学位論文要旨



No 116284
著者(漢字) 日柳,章彦
著者(英字)
著者(カナ) クサナギ,アキヒコ
標題(和) 経口トレランスにおける免疫担当細胞でのTGF−βスーパーファミリーの発現
標題(洋)
報告番号 116284
報告番号 甲16284
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2314号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
内容要旨 要旨を表示する

 TGF-β(transforming growth fador-β)は、生体内では、主に増殖抑制作用を示し、発生・分化・免疫系などにおいて多彩な生理作用を有することが明らかとなっている。TGF-β1ノックアウトマウスは、出生後2 3週間以内に、免疫調節異常を呈し、激しい炎症反応による多臓器不全で死亡すること力報告されており、TGFβ1は炎症抑制に本質的な役割を担っていることが伴明している。また、経口投与された抗原特異的な免疫抑制状態を引き起こす「経ロトレランス」においても、TGF-β1の関与が示唆されており、抗原を経口投与することにより、TGF-β1産生性のT細胞を誘導し、抗原特異的免疫抑制が誘導されると考えられている。また、TGF-βの属するTGF-βスーパーファミリーには、Activin、BMP(bone molphogenetic protein)2-4-7,nodal,leftyなど、個体発生に関与する様々な重要因子が含まれており、これらの因子は、一部TGF-βとレセプターを共有し、レセプターから核までのシグナル伝達因子であるSmad2、-3/-4を共有していることが知られている。そのため、ActivinやBMPにおいてもTGF-βと類似した細胞機能、その後の細胞応答が想定される。現在まで、in vivoで免疫担当細胞におけるTGF-βを中心とするTGF-βスーパーファミリーの働きを検討した研究は皆無に等しく、免疫系におけるTGF-βスーパーファミリーの機能は明らかとなっていない。そこで、本研究は、免疫系におけるTGFβスーパーファミリーの役割を明確にすることを目的とし、まず、第1章において、TGF-β1-2-3、BMP-2-4-7、それぞれに対応するレセプターとしてはTβR-l(ALK5)とTβR-II、BMPR-IA(ALK3)、BMPR-IA(ALK-6),ActR-IA(ALK2とActR-II、ActR-IIB、そして結合タンパクとしては、follistatin、Noggin、Chordinなど、現在明らかとなっている主要なTGF-β関連遺伝子について、免疫担当細胞でのmRNA発現をRT-PCR法により確認した。その結果、マウス脾臓由来のB細胞、T細胞においてBMP-2-/-7、レセプターのBMPR-IA(ALK3)、ActR-IA(ALK2)とActR-II、ActR-IIB、そして結合タンパクとしては、follistatin、Noggin、Chordinの発現が確認された。現在までに、BMPの免疫担当細胞における機能は知られておらず、骨形成や腹側中胚葉誘導、神経管の負の制御、アポトーシスなどの多彩な機能をもつBMPの新たな機能の存在が示唆された。

 現在まで、in vivoにおけるリンパ球のTGF-βやレセプターの定量実験は皆無に等しく、また、多種類の遺伝子の発現量を定量的に解折することは困難であり、免疫系細胞において、本研究のような関連遺伝子のカタログ化は、大変な労力が必要だと考えられている。しかし、定量的RT-PCR法を用いることにより、同一サンプルにおいて大量のmRNA定量解析が可能と考えられたことから、第2章、第3章で同手法を試みた。

 第2章では、免疫系が活性化を受けた状態、つまり卵白由来のタンパクであるオボアルブミン(OVA)による抗原刺激を受けた状態で、各リンパ球サブセットに発現するTGF-β1およびBMP-2/-7、そのレセプターおよび結合タンパクのmRNA量の変化を、定量的RT-PCR法を用いて、定量解析を行った。リガンドであるTGF-β1にはOVA免疫による変化は認められなかったが、TGF-βreceptor(1型およびII型ともに)のmRNAレベルの減少が確認された。TGF-β1のリンパ球における主な機能は、炎症性T細胞(Th1)の抑制である。この結果が何を意味するか、非常に興味深い。また、BMPの結果では、主にCD4+T細胞にBMPs、BMPレセプターおよびBMP結合タンパクの強い発現が確認され、B細胞では微弱な発現であり、CD8+T細胞においては、検出限界以下であった。さて注目すべき事に、OVA免疫により明らかにBMP-2/-7 mRNAの発現量が増加しており、特にBMP-2の増加は著しいものであった。そしてBMPレセプターであるALK-2とActR-IIBもOVA免疫により、著しいmRNA発現量の増加が認められた。またBMPの結合タンパクであるfollistatinとChordinのmRNA発現はOVA免疫によりわずかな減少傾向が確認された。このことから、BMP-2/-7、特にBMP-2がリンパ球の免疫応答時のCD4+T細胞活性化に関与している可能性が示唆された。

 第3章では、主にTGF-β1の抗原特異的免疫抑制機能に着目し、アレルギーや自己免疫疾患の画期的治療法として、日米で臨床応用され注目を集めている経ロトレランスの実験系を用い、TGF-β1の免疫抑制機能を、リガンド、レセプターのnRNAレベルを定量的RT-PCR法を用いることにより解析した。in vitroの実験系では、経ロトレランス誘導時には、TGF-β1量が増加するとの報告があるが、in vivoでの実験では、そのような結果は今まで報告されていない。今回、我々の結果では、従来の結果同様リガンドであるTGF-βIのmRNA発現量に変化は確認されなかったが、特にCD4+T細胞においてTGF-βの1型およびII型レセプターの発現に増加頃向が見られた。これは、TGF-β1の免疫抑制機能のコントロールを、レセプターが調節している可能性が考えられる非常に興味深い結果であり、経ロトレランス誘導の主体がCD4+T細胞であるとの報告に一致している。続いて、この経ロトレランスの系で本当にTGF-β1が免疫抑制に働いているかを調べるために、経ロトレランス群から得られたCD4+T細胞をTGF-β1の存在/非存在下で培養し、BrdU-ELISAにより、CD4+T細胞の増殖を検討した。その結果、明らかに経ロトレランスの系で、TGF-β1の増殖抑制が証明された。

 以上のように、本研究は、カタログ化により、TGF-βスーパーファミリーの免疫機能を明確にしただけではなく、「経ロトレランス」を利用した抗原特異的免疫抑制の応用に重要な基礎的知見を与えた。今後、さらにTGF-βやBMPのシグナル伝達の研究を進め、BMPの免疫系に対する機能解析や、TGF-βレセプターの免疫機能調節の明らかな証拠を提供できればと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、免疫系におけるTGF-βスーパーファミリーの働きを明確にすることを目的とし、OVA抗原刺激/経ロトレランスの系を用いて、主要TGF-β関連遺伝子を定量的RT-PCR法にて解析したものである。

 まず、第1章において、TGF-β1/-β2/-β3、BMP-2/-4/-7、それぞれに対応するレセプターとしてはTβR-I(ALK5)とTβR II 、BMPR-I A(ALK3)、BMPR-I A(ALK-6)、ActR-I A(ALK2)とActR-II、ActR-II B、そして結合タンパクとしては、Follistatin、Noggin、Chordinなど、現在明らかとなっている主要なTGF-β関連遺伝子について、免疫担当細胞でのmRNA発現をRT-PCR法により確認した。その結果、マウス脾臓由来のB細胞、T細胞においてBMP-2-/-7、レセプターのBMPR-IA(ALK3),ActR-IA(ALK2)とActR-II,ActR-II B、そして結合タンパクとしては、Follistatin、Noggin、Chordinの発現が確認された。現在までに、BMPの免疫担当細胞における機能は知られておらず、骨形成や腹側中胚葉誘導、神経管の負の制御、アポトーシスなどの多彩な機能をもつBMPの新たな免疫学的機能の存在が示唆された。

 第2章では、免疫系が活性化を受けた状態、つまり卵白由来のタンパクであるオボアルブミン(OVA)による抗原刺激を受けた状態で、各リンパ球サブセットに発現するTGF-β1およびBMP-2/-7、そのレセプターおよび結合タンパクのmRNA量の変化を、定量的RT-PCR法を用いて、定量解析を行った。

リガンドであるTGF-β1にはOVA免疫による変化は認められなかったが、TGF-βレセプター(I型/II型)のmRNAレベルの減少が確認された。また、BMPの結果では、主にCD4+T細胞にBMPs、BMPレセプターおよびBMP結合タンパクの強い発現が確認され、OVA免疫により明らかにBMP-2/-7mRNAの発現量が増加しており、特にBMP-2の増加は著しいものであった。そしてBMPレセプターであるALK-2とActR-II BもOVA免疫により、著しいmRNA発現量の増加が認められた。またBMPの結合タンパクであるFollistatinとChordinのmRNA発現はOVA免疫によりわずかな減少傾向が確認された。このことから、BMP-2/-7、特にBMP-2がリンパ球の免疫応答時のCD4+T細胞活性化に関与している可能性が示唆された。

 第3章では、主にTGF-β1の抗原特異的免疫抑制状態を誘導する「経ロトレランス」の実験系を用い、TGF-β1の免疫抑制機能を、リガンド、レセプターのmRNAレベルを定量的RT-PCR法を用いることにより解析した。リガンドのTGF-β1mRNAは、経ロトレランス誘導による変化は認められなかったが、TGF-βレセプター(I型/II型)のmRNAレベルに、機能抑制(経ロトレランス)誘導により、有意な増加が確認された。

 総括では、TGF-β1レセプターのダウンレギュレーションにより、抗原特異的な免疫応答にブレーキがかからず、速やかな抗体産生が起こり、そしてTGF-β1レセプターのアップレギュレーションにより、抗原特異的な免疫抑制が誘導されるという仮説を想定した。

 本論文によって、BMPの新たな免疫系での機能の可能性が示唆された。そして、TGF-βの炎症抑制作用にTGF-βのレセプターによる調節機構の可能性が示唆された。TGF-βスーパーファミリーのカタログ化により、TGF-βスーパーファミリーの免疫機能を明確にしただけではなく、「経ロトレランス」を利用した抗原特異的免疫抑制の応用に重要な基礎的知見を与えた。よって、審査委員-同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク