学位論文要旨



No 116298
著者(漢字) 中島,一夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,カズオ
標題(和) キネシンスーパーファミリー蛋白1C、KIF1Cの分子遺伝学的研究
標題(洋) Gene targeting study of kinesin superfamily protein lC, KIFlC
報告番号 116298
報告番号 甲16298
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1693号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 永田,昭久
内容要旨 要旨を表示する

 真核細胞はその細胞内において合成されたタンパク質などを選別し、目的の場所へと輸送する特殊な細胞内物質輸送機構を発達させてきた。キネシンスーパーファミリータンパク質(Kinesin superfamily proteins,KIFs)はそのような細胞内物質輸送機構に大きな役割を果たしている事が知られている。KIFsを構成する各タンパク質は微小管をレールとしてその+端または−端に向かって物質輸送を行うモーター分子である。マウスでは脳から7つのKIFsが発見され各々KIF1A、KIF1B、KIF2、KIF3A、KIF3B、KIF4、KIF5と命名された。その後、現在までに複数の組織からさらに16種類のKIFsが同定された。これらKIFsの中で、KIF1ファミリーはKIFIA, KIFIBおよびKIFICよりなり、分子レベルでその機能解析が進められ重要な生物学的過程に深く関与することが示されている。KIFIAはシナプス小胞前駆体の順向性輸送のモーター分子であり、KIFIBはミトコンドリアの輸送に関わっていることが明らかにされた。KIF1Cは、ヒトにおいてその全長がクローン化されKIFIA、KIFIBと高い相同性を有し、広範に発現されていることから重要な生物学的意味を持つことが示唆された。本研究では、このKIF1Cについてin vivoでの機能を明らかにするため、マウスKIFICのcDNAクローニングを行い、ジーンターゲティング法を用いてkif1C遺伝子を欠失したノックアウトマウスを作製した。ターゲティングベクターにはkif1C遺伝子の転写を組織レベルで検出できるように1acZ遺伝子をインフレームになるよう挿入した。ノックアウトマウスは見かけ上正常であり、生後の発育、繁殖にも野生型との差異は認められなかった。1acZ遺伝子の発現をX-gal染色により検出したところ、広範な組織においてシグナルが検出された。ヘマトキシリンーエオジン染色法などによりKIF1Cを発現している組織のうちいくつか(脳、心臓、肺、腎臓)を光学顕微鏡を用いて調べたが、遺伝子の欠損に由来すると思われる構造上の異常はみられなかった。KIF1Cに対する抗体を用いて免疫組織化学を行ったところシグナルは核の周囲に集まる傾向があり、ノックアウトマウス由来の組織ではそのシグナルがほぼ消失する事が確認された。KIFICの細胞内での局在をさらに調べるため、KIFICの全長とGFPのfusio nproteinを細胞に強制発現させたところ、核周囲のみならず細胞の末端部にもシグナルが観察された。これはKIF1CがKIF1A、KIF1Bと同様にモーター分子としての活性を持っていることを示唆している。また、ゴルジ体の標識となる抗体を用いて二重染色を行ったところ両方からのシグナルが重なる事が確認され、KIF1Cがゴルジ体において機能していることが示唆された。KIF1Cのモーター分子としての活性をさらに調べるため微小管との結合の様式を調べたところ、KIF1CはATPの加水分解と共役して微小管に結合したり離れたりすることがわかった。この性質は既にモーター分子として確立されているコンベンショナルキネシンなどのモーター活性の発現機構と共通するところがあり、KIF1Cもまたモーター分子であることを示唆している。細胞レベルでのオルガネラの分布などを調べるためノックアウトマウスの組織から初代培養繊維芽細胞系を樹立し、種々のオルガネラの標識となる抗体を使って免疫細胞化学的解析を行った。しかし、ノックアウトマウス由来の細胞においてオルガネラ局在のパターンの変化は認められなかった。一方、KIF1Cについてはゴルジ体と小胞体との間の輸送に関与している可能性を示唆する知見が存在するのでノックアウトマウス由来の細胞におけるゴルジ体から小胞体への輸送の様式を調べた。ゴルジ体の膜構造を強制的に破壊する試薬としてブレフェルディンA(BFA)がある。細胞をBFAで処理したあと固定して、ゴルジ体のマーカーで免疫細胞化学を行ったところ、変異型の細胞でも野生型と同様に核周囲のゴルジ体が消失するのが観察された。また、BFA処理したあとゴルジ体が消失するのに伴いチューブ状の構造が表れることが知られているが、変異型の細胞においてもこれが観察されるかどうか、また、その動的挙動に違いがあるかを検討した。ゴルジ体膜に存在するガラクトシルトランスフェラーゼとYFPのfusion proteinを細胞に強制発現させ、BFA 処理したあとのそのダイナミックスを観察したところ野生型との間に顕著な差はみられなかった。従って、KIF1Cを欠失させてもゴルジ体と小胞体との間の輸送は大きな影響は受けないことが明らかになった。この原因としてゴルジ体から小胞体への輸送は単一ではなく複数の過程からなる可能性が指摘されているので(すなわち、ゴルジ体のトランス面あるいはシス面から小胞体へというように)本研究において吟味されなかった過程にKIF1Cが関与しているか、あるいはKIF1Cの欠失を機能的に補完し得るKIF分子が存在する可能性も考えられよう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞内物質輸送機構において重要な役割を果たしていると考えられるキネシンスーパーファミリー蛋白質群の一種KIF1Cのin vivoでの機能を明らかにするため、マウスKIF1CのcDNAクローニングを行いジーンターゲッティング法を用いてkif1C遺伝子を欠失したノックアウトマウスを作製し、その解析を試みたものであり下記の結果を得ている。

1.kif1C遺伝子欠損マウスは見かけ上正常であり、生後の発育、繁殖にも野生型との差異は認められなかった。

2.ノックアウトマウスを用いて、kif1C遺伝子を発現している臓器について光学顕微鏡により組織学的解析を行ったところ、遺伝子の欠損に由来すると思われる構造上の異常は見られなかった。

3.ノックアウトマウスの肝臓の組織をコントロールとして、KIF1Cに対する抗体を用いて免疫組織化学的解析を行ったところシグナルは核周囲に集まる傾向がみられた。KIF1Cの細胞内での局在をさらに調べるため、KIF1の全長とGFPのfusionproteinを細胞に強制発現させたところ、核周囲のシグナルはゴルジ体の標識となる抗体からのシグナルと部分的に重なることがわかった。

4.KIF1Cのモーター分子としての活性をみるため微小管との相互作用の様式を調べたところ、他のモーター分子と同様にATPに依存して微小管についたり離れたりすることがわかり、KIF1Cもまたモーター分子であることが示唆された。

5.細胞レベルでの解析を行うためノックアウトマウスの組織から初代培養繊維芽細胞系を樹立した。各種オルガネラに対する抗体を用いて免疫細胞化学的解析を行ったところ、ノックアウトマウス由来の細胞においてそれらの局在のパターンに変化はなかった。

6.KIF1Cについてはゴルジ体から小胞体への間の輸送に関わるとされる知見が存在するのでノックアウトマウス由来の細胞を用いてゴルジ体から小胞体への輸送の様式を調べたところ、KIF1Cを欠失させてもゴルジ体と小胞体との間の輸送は大きな影響は受けない事が明らかとなった。

 以上、本論文はkif1C遺伝子を遺伝的に欠失させたマウスについてそのキャラクタライゼーションを行うことにより、これまで未知に等しかったin vivoでのKIF1Cの機能の解析を試みたものであり、細胞内物質輸送機構の全容解明に貢献するものと考えられ、博士の学位の授与に値するものと考えられる。

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