学位論文要旨



No 116307
著者(漢字) 寥,海孫
著者(英字) Liao,Haisun
著者(カナ) リョウ,カイソン
標題(和) クラスAスカベンジャー受容体の転写調節とアポトーシスにおける役割
標題(洋) Transcriptional Regulation of Class A Macrophage Scavenger Receptor and its Role in Macrophage Apoptosis
報告番号 116307
報告番号 甲16307
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1702号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 アテローム性動脈硬化の発症における細胞生物学な鍵となる現象はマクロファージ由来の泡沫細胞の形成である。血管壁に血液中の低比重リポ蛋白(LDL)由来のコレステロールが沈着し、酸化的変性などの修飾を受けると集積してきたマクロファージがスカベンジャー受容体ファミリーの蛋白を発現してこれを貧食し泡沫化すると考えられている。スカベンジャー受容体クラスAは、高いエンドサイトーシス、ファゴサイトーシス、細胞接着活性を示す3量体膜蛋白型受容体で、マクロファージ特異的な発現を示す。この受容体の発現の結果、血管壁に蓄積した変性LDL由来のコレステロールを蓄積しつづけ、泡沫細胞形成にいたると考えられている。

 私はマクロファージ特異のクラスAスカベンジャー受容体の発現の分子機構を明らかにしその泡沫細胞形成における役割を明らかにしようと考えた。同時に、アテローム病巣において集積するクラスAスカベンジャー受容体発現マクロファージがアポトーシスに抵抗性を示す事と、その誘導にどのような関連があるかを明らかにしようと考えた。このため次の4つの研究を継続して行った。

 第一に、実験の基礎としてマクロファージへの新規の高効率遺伝子導入法を開発した。マクロファージ系細胞における遺伝子発現の検討に大きな問題となるのは、マクロファージ系細胞に高効率で遺伝子導入を行うことが困難なことである。マクロファージ系細胞へのエレクトロポレーションの条件の検討を行い、至適DNA濃度(50ug/ml)、ポレーション時のRPMI1640の使用、960uF,400V、室温(冷却をさける)という条件により従来より20倍の導入遺伝子発現効率の向上をえた。

 第二に、クラスAスカベンジャー受容体のプロモーターの解析を進めた

上記の条件において、まずクラスAスカベンジャー受容体のプロモーター領域の解析を行い、マウスの培養マクロファージ系細胞において、-630から+50の配列中に上流6kbまでのもっとも促進的効果を示すエレメントが存在することを明らかにし、-504から-485の領域にマクロファージ特異の転写調節領域があり、マクロファージ特異的に核蛋白が結合することをDNAフットプリント、ゲルシフトアッセイで証明した。

 第三に、上記の遺伝子導入法を用いて、マクロファージ機能に重要なサイトカインIL-6によるクラスAスカベンジャー受容体転写活性調節の分子機構を検討した。

 IL-6は蛍光標識アセチルLDLの取り込みをマクロファージにおいて著しく抑制することを発見した。次にIL-6が濃度依存的に1型およびII型の両方のクラスAスカベンジャー受容体mRNAの発現を抑制することを発見した。そこでマクロファージ系細胞への遺伝子導入法を用いて-630から+50の配列のルシフェラーゼをレポーターとした転写活性がIL-6により抑制されることを証明した。とくにAP-1/etsシスエレメント活性が抑制されることがわかった。

 第四に、クラスAスカベンジャー受容体発現がマクロファージのアポトーシス抑制に働くことをいくつかの実験系で検討した。

 PMA処理THP-1細胞は、NaFの5mMまでの細胞死誘導において生存率が有意に上昇する。この細胞死はTUNELアッセイなどでアポトーシスによると考えられた。CHO細胞はクラスAスカベンジャー受容体を過剰に発現させるとNaFによるアポトーシス誘導に対し、同様な生存率の有意な上昇を示した。THP1細胞のフォルボルエステルによるマクロファージ系への分化にともなっては、CPP32とFasリガンドの誘導が見られたが、Bc1-2レベルは不変であった。クラスAスカベンジャー受容体のアポトーシス抑制の分子機構は不明であり今後の検討が必要と思われる。クラスAスカベンジャー受容体を強制発現したCHO細胞で、酸化LDLまたは7ketocholesterolにより誘導されるアポトーシスに抵抗性になる。一方、クラスAスカベンジャー受容体欠損マクロファージは、上記の濃度範囲で生存率は有意に低下し、マクロファージのアポトーシス抑制活性はクラスAスカベンジャー受容体の機能に依存することが強く示唆された。

 本研究においてクラスAスカベンジャー受容体のマクロファージ特異の発現には、-630から+50の間のプロモーター領域にある-504/-485新規エレメントおよびAP-1/etsエレメントが重要であること、IL-6はこれらの領域を通じてクラスAスカベンジャー受容体の発現を抑制すること、アポトーシス誘導に抵抗性を与えることが示された。

 クラスAスカベンジャー受容体欠損マウスでは50%以上の酸化LDL取り込み能力が残存するにもかかわらず、アテローム病巣サイズは顕著に縮小することが知られている。今回のクラスAスカベンジャー受容体のアポトーシス抵抗性への関与と、炎症性サイトカインによるその発現抑制は、動脈硬化発症におけるクラスAスカベンジャー受容体のあらたな関与のメカニズムの理解に重要なものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アテローム性動脈硬化の発症におけて重要な役割を果たすマクロファージスカベンジャー受容体クラスAの発現の分子機構を明らかにし、同時に、アテローム病巣において集積するクラスAスカべンジャー受容体発現マクロファージがアポトーシスに抵抗性を示す事と、その誘導にどのような関連があるかを明らかするための解析を行い、下記の結果をえている。

1.マクロファージへの新規の高効率遺伝子導入法を開発。

 マクロファージ系細胞における遺伝子発現の検討に大きな問題となるのは、マクロファージ系細胞に高効率で遺伝子導入を行うことが困難なことである.マクロファージ系細胞への一連の遺伝子導入条件の検討を行い、至適DNA濃度(50ug/ml)、ポレーション時のRPMI1640の使用、960uF,400V、室温(冷却をさける)という条件により従来より20倍の導入遺伝子発現効率の向上をえた。

2.クラスAスカベンジャー受容体のプロモーターの解析。

 上記の条件において、まずクラスAスカベンジャー受容体のプロモーター領域の解析を行い、マウスの培養マクロファージ系細胞において、-630から+50の配列中に上流6kbまででのもっとも促進的効果を示すエレメントが存在することを明らかにし、-504から-485の領域にマクロファージ特異の転写調節領域があり、ここにある蛋白がマクロファージ特異に結合することをDNAフットプリント、ゲルシフトアッセイで証明した。

3.IL-6によるクラスAスカべンジャー受容体転写活性調節の分子機構。

 IL-6は炎症性の急性蛋白の発現を促進し、ある種のリンフォーマやハイブリドーマでは生存保持因子として働く。まずマクロファージ系細胞での作用を検討したところ、IL-6はクラスAスカベンジャー受容体のリガンドである蛍光標識アセチルLDLの取り込みを著しく抑制することを発見した。次にIL-6が濃度依存的に1型およびII型の両方のクラスAスカベンジャー受容体mRNAの発現を抑制することを発見した。そこでマクロファージ系細胞への遺伝子導入法を用いて-630から+50の配列のルシフェラーゼをレポーターとした転写活性がIL-6により抑制されることを証明した。とくにAP-1/etsシスエレメント活性が抑制されることがわかった。

4.クラスAスカベンジャー受容体発現によるマクロファージのアポトーシス抑制。

 動脈硬化に集積したマクロファージ系細胞はその病巣で一部増殖活性を示すなどアポトーシス抵抗性が知られている。培養ヒト単球系細胞THP-1細胞をフォルボルエステル処理しマクロファージ系細胞へ分化させ、クラスAスカベンジャー受容体を発現させるとNaFの5mMまでのアポトーシス誘導において生存率が有意に上昇する。CHO細胞はクラスAスカベンジャー受容体を過剰に発現させると強固に培養ディッシュにEDTA抵抗性に接着する。この条件下でNaFによるアポトーシス誘導を試みると受容体細胞は生存率の有意な上昇を示した。スカベンジャー受容体過剰発現CHO細胞は、酸化LDLまたは7ketocholesterolにより誘導されるアポトーシスに対しても抵抗性になり生存率が有意に上昇した。 クラスAスカベンジャー受容体ノックアウトマウスの腹腔マクロファージで検討すると、上記の濃度範囲で生存率は有意に低下し、クラスAスカベンジャー受容体のアポトーシス抑制活性はクラスAスカベンジャー受容体の機能に依存することが強く示唆された。

 クラスAスカベンジャー受容体欠損マウスではアテローム病巣サイズは顕著に縮小することが知られている。本研究は、マクロファージへの高効率遺伝子導入法を開発し、それを用いて、クラスAスカベンジャー受容体の転写調節機構を解析し、アポトーシス抵抗性への関与と、炎症性サイトカインによるその発現抑制は、動脈硬化発症におけるクラスAスカベンジャー受容体のあらたな関与のメカニズムに新たな理解をもたらした。以上より学位の授与に値するものと考えられる。

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