学位論文要旨



No 116294
著者(漢字) 善本,亮
著者(英字)
著者(カナ) ヨシモト,リョウ
標題(和) カルポニンの生理機能の解析:遺伝子欠損マウスを用いた解析を中心に
標題(洋)
報告番号 116294
報告番号 甲16294
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2324号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 塩田,邦雄
 東京大学 助教授 桑原,正貴
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨 要旨を表示する

 カルポニン(h1カルポニン)は分子量33-34kdaの塩基性タンパク質であり、ニワトリ筋胃よりアクチン・カルモデュリン結合タンパク質として発見された。その後、別の遺伝子上にコードされた中性および酸性のアイソザイムが発見されそれぞれh2カルポニンとacidicカルポニンと命名された。h1カルポニンは分化した平滑筋細胞のアクチンフィラメント上に多く認められ、アクチン活性化ミオシンATPaseを抑制すること、またプロテインキナーゼCやCa2+-カルモデュリンキナーゼIIでリン酸化されたカルポニンはATPase活性を抑制しないことなど、様々な生化学的データが報告されおり、h1カルポニンが平滑筋収縮に何らかの役割を担っていることが示唆されている。そこで本研究はh1カルポニン遺伝子欠損マウスを用いることによってその平滑筋収縮における生理学的役割を解明することを目的として行った。更にはこれまで殆ど調べられていないh2カルポニンとacidicカルポニンの生化学的性状についての検討も行った。

第1章 h1カルポニンの平滑筋収縮機構における役割の検討

 平滑筋収縮は細胞内Ca2+濃度の上昇の結果、ミオシン軽鎖がリン酸化され、ミオシンATPase活性が増加し、ミオシン頭部が回転運動をしながらアクチンと相互作用をすることによって惹起されると考えられている(ミオシンリン酸化説)。しかし、等張性KClによって刺激された平滑筋のリン酸化ミオシン量と発生張力を同時に測定するとリン酸化ミオシン量は刺激後初期に最大値に達し、その後減少していくのに対し、張力は増加し続ける。Murphyらはこの発生張力とリン酸化ミオシン量の乖離を説明するために、「脱リン酸化されたミオシンもアクチンと相互作用することができる」というラッチ説を提唱した。その後、ラッチ説を補足説明する説は様々提唱されたが、基本的に平滑筋収縮はミオシンのリン酸化説で説明されている。一方、生体内の様々なアゴニストで平滑筋を刺激すると、等張性KClによる収縮と比べて同程度のCa2+濃度の上昇で、より大きい収縮を引き起こす。また、一部のアゴニストはミオシンリン酸化量をほとんど上昇させないで収縮を発生させる。このようなミオシンリン酸化量と収縮の一致はリン酸化説だけでは説明できず、それ以外の調節機構の存在を示唆するものである。h1カルポニンはアクチンに結合し、アクチン活性化ミオシンATPase活性を抑制することから平滑筋収縮を調整している可能性が示唆されているタンパク質である。そこでMカルポニン遺伝子欠損マウスを用いてh1カルポニンの平滑筋収縮制御機構における役割を検討した。

 野生型マウス(h1CP+/+)とh1カルポニン遺伝子欠損マウス(h1CP-/-)より大動脈を単離しKCIで刺激すると、同程度の収縮張力が発生した。刺激後初期及び、後期でそれらのクロスブリリッジの活性を検討すると、h1CP+/+は後期でその活性が低下しラッチ状態を示したが、h1CP+は後期になってもクロスブリッジの活性は高いままであった。なお、KCl刺激後、いずれの時間でも細胞内Ca2+濃度、ミオシンリン酸化量の変化に両者で違いは認められなかった。

 輸精管平滑筋を単離しKClで刺激すると細胞内Ca2+濃度、リン酸化ミオシン量とも両者で同程度に上昇したが、最大筋短縮速度がhICP-/-で有意に上昇していた。大動脈を4種の受容体作動薬及びホルボールエステルで刺激すると、それぞれの薬物はh1CP+/+とh1CP-/-の間で同程度の張力を発生した。次に、回腸縦走筋をα-toxinで脱膜化しCa2+によって直接筋を収縮させた。この時、両者の間でCa2+感受性と最大発生張力の大きさに違いは認められなかった。GTPγ-S及びホルボールエステル存在下で同様の実験を行うと、h1CP+/+とh1CP+は同程度のCa2+感受性の増加、最大発生張力の増加を示した。

 アクチン-ミオシンの反応速度は脱リン酸化ミオシンのアクチンからの解離に依存すると考えられている。輸精管、大動脈ともKCl刺激による反応速度がh1CP-/-で増加していたことから、h1カルポニンが脱リン酸化ミオシンのアクチンからの解離を抑制するタンパク質、すなわちラッチブリヅジを形成するタンパク質であることが示唆された。

 一部の受容体作動薬やホルボールエステルはリン酸化ミオシン量をほとんど増加させずに平滑筋を収縮させることが知られている。これらの系にはGタンパクやプロテインキナーゼCの関与が報告されている。また、脱膜化平滑筋ではGTPγ-Sとホルボールエステルはそれぞれrhoキナーゼ、プロテインキナーゼCを活性化し、平滑筋収縮を引き起こす。rhoキナーゼ、プロテインキナーゼCともh1カルポニンをin vitroでリン酸化することが知られているため、受容体作動薬刺激による平滑筋収縮制御にh1カルポニンの関与が示唆されてきた。しかし本研究では生筋に対する4種の受容体作動薬とDPB、及び脱膜化標本におけるGTPγ-S、PDBuによる平滑筋収縮の大きさにh1CP+/+とh1CP-/-の間で差違が認められなかった。従って、受容体作動薬やホルボールエステル刺激による平滑筋収縮にはh1カルポニンは関与していない可能性が示唆された。

第2章 h2、acidicカルポニンの生化学的性状解析

 h1カルポニンのアイソザイムであるh2及びacidicカルポニンについての研究は非常に少なく、その生化学的性状すら殆ど明らかにされていない。そこで大腸菌発現系を用いて両アイソザイムのリコンビナントタンパク質を作成し、その生化学的性状を検討した。

 両アイソザイムともF-アクチンに結合した。F-アクチンに対する解離定数はどちらも4μM 程度であった。次にカルモデュリン結合能を検討した。両アイソザイムともCa2+依存的にカルモデュリンと結合した。h2及びacidicカルポニンそれぞれのカルモデュリンに対する解離定数は10μM、30μMであった。h1カルポニンはCa2+依存性タンパク質分解酵素であるμ-カルパインのよい基質となることが報告されている。そこで次にh2及びacidicカルポニンがμ-カルパインの基質となるかどうか検討したところ、どちらもμ-カルパインによって加水分解をうけることが明らかになった。多くのカルモデュリン結合タンパク質は片カルパインの基質となることが報告され、カルモデュリン存在下ではその分解が促進されたり、分解パターンが変化したりすることが知られている。そこで、カルモデュリン存在下でh2とacidicカルポニンをμ-カルパインで処置した。しかし、どちらのカルポニンもカルモデュリン存在下、非存在下で分解パターン、速度に違いは認められなかった。更に、両アイソザイムのアクチン活性化ミオシンATPase活性に対する影響を検討した。両アイソザイムともATPase活性を抑制した。そのIC50値はh1カルポニンと比較すると4倍ほど大きかった。h2カルポニンとacidicカルポニンはF-アクチンに対する親和性もh1カルポニンより4倍ほど低かったため、対アクチン結合比で考えると、3種のカルポニンはアクチン活性化ミオシンATPase活性を同程度に抑制することが示唆された。

まとめ

 本研究によってh1カルポニンが平滑筋収縮における脱リン酸化ミオシンのアクチンからの解離を抑制するタンパク質、すなわちラッチブリッジを形成するタンパク質であることが明らかとなった。また、GTPγ-Sあるいはホルボールエステルで認められ平滑筋収縮のCa2+感受性の増加にはh1カルポニンは関与していないことが示唆された。しかしながら、輸精管においては刺激後初期の段階からh1CP+/+とh1CP-/-の間でクロスブリッジの活性に違いが認められたのに対して、大動脈では刺激後しばらくたって初めて違いが認められた。また、大動脈と回腸縦走筋ではh1CP+/+とh1CP-/-の間で発生張力に変化が認められなかったのにも関わらず、h1CP-/-の輸精管ではKCl収縮が明らかにh1CP+/+と比べて減少していた。これらの乖離が両者の収縮制御の違いによっているものなのかそれ以外の要因に由来するものなのかは更なる検討が必要だと思われる。

 h2及びacidicカルポニンはカルモデュリンにCa2+依存的に結合したが、その親和性は報告されているh1カルポニンの親和性と比較すると100倍近く低かった。カルモデュリンは酸性タンパク質であるため、この親和性の差違がカルポニンの電荷性によるものなのか、それとも特異的なアミノ酸配列の相違によるものなのかは更なる解析が必要である。また、この低親和性がμ-カルパインのカルモデュリンによる制御の違いに現れた可能性もある。一方、h2カルポニンとacidicカルポニンともアクチン活性化ミオシンATPase活性を抑制することが明らかになった。それぞれのIC50値はh1カルポニンのそれより4倍ほど低かったが、対アクチン結合比で考える抑制程度は同程度であった。従って、h2カルポニン及びacidicカルポニンもh1カルポニンと同様な機構でATPase活性を抑制しているものと考えられる。

本研究でによりh2およびacidicカルポニンもh1カルポニンと生化学的に類似の性状を持つことが明らかとなった。これら3種類のカルポニンは組織間分布にはかなりの相違が認められることから、生体内ではそれぞれ固有の役割を果たしていることと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 カルポニン(h1カルポニン)は分子量33-34kdaの塩基性タンパク質であり、分化した平滑筋細胞のアクチンフィラメント上に多く認められる。h1カルポニンがアクチン活性化ミオシンATPaseを抑制すること、またプロテインキナーゼCなどでリン酸化されたカルポニンはATPase活性を抑制しないことなどの知見より、h1カルポニンが平滑筋収縮に何らかの役割を担っていることが示唆されている。本研究は、2部に大別される。第1部は、h1カルポニン遺伝子欠損マウスを用いることによって平滑筋収縮におけるその生理学的役割を解明することを目的とした。第2部は、h1カルポニンのアイソザイムであるh2カルポニンとacidicカルポニンの生化学的性状についての検討を行い、これまで未解明な事象の多いカルポニンの生物学の全貌を明らかにすることを目的とした。

 第1部 平滑筋収縮におけるh1カルポニンの役割:遺伝子欠損マウスを用いた研究

 平滑筋収縮はミオシンリン酸化説で説明されているものの、筋収縮発生とミオシンリン酸化量の増加には時間的乖離が認められる。この乖離を説明するために、「脱リン酸化されたミオシンもアクチンと相互作用することができる」というラッチ説が提唱された。一方、生体内の様々なアゴニストで平滑筋を刺激すると、等張性KClによる収縮と比べて同程度のCa2+濃度の上昇で、より大きい収縮を引き起こす。また、一部のアゴニストはミオシンリン酸化量をほとんど上昇させないで収縮を発生させる。このようなミオシンリン酸化量と収縮の不一致はリン酸化説だけでは説明できず、それ以外の調節機構の存在を示唆するものである。そこでカルポニンがこの様な調節に関与する可能性を検討した。

 野生型マウス(+/+)及びh1カルポニン遺伝子欠損マウス(-/-)由来の大動脈をKClで刺激すると、同程度の収縮張力が発生した。刺激後初期及び、後期でそれらのクロスブリッジの活性を検討すると、+/+は後期でその活性が低下しラッチ状態を示したが、-/-は後期になってもクロスブリッジの活性は高いままであった。なお、KClによる細胞内Ca2+濃度、ミオシンリン酸化量の変化には両者で違いは認められなかった。また、輸精管平滑筋をKClで刺激すると細胞内Ca2+濃度、リン酸化ミオシン量とも両者で同程度に上昇したが、最大筋短縮速度が-/-で有意に上昇していた。

 大動脈を4種の受容体作動薬及びホルボールエステルで刺激すると、それぞれの薬物は+/+と-/-の間で同程度の張力を発生した。また、α-toxinで脱膜化した回腸縦走筋においてGTPγ-S及びホルボールエステルによって引き起こされる収縮のCa2+感受性の増加について検討を行ったが、+/+と-/-の間でその違いは認められなかった。

 以上の成績から、h1カルポニンがミオシンのアクチンからの解離を抑制することによって平滑筋収縮安定期のクロスブリッジ活性を低レベルに押さえていることが示唆された。また、アゴニスト収縮特異的なh1カルポニンの制御機構は観察されなかった。

 第2部 h2カルポニンおよびacidicカルポニンの性状

 h2カルポニンおよびacidicカルポニンともF-アクチンに結合し、更にはCa2+依存的にカルモデュリンと結合することが明らかとなった。しかしながらその親和性はh1カルポニンと比較して低いことが明らかとなった。さらに、h2及びacidicカルポニンともにμ-カルパインによって加水分解をうけることが明らかになった。カルモデュリン存在下で同様の検討を行ったところどちらのカルポニンもカルモデュリン存在下、非存在下で分解パターン、速度に違いは認められなかった。一方、両アイソザイムのアクチン活性化ミオシンATPase活性に対する影響を検討した。両アイソザイムともATPase活性を抑制した。

 以上の成績から、h2およびacidicカルポニンもh1カルポニンと生化学的に類似の性状を持つことが明らかとなった。これら3種類のカルポニンは組織間分布にはかなりの相違が認められることから、生体内ではそれぞれ固有の役割を果たしていることと思われる。

 以上、本論文はこれまで未知の部分の多かったアクチン結合蛋白質カルポニンの機能を明らかにしたもであり、学術上・応用上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。

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