学位論文要旨



No 116265
著者(漢字) 山本,紋子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,アヤコ
標題(和) 男性ホルモン受容体転写共役因子の分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 116265
報告番号 甲16265
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2295号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 助教授 吉田,稔
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 男性ステロイドホルモン(アンドロゲン)は、雄性生殖器官の形成や発育・維持、更に骨格筋などに対するタンパク質同化作用を示すことが知られている。また、脳の性分化や生殖行動など雄性的行動誘導に必須な因子である。アンドロゲンにはテストステロンやより高活性型の5α-ジヒドロテストステロン(DHT)が含まれており、いずれも核内受容体ファミリーに属するアンドロゲン受容体(AR)のリガンドとなる。ARは標的遺伝子上流のAR応答配列(ARE)に結合し、リガンド依存的に、標的遺伝子群の発現調節を行うリガンド誘導性転写調節因子である。ARはA〜Fの機能領域に分けられており、その転写活性化領域はN末端側のA/B領域とC末端側のE/F領域内の2箇所に存在すると考えられている。前者はAF-1と呼ばれ、リガンド非依存的でかつ構成的な転写活性化能を示し、後者はAF-2と呼ばれ、リガンド依存的な転写活性化能を示す。

 AF-2領域は核内受容体間で相同性が非常に高く、リガンド依存的であることから、その機能解析は先行してきた。その結果、ARを含む多くの核内受容体のAF-2にリガンド依存的に相互作用する転写共役因子として、ヒストンアセチル化活性を有するCBP/p300やp160ファミリータンパク質のSRC-1/TIF2を含む複合体が同定された。この複合体は、核内受容体と基本転写装置を橋渡しする。また、クロマチン構造を弛緩させることによって、プロモーター領域に転写調節因子を近づける作用を持つもので、共役転写活性化因子(コアクチベーター)に分類されている。しかしながらその発現は普遍的であること、また他の核内受容体のコアクチベーターとして作用することなどから、ARの時期・組織特異的な機能を担うコアクチベーターの存在が予想されている。

 一方、AF-1領域は核内受容体間で相同性は低く、その転写活性化能は細胞種特異的であることから、核内受容体が個々の特異性を発揮し、機能するための領域であると考えられている。従ってAF-1は、個々の核内受容体リガンド系が示す多様な生理作用をもたらす主たる機能を担うと考えられる。しかしAF-1の詳細な機能解析の遅れから、AR AF-1に作用するコアクチベーターはAF-2コアクチベーターと同一であるのか、または未知因子であるのかは明らかになっていない。従って、相同性の低いAF1に相互作用する転写共役因子を探索することが、アンドロゲンの生理作用メカニズムの解明に大きな手がかりを与えるものと考えられた。

 そこで本研究では、ARの転写調節機構を明らかにする目的にARAF-1の機能解析、更にARAF-1と機能的に相互作用してその転写活性化能に関与する因子の探索を行った。まずAF-2コアクチベーターであるCBP、SRC-1ならびにTIF2がAF-1に及ぼす効果を検討した。さらにARの特異的な共役因子を探索する目的で、ショウジョウバエにおける、ヒトAR(hAR)のリガンド依存的な転写制御解析の新たな系の確立を行った。ショウジョウバエの有用性は、生活環が短く、高等動物と同じシグナル伝達系を有しており、有用な系統が数多くそろっているため分子遺伝学的解析が可能なことにある。さらに、この系を用いてARに機能的に相互作用する転写共役因子のスクリーニングを試みた。

1.hAR AF-1転写活性化領域の解析

1-1. 既知コアクチベーターがhAR AF-1の転写活性化能に及ぼす影響

 AR AF-1の機能を調べる目的で、核内受容体AF-2共通コアクチベーター群のAR AF-1への作用を解析した。Chloramphenicol Acetyl transferase(CAT)アッセイにて、CBP、SRC-1ならびにTIF2とAR AF-1をCOS細胞内で一過的に発現させ(transient expression assay)、AR応答配列(ARE)下流のCATの酵素活性を指標に、AR AF-1の転写活性化能を測定した。その結果、CBP、SRC-1とTIF2の3者ともAF-1の転写活性能を2-3倍上昇させた。これより、AF-2コアクチベーター複合体構成因子群がAF-1にも相互作用することが明らかとなった。従ってこの複合体は、AF1とAF-2の協調効果において両者の橋渡し的役割を担っていると示唆された。

1-2.hAR AF-1内の転写活性化コア領域の同定

 AF-1内に存在する特定の転写活性化領域を同定するため、様々なAF-1内の欠損変異体を作製し、それらの転写活性能をCATアッセイにて調べた。さらにそれらを用いてCBPとTIF2の相互作用領域の同定を行った。その結果、144-251a.a.が転写活性化領域であることが明らかとなった。TIF2との相互作用部位はAF-1C末端側の405-556a.a.領域内に存在し、一方CBPはAF-1内の転写活性化領域を含む144-418a.aの広範囲な領域において作用することが明らかとなった。

 従って本研究により、AF-1内の転写活性化コア領域が144-251a.a.内に同定でき、この領域に相互作用するAF-1コアクチベーターの存在が示唆された。またCBPは、転写活性化領域に作用する未知因子と協調的に相互作用する因子である可能性が考えられた。

2.ショウジョウバエでのhARの発現及び転写系の確立

 同定したhAR AF-1転写活性化領域に結合する転写共役因子のスクリーニング法の確立をショウジョウバエにて試みた。そこで最初に、ショウジョウバエにおいてhARのリガンド依存的な転写活性化評価系の確立を行った。

2-1.hAR発現トランスジェニックショウジョウバエの作出

 ショウジョウバエでの組織特異的なhARの発現は、エンハンサートラップ法と酵母転写因子GAL4システムによるhAR遺伝子発現誘導系を組み合わせた方法を用いた。すなわち、エンハンサートラップ法により作製された組織特異的GAL4発現系統のハエ(ドライバー)と、GAL4結合エンハンサー配列(UAS)の下流につないだhAR cDNAをもつハエ系統(UAS-AR)とをかけ合わせる。次世代のハエ(GAL4-AR)では、GAL4遺伝子発現パターンに従って、hARの発現の誘導が期待される。具体的には、embryoならびにlarvaの体節でのGAL4発現を可能にするハエ系統Ptc(patched)-GAL4ドライバーとUAS-ARをかけ合わせた。UAS-ARショウジョウバエは、P転移酵素遺伝子を有するハエのembryoに、P因子と呼ばれるトランスポゾンにhAR遺伝子を組み込んだプラスミドをインジェクションして数系統のハエを作出した。ショウジョウバエのゲノム上におけるhAR遺伝子の挿入部位は、第2あるいは第3染色体上に組み込まれた。

 GAL4-ARのハエを用いてhARの発現確認を行ったところ、ノザン解析では約2.7kbのhAR転写産物が確認され、またウエスタン解析では約110kDaのhARタンパク質のバンドが検出できた。さらに免疫染色においては、embryoの体節においてhARタンパク質の期待される発現パターンを観察できた。

2-2.ショウジョウパエでのhARリガンド依存的な転写系の確立及びAF-1活性の検出

 次に、ハエで発現させたhARの転写活性能の評価系の確立を行った。まず、上流にAREを有するGFPレポーター遺伝子を導入したARE-GFPトランスジェニックを作出した。これとGAL4・ARとをかけ合わせ、リガンドを含むエサを与えて次世代のハエのembryoならびにlarvaでGFPの発現を調べた。GFPの発現はhARのリガンド依存的な転写活性能を反映する。その結果、PtcとHh(hedgehog)ドライバーを使用し体節に沿って、あるいはElav(embryonic lethal,abnormalvision)ドライバーを使用しはしご状神経系や脳等の神経系にhARを発現させ、アゴニストであるDHT投与した個体群において、上記組織特異的にGFPの発現が観察された。一方、アンタゴニストのhydroxy flutamide投与群ではhARの発現は見られるものの、GFPの発現は見られなかった。従ってアゴニスト依存的にGFPの発現が観察されたことにより、ショウジョウバエ内で発現させたhARはリガンド依存的な転写活性能を有することが明らかとなった。

 一方、同様の解析によりAF-1のみを有するhAR欠失変異体を発現する個体を解析したところ、リガンド非依存的なGFPの発現が観察された。そこで、動物細胞を用いて同定したAF-1内の転写活性化コア領域の機能を調べるため、AF-1欠損変異体発現個体を作出し、転写活性化能を検討した。その結果、欠損変異体発現個体においてGFP蛍光の減少(80%)が観察されたことにより、ハエ個体においても動物細胞内で同定した転写活性化コア領域がAF-1機能に重要であることが明らかとなった。

 以上、ショウジョウバエにおいてリガンド依存的な転写活性化機能を有するhARの発現系の確立に成功した。さらに、in vitro細胞系でのみhARはAF-1活性が認められていたが、in vitro個体系においてもhAR AF-1機能の存在を初めて証明できた。これらhARの転写活性化能は、ショウジョウバエの内在性転写共役因子が機能していると考えられた。従って、この系はhARの転写共役因子の探索に有効であると判断した。

3.ショウジョウバエコアクチベーターとhARの機能的相互作用

3-1.ショウジョウバエコアクチベーター欠損変異体がhARの転写活性化能に及ぼす影響

 hAR転写活性能に関与するショウジョウバエ内在性の転写共役因子を探索する目的で、ショウジョウバエにおいて同定されているコアクチベーターの欠損変異体を用いて検討した。その結果、ショウジョウバエCBP(dCBP)の変異体(nejire)とhAR発現個体から得られた次世代のハエでは、リガンド依存的なGFP発現量は約半分に低下した。さらにAF-1発現個体とnejireをかけ合わせた次世代のハエにおいてもGFP発現量は減少した。以上より、in vivoにおけるhAR全長ならびにAF-1の転写活性能にdCBPが必須であることが明らかとなった。

3-2.ショウジョウバエ培養細胞を用いたin vitroでの相互作用の検討

 ショウジョウバエ培養細胞株のSchneider細胞を用いて、dCBPのhARならびにhAR AF-1転写活性能への効果を調べた。その結果、dCBPは濃度依存的かつリガンド依存的にhAR及びhAR AF-1の転写活性化能を上昇させた。従って、dCBPはin vitroにおいてもhARの機能において必須であることが判明した。

4.まとめ

本研究では、外因性hARならびにhAR AF-1発現ショウジョウバエの作出に成功し、この系を利用して、ショウジョウバエ内におけるhARの転写活性化、特にhAR AF-1機能にdCBPが必須であることが明らかとなった。共役因子は複合体として作用するため、hARの転写活性化にはdCBP単独で作用したとは考えにくい。従って本法を用いて、hARならびにAF-1に作用する新たな転写共役因子の探索が可能であると考えられた。

 長年の研究により、ショウジョウバエには有用な系統がそろっている。中でも、ハエ染色体の各々異なる一部の領域を欠損している変異体が200種存在し、全染色体を網羅するこれら変異体群を総称してdeficiency kitという名で知られている。これらとhAR発現個体とをかけ合わせ、生まれたembryo内においてGFP発現を評価することで、hAR転写共役因子を分子遺伝学的に同定することが可能である。次に、そのヒトホモログを検索・単離し、動物細胞内でhAR転写共役因子としての機能解析が可能になるものと考えられる。

 さらに系を改良することで、hARを介したリガンド依存的な毒素因子誘導系で産卵数や生存率を評価すること、またはhARを介する増殖因子誘導系による表現型を調べることで、hAR転写共役活性化または抑制化因子の同定が可能であると考えられる。このようにショウジョウバエを利用する最大の利点は、ゲノム解読がほぼ終了しデーターべ一スが整っているため、cDNA単離が比較的簡単であることに加えて、in vitro実験系とは異なり個体での本来の生理機能を直接的に観察できる点にある。

 今後、本スクリーニング系を用い新規hAR転写共役因子を探索することで、アンドロゲンのARを介した転写調節機構が分子レベルで解明されるものと期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 男性ホルモン(アンドロゲン)は、雄性生殖器官の形成・維持、骨格筋に対するタンパク質同化作用の他に、脳の性分化や生殖行動など雄性的行動誘導に必須な因子である。アンドロゲンは標的細胞内に到達後、核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子のアンドロゲン受容体(AR)に結合し、標的遺伝子の発現を制御することで生理作用を発揮する。しかしながら、標的遺伝子の発現制御機構は不明である。そこで本論文は、ヒトAR(hAR)の転写制御機構を分子レベルで明らかにすることを目的とし、転写を活性化する共役因子に着目して行われた。

 一章を序論とし、核内受容体の転写制御機構を説明している。核内受容体はリガンド依存的に標的遺伝子上流の特異的応答配列に結合し、転写共役因子を介してシグナルを基本転写装置に伝える。核内受容体群の転写活性化領域は2箇所存在し、N末端側にAF-1、C末端側にAF-2と呼ばれる領域が存在する。AF-1はリガンド非依存的で、かつ構成的な転写活性化能を示し、AF-2はリガンド依存的な転写活性化能を示す。AF-2領域は核内受容体間で相同性が極めて高く、リガンド依存的であることから、その機能解析は先行してきた。その結果、多くの核内受容体AF-2にリガンド依存的に相互作用する共役転写活性化因子(コアクチベーター)複合体の存在が明らかにされた。

 一方、AF-1は核内受容体間で相同性は低く、その転写活性化能は細胞種特異的であることから、核内受容体が個々の特異性を発揮し、機能するための領域であると考えられる。しかし、その機能解析の遅れから、AF-1に作用するコアクチベーターは不明である。そこで本研究において、hARコアクチベーターの新たな探索系を構築した。

 二章において、hAR AF-1転写活性化コア領域の同定を行った。その結果、144-251a.a.がその転写活性に重要であることが判明し、その領域と相互作用するAF-1コアクチベーターの存在が示唆された。

 三章では、hARコアクチベーターの探索系を確立するため、ショウジョウバエにおいてhARのリガンド依存的な転写活性化評価系の確立を行った。ショウジョウバエの有用性は、核内受容体が発現し、機能していることと、有用な系統が多く存在する点にある。

 ARはショウジョウバエに存在しないため、トランスジェニックを作出した。ショウジョウバエでの組織特異的なhARの発現は、エンハンサートラップ法と酵母転写因子GAL4システムによる外来遺伝子発現誘導系を組み合わせた方法を用いた。また、hAR転写活性化能の検討には、GFPをレポーターとして使用した。上流にAR応答配列(ARE)を有するGFP遺伝子を導入した、ARE-GFPトランスジェニック個体と、hAR発現個体とをかけ合わせた。その際、エサにリガンドであるアンドロゲンを加えると、次世代のembryoとlarvaにおいてGFPの発現が観察された。一方、抗アンドロゲン投与群では、GFPの発現は見られなかった。従ってアゴニスト依存的にGFPが発現したことにより、ショウジョウバエで発現させたhARはリガンド依存的な転写活性化能を有することが明らかとなった。

 同様の解析により、hAR AF-1がショウジョウバエにおいて機能することが明らかとなった。これらhARの転写活性化能は、ショウジョウバエの内在性転写共役因子が機能していると考えられた。従って、この系はhARコアクチベーターの探索に有効であると判断した。

 四章において、hAR転写活性化能に関与するショウジョウバエの内在性転写共役因子を探索する目的で、ショウジョウバエコアクチベーターの欠損変異体を用いて検討した。その結果、in vivoにおけるhAR及びhAR AF-1の転写活性化能にショウジョウバエCBP(dCBP)が必須であることが明らかとなった。また、ショウジョウバエ培養細胞を用いたin vitro解析においても、hAR及びhAR AF-1の転写活性化能にdCBPが必須であることが判明した。しかしながら、共役因子は複合体として作用するため、hARの転写活性化にはdCBP単独で作用したとは考えにくい。従って、今後、多くの遺伝子欠損変異体を利用することで、hAR及びhAR AF-1に作用する新たなコアクチベーターを分子遺伝学的に同定することが可能である。

 以上本研究では、外因性hAR及びhAR AF-1発現ショウジョウバエの作出に成功し、更に、転写共役因子の新たな探索系の確立に成功した。この系は、他の転写因子解析にも適用できるため、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク