学位論文要旨



No 116303
著者(漢字)
著者(英字) GOLAM,MOHI
著者(カナ) ゴラム,モヒ
標題(和) サイトカイン受容体シグナル伝達におけるJak2キナーゼの役割の解析
標題(洋) Analysis of the Role of Janus Kinase 2 in Cytokine Receptor Signal Transduction
報告番号 116303
報告番号 甲16303
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1698号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 助教授 中田,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

IL-3,GM-CSFは種々の血球系細胞の増殖、分化、生存を制御する重要な因子である。IL-3,GM-CSFのレセプターはα、βサブユニットからなり、αサブユニットはそれぞれのサイトカインに特異的であるが、βサブユニットはIL-3,GM-CSF,IL-5に共有されている(βc:common)。βサブユニットはシグナル伝達に重要な役割を果たしている。βcは自分自身にキナーゼ活性を持っていないが、膜貫通領域直下の部分でJak2と会合している。Jak2はIL-3,GM-CSFのシグナル伝達に重要な働きをしている。IL-3,GM-CSFの刺激後、Jak2はリン酸化を受け活性化され、βcのチロシン残基をリン酸化する。これにより、Stat5,Shc,SHP-2,Vav,c-CblなどのSH2蛋白質やPTB領域を持つ蛋白質の会合が可能になる。続いてJak/Stat,Ras/Raf/MAPK,PI3K/Aktなどの複数のシグナル伝達経路が活性化を受け、血液細胞の増殖や分化が制御される。

Jak2の活性はGM-CSFのすべての活性に必要であることが明らかである。優勢劣勢変異型Jak2の発現は増殖やc-myc,c-fosの活性化を阻害する。βcにおける種々の変異体の活性化からbox1領域は検討を加えたGM-CSF活性のすべてに必須であり、そのことはJak2との会合にbox1が必要であることから説明されると考えられている。Jak2の下流は少なくとも二つの異なるシグナル経路があることが予想されている。一つはβcのチロシンリン酸化に依存している経路、もう一つはレセプターの関与なしにJak2から直接に活性化される経路である。

サイトカインシグナル伝達におけるJak2の役割を解析するため、増殖因子によるレセプターへの関与からJak2の活性を単離する必要がある。そこで本研究では、1分子のクママイシンが2分子のGyrBと会合することで、GyrBの二量体化を引き起こす、クママイシン・GyrBシステムを導入し、Jak2がクママイシン添加によって、二量体化が誘導されるようにするための3つの異なるタイプのGyrB/Jak2融合蛋白質を構築した。GNJKはGyrBがJak2のJH2/JH1フラグメントの5'側に融合したもの、GIJWはGWBが完全長のJAK2のJH2とJH3の間に挿入されたもの、GNJWは完全長のJak2の5プライム側にGyrBが融合したものである(図1)。

結果、クママイシンはGNJKとGIJWのチロシンリン酸化を誘導した。その際、内在性のJak2はリン酸化を受けなかった。いずれの場合も最も高い活性化は1μMのクママイシンで得られた(図2)。それ以上の濃度ではリン酸化のレベルはむしろ下がっており、このことはクママイシンが融合蛋白質のリン酸化を二量体化によって引き起こしていることが示唆された。しかしクママイシンの刺激はβcのリン酸化は引き起こさなかった。この結果はクママイシンによるGyrB-Jak2の活性化がレセプターの活性化をバイパスしていることを示唆していた。

次にクママイシンにより活性化されたGyrB-Jak2でどのような分子がチロシンリン酸化を受けるのか検討を加えた。BA/F-GIJWではSTAT5がmIL-3での刺激時と同様にリン酸化を受けたが、BA/F-GNJKでは観察されなかった。従って、Jak2のJH3-JH7がキナーゼ領域やシュードキナーゼ領域に加えてSTAr5のリン酸化に必要であることが明らかになった。しかしいずれの細胞でもSTAT5以外のSTATはmIL-3、クママイシンいずれの刺激によってもリン酸化を受けることがなかった(図3)。

mIL-3はSHP-2やShcのチロシンリン酸化を起す。一方、クママイシン刺激はいずれの細胞でもこれらの分子のチロシンリン酸化を起すことはなかった。一過性発現系でみた、c-fosプロモーターの活性も活性化を受けることがなかった。従って、これらの結果はGyr-Jak2融合蛋白の活性化がRas/MAPキナーゼ経路の活性化に充分ではないことが予測された。

次に増殖活性化についてチミジンの取り込みで観察した。クママイシン刺激によってチミジンの取り込みはGIJW細胞では観察されGNJK細胞では観察されなかったが、その取り込みはmIL-3で観察されるものよりもレベルが低かった。

Jak2はBA/F3細胞においてアポトーシスを抑制するのに重要な役割を果たしていることが明らかであるが、Jak2の活性化がアポトーシスの阻害に充分であるのかどうかは明らかでなかった。そこでクロモゾーマルDNAの断片化を指標にGyrB-Jak2のアポトーシスへの効果を検討した。DNA断片化はmIL-3存在下では起こらないが、クママイシン存在下ではチミジンの取り込みが観察されたGA/F-GIJW細胞においても見いだされた。従って、GyrB-Jak2融合蛋白質はアポトーシスの阻害には充分でないことがわかった。

Bc1-XLなどBcl-2ファミリーの蛋白質は血球細胞でアポトーシスの抑制に重要な役割を果たしている。

NF-IL-3も同様の活性が報告されている。クママイシンによるGyrB-Jak2の活性化がファクターデプリーションによるアポトーシスを抑制できなかったので、これらの分子の発現をRT-PCRで確認した。クママイシン刺激はいずれの細胞でもBcl-XL,BCL-2,NFIL3ともに誘導することができなかった。従って、GyrB-Jak2がアポトーシスを抑制できない理由はこれによるであろうと考えられた。

しかしながら、Bc1-XLの過剰発現はBA/F-GIJW細胞においてファクターデプリーションあるいはガンマ線照射によるアポトーシスを抑制した。

本研究においてJak2の活性化とその役割について検討した。この目的のためGyrB-Jak2キメラ蛋白質を構築し、レセプターの関与なしにクママイシンで活性化できる系を構築した。クママイシンがGyrB-Jak2のリン酸化を誘導できることを見い出し、従って二量体化がJak2の活性化にとって重要であることが明らかになった。GyrB-Jak2が活性化されてもβcはリン酸化を受けず、また、SHP-2,Shcもリン酸化を受けなかったが、これはレセプターがリン酸化を受けていないためと予想された。そこでJak2のレセプター非依存性のシグナルを単離することに成功した。

本研究でGyrB-Jak2が特異的にSTAr5を活性化することを見い出した。他のSTATは活性化されなかったが、このことはキメラ蛋白質がある程度基質特異性をもっていることを示唆している。

またクママイシンはGyrB-Jak2による細胞増殖を引き起こすことが明らかになった。しかし、そのレベルは低く、しかも一過性であった。このことは複数のシグナル伝達経路が血球系細胞の増殖には必要で、Jak2-Stat5経路はそのうちの一つであることが示唆されている。おそらく複数の経路の活性が総合して長期的な増殖が実現するのであろう。

ファクターデプリーションによるアポトーシスはクママイシン存在下でも起こったことから、GyrB-Jak2はアポトーシスの抑制に不十分であることが明らかになった。また、c-myc,pim-1,CISはJak2がBa/F-GIJW細胞でクママイシンによって誘導されたことから、これらの遺伝子がJak2の標的であることが明らかになった(図4)。gp130ではpim-1,c-mycは増殖やアポトーシス抑制に重要な働きを持つことが示唆されているが、βcのシグナル伝達では異なるようである。この場合は、アポトーシス抑制には作用しないが、短期の増殖には関与していることが示唆された。

Bc1-XL,NFIL-3はIL-3依存性細胞の生存に重要であることが報告されている。Jak2/STAT5の選択的活性化ではこれらの遺伝子の活性化を起すことができなかった。従ってBc1-XLの活性化にはSTAT5と他の分子との相乗的な作用を必要とすることが示唆された。Bc1-XLの過剰発現によるファクターデプリーションやガンマ線照射によるアポトーシスの抑制でBc1-XLの抗アポトーシス効果が確認された。Jak2のN端末領域がSTAT5の活性化や他の分子の活性化に必要であることが明らかになった。この領域はサイトカインレセプターとの会合に重要であることが示されているが、他のシグナル伝達分子との会合や活性化にも必要であることが示唆された。

図1 GyrB-Jak2の構造。GNJKはGyrBがJak2のJH2/JH1フラグメントの5'側に融合したもの、GIJWはGyrBが完全長のJAK2のJH2とJH3の間に挿入されたもの、GNJWは完全長のJAK2の5'側にGyrBが融合したものである。

図2 GyrB-Jak2のクママイシンによるチロシンリン酸化。ファクターを抜いたBA/F-GNJK,BA/F-GIJW細胞を15分間刺激した。

図3 クママイシンによるSTAT5の活性化。BA/F-GNJK,BA/F-GIJW細胞をファクターを6時間除き、mIL-3,クママイシン(1μM)で15分間刺激した。細胞は各種のSrArの抗体を用いて免疫沈降にかけた。

図1 GyrB-Jak2の構造。GNJKはGyrBがJak2のJH2/JH1フラグメントの5'側に融合したもの、GIJWはGWBが完全長のJAK2のJH2とJH3の間に挿入されたもの、GNJWは完全長のJak2の5'側にGyrBが融合したものである。

図4 クママイシンによるc-myc,pim-1,CISの活性化。BA/F-GNJK,BA/F-GIJW細胞を5時間ファクターを抜いてmIL-3,クママイシンで30分間刺激した。c-myc,pim-1,CIS,G3PDHをプローブに用いてノザン解析を行なった。

審査要旨 要旨を表示する

 Jak2はIL-3,GM-CSFの生理活性に必要であることが明らかになっている。IL-3あるいはGM-CSF刺激によりレセプターサブユニットは2量体化し、それに伴いJak2は互いにリン酸化が起こり活性化される。さらには、Srcチロシンキナーゼ、Ras/Raf/MAPK経路、PI3K/Akt経路などさまざまなシグナル伝達分子や経路が活性化される。これらのすべてのシグナル経路の活性化は血球細胞の増殖や生存に関わっている。Jak2の特意的な役割やサイトカインシグナルへの位置づけを検討するために、増殖因子のシグナル伝達の中からJak2の活性化のみを単離することが必要である。このため申請者はGyrB-Jak2融合蛋白質を作成した。この融合蛋白質はリガンドやレセプターシステムの関与なしにクママイシンを投与することによって人工的に2量体化する蛋白質である。このシステムを用いて申請者はJak2の下流の標的について検討を加えた。その要約を下記に示した。

 1)クママイシン刺激はGyrB-Jak2融合蛋白質の自己リン酸化を誘導した。従って2量体化はJak2の活性化に充分であることが明らかになった。

 2)クママイシン刺激はレセプターβcのリン酸化を誘導しなかったが、STAT5をリン酸化した。従ってSTAT5はレセプターの関与なしにJak2によって直接活性化されることが示唆された。しかしながらSTAT5のリン酸化はBA/F-GIJW細胞では観察されたが、BA/F-GNJK細胞では観察されなかった。よってJak2のN末端領域がキナーゼ・キナーゼ様領域に加えてSTAT5のリン酸化に必要とされていることが示唆された。

 3)クママイシン刺激はSHP-2やShcのチロシンリン酸化を刺激しなかった。さらに、いずれの細胞においてもc-fosプロモーターの活性化は観察されなかった。従ってJak2の活性化自体はRas/Raf/MAPK経路の活性化には不十分であることが示唆された。

 4)クママイシンによるトリチウムチミジンの取り込みはBA/F-GIJW細胞では観察されたがBA/F-GNJK細胞では観察されなかうた。しかしながら、その取り込み強度はmIL-3刺激のそれよりもはるかに低く、かつ増殖は短期にしか起こらなかった。従って血球細胞の細胞増殖には複数のシグナル経路が働いており、Jak2依存の経路はその一つであることが示唆された。

 5)BA/F-GIJWおよびBA/F-GNJK両細胞はクママイシン存在下でもDNAの断片化が観察された。従ってJak2の活性化はアポトーシスの抑制に充分ではないことが明らかになった。

 6)クママイシン刺激はBA/F-GIJW細胞でc-mycやpim-1,CIS等の転写を活性化したことから、これらの遺伝子はJak2の下流にあることが示唆された。しかし、c-myc,pim-1が活性化されたにもかかわらず細胞が生存しなかったことから、これらの遺伝子は細胞の増殖に関与するが細胞死の抑制には関与しないことが示唆された。

 7)クママイシン刺激はBc1-2,Bc1-XL、NFIL3を活性化しなかった。Bc1-XLの活性化にはSTAT5が重要な役割を果たすということが報告されている。しかし本研究において申請者はJak2,STAT5の活性化がBc1-XLの活性化には充分でないことを明らかにした。従ってBc1-XL遺伝子の転写活性化にはSTAT5とともに他の転写因子の活性化が必要であることが示唆された。

 8)Bc1-XLを発現させるとファクター非存在下あるいはガンマ線誘導性のアポトーシスが抑制された。

 以上、本研究から得た知見はシグナル伝達におけるJak2の役割の解明に重要であると考えられる。よって本研究は博士論文に相当するものと判断する。

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