学位論文要旨



No 116267
著者(漢字)
著者(英字) Wellyzar,Sjamsuridzal
著者(カナ) ウェリザル,シャムスリザル
標題(和) 酵母時代を有する担子菌類の多相分類学的研究
標題(洋) Polyphasic Taxonomic Study of Yeast-producing Basidiomycetes
報告番号 116267
報告番号 甲16267
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2297号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 小柳津,広志
 筑波大学生物科学系 助教授 徳増,征二
内容要旨 要旨を表示する

 現在、担子菌酵母は34属220種が記載されている。その分類は形態と生理学的性質に基づくものであった。しかし、DNAレベルの比較によって、いくつかはその多系統性が指摘されている。酵母時代を有する担子菌類は系統的に多岐にわたり、担子菌類を構成する3つの系統群(サビキン類、クロボキン類、帽菌類の系統群)すべてに分布している。その分類体系の構築には多相分類学的なアプローチが不可欠である。本研究では、多相分類学的アプローチによりいくつかの担子菌酵母の系統進化的な解析を行った。

結果と考察

1.タイ由来の新規サビ菌類酵母の多相分類学的解析

 この研究で用いた酵母はタイにおいて生きている植物の葉表面より分離された。3つの株(33-lA-1,36-2A,36-2B)は担子菌の特徴を持つ。ピンクーオレンジ色のコロニー、ジアゾニウムブルーB(DBB)呈色およびウレアーゼ試験陽性、内分芽型出芽、多層細胞壁、そして隔壁を持つ後担子器に冬胞子を形成する。さらに、分子系統学的解析によると、これら3株はRhodotorula mimutaコンプレックスおよびテレオモルフ種Occultifur externusの系統群内において新たな系統を形成した。これら3株の特徴である主要糖組成としてグルコースを有することと主要ユビキノン系Q-9を持つことはR.minutaやO.externusには見られない。33-1A-1株は他の2株とは以下の点において異なる。LSU rDNAのD1/D2領域において2塩基、ITS領域において4塩基の違いがある。また、菌体糖組成としてマンニトールが少なく、炭素源の資化性のパターンに違いが見られた。よって、33-1A-1は36-2Aおよび36-2Bとは別種であると考えられる。36-2A株と36-2B株はSSU、LSU rDNA、ITS領域において同一塩基配列であったことより、同種であると考えられる。18-2A株 はピンク色のコロニー、DBB呈色およびウレアーゼ試験陽性、内分芽型出芽、多層細胞壁、主要糖組成としてマンノース、主要ユビキノン系Q-10、そして多室担子器に冬胞子をつくる。分子系統学的解析からこの株はR.minutaコンプレックス内のR.minutaと近縁であった。この株とR.minuta基準種は、LSU rDNAのD1/D2およびITS領域においてそれぞれ3塩基の違いがあった。多相分類学的研究に基づき、18-2A株に対しRhodotorulaの属新菌種を、33-1A-1、36-2A、362B株に対して新属を提唱する。これら4株はテレオモルフ時代を有することが示唆されたので、さらに有性時代の有無を確認することが必要である。

2.核SSU rDNA塩基配列に基づくシダ植物寄生性サビキンの系統学的位置の解明

 サビキン類は、宿主植物と共進化をとげたものと推定され、シダ植物に寄生する属が現存するサビキンの中で最も原始的であると考えられてきた。我々はシダ寄生サビキンとシダに寄生しないサビキンの核SSU rDNAの塩基配列を決定し、それらを比較することによりサビキン類の系統学的関係を解析した。系統樹によると、サビキン類は単系統であり、サビキン類系統に属する他の腐生性の酵母と系統群を形成した。シダ寄生サビキンの2属はサビキン類系統樹の初期に分岐した位置を占めてはおらず、単系統を形成しないことにより、これら2属は原始的ではないと考えられる。寄生菌類の系統進化と宿主植物の系統進化は一致しなかった。系統樹は菌類とその宿主植物との類縁性を反映していない。すなわち、寄生菌類とその宿主植物は独立に進化してきたと考えられる。この研究より、主としてその宿主植物、形態、生活環に基づいて推定されたシダ寄生サビキンがサビキンの中で最も原始的であるという系統学的な仮説は見直さなければならないと考える。

3.分子および形態的特徴によるクロボキン類におけるGraphiola phoenicisおよびG.cylindricaの系統学的関係

 Graphiolalesはヤシに寄生し生息域は熱帯および亜熱帯に限られる。Graphiolaの系統学的位置は菌類の放散と進化という観点から菌類学者に注目されてきた。主として形態学的データに基づいて本菌はいろいろとその分類学的位置を変えてきた。本研究において、我々はGraphiolaphoenicisおよびG.cylindricaの核SSU rDNA塩基配列を決めた。系統樹によると、この2つの種はクロボキン類の中でお互い最も近縁であった。しかし、形態的特徴により、G.cylindricaはGraphiola属より除かれることが示唆された。G.phoenicisのSSUrDNAには4つのグループ1イントロンの挿入が認められたが、G.cylindricaには存在しなかった。これらのイントロンは進化の過程において水平移動によって獲得されたものであると考えられる。これらのイントロンはG.phoenicisの同定の分子マーカーとして使える。

4.多相的分類学的アプローチの適用:帽菌類に属した“Taphrina”californicaと“Taphrina”maculansの系統学的位置

 “Taphrina”californica CBS 374.39および“Taphrina”maculans CBS427.69はDNAレベルおよび表現形質において担子菌類の性質を示した。すなわち、DBB呈色およびウレアーゼ試験陽性、内分芽型出芽、多層細胞壁、主要ユビキノンQ-10、G+C含量49.3mol%(CBS 374.39)、46.7mol%(CBS 427.69)、さらに細胞壁にキシロースを含んでいた。分子系統学的解析の結果、両株は互いに近縁であり、帽菌類のシロキクラゲ菌類(例えば、Tremella moriformis,T.globospora, Bullera alba,Cryptococcus neoformans)と系統群を形成した。すなわち、両株は古生子嚢菌類のTaphrinaに属さない。LSU rDNAのD1/D2領域の塩基配列比較によると、両株はシロキクラゲ菌類の酵母Trimorphomyces papilionaceous に最も近縁であった。両株はG+C含量において若干の相違が見られたが、SSU rDNAが同一配列であり、LSU rDNA D1/D2領域において1塩基の違いであったことより、同一種である考えられる。さらに、D1/D2領域において両株はT.papilionaceousと1塩基の相違があった。シロキクラゲ菌類に属する酵母の多くはマイコシンを生産し、さらにそれらのマイコシンにTaphrinaのいくつかの株は殺されることが報告されていることを考慮すると、おそらく、これら両株が分離されたときに混入しており、培養段階でTaphrinaを死滅させたと考えられる。

結論

 本多相分類学的研究により以下のことを明らかにした。(1)DNAレベルおよび表現形質を合わせて比較することにより、サビキン類系統群に属する新規の分類群を示すことができた。(2)形態や宿主植物に基づき分類同定されてきたサビキン類は必ずしも進化を反映したものではないことを明らかにし、分子系統学的解析により、系統進化を反映した分類多系の構築が可能であることを示した。(3)分子および形態的特徴によりクロボキン類に属するGraphiolaの2種の進化的関係を明らかにした。(4)“Taphrina”2種の誤同定を示し、その真の帰属を明らかにした。従来の分類学的解析では明らかにできなかった酵母時代を有する担子菌類の系統関係を多相分類学的研究により明らかにできた。熱帯地域由来の新規菌群の発見は熱帯地域の多様性を反映していると考えられる。

参考文献:

Sjamsuridzal W,Tajiri Y,Nishida H,Thuan TB,Kawasaki H,Hirata A,Yokota A,Sugiyama J(1997)Evolutionary relationships of members of the genera Tsphrina,Protomyces,Schizosaccharomyces, and related taxa within the archiascomycetes: integrated analysis of genotypic and phenotypic characters. Mycoscience 38,267-280

Sjamsuridzal W,Sugiyama J(1998)Detection of multiple insertions of group I introns in the nuclear small subunit ribosomal RNA genefrom the ustilaginomycete Graphiola phoenicis parasitic on palm.J Gen Appl Microbiol 44,355-360

Sjamsuridzal W,Nishida H,Ogawa H,Kakishima M,Sugiyama J(1999)Phylogenetic positions of rust fungi parasitic on ferns: evidence from l8S rDNA sequences analysis.Mycoscience 40,21-27

審査要旨 要旨を表示する

 担子菌酵母の分類はこれまで形態と生理学的性質に基づくものであった。しかし、DNAレベルの比較により、いくつかはその多系統性が指摘されている。酵母時代を有する担子菌類は系統的に多岐にわたり、担子菌類を構成する3つの系統群(サビキン類、クロボキン類、帽菌類の系統群)すべてに分布している。その分類体系の構築には多相分類学的なアプローチが不可欠である。本研究は、多相分類学的アプローチによりいくつかの担子菌酵母の系統進化的な解析を行ったもので5章より成る。第1章では本研究の背景について述べている。

 第2章ではサビ菌類酵母の多相分類学的解析について述べた。タイの生きた植物の葉の表面より分離された4株のサビ菌類酵母(33-1A-1,36-2A,36-2B,18-2A)は担子菌の特徴を持つ。ジアゾニウムブルーB(DBB)呈色反応およびウレアーゼ試験陽性、内分芽型出芽、多層細胞壁、そして隔壁を持つ後担子器に冬胞子を形成する。さらに、分子系統学的解析によると、33-1A-1,36-2A,36-2Bの3株はRhodotorula minutaコンプレックスおよびテレオモルフ種Occultifur externusの系統群内において独立した系統を形成した。これら3株の特徴である主要糖組成としてグルコースを有することと主要ユビキノン系Q-9を持つことはR.minutaやO.externusには見られない。33-1A-1株は他の2株とはLSU rDNAのD1/D2領域で2塩基、ITS領域で4塩基の違いがあり、また菌体糖組成、炭素源の資化性のパターンに違いが見られたことより、これらは別種と考えられた。36-2A株と36-2B株はSSU、LSU rDNA、ITS領域で同一塩基配列を持つことから、同種と考えられた。18-2A株はR.minutaと近縁であったが、R.minutaの基準株とLSU rDNAのD1/D2およびITS領域でそれぞれ3塩基の違いがあった。以上の結果に基づき、上記4株に対しRhodotorula属の新種とすることを提唱する。これら4株はテレオモルフ時代を有することが示唆されたので、さらに有性時代の有無を確認することが必要である。

 次に、核SSU rDNA塩基配列に基づくシダ植物寄生性サビキンの系統学的位置の解明について述べた。サビキン類はこれまで宿主植物と共進化をとげたものと推定され、シダ植物に寄生する属が現存するサビキンの中で最も原始的であると考えられてきた。本研究ではシダ寄生サビキンとシダに寄生しないサビキンの核SSU rDNAの塩基配列を決定し、それらを比較することによりサビキン類の系統学的関係を解析した。系統樹によると、サビキン類は単系統であり、サビキン類系統に属する他の腐生性の酵母と系統群を形成した。シダ寄生サビキンはサビキン類系統樹の初期に分岐した位置を占めてはいないことより原始的ではないと考えられる。寄生菌類の系統進化と宿主植物の系統進化は一致しないことより、寄生菌類とその宿主植物は独立に進化してきたと考えられた。この研究より、主としてその宿主植物、形態、生活環に基づいて推定されたシダ寄生サビキンがサビキンの中で最も原始的であるという系統学的な仮説は見直さなければならないと考える。

 第3章では分子および形態的特徴によるクロボキン類におけるGraphiola phoenicisおよびG.cylindricaの系統学的関係について述べた。Graphiolalesはヤシに寄生し生息域は熱帯および亜熱帯に限られる。Graphiolaの系統学的位置は主として形態学的データに基づいて色々とその分類学的位置を変えてきた。本研究で両菌種の核SSU rDNA塩基配列を決定し、系統樹を作成したところ、この2種はクロボキン類の中でお互い最も近縁であった。しかし、形態的特徴から、G.CylindricaはGraphiola属より除くべきことが示唆された。

 第4章では“Taphrina”californica CBS374.39と“Taphrina”maculans CBS427.69の系統学的位置について述べている。両株はDNAレベルおよび表現形質が担子菌類の性質を示した。すなわち、DBB呈色およびウレアーゼ試験陽性、内分芽型出芽、多層細胞壁、主要ユビキノンQ40、さらに細胞壁糖組成としてキシロースを含んでいた。分子系統学的解析の結果、両株は互いに近縁であり、帽菌類のシロキクラゲ菌類と系統群を形成した。すなわち、両株は古生子嚢菌類のTaphrinaに属さない。LSU rDNAのD1/D2領域の塩基配列比較によると、両株はシロキクラゲ菌類の酵母Trimorphomyces papilionaceousに最も近縁であった。両株はSSU rDNAが同一配列であり、LSU rDNA D1/D2領域において1塩基の違いであったことより、同一種と考えられる。

 第5章は考察である。

 以上、本論文は多相分類学の方法により酵母時代を有する担子菌類の系統関係を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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