学位論文要旨



No 116270
著者(漢字) 佐藤,英次
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,エイジ
標題(和) ネコヘルペスウイルス1型をベクターに用いたネコ免疫不全ウイルスワクチンの開発
標題(洋) Development of Feline Immunodeficiency VirusVaccines Using a Feline Herpesvirus Type 1 Vector
報告番号 116270
報告番号 甲16270
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2300号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 小野,寺節
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
内容要旨 要旨を表示する

 ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、1986年にアメリカで後天性免疫不全症(AIDS)様症状を呈したネコから初めて分離されて以来、世界各国でその感染が報告されている。FIVはヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同じくレトロウイルス科レンチウイルス属に分類され、CD4陽性細胞の減少、慢性の難治」性感染症の誘導、著明な削痩、貧血、日和見感染、腫瘍などのAIDS様症状を引き起こす。宿主に引き起こす症状がHIVと似ているばかりでなく、生物学的性状及び遺伝子構造もHIVと多くの相同性を有しているため、医学領域においてもHIVの動物モデルとしての有用性が期待されている。FIV分離株は非常に遺伝学的多様性に富んでおり、それは外被糖タンパクをコードするenvelope(env)遺伝子において顕著である。これはウイルス自身の性質(複製過程でエラーを生じやすい逆転写酵素)と宿主の免疫機構から免れるため変異体が生じた結果によるものと考えられる。またレトロウイルスが宿主に感染すると、宿主は生涯、そのウイルスを体内から駆逐できないとされている。FIVの感染および発症防御を目指した予防並びにFIV感染後の治療に関して今日まで多くの研究が行われているが、上記のウイルス学的性質によりその開発が困難なものになっている。これまで報告があった中で最も有効性の高いFIVワクチンはFIV感染細胞を不活化したもので、そのワクチンには、FIV抗原(特にEnv蛋白)が大量に含まれており、それが、ワクチンの有効性につながったと考えられている。しかしながら、そのワクチン検定において攻撃に用いたウイルスが、in vitroで継代を繰り返しネコへの感染効率が落ちていたこと、さらに他の株よりも中和されやすいということがその後明らかにされ、heterologousな株の攻撃に対する感染防御や長期免疫の誘導能等に疑問が持たれている。

 本研究では、FIVの感染および発症を防御できるようなワクチン開発を目的として、ネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)をベクターに用いてFIVの抗原蛋白(コア蛋白(Gag)およびEnv蛋白)を発現する組換えウイルスを構築し、その性状解析を行った。本論文の内容は以下の3章より構成されている。

 第一章 FIVのGag前駆体蛋白を発現する組換えFHV-1の構築

 本章では、新たなFHV-1ベクターの構築と、このベクターを用いたFIVのGag前駆体蛋白を発現する組換えFHV-1の作出を試みた。以前、横山らはFHV-1のthymidine kinase(TK)遺伝子中央部(450bp)を欠損させて弱毒化した組換えFHV-1(C7301dlTK)を作製したが、トランスファーベクターのconstruct上、外来遺伝子を効率よく発現させるためには、その欠損部位に挿入する外来遺伝子の翻訳産物をTKのN末端部との融合蛋白として発現させる必要があった。本章で用いる外来遺伝子の翻訳産物、FIVGag蛋白はN末端がミリスチン化され粒子形成される。Gag蛋白をTK蛋白と融合させることでミリスチン化が阻害されないように、C7301dlTKのTK遺伝子開始コドンを含むN末端部を削除した新たな組換えFHV-1(ddlTK)を作製した。次に、ddlTKのTK欠損部位に遺伝子相同性組換え技術を用いてFIV(TM2株)のGag蛋白をコードする遺伝子を挿入して組換えFHV-1(ddITKgag)を作出した。両ウイルスの組換えはPCR法及びSouthern blot法にて確認した。またin vitroにおける両ウイルスの増殖能は親株FHV-1のそれとほぼ同じであり、上述のような遺伝子欠損と遺伝子挿入によっても増殖能が変わらないことが示された。ddlTK-gagはin vitroにおいてイムノブロット法により、免疫原性を保持している50kDaの前駆体FIV Gag蛋白を発現することがわかった。また、ddlTK-gagによるGag蛋白の発現は間接蛍光抗体法(IFA)においても確認された。すなわち、本ベクターを用いると、外来遺伝子の翻訳産物が自然な状態で発現できることが示唆された。FIVのgag遺伝子はenv遺伝子に比べて変異が少ない上、FIVの発症防御に有効な細胞性免疫の標的にはGag抗原も含まれることから、本組換えウイルスddlTK-gagは有効なFIV生ワクチンの候補として考えられる。

 第二章 FHV-1gC promoterを用いた、組換えFHV-1におけるFIV Env蛋白の効果的な発現

 FIVのワクチン開発において、Gag蛋白の他にEnv蛋白も標的とする抗原として重要である。本章では、一章と同様にFHV-1ベクターを用いてFIVのEnv蛋白を発現する組換えウイルスの作出を試みた。FHV-1TK欠損株(C7301dlTK)のTK欠損部位にFIVEnv蛋白をコードする遺伝子を挿入し、組換えウイルス(dlTK-env)を得た。さらにEnv蛋白の発現効率を上げるため、このenv遺伝子の上流にFHV-1のgC promoterを挿入し、もう一つの組換えウイルス(dlTK(gCp)-env)を得た。両ウイルスの組換えの確認は、Southem blot法にて行った。またin vitroにおける両ウイルスの増殖は親株FHV-1のそれとほぼ同じであり、外来遺伝子の挿入によっても増殖能が変わらないことが示された。次に、これら組換えFHV-1がin vitroでFIVEnv蛋白をどのように、またどの程度発現しているのかを、抗FIV Env抗体を用い調べた。IFAにより、組換えウイルスの感染した細胞におけるEnv蛋白の発現形態が、イムノブロット法により主としてEnv蛋白130kDaを発現していることがわかった。酵素免疫抗体法(ELISA)によると、両組換えウイルスは親株のFIV(TM2株)よりも多くのEnv蛋白を発現しており、またdlTK(gCp)-envはdlTK-envよりも4倍以上のEnv蛋白を発現していることが明らかとなった。さらにフローサイトメトリー解析により、組換えウイルスの感染した細胞表面上にEnv蛋白が発現していることが示され、その発現は特にdlTK(gCp)-envにおいて著しかった。このEnv蛋白の細胞表面発現は、gC promoter下流に存在するFHV-1糖蛋白gCのシグナル領域(N-末端領域)とFIVのEnv蛋白がつながったfusionの効果であり、dlTK(gCp)-envによるEnv蛋白の大量発現はgC promoterによるものであることがわかった。FIVのEnv抗原は、宿主に中和抗体を誘導して主に感染防御免疫を誘導できる。以上のことより、dlTK(gCp)-envもGag発現組換えFHV-1と同様に有効なFIV生ワクチンの候補に挙げられる。

 第三章 FIVのGag蛋白を発現する組換えFHV-1のさらなる開発

 本章では、第一章で作製したddlTK-gagによるFIV Gag蛋白の発現能を高めるため、さらなる組換えFHV-1を作出し、ddlTK、ddlTK-gagと併せ、in vitroおよびin vivoにおける性状解析を行った。ddlTK-gagによるFIV Gag蛋白の発現効率を上げるため、このgag遺伝子の上流にFHV-1のgB promoterを挿入し、新たな組換えウイルス、ddlTK(gBp)-gagを得た。このウイルスのin vitroにおける増殖能は親株FHV-1とほぼ同じであった。ddlTK(gBp)-gagはin vitroにおいてイムノブロット法により、主として50kDaの前駆体FIV Gag蛋白を発現することがわかり、このGag蛋白発現はIFAにおいても確認された。ELISAによると、ddlTK(gBp)-gagはddlTK-gagよりも3倍以上のGag抗原を発現していることがわかり、Gag蛋白発現の増大に成功した。ddlTK(gBp)-gagとddlTK-gagについては、ネコにおける増殖性、安定性、及びFIVのGag蛋白に対する抗体誘導能を検討した。9週齢のSPFネコ各群2頭に、ddlTK、ddlTK-gagおよびddlTK(gBp)-gagを眼窩内、鼻内および口腔内におよそ3週間隔で3回接種した。その結果、免疫したネコに抗FIV Gag抗体の誘導は認められなかったが、接種した組換えFHV-1の感染はすべて成立しており、再分離されたウイルスにはTK遺伝子の復帰や挿入gag遺伝子の欠失などは見られず安定であった。また、これら組換えウイルスによる病原性は見られず、安全性も確認された。

 FHV-1は本研究のように弱毒化しても主として口腔や鼻腔等の粘膜で増殖するという特性から粘膜免疫を誘導でき、生ウイルスであるため外来挿入遺伝子の翻訳産物をnativeな形である程度持続的に発現するという特色を持っている。実際、これまでFHV-1をベクターに用いて作製された組換えウイルスのうち、ネコ白血病ウイルス、ネコカリシウイルスにおいてワクチンとしての有効性が確認されてきた。本研究で構築したGag発現組換えFHV-1はネコに抗FIV Gag抗体を誘導しなかったものの、いくつかのFIVワクチン研究では、抗FIV抗体非存在下でFIVの攻撃から防御できたという報告がある。また、組換えウイルスの感染性、安定性および安全性は接種したネコにおいて確認されたことから、このような組換えワクチン戦略はさらなる改良は必要であるが、理想的なFIVワクチン開発に向けて有用な知見を与えるものと考えられ、今後の発展に期待がもたれる。

審査要旨 要旨を表示する

 ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、レトロウイルス科レンチウイルス属に属し、後天性免疫不全症(AIDS)様症状を引き起こす。遺伝子構造などヒト免疫不全ウイルス(HIV)と多くの類似性があるため、HIVの動物モデルとして期待されている。FIV分離株は非常に遺伝学的多様性に富み、これはウイルス自身の性質と宿主の免疫機構から免れるため変異体が生した結果によるものと考えられる。またレトロウイルスが宿主に感染すると、生涯そのウイルスを体内から駆逐できず、FIVの感染および発症防御を目指した予防並びにFIV感染後の治療に関する研究が困難なものになっている。

 本研究では、有効なFIVのワクチン開発を目的として、ネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)をベクターに用いてFIVの抗原蛋白(コア蛋白(Gag)およびEnv蛋白)を発現する組換えウイルスを構築し、その性状解析を行った。本論文の内容は以下の3章より構成されている。

 第一章 FIVのGag前駆体蛋白を発現する組換えFHV-1の構築

 以前、横山らはFHV-1のthymidine kinase(TK)遺伝子中央部(450bp)を欠損し、弱毒化した組換えFHV-1(C7301dlTK)を作製したが、TK欠損部位に外来遺伝子を挿入するとトランスファーベクターのconstruct上、TK蛋白のN未端部と融合して発現していることが示された。外来遺伝子の翻訳産物が融合せず発現するようなFHV-1ベクターを作るため、C7301dTKのTK遺伝子開始コドンを含むN末端部を削除した新たな組換えFHV-1(dd1TK)を作製した。次に、ddlTKのTK欠損部位にFIV gag遺伝子を挿入して組換えEHV-1(ddlTK-gag)を作出した。invitroにおける両ウイルスの増殖能は親株FHV-1のそれとほぼ同じであった。ddlTK-gagはin vitroにおいてイムノブロット法により50kDaのFIV Gag前駆体蛋白を発現しており、間接蛍光抗体法(IFA)においてもGag蛋白発現が確認された。

 第二章 FHV-1.gC promoterを用いた、組換えFHV-1におけるFIV Env蛋白の効果的な発現

 本章では、第一章と同様にFIVのEnv蛋白を発現する組換えFHV4の作出を試みた。C7301dlTKのTK欠損部位にFIV env遺伝子を挿入し、組換えFHV-1(dlTK-env)を得た。さらにEnv蛋白の発現効率を上げるため、このenv遺伝子の上流にFHV-1のgC promoterを挿入し、組換えFHV-1(dlTK(gCp)-env)を得た。in vitroにおける両ウイルスの増殖能は親株FHV-1のそれとほぼ同じであった。IFAにより組換えFHV-1の感染した細胞におけるFIV Env蛋白の発現形態が、イムノブロット法により主として130kDaのEnv蛋白を発現していることがわかった。酵素免疫抗体法(ELISA)によりdlTK(gCp)-envはdlTK-envよりも4倍以上のEnv蛋白を発現しており、フローサイトメトリー解析では両組換えFHV-1の感染した細胞表面上にEnv蛋白が発現していることが示され、特にdlTK(gCp)-envにおいて著しかった。

 第三章 FIVのGag蛋白を発現する組換えFHV-1のさらなる開発

 本章では、第一章で作製したddlTK-gagによるFIV Gag蛋白の発現能を高めた組換えFHV-1を作出し、ddlTK,ddlTK-gagと併せ、in vitroおよびin vivoにおける性状解析を行った。ddlTK-gagのgag遺伝子の上流にFHV-1のgB promoterを挿入し、新たな組換えFHV-1、ddlTK(gBp)-gagを得た。FIV感染ネコ血清を用いたIFA、イムノブロット法、ELISAにより、FIV Gag蛋白発現の増大を確認した。次にSPEネコ各群2頭に、ddlTK、ddlTK-gagおよびddlTK(gBp)-gagを眼、鼻内および口腔内に3回接種したところ、免疫したネコに抗FIV Gag抗体の誘導は認められなかったが、組換えFHV-1の感染は成立しており、再分離されたウイルスは接種したものと同一で、安全性も確認された。

 以上本論文では、Gag発現組換えFHV-1を作製し、その感染性、安定性および安全性を確認したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク