学位論文要旨



No 116274
著者(漢字) 曺,再鉉
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,チェヒョン
標題(和) DNAメチル化による胎盤性ラクトジェンの発現調節
標題(洋)
報告番号 116274
報告番号 甲16274
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2304号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

背景

 胎盤は妊娠期間特有の母体生理環境の維持や調節、また胎児の発育に重要な役割を担う器官で、母体と胎仔の双方に作用する種々のホルモン等を妊娠時期に応じて分泌している。げっ歯類の場合、胎盤の機能を担っている栄養膜細胞の中で、主に栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞が内分泌細胞として機能している。妊娠環境の維持は、主に、これらの細胞が分泌する胎盤性プロラクチン(PRL)ファミリーに属している複数の胎盤性ラクトジェン(PL)によると考えられている。これらの分子は、胎盤で妊娠時期に応じて発現しており、組織特異的および時期特異的な転写制御を受けていると考えられる。

 当研究室において塩基配列が決定されたラット胎盤性ラクトジェンrPL-Iは、妊娠中期に栄養膜巨細胞のみで発現している。一方、rPL-Iと同じくPRLファミリーに属しているrPL-Ivは、rPL-IとcDNAの塩基配列で90%以上の相同性を持ちながらその発現時期が妊娠後期に特異的で、巨細胞と海綿状栄養膜細胞で発現する。この2つの遺伝子は、組織特異的および時期特異的な転写制御を研究する上で大変有用なモデルであると考えられる。

 哺乳類では、ゲノムDNAを構成する4種類の塩基の中で、特にCpG配列中のシトシンがメチル化されることが知られている。ゲノムDNAのメチル化は、遺伝子発現を制御する機構に関与していることが知られ、哺乳類の雌での片方のX染色体の不活化や、発現するアリルが親の性に依存しているゲノムインプリンティングなどに関わり、高等動物の発生・分化の過程における遺伝子発現調節機構の一つとして重要である。特に組織特異的遺伝子では転写活性化とDNAのメチル化が一般に負に相関している。一方、正の転写制御はプロモーター、エンハンサーなどに結合する転写制御因子によって行われている。本研究では、PLの分子の転写調節について、シトシンメチル化による制御と転写因子の結合の双方の観点から組織特異的および時期特異的な転写調節機構を明らかにすることを試みた。

第一章 Cloning and characterization of the 5'-flanking region of rPL-Iand rPL-Iv genes, and genomic structure of rPL-I gene.

 RT-PCRによって胎盤を含む複数の臓器(脳、心臓、腎臓、肝臓、筋、卵巣、下垂体、脾臓)におけるrPL-1およびrPL-Ivの発現を確認した。ノザンブロットで検出されるレベルでは胎盤特異的であることが報告されているが、より微量のRNAも検出可能なRT-PCRにおいてもやはりrPL-IおよびrPL-Ivは胎盤でのみ検出され、この遺伝子は極めて厳密に組織特異的な転写制御を受けていることが明らかになった。次に、rPL-Iのゲノム構造を調べた。翻訳開始コドンを含む5'末端および終止コドンを含む3'末端にそれぞれプライマーを設計し、ラットの腎臓から抽出したゲノムDNAを鋳型にしてPCRを行ったところ、5.5kbの断片を得ることができた。その断片を解析した結果、rPL-I遺伝子は5つのエクソンおよび4つのイントロンからなっていることが分かった。得られた塩基配列をもとにプライマーを設計し、カセットライゲーションPCR用、5'上流側3.5kbの断片を得ることができた。rPL-Ivの場合は、ラット肝臓ゲノムライブラリーからスクリーニングし、翻訳開始点より上流1.8kbの塩基配列を決定した。興味深いことに、rPL-IおよびrPL-Iv翻訳開始コドンの約700bp上流域まではお互いに85%の相同性があることが明らかになった。また、rPL-IおよびrPL-Ivの5'-上流領に特異的な領域をプローブにして、メチル化感受性酵素(Hha I)を用いたサザンブロッティングを行い、それぞれの上流領は組織特異的に非メチル化状態にあることか明らかになった。

第二章 DNA methylatiom regulates rat placental lactogen-I gene expression.

 PL-Iの転写制御に関しては、マウスPL-Iでは転写開始点から上流の300bpが必要で、AP-1およびGATAが関与していることが明らかにされている。しかしAP-1、GATAは共に胎盤特異的転写因子ではなく、これらの転写因子のみでrPL-Iの胎盤特異的発現を説明することは困難である。そこで本章では、組織特異的な転写制御に深く関与していると予想される5'上流領域のメチル化について解析することにした。メチル化感受性の制限酵素であるHha Iを用いたサザンブロッティングにより、rPL-1上流-1279のHha I部位が胎盤特異的に低メチル化状態にあることがわかった。さらに、そのHha I部位を含む、上流2.6kbに含まれる12ヶ所のCpGの胎盤、肝臓、脳下垂体におけるメチル化状態をメチル化されていないシトシンを特異的にウラシルに変換する方法であるBisulfite Genomic Sequencing法により解析した。その結果、-1279にあるCpG(Hha I部位)が胎盤特異的に非メチル化状態にあることが確認された。また、-189,-1181,-1309,-1790,-1807,-2309,-2348にあるCpGも胎盤特異的に低メチル化状態であることも明らかになった。

 これらのCpG配列を含む領域の、転写活性化における重要性を解析するために、翻訳開始点からそれぞれ498bp、1069bp、1402bp、2445bp、および3365bp上流までのrPL-I5'上流域をもつルシフェラーゼ発現コンストラクト(-498Luc、-1069Luc、-1405Luc、-2445Lucおよび -3365Luc)を作成し、Rcho-1細胞を用いたルシフェラーゼアッセイを行った。Rcho-1細胞はラット絨毛ガン由来細胞株でin Vitroで栄養膜細胞に分化しrPL-Iを発現するようになる。全てのコンストラクトが未分化Rcho-1よりも分化後のRcho-1でより高い活性を示したことから、少なくとも-498bpまでの領域に分化依存的にrPL-Iの発現を促進できるシスエレメントが存在することが明らかになった。また、-2445Lucは他に較べ分化依存的な発現促進活性が高く、rPL-I遺伝子5'上流1402から2445bpの間に、さらに転写を促進する部位が存在することが示唆された。

 次に、rPL-I遺伝子の発現制御へのメチル化の関与を調べるために、-498Luc、-2445Lucおよび-3365Lucをそれぞれin vitroでメチル化し、Rcho-1細胞を用いたルシフェラーゼアッセイを行った。-498Lucではメチル化による転写活性への影響が無かったのに対し、-2445Luc、-3365Lucではメチル化によって発現が有意に抑制された。よって、-498よりも上流の脱メチル化がrPL-Iの転写の活性化に重要だと考えられた。この結果は、サザンブロッティングおよびBisulfite sequenceにより得られた結果とよく一致する。メチル化した-2445Lucあるいは-3365Lucと共に、Methylcytosine-binding protein2(MeCP2)の発現ベクターを強制発現させると、これらの発現はさらに抑制された。この時、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のTSAで細胞を処理すると、転写活性の回復が見られた。

結論

 これらの結果より、rPL-I遺伝子の5'上流域は、発現している胎盤では低メチル化状態にあり、発現していない他の組織ではメチル化されていることを証明した。そして、rPL-I遺伝子の5'上流域のメチル化はMeCP2結合とヒストン脱アセチル化を介して、rPL-Iの発現を抑制していることが示唆された。以上、本研究ではrPL-I及びrPL-Iv遺伝子の組織特異的転写制御にメチル化が関与していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 胎盤性プロラクチン(PRL)ファミリーに属している複数の胎盤性ラクトジェン(PL)は、妊娠時期に応じて発現しており、組織特異的および時期特異的な転写制御を受けている。ラット胎盤性ラクトジェンrPL-Iは、妊娠中期に栄養膜巨細胞のみで発現している。一方、rPL-Iと同じくPRLファミリーに属しているrPL-Ivは、rPL-IとcDNAの塩基配列で90%以上の相同性を持ちながらその発現時期が妊娠後期に特異的で、巨細胞と海綿状栄養膜細胞で発現する。本論文は、これら二つの遺伝子の組織特異的および時期特異的な転写制御をDNAメチル化の観点から解析したもので、要約すると以下のようになる。

 まず、RT-PCRによって胎盤を含む複数の臓器(脳、心臓、腎臓、肝臓、筋、卵巣、下垂体、脾臓)におけるrPL-IおよびrPL-Ivの発現をしらべ、これらの遺伝子は共に極めて厳密に組織特異的な転写制御を受けていることが明らかになった。次にゲノム構造が調べられ、rPL-I遺伝子は5つのエクソンおよび4つのイントロンからなっていることを明らかにした。そして、rPL-I遺伝子の5'上流側3.5kbもクローニングした。rPL-Iv遺伝子も翻訳開始点より上流1.8kbの塩基配列を決定した。興味深いことに、rPL-IおよびrPL-Iv翻訳開始コドンの約700bp上流域まではお互いに85%の相同性があることが明らかになった。また、rPL-IおよびrPL-Ivの5'一上流域に特異的な領域をプローブにして、メチル化感受性酵素(Hha I)を用いたサザンプロッティングを行い、それぞれの上流域は組織特異的に非メチル化状態にあることか明らかになった。

 次にDNAメチル化によるrPL-Iの遺伝子発現機構が集中的に解析された、上流2.6kbに含まれる12ヶ所のCpGの胎盤、肝臓、脳下垂体における各CpGのメチル化状態を解析し、-189,-1181,1279,-1309,-1790,-1807,-2309,-2348にあるCpGも胎盤特異的に低メチル化状態であることも明らかになった。これらのCpG配列を含む領域の、転写活性化における重要性を解析するために、翻訳開始点から様々な長さの5'上流域をもつルシフェラーゼ発現コンストラクト(-498Luc、-1069Luc、-1405Luc、-2445Lucおよび-3365Luc)を作成し、ラット絨毛ガン由来細胞株Rcho-1細胞を用いたルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、全てのコンストラクトが未分化Rcho-1よりも分化後のRcho-1でより高い活性を示したことから、少なくとも-498bpまでの領域に分化依存的にrPL-Iの発現を促進できるシスエレメントが存在することが明らかになった。また、-2445Lucは他に較べ分化依存的な発現促進活性が高く、rPL-I遺伝子5'上流1402から2445bpの間に、さらに転写を促進する部位が存在することが示唆された。

 rPL-I遺伝子の発現制御へのメチル化の関与を調べるために、-498Luc、-2445Lucおよび-3365Lucをそれぞれin vitroでメチル化し、Rcho-1細胞を用いたルシフェラーゼアッセイを行った。-498Lucではメチル化による転写活性への影響が無かったのに対し、-2445Luc、-3365Lucではメチル化によって発現が有意に抑制された。よって、-498よりも上流の脱メチル化がrPL-Iの転写の活性化に重要だと考えられた。この結果は、サザンブロッティングおよびBisulfite sequenceにより得られた結果とよく一致する。メチル化した-2445Lucあるいは-3365Lucと共に、Methylcytosine-binding protein2(MeCP2)の発現ベクターを強制発現させると、これらの発現はさらに抑制された。この時、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のTSAで細胞を処理すると、転写活性の回復が見られた。

 これらの発見は、胎盤特異的な遺伝子発現がDNAメチル化によることを証明しており、組織特異遺伝子発現のエピジェネテックス機構として重要で、応用動物科学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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