター配列を、3'端にポリAを、持つSINE(AtSNと命名)が挿入していることを見い出した。相同性検索により、159と149bpのコンセンサス配列を持つような内部配列の異なる二つのサブファミリーが、それぞれ71個と128個存在することを明らかにした。AtSNの各サブファミリーメンバーには多くの塩基置換が起きていること、生態型の異なるシロイヌナズナ系統にも存在していることから、AtSNメンバーはシロイヌナズナが各生態型に分かれる前に増幅したと推測した。

 以上、本論文は、シロイヌナズナとイネ・ゲノムにMu様可動性遺伝因子が存在する可能性を示し、これらのいくつかはトランスポゼース遺伝子を発現するような自律性因子であることを示すと共に、Mu様可動性遺伝因子の1つに挿入していた配列が古い時代に転移したSINEであることを明らかにしたもので、学術上、応用上寄与することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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