学位論文要旨



No 116271
著者(漢字) 添田,知恵
著者(英字)
著者(カナ) ソエダ,チエ
標題(和) 哺乳類骨格筋の再生過程におけるc-ski遺伝子の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 116271
報告番号 甲16271
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2301号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

 筋衛星細胞は紡錘形の単核細胞であり、成体の骨格筋組織中では筋線維と基底膜との間に存在する。これらは成体骨格筋組織の発達及び再生に重要な役割を果たすことが知られている。成体内においては、筋衛星細胞は通常、休止状態にあり、さまざまな刺激により活性化される。この時、活性化された筋衛星細胞は筋前駆細胞と呼ばれ、増殖、分化して、新たな筋線維を形成、または付加できる。この機構によって、骨格筋組織は、発達及び組織の修復を行っている。

 骨格筋は、ターンオーバーの遅い組織であるにもかかわらず、再生能が高いことが知られている。しかし、筋衛星細胞の機能を制御する機構は複雑で、その詳細な機構の解析が多くの研究者の関心を集めている。

 一方で、c-ski遺伝子は、1987年に繊維芽細胞を筋細胞に形質転換させる能力をもつがん原遺伝子として同定された。c-ski遺伝子を導入したトランスジェニックマウスは、タイプIIb型(速筋型)の骨格筋が肥大する表現型を示す。また、そのノックアウトマウスでは、神経系及び、骨格筋の発生に異常が生じる。そのため、c-ski遺伝子は、骨格筋に関係の深い遺伝子であることが考えられるが、成体骨格筋におけるc-ski遺伝子の詳細な機能はほとんどわかっていない。最近では、転写調節因子としてさまざまな核内タンパク質と結合していることが報告されている。そのため、c-ski遺伝子産物は、従来考えられていた以上にさまざまな細胞種の増殖及び分化に関与し、多様な機能を持つことが示唆される。

 そこで、本研究では、哺乳類骨格筋組織に注目し、再生過程での骨格筋細胞におけるc-ski遺伝子の役割について検討した。

 まず、ラット大腿四頭筋に高濃度の塩化ナトリウム溶液を注入し、人工的に組織を破壊して、その後の再生過程を観察した。再生誘発から2日後には、壊死部組織に単核の細胞が集合し、3日後には、筋管細胞が形成され、2週間後には、ほぼ再生を完了することが組織学的に観察できた。そこで、この過程でのc-ski mRNAの発現変化をノーザンブロット法により解析した結果、c-ski mRNAの発現量は、再生から2日目に最大になり、その後減少することが示された。このとき、in situハイブリダイゼーション法により、c-ski mRNAが、壊死部組織に局在していることが判明した。さらに、免疫染色では、Skiタンパク質が増殖中の筋細胞内に発現していることが示されたため、Skiと筋細胞の増殖について検討することにした。

 ラット骨格筋組織由来の細胞株であるL6細胞を用いて、筋細胞におけるc-ski遺伝子の詳細な役割を検討した。培養系における筋細胞は、培養条件により、休止状態、増殖期及び分化期を誘導できる。L6細胞は、このうち、増殖期にもっともc-skimRNAの発現が高く、Skiタンパク質も増殖期にのみ、L6細胞の核内に局在がみられた。

 次に、増殖期の筋細胞におけるc-ski遺伝子の役割について検討するため、c-skiアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて、in vitroで増殖期の筋細胞に導入したところ、増殖が抑制される傾向がみられた。さらに詳細な解析をするために、c-skiアンチセンスRNA発現ベクターを構築し、筋細胞の増殖におけるc-ski遺伝子発現の抑制実験を行ったところ、L6細胞の増殖は、c-skiのアンチセンスを発現している細胞において、有意に低下ることが判明した。

 さらに、細胞の増殖が抑制された原因を追求するために、c-skiアンチセンスを発現させた筋細胞の細胞周期をFACScanを用いて解析したところ、アポトーシスを起こしている細胞群がみられた。また、TUNEL法を用いた場合にも、アンチセンスを発現している細胞内でのみ、アポトーシス細胞を検出できた。このことから、c-ski遺伝子の発現が増殖期の筋細胞の生存維持に関与することが示唆された。さらに詳細な解析をするために、EGFP-skiアンチセンスを発現するペクターを構築し、セルソーターを用いて、EGFP陽性細胞のみを回収し、アポトーシス関連遺伝子の発現を解析した。その結果、skiアンチセンスを発現している細胞内で、bcl-2遺伝子の発現が抑制されていることが確認された。このことから、c-ski遺伝子が、アポトーシス抑制遺伝子であるbcl-2に関与し、細胞の生存に関わる可能性が示された。

 以上のことから、骨格筋再生過程で発現が誘導されたc-ski遺伝子は、再生に重要な役割を果たす筋衛星細胞の増殖期における生存の維持において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 筋衛星細胞は紡錘形の単核細胞であり、成体の骨格筋組織中では筋線維と基底膜との間に存在する。これらは成体骨格筋組織の発達及び再生に重要な役割を果たすことが知られている。成体内においては、筋衛星細胞は通常、休止状態にあり、さまざまな刺激により活性化され、増殖、分化して、新たな筋線維が形成される。骨格筋は、ターンオーバーの遅い組織であるにもかかわらず、再生能が高いことが知られている。一方で、C-ski遺伝子は、1987年に線維芽細胞を筋細胞に形質転換させる能力をもつがん原遺伝子として同定された。c-ski遺伝子を導入したトランスジェニックマウスやそのノックアウトマウスによる解析から、c-ski遺伝子は、骨格筋に関係の深い遺伝子であることが考えらている。しかし、成体骨格筋におけるc-ski遺伝子の詳細な機能はほとんどわかっていない。最近では、転写調節因子としてさまざまな核内タンパク質と結合していることが報告されている。そのため、c-ski遺伝子産物は、従来考えられていた以上にさまざまな細胞種の増殖及び分化に関与し、多様な機能を持つことが示唆される。

 そこで、本研究では、哺乳類骨格筋組織に注目し、再生過程での骨格筋細胞におけるc-ski遺伝子の役割について検討した。

 第一章では、ラット大腿四頭筋に高濃度の塩化ナトリウム溶液を注入し、人工的に組織を破壊して、その後の再生過程を観察した。再生誘発から2日後には、壊死部組織に単核の細胞が集合し、3日後には、筋管細胞が形成され、2週間後には、ほぼ再生を完了することを組織学的に観察した。再生過程でのc-ski mRNAの発現変化を解析した結果、c-ski mRNAの発現量は、再生から2日目に最大になり、その後減少することを示した。また、c-ski mRNAが、壊死部組織に局在していることが判明した。さらに、免疫染色では、Skiタンパク質が増殖中の筋細胞内に発現していることが示されたため、Skiと筋細胞の増殖について検討した。

 ラット骨格筋組織由来の細胞株であるL6細胞を用いて、筋細胞におけるc-ski遺伝子の詳細な役割を検討した。培養系における筋細胞は、培養条件により、休止状態、増殖期及び分化期を誘導できる。L6細胞は、このうち、増殖期にもっともc-ski mRNAの発現が高く、Skiタンパク質も増殖期にのみ、L6細胞の核内に局在を見い出した。

 第二章では、増殖期の筋細胞におけるc-ski遺伝子の役割について検討するため、c-skiアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて、in vitorで増殖期の筋細胞に導入し、増殖が抑制される傾向を示した。さらに詳細な解析をするために、c-skiアンチセンスRNA発現ベクターを構築し、筋細胞の増殖におけるc-ski遺伝子発現の抑制実験を行い、L6細胞の増殖は、c-skiのアンチセンスを発現している細胞において、有意に低下ることを明らかにした。さらに、細胞の増殖が抑制された原因を追求するために、c-skiアンチセンスを発現させた筋細胞の細胞周期をFACScanを用いて解析し、アポトーシスを起こしている細胞群を見い出した。また、TUNEL法を用いた場合にも、アンチセンスを発現している細胞内でのみ、アポトーシス細胞を検出した。このことから、c-ski遺伝子の発現が増殖期の筋細胞の生存維持に関与することが示唆された。さらに詳細な解析をするために、EGFP-skiアンチセンスを発現するベクターを構築し、セルソーターを用いて、EGFP陽性細胞のみを回収し、アポトーシス関連遺伝子の発現を解析した。その結果、skiアンチセンスを発現している細胞内で、bcl-2遺伝子の発現が抑制されていることを確認した。このことから、c-ski遺伝子が、アポトーシス抑制遺伝子であるbcl-2に関与し、細胞の生存に関わる可能を示した。

 以上、骨格筋再生過程で発現が誘導されたc-ski遺伝子は、再生に重要な役割を果たす筋衛星細胞の増殖期における生存の維持において重要な役割を果たしていることを明らかにし、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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