学位論文要旨



No 116304
著者(漢字) 内山,雅司
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,マサシ
標題(和) 分裂酵母における遺伝子複製の開始およびその監視機構の研究
標題(洋) The regulation of DNA replication in fission yeast
報告番号 116304
報告番号 甲16304
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1699号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 講師 野田,泰子
内容要旨 要旨を表示する

1.遺伝子複製阻害時に特異的に要求されるRad26の変異株Rad26.a14の解析

DNA複製の際に起こりうる遺伝情報の変化、つまり複製時のエラーが癌や遺伝病などを発現させる大きな原因となることが知られている。特にDNA複製に関与する遺伝子に欠損や変化がおきた場合、致死的な変化でなくとも複製時に遺伝情報を変化させ続ける突然変異因子となりうる。実際、DNAポリメラーゼ変異が癌化した細胞で発見されている。これと関連して、正常な細胞ではDNA複製期の進行が薬剤やDNA複製関連蛋白質の変異により妨げられたとき分裂期への遷移を遅らせ未成熟細胞分裂による遺伝情報の欠損や変化を防ぐ機構、DNA複製チェックポイントと呼ばれる機構が遺伝情報の変化を抑制するのに重要な役割を果たしていると考えられる。しかしチェックポイント機構に関しては殆ど判明しておらず、この機構の理解が癌化や遺伝病の発生機構を解明する上で重要である。チェックポイント機能を持つ遺伝子とその機能を解明するために、分裂酵母のDNAポリメラーゼδ温度感受性株において、DNA複製期の進行が著しく遅れる条件を確立し、この条件下で未成熟に細胞分裂を開始する一連の変異株を発見した。これら一連の変異株はその遺伝子座から6種類に分類され、その多くがDNA複製の阻害剤に対して感受性を示したが、すべての変異株が紫外線照射に対して感受性を示さなかった。これら6種類の内、ひとつの変異株ayal4をさらに解析したところ、DNA複製阻害剤依存的に未成熟に細胞分裂を開始するが、紫外線照射時及びγ線照射時には未成熟細胞分裂は発見されず、またG2期をwee1変異株により短縮した際にも未成熟細胞分裂は見られなかった。この変異株をコードする遺伝子を同定するためにDNA複製阻害剤感受性を抑制する遺伝子を分裂酵母染色体遺伝子ライブラリーよりスクリーニングしたところ、放射線感受性株遺伝子rad26と、DNAポリメラーゼα温度感受性株抑制遺伝子cds1が同定された。遺伝子座とPCR法による遺伝子解析からaya14は放射線感受性遺伝子rad26に、6アミノ酸がC末端部位に挿入された形の変異があることが解った。rad26欠損株はDNA複製阻害時のみならず放射線照射時にも未成熟に細胞分裂を開始することから、今回同定された新しいrad26変異株(rad26.a14と命名)では、DNA複製に特異的な機能を持つ部位のみが変異を受けていると考えられる。そこで、さらに解析を進めたところcdslはrad26.a14のDNA複製阻害剤感受性およびcdc22との共同致死性を抑制するが、DNA複製をDNAポリメラーゼ温度感受性株依存的に阻害したところ未成熟細胞分裂を抑制することはできなかった。DNA複製阻害剤とcdc22ではチミン欠乏によりDNA複製を阻害するが、DNAポリメラーゼ温度感受性株ではDNA複製そのものを阻害する。rad26はこれら双方の経路で機能を要求されるが、cds1の機能は前者の経路のみで要求されることが解った。さらに、このrad26.a14株は細胞周期の進行を阻害する温度感受性株の内、DNA複製早期に機能を持つ株に特異的に未成熟細胞分裂に入ることを解明した。さらにDNA損傷時にrad26依存的に活性化し、未成熟細胞分裂を阻害する役割を持つリン酸化酵素chk1の細胞周期関連温度感受性株との共同致死性との比較から、チミン欠乏以外のDNA複製阻害時にもchk1の機能がrad26依存的に要求されることが判明した。以上のことからrad26遺伝子産物はDNA複製期およびDNA損傷時の双方に関与するが、rad26.a14株ではDNA複製期の進行を監視する部位に変異がありDNA損傷の監視を行う機能を残したままであることが同定された。さらに、この変異株の解析により、チミン欠乏による複製阻害、DNA複製関連遺伝子変異株による複製阻害、そしてDNA損傷時を含めたすべての場合でrad26がチェックポイントの信号を送る役割を果たしていること、チミン欠乏時にはcds1を活性化する経路、それ以外のDNA複製阻害時にはchk1を活性化する経路の2つの独立した経路を経て未成熟細胞分裂を阻害する機能を発現することが判明した。

2.分裂酵母cdc45相同遺伝子の変異株はDNAポリメラーゼαのMis5への結合を阻害する

出芽酵母でDNA複製開始に関与する遺伝子の多くが分裂酵母で同定されていない現状を考えると、複製開始を研究する上で、これに関与する遺伝子を発見することが不可欠である。これまで細胞周期進行を阻害する変異株は必ずelongateしたcdc phenotypeにより同定された。rad4/cut5やorp1の変異株がcdcよりもcut phenotypeになることを考えれば、上の方法はS期開始を阻害する変異株をスクリーニングするには不適確だと考えられる。この観点から、私はFACSを利用し、1C DNA含量で細胞周期進行の阻害がおきる一連の温度感受性株のスクリーニングを行った。これにより、既存のS期開始を阻害する変異株とは異なる3個の変異株をも得た。Linkage Mappingにより2つの遺伝子に分類されたこれらをgoa1、goa2(G One Arrest)と名づけた。さきに想定したとおりgoa1は制限温度で単一なcdc phenotypeを示さず、cutとcdcが混ざったphenotypeを示した。それに対してgoa2は単一なcdc phenotypeを示した。またS期開始の阻害を特異的に監視する変異株rad26.a14との二重変異株の解析から、goa1は複製開始、goa2はSTARTの制御に関係する遺伝子であることが判明した。これら変異株の温度感受性を相補する遺伝子を発現ライブラリーの導入により得たところ、goa1では出芽酵母のCDC45のホモログ、goa2ではres1及びrep2の遺伝子全長を含む染色体断片を得た。goa1については作成した遺伝子破壊株が、温度感受性株の原因遺伝子が同じ遺伝座にあることを確認した。さらに変異部位を同定したところ、真核生物でもっともよく保存されている領域にあることが分かった。これと同時にgoa1(spcdc45)のDNA複製制御における機能を解析するために、既存のDNA複製関連遺伝子の温度感受性株群を使い遺伝学的結合を調べたところ、DNA複製開始のRNA Primer合成やDNA複製をつかさどるDNA複製酵素DNA Polymerase αとのみ相互に機能を相補する活性を見出すことができた。そこでspcdc45のS期開始の機構への関与、およびDNA Polymeraseαとの関係をさらに解析するために、生化学的な性質を検討した。はじめに、spcdc45遺伝子のカルボキシ末端に3つのHA抗原配列、polα遺伝子のカルボキシ末端に2つのFLAG抗原をそれぞれ導入した。これによりSpCdc45およびPolα触媒サブユニット遺伝子産物をWestern解析および免疫沈降による結合たんぱく質の検出が可能となった。これらの株を利用し、SpCdc45とPolαおよび出芽酵母でCDC45との遺伝学的、生化学的結合が報告されているMCMたんぱく質Mis5との結合を検討した。これら3つのたんぱく質の量は細胞周期を通して一定であった。またSpCdc45とPolαは細胞周期を通じて結合しているが、spcdc45とMi55はDNA複製期の初期段階で結合していることが判明した。さらにこれら3つの蛋白質はS期開始の前後に核の不溶性画分、すなわち染色体分画に一時的に局在することを発見した。このことからこれらの蛋白質の結合と細胞内局在を検討したところSpCdc45はPolαと局在にかかわりなく、Mis5とは染色体画分において結合することが判明した。これらの結果を総合すると、アフリカツメガエル卵の実験で示されたように、SpCdc45はPolαの染色体分画への移行に必須であることが考えられる。そこでspcdc45度感受性株においてPolαの染色体分画への移行を検討したところ、染色体分画への移行は正常であることがわかった。しかしながら、SpCdc45が遺伝学的にも生化学的にもPolαと相互作用すること、spcdc45温度感受性株が制限温度下においてS期に進行できないことを考え合わせればSpCdc45がPolαの機能を制御する因子であることが妥当である。そこで私は、spcdc45温度感受性株においてPolαとMis5との生化学的結合を検討した。cdc20(DNAポリメラーゼε触媒サブユニット)温度感受性株では、その制限温度下においてPolαとMis5は結合しているが、spcdc45温度感受性株では、その制限温度下においてPolαとMis5は結合できないことが判明した。これら二つの温度感受性株の細胞周期停止位置が隣接していることを考えれば、PolαのMis5への結合の違いは単に細胞周期で結合が制御されているということではなく、本来その細胞周期の位置では結合しているものがspcdc45に変異があることにより阻害されとていることを示していると考えられる。以上のことからSpCdc45は複製開始に必須で、PolαのMis5への連結に関与していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は真核生物の遺伝子複製の開始機構を明らかにするため、分裂酵母においてG1期に細胞周期を停止する温度感受性株を単離し、変異の原因遺伝子の解明と遺伝子産物の機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.FACSを利用し、1C DNA含量で細胞周期進行の阻害がおきる一連の温度感受性株のスクリーニングを行った。これにより、既存のS期開始を阻害する変異株とは異なる3個の変異株をも得た。Linkage Mappingにより2つの遺伝子に分類されたこれらをgoa1、goa2 (G One Arrest)と名づけた。さきに想定したとおりgoa1は制限温度で単一なcdc phenotypeを示さず、cutとcdcが混ざったphenotypeを示した。それに対してgoa2は単一なcdc phenotypeを示した。またS期開始の阻害を特異的に監視する変異株rad26.a14との二重変異株の解析から、goa1は複製開始、goa2はSTARTの制御に関係する遺伝子であることが判明した。

2.これら変異株の温度感受性を相補する遺伝子を発現ライブラリーの導入により得たところ、goa1では出芽酵母のCDC045のホモログ、goa2ではres1及びrep2の遺伝子全長を含む染色体断片を得た。goa1については作成した遺伝子破壊株が、温度感受性株の原因遺伝子が同じ遺伝座にあることを確認した。さらに変異部位を同定したところ、真核生物でもっともよく保存されている領域にあることが分かった。

3.goa1(spcdc45)のDNA複製制御における機能を解析するために、既存のDNA複製関連遺伝子の温度感受性株群を使い遺伝学的結合を調べたところ、DNA複製開始のRNA Primer合成やDNA複製をつかさどるDNA複製酵素DNA Polymerase αとのみ相互に機能を相補する活性を見出すことができた。

4.spcdc45遺伝子のカルボキシ末端に3つのHA抗原配列、polα遺伝子のカルボキシ末端に2つのFLAG抗原をそれぞれ導入した。これによりSpCdc45およびPolα触媒サブユニット遺伝子産物をWestern解析および免疫沈降による結合たんぱく質の検出が可能となった。これらの株を利用し、SpCdc45とPolαおよび出芽酵母でCDC45との遺伝学的、生化学的結合が報告されているMCMたんぱく質Mis5との結合を検討した。これら3つのたんぱく質の量は細胞周期を通して一定であった。またSpCdc45とPolαは細胞周期を通じて結合しているが、spcdc45とMis5はDNA複製期の初期段階で結合していることが判明した。

5.これら3つの蛋白質はS期開始の前後に核の不溶性画分、すなわち染色体分画に一時的に局在することを発見した。このことからこれらの蛋白質の結合と細胞内局在を検討したところSpCdc45はPolαと局在にかかわりなく、Mis5とは染色体画分において結合することが判明した。

6.spcdc45温度感受性株においてPolαの染色体分画への移行を検討したところ、染色体分画への移行は正常であることがわかった。しかしながら、SpCdc45が遺伝学的にも生化学的にもPolαと相互作用すること、spcdc45温度感受性株が制限温度下においてS期に進行できないことを考え合わせればSpCdc45がPolαの機能を制御する因子であることが妥当である。そこで私は、spcdc45温度感受性株においてPolαとMis5との生化学的結合を検討した。cdc20(DNAポリメラーゼε触媒サブユニット)温度感受性株では、その制限温度下においてPolαとMis5は結合しているが、spcdc45温度感受性株では、その制限温度下においてPolαとMis5は結合できないことが判明した。これら二つの温度感受性株の細胞周期停止位置が隣接していることを考えれば、PolαのMis5への結合の違いは単に細胞周期で結合が制御されているということではなく、本来その細胞周期の位置では結合しているものがspcdc45に変異があることにより阻害されていることを示していると考えられる。

以上、本論分は分裂酵母Cdc45相同遺伝子の単離と、遺伝子産物の機能解析をつうじ、Cdc45相同遺伝子産物が、DNA Polymerase αと細胞周期を通じて結合していること、S期開始にMcmたんぱく質と結合することにより複製開始点にDNA Polymerase αをLoadingするのに必須であることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、遺伝子複製開始におけるDNA複製酵素の複製開始点への結合機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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