学位論文要旨



No 116302
著者(漢字) 曽,栄
著者(英字) ZENG,RONG
著者(カナ) ソウ,エイ
標題(和) サイトカインレセプターのシグナル伝達における転写因子Stat5活性化機構の解析
標題(洋) Mechanisms of Stat5 Activation in Cytokine Receptor Signaling
報告番号 116302
報告番号 甲16302
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1697号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 広川,信隆
 東京大学 教授 児玉,龍彦
内容要旨 要旨を表示する

 サイトカインはリンパ球/血球系において増殖、分化、細胞死などの広範な細胞機能を調節する分泌タンパク質である。これらの細胞機能の誘導には、サイトカインにより活性化される複数のシグナル伝達経路が関与することが知られているが、中でもJak-Stat経路は、サイトカインレセプターから核へのシグナル伝達において非常に重要な役割を担っている。この経路では新規のメカニズムによりシグナルを伝達する。Signal transducers and activators of transcription(Stat)として知られる転写因子は細胞質に不活性型として存在しているが、これがJakファミリーのチロシンキナーゼ(Jak)によってリン酸化されると二量体化し核へと移行する。核へ移行したStatは転写因子として機能し標的遺伝子の転写を調節する。近年、いくつかの遺伝病がこのJak-Stat経路の異常と関連づけられた。

 ND:N末端ドメイン、CCD:コイルドコイルドメイン、DBD:DNA結合ドメイン、TAD:転写活性化ドメインStatはJakとともに極めて重要なシグナル伝達経路を成しており、過去数年の間に多くの情報が蓄積されてきた。しかし未解明の点も数多く残されている。ひとつの重要な問題は、30を超える数のサイトカインが比較的小さなファミリーであるJakやStatの活性化を通じて、どのようにして特異性を出しているのかということである。さらにStatの活性化におよぼすセリン残基のリン酸化の役割や、核移行のメカニズムなども明らかでは無い。私は、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)(未熟な血球系細胞のみならず成熟したマクロファージや好中球、好酸球に対しても作用することが知られる多能性サイトカイン)によるStat5の活性化機構を解明する目的で、以下の三つの点に焦点を絞って解析を行った。

1.GM-CSFによるStat5A/Stat5Bの活性化機構

2.GM-CSFのシグナル伝達におけるStat5Bのセリンリン酸化の役割

3.能動的タンパク質輸送機構に依存したStat5Bの細胞質-核間移行

結果

1. GM-CSFによるSTAT5A/STAT5Bの活性化機構の解析

 GM-CSFはStatファミリーのうちStat5AおよびStat5Bを活性化する。これらはアミノ酸レベルで95%のホモロジーを有しているが、ノックアウトマウスを用いた解析では、共通の表現型のみならず異なる表現型も認められる。GM-CSFによる活性化の程度に両者で差があるかどうかは明らかではない。GM-CSFによるStat5の活性化には、GM-CSFレセプターβ鎖(GMR βc)のC末端欠損変異体を用いた以前の解析により、box1、box2領域および二つのチロシン残基(Tyr450/452)を含む細胞内領域膜近傍部のみが必要であることが示されていた。一方、IL-2やエリスロポエチン、成長ホルモン等の他のサイトカインによるStat5の活性化は、これらのレセプターサブユニットの特異的なチロシンリン酸化に依存していることが知られている。そこでGM-CSFによるStat5A/5Bの活性化におけるレセプターチロシン残基リン酸化の関与について検討するため、細胞内領域の八つのチロシン残基をすべてフェニルアラニンに置換したGMR βc変異体Fallと細胞内領域にチロシン残基一つだけ残した一連のGMR βc変異体(Y シリーズ)をマウスIL-3依存性pro-B細胞株BA/F3に発現させて解析を行った。その結果、FallによるStat5AおよびStat5Bのチロシンリン酸化は、野生型GMR βcの場合に比べ非常に低レベルであることを見い出した。さらに、チロシン残基によって程度は様々だが、いずれのチロシン残基を残した場合もStat5AおよびStat5Bのリン酸化およびDNA結合活性が誘導された。GM-CSFによる活性化を各々のStat5アイソフォームについて区別して調べるため、Stat5A、Stat5Bの一方あるいは両方をGM-CSFレセプターのα鎖及びβ鎖変異体とともにCOS7細胞で発現させStat5の活性化について検討した。Stat5AおよびStat5Bのリン酸化におけるβ鎖チロシン残基の関与は、COS7細胞においてもBA/F3細胞の場合と同様の結果であり、すなわちStat5のチロシンリン酸化はFallでは誘導されないが、Y シリーズのβ鎖変異体ではいずれのアイソフォーム(Stat5AあるいはStat5B)についても誘導された。一方、DNA結合活性に関してはStat5Bを単独あるいはStat5Aと共発現させた場合、Stat5Aを単独の場合に比べ高い活性が観察された。さらに転写活性化能についてもStat5Bの方がStat5Aよりも高いことが認められた。これらの結果は、これらのアイソフォームがどちらも同様にチロシンリン酸化を受けるにもかかわらず、GM-CSFによって誘導される活性型のStat5がStat5BホモダイマーあるいはStat5AとStat5Bから成るヘテロダイマーであることを示唆している。

2. GM-CSFによるSTAT5Bのセリンリン酸化の解析

 多くのサイトカインがJak-Stat経路の活性化を通じて様々な作用を細胞に及ぼしている。Statのチロシン残基は通常Jakキナーゼによってリン酸化されるが、これはStatの二量体化、核移行および標的DNAへの特異的結合に必須である。一方、セリン残基のリン酸化はStatの活性化や他のシグナルとのクロストークに関与することが報告されている。すでに示したように、BA/F3細胞にはGM-CSFにより活性化される二種のStat5アイソフォームが発現しているが、SDS-PAGEによる解析ではStat5Aが一本のバンドであるのに対しStat5Bは二本のバンドとして検出される。GMCSFで刺激するとStat5Bの移動度のみがさらに変化した。GM-CSFに応答した移動度の変化はStat5BをCOS7細胞に発現させた場合にも観察され、これはセリンキナーゼ阻害剤であるH-7やPD98059によって阻害された。また変異導入実験により、GM-CSF非刺激時にみられる恒常的な移動度の差にはSer730が重要で、GM-CSF刺激時にみられる誘導的な移動度の差にはTyr699が重要であることを明らかにした。さらに、このSer730およびC末端側の二つのセリン残基は、Stat5Bの転写活性化能および核内での局在と安定性に関与している。以上のように、GM-CSFのシグナル伝達におけるStat5Bのセリン残基が重要であることを明らかにした。

3. 能動的輸送機構に依存したStat5Bの核-細胞質問移行の解析

 Statはサイトカインや増殖因子に応答してリン酸化され核移行した後、その特異的標的遺伝子の発現を誘導する。活性型Statは、後に核内で脱リン酸化されて細胞質へ戻り、これによって活性化-不活性化のサイクルが完了すると考えられている。しかし、Statの核-細胞質問移行の機構に関してはほとんど明らかにされていない。Stat5BをGHPあるいはFLAG融合タンパク質としてIL-3依存性のBA/F3細胞に発現させた場合、増殖状態の細胞中では主に核に局在して

 Ba/F細胞の培養液からサイトカインを除き5時間置いた後、GM-CSFで15分間刺激し、ふたたびGM-CSFをのぞきレプトマイシンB存在下、非存在下で2あるいは4時間培養した。細胞と細胞質、核に分画しSTAT5を免疫沈降しウェスタンブロットで解析した。STAT5はGM-CSF刺激後すみやかに核に移動しその後、徐々に細胞質に戻るが、レプトマイシンの添加はその過程を阻害した。いた。この細胞をIL-3非存在下で培養するとStat5Bの細胞質への局在が観察されたが、IL-3を添加すると再び核内に検出されるようになった。ここに核外輸送受容体CRM1の特異的阻害剤であるLeptomycin B(LMB)を添加すると、IL-3非存在下でもStat5Bの核内への蓄積が観察された。同様の結果は、Stat5Bを一過性に発現させたCOS7細胞においても観察された。LMBはStat5Bの活性化には影響せず、またStat5Bの活性化に必須のTyr699への変異導入によってもLMBによる核内への蓄積は阻害されなかったことから、LMB添加時にみられた核内への局在化は、恒常的な核内輸送機構に依存するものと考えられた。さらにアミノ末端側のロイシンジッパー様領域および二量体化に必要なドメイン周辺の領域とが、各々Stat5Bの核内および核外への移行に重要であることを明らかにした。以上の結果は、Stat5Bは核-細胞質間を循環しており、その局在は核内輸送と核外輸送とのバランスを刺激に応じて調節することで決定されることを示唆している。

結論

1. GM-CSFによるStat5A/Stat5Bの活性化にはGMR βcのチロシン残基が重要である。

2. Stat5AおよびStat5BはGM-CSF刺激に応答して同程度のチロシンリン酸化を受けるが、Stat5Bの方がより高いDNA結合活性および転写活性可能を示す。

3. Stat5BはSer730が恒常的なリン酸化されており、このリン酸化にはH-7あるいはPD98059感受性のプロテインキナーゼが関与する。

4. Ser730およびC末端側の二つのセリン残基は、Stat5Bの転写活性化能および核内での局在と安定性に関与している。

5. Stat5Bは能動的タンパク質輸送機構に依存して核-細胞質問を刺激非依存的に循環しており、その核内移行にはN末端領域が、また核外移行には二量体化ドメイン周辺の領域が重要である。

6. Stat5Bの局在は、核内輸送と核外輸送のバランスの刺激依存的な変化によって調節されている。

図1 Stat5Bの構造

図2 レプトマイシンBによるSTAT5の核外輸送の阻害。

図3 Stat5の活性化のモデル

審査要旨 要旨を表示する

 サイトカインはリンパ球/血球系において増殖、分化、細胞死などの広範な細胞機能を調節する分泌タンパク質である。サイトカインレセプターのシグナル伝達においてチロシンキナーゼJakと転写因子Statは非常に重要な役割を担っている。Jak-Stat経路は過去数年の間に多くの情報が蓄積されてきたが、未解明の点も数多く残されている。本研究は、マウスIL-3依存性pro-B細胞株BA/F3とサルの腎上皮細胞株COS7を用いて、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)とインターロイキン3(IL-3)によるStat5の活性化機構を詳細に解析したものであり、以下の結果を得た。

1. GM-CSFによるSTAT5A/STAT5Bの活性化機構の解析

 StatファミリーはStatl〜Stat6まで知られているが、GM-CSFはこのうちのStat5を活性化する。GM-CSFによるStat5AおよびStat5Bの活性化におけるレセプターチロシン残基リン酸化の関与について検討するため、細胞内領域の八つのチロシン残基をすべてフェニルアラニンに置換したGMR βc変異体Fallと細胞内領域にチロシン残基一つだけ残した一連のGMR βc変異体(Y シリーズ)をBA/F3細胞およびCOS7細胞に発現させて解析を行った。その結果、FallによるStat5AおよびStat5Bのチロシンリン酸化は、野生型GMR βcの場合に比べ非常に低レベルであることを見い出した。さらに、チロシン残基によって程度は様々だが、いずれのチロシン残基を残した場合もStat5AおよびStat5Bのリン酸化が誘導された。一方、DNA結合活性に関してはStat5Bを単独あるいはStat5Aと共発現させた場合、Stat5Aを単独の場合に比べ高い活性が観察された。さらに転写活性化能についてもStat5Bの方がStat5Aよりも高いことが認められた。これらの結果は、これらのアイソフォームがどちらも同様にチロシンリン酸化を受けるにもかかわらず、GM-CSFによって誘導される活性型のStat5がStat5BホモダイマーあるいはStat5AとStat5Bから成るヘテロダイマーであることを示唆している。

2. GM.CSFによるSTAT5Bのセリンリン酸化の解析

 すでに示したように、BA/F3細胞にはGM-CSFにより活性化される二種のStat5アイソフォームが発現しているが、SDS-PAGEによる解析ではStat5Aが一本のバンドであるのに対しStat5Bは二本のバンドとして検出される。GM-CSFで刺激するとStat5Bの移動度のみがさらに変化した。GM-CSFに応答した移動度の変化はStat5BをCOS7細胞に発現させた場合にも観察され、これはセリンキナーゼ阻害剤であるH-7やPD98059によって阻害された。また変異導入実験により、GM.CSF非刺激時にみられる恒常的な移動度の差にはSer730が重要で、GM-CSF刺激時にみられる誘導的な移動度の差にはTyr699が重要であることを明らかにした。 さらに、このSer730およびC末端側の二つのセリン残基は、Stat5Bの転写活性化能および核内での局在と安定性に関与している。以上のように、GM-CSFのシグナル伝達におけるStat5Bのセリン残基が重要であることを明らかにした。

3. 能動的輸送機構に依存したStat5Bの核-細胞質間移行の解析

 Stat5BをGFPあるいはFLAG融合タンパク質としてIL-3依存性のBA/F3細胞に発現させた場合、増殖状態の細胞中では主に核に局在していた。この細胞をIL-3非存在下で培養するとStat5Bの細胞質への局在が観察されたが、IL-3を添加すると再び核内に検出されるようになった。ここに核外輸送受容体CRM1の特異的阻害剤であるLeptomycin B(LMB)を添加すると、IL-3非存在下でもStat5Bの核内への蓄積が観察された。同様の結果は、Stat5Bを一過性に発現させたCOS7細胞においても観察された。LMBはStat5Bの活性化には影響せず、またStat5Bの活性化に必須のTyr699への変異導入によってもLMBによる核内への蓄積は阻害されなかったことから、LMB添加時にみられた核内への局在化は、恒常的な核内輸送機構に依存するものと考えられた。さらにアミノ末端側のロイシンジッパー様領域および二量体化に必要なドメイン周辺の領域とが、各々Stat5Bの核内および核外への移行に重要であることを明らかにした。以上の結果は、Stat5Bは核-細胞質間を循環しており、その局在は核内輸送と核外輸送とのバランスを生理状況によって調節することで決定されることを示唆している。

 以上、本研究から得た知見はサイトカインレセプターのシグナル伝達におけるStat5の活性化機構の解明に重要な貢献をもたらすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク