学位論文要旨



No 116291
著者(漢字) 松本,光史
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ミツヒト
標題(和) 牛赤血球膜Protein 4.2の多型性に関する研究
標題(洋)
報告番号 116291
報告番号 甲16291
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2321号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 農林水産省九州農業試験場畜産部 部長 假屋,堯由
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳動物赤血球のProtein 4.2は、膜タンパク質総量の5%を占める主要膜構成タンパク質のひとつであり、分子量70-80kDaの単一分子として検出される。約10種のヒトProtein4.2の遺伝子異常が知られ、それぞれのホモ接合型ではProtein 4.2の欠損と球状赤血球症等の赤血球形態異常が生じる。またヒトや牛のバンド3欠損に起因する遺伝性球状赤血球症では、バンド3含量の減少の程度に応じて、Protein4.2含量の低下が同時にみられる。さらにヒトの遺伝性有口赤血球症の一部では、正常な72kDaのProtein4.2分子に加え、74kDaの変異分子の出現も知られている。これらの知見から、Protein 4.2は陰イオン交換輸送体であるバンド3に結合して膜に存在し、バンド3-アンキリン-スペクトリン間連結を強め、赤血球膜の安定化に寄与すると推測されている。しかしながら、これらはほとんど実証されておらず、赤血球膜における存在様式と生理機能は、実際はほとんど不明である。

 本研究において、第1章では、虚弱新生仔牛奇形赤血球症の膜病態解析を発端に、牛赤血球Protein 4.2の2つのアイソフォームから成る表現型多型性について、第2章では、その分子基盤について・第3章では、2つのProtein 4.2アイソフォームと赤血球膜との結合について解析した。

第1章 牛におけるProtein 4.2多型性

 奇形赤血球症を呈する仔牛の赤血球膜タンパク質分析から、分子量 76,000のProtein 4.2(P4.2/76)を持つ個体 P4.276の他に、P4.2/76と75,000(P4.2/75)の2種類のProtein 4.2を1:1であわせ持つ個体P4.276/75と、P4.2/75だけを持つ個体P4.275が確認された。ついで、この2種類のProtein4.2について表現型の解析を行った。

 多数個体から赤血球膜を得、電気泳動によって膜タンパク質を分離し、デンシトメーターで分析した。健常成牛(計248頭)は、表現型としてP4.276、P4.276/75、およびP4.275という3種類のグループに分けられ、その比率はそれぞれ58%、38%、および4%であった。この比率は、黒毛和種牛およびホルスタインでほぼ同様の値であった。これら3つのグループでは、赤血球形態に異常はなく、Protein4.2を含め主要膜タンパク質について有意な差はみられなかった。

 これらのことから牛ではProtein4.2の多型性が広く存在することが明らかとなり、少なくとも成牛ではこの多型性による赤血球への影響はないものと考えられた。しかしながら、奇形赤血球症を呈する仔牛で、P4.2/75を持つ個体が比較的高頻度で見られたことや、成牛でP4.275の個体が非常に少なかったことから、P4.2/76とP4.2/75には、何らかの機能的な違いが存在することが推測された。

第2章 Protein 4.2多型性の分子基盤

 Protein 4.2多型性の生じる機序を明らかにするために、遺伝子解析を行った。まず、遺伝性バンド3欠損症で赤血球系の造血が亢進している個体の骨髄cDNAから、ヒトのProtein 4.2 配列をもとに合成したプライマーを用いたPCRによって、牛赤血球Protein4.2のcDNA断片(164bp)を得た。その塩基配列をもとに、5'-ならびに3'-RACE反応を行って、牛赤血球Protein4.2の全長のcDNA配列を決定した。次に、表現型がP4.276/75の個体の骨髄cDNAから翻訳領域をすべて含むクローニングを行ったところ、塩基配列が-部異なるふたつのcDNAクローンが単離された。両者はともに全長約2.2kbで、687アミノ酸残基からなるProtein4.2をコードするものと想定された。うち、ひとつは599、601、ならびに627番目のアミノ酸残基がPro、Met、およびValであり、これに対し、もうひとつのクローンでは上記3カ所のコドンに塩基置換がみられThr599、lle601、ならびにIIe627であった。その他の領域の塩基配列は両クローンで完全に-致した。さらに表現型がP4.276、P4.276/75、ならびにP4.275個体のゲノムDNAを調製し、当該領域を解析した結果、前者の配列がP4.2/76cDNA、後者がP4.2/75cDNAに由来するものであることが判明した。両者のcDNAクローン、pBP4.2/76とpBP4.2/75とからin vitro 転写・翻訳反応で合成されるタンパク質を分析した結果、電気泳動上、移動度の異なるP4.2/76とP4.2/75がそれぞれ合成されることが確認された。

 以上のことから、牛 Protein 4.2には遺伝子に3塩基同時置換が認められ、C-末端領域において3アミノ酸置換が生じていること、これによりP4.2/76とP4.2/75という分子多型性が生じることが明らかになった。

第3章 Protein 4.2と赤血球膜との相互作用とC-末端領域の役割

 P4.2/76とP4.2/75の相違部位があるC-末端領域が、Protein 4.2分子の中でどのような役割を果たし、この相違が機能的変化をもたらすか否かを調べるためにProtein 4.2ミュータントを作製し、赤血球膜との結合という観点から解析を行った。cDNAクローン、pBP4.2/76(76WT)とpBP4.2/75(75WT)をもとに、N-末端のミリスチン酸修飾を受けない変異クローン(G2A)、P4.2/76とP4.2/75の相違部位を含むC-末端領域の変異クローン(Ct523-687)、Ct523-687部分を欠く変異クローン(ΔCt523-687)、および N-末端領域の変異クローン(Nt1-217)を作製した。

 これらのクローンを網状赤血球翻訳系で合成し、得られた35S-標識蛋白質の赤血球inside-out vesicles(IOV)との結合を検討した。IOVは正常赤血球(I0Vb3+)とバンド3完全欠損赤血球(IOVb3-)からそれぞれ調製した。その結果、P4.2/76とP4.2/75は、バンド3との相互作用、およびN-末端に付加されるミリスチン酸と脂質二重膜との相互作用という2通りの様式で赤血球膜に結合することが明らかになった。本実験系ではP4.2/76とP4.2/75とで、IOVへの結合に量的差異は認められなかった。バンド3との相互作用の部分は、GST融合ペプチドとして大腸菌で合成した牛バンド3のN-末端細胞質ドメイン(cdb3)を添加すると、IOVb3+とIOVb3-とでProtein 4.2結合量が等しくなることから、Protein 4.2とバンド3との結合はcdb3を介する結合と考えられた。また、ΔCt523-687およびG2AΔ Ct523-687ではバンド3依存性のIOVへの結合が消失したことから、バンド3との結合にはProtein 4.2のC-末端領域が重要であると考えられた。

 次に、上記クローンを同様に網状赤血球翻訳系で合成し、His-tag 融合ペプチドとして大腸菌で合成したcdb3との結合実験を行った。その結果、WT、G2A、76Ct523-687、および75Ct523-687は、cdb3と結合したのに対し、Nt1-217、ならびにΔCt523-687はcdb3に結合しなかった。

 以上のことから、Protein 4.2は膜脂質とcdb3 に結合して赤血球膜に存在していると考えられ、cdb3との結合には特にC-末端部分が重要であると考えられた。またl0Vに含まれるバンド3との結合では、P4.2/76とP4.2/75とで違いはないものと考えられた。

 以上の結果から、牛赤血球 Protein 4.2では、P4.2/76とP4.2/75という多型性が広く一般に存在すること、また、この多型性のもととなる遺伝子基盤が明らかとなった。さらにP4.2/76とP4.2/75の構造上の相違部位が存在するC-末端部分は、バンド 3との結合に非常に重要であることが示唆されたが、P4.2/76とP4.2/75とでは、赤血球膜との結合には機能的な違いはないものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 哺乳動物赤血球のprotein 4.2は、膜タンパク質総量の5%を占める主要膜構成タンパク質のひとつであり、分子量70-80kDaの単一分子として検出される。Protein 4.2は陰イオン交換輸送体であるバンド3に結合して膜に存在し、赤血球膜の安定化に寄与すると推測されているが、実際の存在様式と生理機能は、ほとんど実証されていない。本論文は、仔牛で認められたprotein 4.2の2つのアイソフォームをもとに、その多型性と赤血球膜との相互作用について検討したもので、以下の3章より構成されている。

 第1章では、牛赤血球protein4.2の多型性について検索した。赤血球形態異常を呈する仔牛の赤血球膜タンパク質分析から、分子量76kDaのprotein4.2(P4.2/76)を持つ個体P4.276の他に、P4.2/76と75kDa(P4.2/75)の2種類のprotein4.2を1:1であわせ持つ個体P4.276/75と、P4.2/75だけを持つ個体P4.275を確認した。また、これら仔牛では、P4.2/75を持つ個体が比較的高頻度で見られた。ついで、健常成牛(黒毛和種、計209頭)について検索したところ、P4.276、P4.276/75、およびP4.275という3種類に分けられ、その比率はそれぞれ58%、38%、および4%であった。したがって、牛ではprotein 4.2の多型性が広く存在し、少なくとも成牛ではこの多型性により赤血球形態の異常は示さないものと考えられた。しかしながら、P4.2/76とP4.2/75には、何らかの機能的な違いが存在すると推測された。

 第2章では、protein4.2多型性の分子基盤について検討した。まず、表現型P4.276/75の個体の骨髄cDNAから、塩基配列が一部異なるふたつのprotein4.2cDNAクローンを単離した。すなわち、一方は599、601、ならびに627番目のアミノ酸残基がPro、Met、およびValであり、他方は上記3カ所のコドンに塩基置換がみられThr599、lle601、ならびにlle627であった。その他の領域の塩基配列は両クローンで完全に一致した。ゲノムDNA解析により、前者はP4.2/76cDNA、後者はP4.2/75cDNAに由来した。また、両cDNAクローンからin vitro 転写・翻訳反応で、電気泳動上、移動度の異なるP4.2/76とP4.2/75の合成されることが確認された。したがって、牛protein 4.2には遺伝子に3塩基同時置換が認められ、C-末端領域において3アミノ酸置換が生じ、P4.2/76とP4.2/75という分子多型性の生じることが明らかとなった。

 第3章では、protein4.2と赤血球膜との相互作用とC-末端領域の役割について検討した。まず、protein4.2組み換え体を作製し、網状赤血球翻訳系で合成して、赤血球inside-out vesicles(IOV) との結合を検討した。IOVは正常赤血球とバンド3完全欠損赤血球からそれぞれ調製した。その結果、P4.2/76とP4.2/75は、バンド3のN-末端細胞質ドメイン(cdb3)との結合、およびN-末端に付加されるミリスチン酸と脂質二重膜との結合という2つの様式で赤血球膜に結合することが明らかになった。また、P4.2/76とP4.2/75とで、IOVへの結合に量的差異は認められなかった。さらに、C-末端領域を欠く組み換え体では、バンド3依存性のIOVへの結合が消失し、またcdb3との結合も認められず、バンド3との結合にはprotein4.2のC-末端領域が重要であると考えられた。ついで、数種のσ末端領域の組み換え体とcdb3との結合実験を行った。その結果、各組み換え体はcdb3と結合したが、多型性を示す領域のみの組み換え体とは結合しなかった。したがって、protein4.2は膜脂質ならびにcdb3と結合して赤血球膜に存在し、cdb3との結合には特にC-末端部分が重要であると考えられた。またこの結合には、P4.2/76とP4.2/75とに違いはないものと考えられた。

 以上の結果から、牛赤血球protein4.2では、P4.2/76とP4.2/75という多型性が広く存在すること、また、この多型性の遺伝子基盤が明らかとなった。さらに両分子の構造上の相違部位が存在するC-末端領域は、バンド3との結合に重要であるものの、この多型性は、赤血球膜との結合には機能的に違いはないと考えられた。

 このように本論文は、獣医学上、また畜産学上、重要な問題となっている仔牛の奇形赤血球症の解析から、赤血球膜protein4.2の分子性状の-端を明らかにしたもので、獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員-同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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