学位論文要旨



No 116275
著者(漢字)
著者(英字) Debabrata,Biswas
著者(カナ) デバブラータ,ビスバス
標題(和) カンピロバクター・ジェジュニのINT-407細胞への付着性ならびに侵入性機構の研究
標題(洋) Study of mechanisms of adhesiveness and invasiveness of Campylobacter jejuni to INT-407 cells
報告番号 116275
報告番号 甲16275
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2305号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 松本,芳綱
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
内容要旨 要旨を表示する

 Campylobacter jejuniは世界的なヒト腸管感染症の主要な病原菌の1つである。C.jejuniの感染はしばしば急性の下痢、腹痛、発熱がみられ、糞便に血液や白血球が混入する。今までに病原因子として細胞付着性、細胞侵入性、トキシン産生性などが報告されているがC.jejuniの感染、発病のメカニズムについては未だに明らかにされていない。また、感染の初期段階で重要なC.jejuniと腸管上皮細胞との関係もC.jejuniの病原性の面からはほとんどほとんど理解されていない。そこで本研究ではC.jejuniの病原性のメカニズムを明らかにするため、C.jejuniと細胞の関係を種々の方向から検討した。

 第1章ではヒト臨床株と健康な動物由来株の細胞付着性ならびに細胞侵入性をINT-407細胞を用いて検査し、さらに細胞侵入メカニズムを明らかにする目的で各種細胞侵入阻害物質を用いて細胞侵入経路を検討した。第2章ではC.jejuniの侵入経路においてマイクロフィラメント(MF)とマイクロチュブル(MT)の関与を脱重合物質と共焦点レーザー顕微鏡を用いて広範囲に解析した。第3章では、C.jejuniとINT-407細胞の接着時に宿主細胞の蛋白がリン酸化反応を受けるかどうかを検討した。

 第1章において、ヒト臨床株27株と健康な動物の糞便から分離した5株の計32株のC.jejuniの細胞付着性と細胞侵入性の程度を比較検討した。Salmonella Typhimuriumを細胞侵入性のコントロールに、Escherichia coliを陰性コントロールに用いた。24穴組織培養用プレートの1穴当たり105のINT-407細胞の単層培養に107個の各Campylobacter株を2穴ずつ接種し、3時間培養後、1つは細胞付着菌数を、1つは細胞内菌数を測定した。細胞内菌数は250μ/mlゲンタマイシンを加えた培地で洗浄し、さらに3時間培養後、細胞を破砕し、血液寒天培地に接種した。また、細胞への侵入過程を調べるため、異なる阻害物質を培養細胞に菌を接種する1時間前に添加した。菌と細胞の付着状態は走査電子顕微鏡で観察した。

 その結果、32株中26株(81%)は投与菌数の0,0203〜0,5%以下で、6株(19%)は0.7416〜2.1714%の菌が細胞に付着した。INT-407細胞への侵入性は投与菌数の0.0012〜0.4226%のはばでみられ、2/32株(6%)では0.02%以下の低いレベルで、3/32株(9%)では高いレベル(0.20%以上)で侵入した。残り27株(85%)は中程度の0.0028〜0.1825%が侵入した。動物由来株には高度侵入性株はなく、高度侵入性株は全てヒト臨床株であった。細胞侵入性とトキシン産生性には特別な相関注はみられなかった。代表的な10株のC.jejuniのINT-407細胞への侵入性は5/10株でサイトカラシンD(MFの脱重合物質)により50〜78%の高いレベルで、2/10株では40%以下の低いレベルでの侵入阻止がみられた。

 一方、C.jejuniの7/10株の細胞侵入性はコルヒチン、デメコルシン、ノコダゾール(MTの脱重合物質)では40%以下の低いレベルで阻止されたが残りの3/10株は40〜66%で阻止された。コートピットフォーメーション阻害物質であるG-ストロファンチンとモノダンシルカダベリン、さらにエンドゾームアシディフィケーション阻止物質であるモネンシンではC.jejuniの細胞侵入は著しく減少した。また、走査電子顕微鏡の観察では、菌が細胞に接触した後INT-407細胞表面からシュードポッドの伸長が菌を囲むようにみられた。

 第2章では3株の高度侵入性のC.jejuniを用いてINT-407細胞へのC.jejuniの侵入におけるMFとMTの関与を詳細に検討し、さらにMFとMTの脱重合物質による細胞侵入阻止の濃度依存性について検討した。さらに、共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察のため、INT-407細胞をカバーグラスに発育させてC.jejuniを感染させた。感染細胞は抗アクチン、抗チュブリンと抗Campylobacter抗体で染色して観察した。

 その結果、サイトカラシンDとコルヒチン、ノコダゾールの濃度の上昇に反比例してC.jejuniの侵入が減少した。C.jejuniは感染1時間後には細胞周辺で観察された。菌は時間の経過とともに細胞内に移動し核周囲に接近した。また、MFとMTはC.jejuniによるINT.407細胞の侵入の間、菌と極めて近接した位置で観察された。

 第3章において、高度侵入性、中程度侵入性、低度侵入性のC.jejuniを用いてC.jejuniの細胞侵入時のチロシンリン酸化蛋白の役割について検討した。チロシンプロテインキナーゼ(TPK)の関与を検討するためにTPKとプロテインキナーゼCの広範な阻害物質であるスタウロスポリンとTPKに特異的な阻害物質であるトリフォスチン46とゲネスティンを用いた。宿主のC.jejuniにより誘導されたリン酸化蛋白はウエスタンイムノブロッティングにより検出し、感染細胞での再構築されたチロシンリン酸化蛋白は抗リン酸化チロシン抗体で染色し、蛍光顕微鏡で観察した。

 その結果、C.jejuniの細胞侵入はスタウロスポリンで67〜80%減少した。トリフォスチン46では84〜86%の減少、ゲネスティンでは95%以上の侵入阻止効果がみられた。しかしS.Typhimuriumではこのような侵入阻止効果はみられなかった。C.jejuni感染細胞ではチロシンリン酸化が誘導され、分子量170,145,90,60,55KDのライトンX-100可溶性の蛋白が出現した。この蛋白はゲネスティンの存在下では消失した。さらにチロシンリン酸化蛋白は付着した菌体に近接して存在した。

 以上の結果をまとめると、C.jejuniの腸管細胞への侵入性は株による差がみられ、ヒト臨床株では健康な動物由来株に比べて侵入性が強かった。INT-407細胞へのC.jejuniの付着は細胞表面にシュードポッドを誘導し、それが他の菌体の細胞表面への付着を助長した。C.jejuniの細胞侵入にはアクチンとチュブリンの重合が必要とされ、アクチンとチュブリンの重合は菌の付着部位にみられた。また、C.jejuniのINT-407細胞への侵入はコートピットフォーメーションやエンドサイトーシスの阻止,またエンドソームアシディフィケーションの阻害により阻止された。これらの結果はC.jejuniがコートピットフォーメーションに関与するレセプターと細胞骨格の接着を介して、エンドゾームを誘導することで細胞に侵入することを示唆した。TPK阻害物質による蛋白リン酸化の阻止はC.jejuniの細胞侵入を阻止した。また、C.jejuniの感染はINT-407にチロシンリン酸化されたいくつかのトライトンX-100可溶性の蛋白を誘導した。この蛋白はゲネスティン処理により消失した。さらに、蛍光顕微鏡による観察でチロシンリン酸化蛋白はC.jejuniの細胞内への侵入に付随していた。これらの結果は、C.jejuniがチロシンリン酸化を誘発し、細胞膜のラフリングとその結果生じるエンドゾームを誘導したことを示唆した。

 今回の実験結果と文献的知見から、C.jejuniの細胞内への侵入はいくつかの要因、つまり菌の活性化、菌の分泌する蛋白、ならびに活性化した細胞が関与していると考えられる。以下のようなC.jejuniの細胞侵入におけるメカニズムが考えられる。C.jejuniの細胞への付着により分泌される菌の蛋白は細胞のレセプターと相互作用して細胞を活性化する。この相互作用はTPKを活性化し、細胞内にチロシンリン酸化蛋白を誘導し、細胞骨格の重合を助長する。これらはレセプター蛋白と結合し、その結果、細胞膜蛋白がC.jejuniの細胞内侵入を誘導する。

 本研究で得られた結果から、C.jejuni細胞内侵入性のメカニズムは他の腸管感染菌に比べて複雑であることが明らかとなった。これらの知見はC.jejuniの病原性を解明し、さらにその結果としてC.jejuniの感染防御に寄与するものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 世界的なヒト腸管感染症の主要な病原菌の1つであるCampylobacter jejuniの感染、発病のメカニズムについては未だに明らかにされていない。本研究ではC.jejuniの病原性のメカニズムを明らかにするため、C.jejuniと細胞の関係を種々の方向から検討した。

 第1章ではヒト臨床株27株と健康な動物由来株5株の細胞付着性ならびに細胞侵入性をINT-407細胞を用いて検査し、さらに細胞侵入メカニズムを明らかにする目的で各種細胞侵入阻害物質を用いて細胞侵入経路を検討した。

 その結果、32株中26株(81%)は投与菌数の0.0203〜0.5%以下で、6株(19%)は0.7416〜2.1714%の菌が細胞に付着した。INT-407細胞への侵入性は投与菌数の0.0012〜0.4226%のはばでみられ、2/32株(6%)では0.02%以下の低いレベルで、3/32株(9%)では高いレベル(0.20%以上)で侵入した。残り27株(85%)は中程度の0.0028〜0.1825%が侵入した。動物由来株には高度侵入性株はなく、高度侵入性株は全てヒト臨床株であった。細胞侵入性とトキシン産生性には特別な相関性はみられなかった。代表的な10株のC.jejuniのINT-407細胞への侵入性は5/10株でサイトカラシンD(マイクロフィラメント:MFの脱重合物質)により50〜78%の高いレベルで、2/10株では40%以下の低いレベルでの侵入阻止がみられた。

 一方、C.jejuniの7/10株の細胞侵入性はコルヒチン、デメコルシン、ノコダゾール(マイクロチュブル:MTの脱重合物質)では40%以下の低いレベルで阻止されたが残りの3/10株は40〜66%で阻止された。コートピットフォーメーション阻害物質であるG-ストロファンチンとモノダンシルカダベリン、さらにエンドゾームアシディフィケーション阻止物質であるモネンシンではC.jejuniの細胞侵入は著しく減少した。また、走査電子顕微鏡の観察では、菌が細胞に接触した後INT-407細胞表面からシュードポッドの伸長が菌を囲むようにみられた。

 第2章では3株の高度侵入性のC.jejuniを用いてINT-407細胞へのC.jejuniの侵入におけるMFとMTの関与を詳細に検討した。MFとMTの脱重合物質による細胞侵入阻止の濃度依存性、さらに共焦点レーザー顕微鏡を用いてINT-407細胞へのC.jejuni感染を観察した。

 その結果、サイトカラシンDとコルヒチン、ノコダゾールの濃度の上昇に反比例してC.jejuniの侵入が減少した。C.jejuniは感染1時間後には細胞周辺で観察された。菌は時間の経過とともに細胞内に移動し核周囲に接近した。また、MFとMTはC.jejuniによるINT-407細胞の侵入の間、菌と極めて近接した位置で観察された。

 第3章において、高度侵入性、中程度侵入性、低度侵入性のC.jejuniを用いてC.jejuniの細胞侵入時のチロシンリン酸化蛋白の役割について検討した。

 その結果、C.jejuniの細胞侵入はチロシンプロテインキナーゼ(TPK)とプロテインキナーゼCの広範な阻害物質であるスタウロスポリンで67〜80%減少した。TPKに特異的な阻害物質であるトリフォスチン46とゲネスティンではそれぞれ84〜86%、95%以上の侵入阻止効果がみられた。しかしS.Typhimuriumではこのような侵入阻止効果はみられなかった。C.jejuni感染細胞ではチロシンリン酸化が誘導され、分子量170,145,90,60,55XDのトライトンX-100可溶性の蛋白が出現した。この蛋白はケネスティンの存在下では消失した。さらにチロシンリン酸化蛋白は付着した菌体に近接して存在した。

 以上の知見から、C.jejuniの細胞内への侵入はいくつかの要因、つまり菌の活性化、菌の分泌する蛋白、ならびに活性化した細胞が関与していることが強く示唆された。C.jejuniの細胞侵入におけるメカニズムは以下のように考えられた。C.jejuniの細胞への付着により分泌される菌の蛋白は細胞のレセプターとの相互作用により細胞を活性化する。この相互作用はTPKを活性化し、細胞内にチロシンリン酸化蛋白を誘導することで、細胞骨格の重合を助長する。これらはレセプター蛋白と結合し、その結果、細胞膜蛋白がC.jejuniの糸胞内侵入を誘導する。

 以上水研究は、C.jejuni細胞内侵入性のメカニズムが他の腸管感染菌に比べて複雑であることを明らかとし、C.jejuniの病原性メカニズムの解明により学術上、応用面でのC.jejuniの感染防御に寄与するものである。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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