学位論文要旨



No 116305
著者(漢字) 水島,和幸
著者(英字)
著者(カナ) ミズシマ,カズユキ
標題(和) 線条体特異的な新規 G protein-coupled receptor遺伝子の研究 : 同定、単離、構造および機能解析
標題(洋) Analysis of a novel G protein-coupled receptor gene expressed specifically in striatum : Identification,cloning,structural and functional analysis-
報告番号 116305
報告番号 甲16305
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1700号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
内容要旨 要旨を表示する

 中枢神経系は部位特異的に機能分化した多様な神経細胞によって構成されている。この機能分化の分子基盤は部位特異的に発現する遺伝子群にあると考えられる。このため、脳の部位特異的に発現する遺伝子を同定することは、神経発生、分化の分子機構や各部位の分化形質、特異的生理機能を分子レベルで理解する上で有効な手段になると思われる。

 特異的発現パターンを示す遺伝子の同定手段としては様々な方法論があるが、ディファレンシャルディスプレイ(Differential Display : DD)法には様々な挙動を示す転写物を同時に視覚化することができ、さらにPCR法を用いることで少量のサンプル、発現量の少ない転写物を比較することができるという利点がある。そこで本研究では、まず蛍光DD(Fluorescent Differential Display : FDD)法を用いてラットの脳の部位の違いにおいて発現量が特異的に変化する新規遺伝子の同定を試みた。

 ラット脳より、嗅脳、大脳皮質、小脳、視床・視床下部、線条体、海馬、橋・延髄を分離、RNAを調整し、FDDを行った。96のプライマーの組み合わせでFDDを行った結果、部位特異的に発現するバンド6本を見い出し、それぞれをゲルから切り出してクローニングを行った。これらの塩基配列を決定し重複を除いたところ、発現量の変化する4種類のcDNA断片をクローニングすることができた。このうち3種類は既知の遺伝子に由来するものであった。それらは小脳に多く発現するZic遺伝子、GABA-A レセプターデルタサブユニット遺伝子、嗅脳に多く発現するS100D遺伝子で、いずれもこれまでに報告された発現部位と合致していた。残りの1種は、線条体に特異的な発現を示し、ホモロジー検索の結果、ESTも含めて既知の配列と合致せず、新規遺伝子に由来するものと考えられた。このcDNA断片をプローブにラット脳の各部位に対してノーザンブロットを行ったところ、線条体特異的に約4.2Kbのバンドが得られた。さらにラット脳 in situ hybridizationによっても線条体特異的発現が確認された為に、この線条体特異的に発現する新規遺伝子について詳細に解析を行うこととした。

 まず、この遺伝子の全長cDNAを単離するためにラット線条体cDNAを用いたRACEとラット線条体cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。その結果、10個のクローンが得られ、うち1つのクローンに全長cDNAが含まれていた。これは1155塩基のopen reading frame(ORF)をもち、385個のアミノ酸をコードしていた。ハイドロパチー解析の結果、7回膜貫通領域を持つことが予想され、さらに第3膜貫通領域において既知のG protein-coupled receptor(GPCR)とホモロジーを持つことから、線条体特異的に発現する新規GPCRであると考えられた。我々はこれをstriatum-specific GPCR,Strgと命名した(その後GPCR統一命名システムよりGpr88と命名された)。他のGPCRとの比較ではアミノ酸レベルにおいて5-hydroxytryptamine 1D receptorと膜貫通領域において27%の、全体において18%の相同性が見られ、さらにβ3 adrenergic receptorと膜貫通領域において21%の、全体において18%の相同性が得られた。多くのGPCRは第3膜貫通領域において受容体の活性化に関与すると考えられているDRYモチーフを持つが、Strg/Gpr88ではNRYに置換されていた。さらにアミンレセプターでは第2および第4細胞外ループにシステイン残基をもち、ジスルフィド結合によって受容体の構造の安定化に関与すると考えられているが、Strg/Gpr88ではいずれのループにおいてもシステイン残基は存在しなかった。これらの構造的特徴からStrg/Gpr88はGPCRの新しいサブタイプである可能性も示唆された。

 さらに、ラットStrg/Gpr88のヒトおよびマウスのホモログを得るため、ラットStrg/Gpr88の塩基配列をもとにプライマーを作成し、マウス脳 RNAおよびヒト尾状核 RNAからRT-PCRを行った。この結果、予想された長さの cDNA断片が得られ、塩基配列上それらがラットStrg/Gpr88のホモログであることを確認した。さらにRACE法にて全長 cDNAを得てその構造を決定した結果、ヒトSTRG/GPR88およびマウスStrg/Gpr88はラットStrg/Gpr88とアミノ酸レベルでそれぞれ95%、98%の高い相同性が見られた。さらに5'非翻訳領域においても83%の高い相同性が見られ、構造上強く保存されていることが示された。

 ヒトSTRG/GPR88のノーザンブロット解析を行った結果、脳以外の末梢臓器ではこの遺伝子は明らかな発現は認められず、脳においては尾状核、被殻に強い発現を認め、さらに延髄に弱い発現を認めた。マウスStrg/Gpr88の発現はノーザンブロットの結果、全身臓器において脳のみに強い発現を認めた。さらにマウス脳において詳細な発現分布を検討するために、in situ hybridizationを行った。その結果、線条体、側坐核、嗅結節さらに下オリーブ核の神経細胞に発現を認めた。また、マウスの発生段階においては胎生16日齢において線条体に発現を認めた。マウスの下オリーブ核に発現していることから、ヒト延髄におけるヒトSTRG/GPR88の発現は下オリーブ核での発現を反映している可能性が示唆された。これらの結果より、Strg/Gpr88はヒトおよびマウス、ラットにおいて、構造および発現様式が強く保存されていることが示され、線条体の機能に強く関与している可能性が示唆された。線条体は随意運動の調節、情動行動を制御すると考えられており、さらに下オリーブ核も行動の調節に関与すると考えられていることから、Strg/Gpr88は行動の調節に関与している可能性が示唆された。

 次に、ヒトおよびマウスStrg/Gpr88遺伝子の構造を明らかにするためにゲノムライブラリーのスクリーニングを行った。その結果、ヒトおよびマウスStrg/Gpr88遺伝子はORF内にイントロンを認めず、5'非翻訳領域に約400bpの一つの短いイントロンを持つことが明らかになった。イントロンの長さはそれぞれ異なるものの、この構造は他のGRCRにおいても多く見られる構造であった。また、それぞれの遺伝子座はFISH法にて互いにsyntenicなヒト1p21,マウス3G1領域にマップされた。

 マウスの遺伝子構造の知見に基づいてターゲンティングベクターを構築し、ノックアウトマウスの作製を現在進行中である。また、得られた遺伝子クローンより、ヒトおよびマウスにおいて転写開始点からそれぞれ上流5kb、7kbのゲノム塩基配列を決定し、両遺伝子の構造を比較したところ、翻訳開始点から約1kbにおいて70%以上の高い相同性が保たれていた。さらに上流4kbにわたり、60%の相同性をもつ領域が3箇所存在することも明らかになった。ヒトとマウスにおいて高度に保存されている領域は線条体特異的な遺伝子の発現に関与している可能性が高いと考え、この領域をGFP遺伝子およびlacZ遺伝子の上流に組み込んだ融合遺伝子を持つトランスジェニックマウスを作成した。現在、得られたマウスの解析を進めている。その一方で酵母1ハイブリッド法を用いて、この領域に結合する因子をマウスおよびヒト脳cDNAライブラリーからスクリーニングした。その結果、両方のライブラリーからbasic helix-loop-helixドメインを持つSEF2転写因子が得られた。SEF2は脳に強く発現がみられ、E-boxに結合して転写を活性化することが知られている。ヒトSTRG/GPR88遺伝子プロモーター上の高保存領域にはE-boxが10個存在している。酵母1ハイブリッドアッセイを用いて様々なプロモーター変異体を検討した結果、10個のE-boxのうちマウスおよびラットにおいても保存されている2つのE-boxにSEF2が機能的に結合することが示された。今後、トランスジェニックマウスの解析結果と併せて、これらのE-boxおよびSEF2転写因子が線条体におけるStrg/Gpr88の転写制御に果たす役割を検討する予定である。

 本研究では、ヒトおよびマウス、ラットにおいて線条体特異的な発現パターンとその構造が高度に保存されたGPCRであるStrg/Gpr88遺伝子を新たに同定、単離し、その発現分布、構造およびプロモーター解析を行った。近年、いくつかのオーファンレセプターに対する新たなリガンドの発見が報告され、その生理機能に対する新たな知見が得られているが、本研究において単離された新規GPCRにおいても、現在作製中のノックアウトマウスの解析やリガンド探索により、線条体機能の解明や創薬への寄与が期待される。また本遺伝子のプロモーターによって、従来不可能であった外来性遺伝子の線条体特異的発現が実現し、線条体の生理機能や病態を研究する新たな手段が開発される可能性も高いと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ラット中枢神経において部位特異的に発現する遺伝子の同定を試み、その過程において線条体特異的な新規G protein-coupled receptor(GPCR)遺伝子を単離し、その構造、および機能解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1、ラット脳の各部位(嗅脳、大脳皮質、小脳、視床・視床下部、線条体、海馬、橋・延髄)よりRNAを調整し、96のプライマーの組み合わせで蛍光differential displayを行った。その結果、発現量の変化する4種類のcDNA断片を同定し、1種は新規遺伝子に由来するものと考えられた。この遺伝子の全長cDNAは385個のアミノ酸をコードし、ハイドロパチー解析の結果、7回膜貫通領域を持つことが予想され、線条体特異的に発現する新規GPCRであると考えられた。この遺伝子はstriatum-specific GPCR, Strgと命名された。(その後GPCR統一命名システムよりGpr88と命名された。)

2、他のGPCRとの比較では5-hydroxytryptamine 1D receptor、β3 adrenergic receptorと相同性が得られた。多くのGPCRは第3膜貫通領域において受容体の活性化に関与すると考えられているDRYモチーフを持つが、Strg/Gpr88ではNRYに置換されていた。さらにジスルフィド結合によって受容体の構造の安定化に関与すると考えられている第2および第4細胞外ループにシステイン残基が、Strg/Gpr88ではいずれのループにおいても存在しなかった。これらの構造的特徴からStrg/Gpr88はGPCRの新しいサブタイプである可能性も示唆された。

3、ヒトSTRG/GPR88およびマウスStrg/Gpr88の全長cDNAを得てその構造を決定した結果、ヒトSTRG/GPR88およびマウスStrg/Gpr88はラットStrg/Gpr88とアミノ酸レベルでそれぞれ95%、98%の高い相同性が示された。さらに5'および3'非翻訳領域においても高い相同性が見られた。それぞれの発現はヒトSTRG/GPR88のノーザンブロット解析を行った結果、脳において尾状核、被殻に強い発現を認め、さらに延髄に弱い発現を認めた。マウスStrg/Gpr88は、全身臓器において脳のみに強い発現を認め、マウス脳 in situ hybridizationを行った結果、線条体、側坐核、嗅結節さらに延髄の下オリーブ核の神経細胞に発現を認めた。これらの結果より、Strg/Gpr88はヒトおよびマウス、ラットにおいて、構造および発現様式が強く保存されていることが示され、線条体の機能である随意運動の調節や情動行動の制御に関与している可能性があると考えられた。

4、ゲノムライブラリーのスクリーニングにてヒトおよびマウスStrg/Gpr88遺伝子の構造を明らかにした結果、ヒトおよびマウスStrg/Gpr88遺伝子はORF内にイントロンを認めず、5'非翻訳領域に一つの短いイントロンを持つことが明らかになった。また、それぞれの遺伝子座はFISH法にて互いにsyntenicなヒト1番p21,マウス3番G1領域にマップされた。

5、得られた遺伝子クローンより、ヒトおよびマウスにおいて転写開始点からそれぞれ上流5kb、7kbのゲノム塩基配列を決定し、両遺伝子の構造を比較したところ、上流4kbにわたり、相同性をもつ領域が存在することが明らかになった。この保存されている領域は線条体特異的な遺伝子の発現に関与している可能性が高いと考え、酵母1ハイブリッド法を用いて、この領域に結合する因子をマウスおよびヒト脳cDNAライブラリーからスクリーニングした。その結果、両方のライブラリーからSEF2転写因子が得られた。β galactosidase assay、gel shift assayの結果、SEF2は、ヒトSTRG/GPR88遺伝子プロモーター上の保存領域に存在する10個のE-boxのうちマウスおよびラットにおいても保存されている2つのE-boxに機能的に結合することが示された。

以上、本論文は、ヒトおよびマウス、ラットにおいて線条体特異的な発現パターンとその構造が高度に保存された新規GPCR遺伝子、Strg/Gpr88遺伝子を新たに同定、単離し、構造およびその転写機構を明らかにした。本研究は線条体機能の解明や創薬、さらには外来性遺伝子の線条体特異的発現の実現に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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