学位論文要旨



No 116286
著者(漢字) 鈴木,道雄
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ミチオ
標題(和) DBA/1JマウスのII型コラーゲン誘発関節炎における骨・関節破壊の機序に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological studies on the mechanisms of bone and joint destruction in type II collagen-induced arthritis in DBA/1J mice
報告番号 116286
報告番号 甲16286
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2316号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 久和,茂
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 慢性関節リウマチ(RA)は、ヒトの自己免疫疾患の一つであり、世界中で多くの患者がRAとの闘いを続けている。RAに対しては、抗炎症薬を中心とする内科的療法や、人工関節置換術等の外科的療法が用いられているが、根本的な治療法は未だ開発されていない。RAは免疫的な機序によって発症するが、慢性経過を辿る本疾患では、関節局所における骨・軟骨の破壊が、患者のクオリティ・オブ・ライフの低下を招く主な原因となっている。そこで、著者はRAの疾患モデル動物であるII型コラーゲン(CII)誘発関節炎マウス(CIA)を用いて、骨・関節破壊の機序について病理学的に検索した。本論文は3章から成るが、以下に各章の要旨を記載する。

第1章:関節病変に関する免疫組織化学的検索

 CIAの関節病変部における血漿タンパクおよび細胞外基質(ECM)ならびに細胞接着分子の局在に関する免疫組織化学的検索を行った。C II感作後6週目頃から肉眼的に関節部の発赤や腫脹が認められた。免疫組織化学的には、発症早期病変として、滑膜および関節軟骨表面あるいは関節腔内へのフィブリン、IgG、フィブロネクチンおよびvon Willebrand factor(vWF)の沈着が認められた。また、滑膜が重層化し、関節軟骨表面へと伸展する像が観察された。滑膜細胞周囲ではIV型コラーゲン、ラミニンおよびフィブロネクチンが陽性であった。滑膜下では血管新生が認められ、新生血管の内皮にはintercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)の発現が認められた。また、好中球を中心とする炎症細胞浸潤も認められ、浸潤細胞はlymphocyte function-associated antigen-1(LEA-1)を発現していた。病変部では次第に滑膜の増生が顕著となり、パンヌスが形成された。パンヌス内では顕著な毛細血管新生および好中球を主体とする炎症細胞浸潤が認められた。炎症細胞浸潤の強い部位および関節軟骨表面でフィブロネクチンが陽性を示したほか、パンヌスのマクロファージ様細胞周囲および毛細血管基底膜でIV型コラーゲンおよびラミニンが陽性を示した。ICAM-1は毛細血管内皮で陽性であった。vWFはパンヌスの表層部および少数の毛細血管で陽性を示した。IgGはパンヌスの関節腔面表層部および関節軟骨表面で陽性であった。関節軟骨表面を覆ったパンヌスは、軟骨組織を侵食して軟骨および軟骨下骨を破壊し、同時に、骨膜面からも骨を侵食して骨髄内に侵入し、骨髄炎を起こした。こうした軟骨・骨の破壊部およびパンヌスの関節腔面表層部のマクロファージ様細胞はライソザイム強陽性で、これらの部位ではフィブロネクチンも強陽性を示した。また、骨破壊部では破骨細胞の増数が認められた。軟骨および骨では破壊像に混在して再生像も認められた。この段階においても、前述した血漿タンパクの沈着および炎症細胞の浸潤が、関節腔内、パンヌスの関節腔面表層部および軟骨・骨の破壊部で認められた。さらに時間が経過すると、炎症は消退し、関節は再生軟骨・骨による強直像を呈した。再生軟骨組織の表面にはIgGおよびフィブロネクチンの沈着が引き続き認められた。

 発症早期病変で血漿タンパクの関節腔内への滲出が認められたことから、関節局所で早期に血管透過性の亢進が起きていることが示唆された。また、関節局所へのIgGの沈着がClAの発症および炎症の持続に重要な役割を果たしていることが示唆された。上記の血漿タンパク、ECMおよび細胞接着分子の局在に関する所見は、RAにおける所見と共通点が多く、CIAはRAのモデル動物としての有用性が高いことが示された。

第2章:破骨細胞系細胞の動態

 CIAの関節局所病変における破骨細胞の局在について、酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRAP)に対する酵素組織化学的検索を行った。その結果、発症早期病変では、滑膜増生・重層化部および骨髄腔の紡錘形細胞増生部で、単核の類円形あるいは紡錘形のTRAP陽性細胞が散見され、進行期病変では、それに加えて、パンヌス・骨接触部で多数のTRAP陽性の単核細胞および多核の破骨細胞様細胞が認められた。単核のTRAP陽性細胞は破骨細胞の前駆細胞であると考えられた。ついで、上記の結果を基に、破骨細胞がマクロファージ系細胞由来であることを踏まえて、マクロファージ系および破骨細胞系の各種のマーカーを用いて検索した。その結果、nonspecific esterase(NSE)、F4/80およびMac-2の各陽性細胞が、早期病変の滑膜増生・重層化部および骨髄腔の紡錘形細胞増生部ならびに進行期病変のパンヌスでび漫性に認められた。この中ではNSE陽性細胞数が最も多く、また、F4/80とMac-2の局在は大きく異なっていた。パンヌス・骨接触部では、F4/80陽性細胞と比べてMac-2陽性細胞の方が多く認められた。cathepsinKは滑膜増生・重層化部およびパンヌスの単核の類円形および紡錘形細胞の一部ならびに多核の破骨細胞様細胞で陽性であった。パンヌス・骨接触部では特に多数のcathepsinK 陽性細胞が認められた。同陽性細胞は連続切片上でTRAPおよびMac-2と共陽性を示したが、この3種のマーカーの中では、cathepsinK 陽性細胞が最も少数であった。

 さらに、破骨細胞の分化誘導に重要な役割を有するとされるReceptor Activator Nuclear Factor κ B(RANK)とReceptor Activator Nuclear Factorκ BLigand(RANKL)経路の、CIAにおける関節破壊への関与について検討するため、免疫組織化学的な検索を行った。その結果、これらの陽性細胞は、早期病変の滑膜増生・重層化部では少数であった。一方、パンヌス・骨接触部では類円形あるいは紡錘形の単核細胞および多核の破骨細胞様細胞でRANKおよびRANKLの陽性像が認められた。また、RANKのdecoy receptorであり、破骨細胞の分化抑制作用を有するOsteoprotegerin(OPG)陽性細胞の局在は、上記のRANKおよびRANKL陽性細胞のそれと類似していた。

 上記の結果から、CIA関節病変局所では発症の早期から破骨細胞の形成が亢進していること、パンヌス・骨接触部でその分化・活性化の亢進が著しく、CIAにおける骨・関節破壊には破骨細胞が主要な役割を果たしていることが示唆された。また、破骨細胞の前駆細胞では、NSEおよびMac-2、ついでTRAP、さらにcathepsinKの順に陽性となることが明らかになった。cathepsinKはMac-2およびTRAPと比べてより分化の進んだ段階で発現するため、破骨細胞系細胞の検索に有用であると考えられた。RANKおよびRANKLは多くの細胞で発現が認められ、RANK/RANKL経路がCIAにおける破骨細胞の形成の亢進に関与しているものと考えられた。また、OPGはCIAにおける骨吸収を抑制する因子として、病変の進行を制御しているものと考えられた。

第3章:破骨細胞形成亢進因子の動態

 破骨細胞の分化誘導には、RANK/RANKL経路を介した前破骨細胞と骨芽細胞系細胞間の細胞間接触が重要であることが報告されている。そこで、CIA関節病変局所における骨芽細胞系細胞の動態を、アルカリフォスファターゼ(ALP)に対する酵素組織化学的検索によって検討し、第2章で述べたRANK、RANKLおよび破骨細胞分化抑制因子であるOPGの局在と併せて検討した。その結果、パンヌス・骨接触部ではその境界部に多数のALP陽性細胞が重層化して認められた。パンヌスの骨から離れた部位や早期病変の滑膜増生・重層化部では、ALP陽性細胞は認められなかった。また、パンヌス・骨接触部では多数のRANKL陽性細胞が認められた。RANKL陽性細胞はALP陽性細胞よりも広範に認められた。RANKおよびOPG陽性像もパンヌス・骨接触部で広範に認められた。早期病変の滑膜増生・重層化部でも若干のRANK、RANKLおよびOPGの陽性像が認められた。

 上記の結果から、CIA骨破壊病変局所では、破骨細胞系細胞とともに骨芽細胞系細胞の形成も亢進していることが示された。また、成熟破骨細胞の増生部が骨芽細胞系細胞の増生部に限局していたことから、骨芽細胞系細胞の増生が破骨細胞系細胞の形成亢進に関与していることが示唆された。RANK/RANKL経路は破骨細胞系細胞の形成亢進への関与に加え、その広範な局在は、RANKがアポトーシス抑制作用を持つことから、破骨細胞のみならず、CIA関節局所における様々な細胞の活性化を反映している可能性が考えられた。

 上述したように、本研究によって、CIAマウスの骨・関節破壊の機序および破骨細胞系細胞の動態が明らかにされ、CIAマウスのRAモデル動物としての有用性がより明確にされた。CIAマウスは将来、RA治療薬の薬効評価系としての活用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 慢性関節リウマチ(RA)はヒトの自己免疫疾患で、様々な治療が行われているが、根本的な治療法は未だ開発されていない。申請者はRAの疾患モデル動物であるII型コラーゲン(C II)誘発関節炎マウス(CIA)を用いて、骨・関節破壊の機序について病理学的に検索し、治療法研究に有用な成果を得た。

 まずはじめに、CIA関節病変の病理組織学的検索および病変部における血漿タンパク(SP)、細胞外基質(ECM)、細胞接着分子の局在についての検索を行った。早期病変として、滑膜の重層化が観察された。滑膜、関節軟骨表面にはフィブリン、IgG、フィブロネクチンおよびvon Willebrand factorの沈着が認められた。滑膜細胞周囲ではIV型コラーゲン(CIV)、ラミニンおよびフィブロネクチンが陽性であった。その後パンヌスが形成され、パンヌス内の炎症細胞浸潤部位および関節軟骨表面でフィブロネクチンが、またマクロファージ様細胞周囲および毛細血管基底膜でCIVおよびラミニンが陽性であった。IgGはパンヌスの関節腔面表層部および関節軟骨表面で陽性であった。パンヌスは、軟骨および軟骨下骨を破壊し、骨を侵食して骨髄内に侵入し、骨髄炎を起こした。こうした軟骨・骨の破壊部およびパンヌスの関節腔面表層部のマクロファージ様細胞はライソザイム強陽性で、この部位はフィブロネクチンにも強陽性を示した。また、骨破壊部には破骨細胞の増数が認められた。さらに時間が経過すると、炎症は消退し、関節は再生軟骨・骨による強直像を呈した。こうしたSP、ECMおよび細胞接着分子の所見は、ヒトRAにおける所見と共通点が多く、CIAはRAのモデル動物としての有用性が高いことが示された。

 次に、破骨細胞のマーカーである酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRAP)に対する酵素組織化学的検索を行った。その結果、早期病変では、滑膜増生部および骨髄で、単核の類円形あるいは紡錘形のTRAP陽性細胞が散見され、進行病変では、それに加えて、パンヌス・骨接触部でも多数のTRAP陽性細胞が認められた。また、マクロファージマーカーである非特異エステラーゼ(NSE)、F4/80およびMac-2の各陽性細胞が、早期病変の滑膜増生部と骨髄および進行病変のパンヌスでび慢性に認められた。さらに、cathepsinK(cK)は滑膜増生部およびパンヌスの単核類円形および紡錘形細胞の一部ならびに多核の破骨細胞様細胞で陽性であった。とくにパンヌス・骨接触部では多数のcK陽性細胞が認められた。上記の結果から、1)CIA関節病変局所では発症の早期から破骨細胞の形成が亢進していること、2)CIAにおける骨・関節破壊には破骨細胞が主要な役割を果たしていることが示唆された。

 さらに、CIA関節病変局所における骨芽細胞の動態を、アルカリフォスファターゼ(ALP)に対する陽性像をマーカーとして検索したところ、パンヌス・骨接触部で多数のALP陽性細胞が多核の破骨細胞様細胞に接して認められたが、パンヌスの骨から離れた部位や早期病変の滑膜増生・重層化部ではALP陽性細胞は認められなかった。またRANKL、RANKおよびOsteoprotegerinの局在を免疫組織化学的に検索したところ、これらの陽性細胞は、早期病変の滑膜増生・重層化部では少数であったが、パンヌス・骨接触部で多数認められた。上記の結果から、CIA骨破壊病変局所では、破骨細胞系細胞とともに骨芽細胞の形成も亢進していることが示され、骨芽細胞の増生が破骨細胞系細胞の形成亢進に関与していることが考えられた。さらにRANKL/RANK経路は破骨細胞系細胞の分化亢進に加えて、CIA関節局所における種々の細胞の活性化に関与している可能性が考えられた。

 本研究の成果によりCIAマウスを用いたRA治療薬の薬効評価系が確立された。したがって、審査委員一同は申請者が博士(獣医学)の学位を授与されるにふさわしいと判断した。

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