学位論文要旨



No 116308
著者(漢字) 川澤,百可
著者(英字)
著者(カナ) カワサワ,ユカ
標題(和) 脳神経系に特異的に発現する新規Gタンパク質共役型受容体(PSP24 ファミリー)のクローニング及びその解析
標題(洋) Cloning and characterization of novel G-protein-coupled receptors (PSP24 family) predominantly expressed in central nervous system
報告番号 116308
報告番号 甲16308
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1703号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 橋本,佳明
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 深見,希代子
内容要旨 要旨を表示する

 リゾホスファチジン酸(LPA;lysophosphatidic acid)は、細胞膜由来の単純な構造のリン脂質であるが、近年様々な生理作用を持つ脂質性メディエーターとして注目を集めている。LPAは細胞膜受容体に結合して生理作用を発現すると考えられてきたが、1996年末になって2種類のLPA受容体がクローニングされ、これらはいずれも細胞膜に存在する新規のGタンパク質共役型受容体(GPCR;G-protein-coupledreceptor)であることが明らかとなった。

 まず、Chunのグループは1996年に、マウスの脳室周辺部位から樹立された細胞株よりVzg-1(ventricularzonegene-1)を単離した。その後Vzg-1は、既に同定されていた羊由来のEdg2の相同遺伝子で、これはEdgファミリーと呼ばれる互いに相同性のある一連のorphan受容体ファミリーの一つであることが判明した。引き続いて、このEdgファミリーに相同性のある遺伝子としてEdg4、Edg7が単離され、いずれもLFA受容体として機能することが証明された。また、その他のEdgファミリー、すなわちEdg1、Edg3、Edg5、Edg6、Edg8はLPAと構造、生理作用ともに類似のリン脂質であるスフィンゴシン-1-リン酸(SIP;sphingosine-1-phosphate)の受容体であることが示されている。

 一方、Tigyiらは、アフリカツメガエル卵母細胞Xenopus oocyteがLPAに反応することを利用し、PCR法を用いてPSP24をクローニングした。彼らはRSP24の過剰発現がLPAに対する反応を増強し、逆にアンチセンスcRNAの導入が内在性LPA受容体の活性を抑えることを示した。ところが、Edg2/Vzg-1やその他のEdgファミリーがLPA/SIP受容体として多数報告されて来たのに反して、PSP24については、その後LPA受容体としての機能を示した論文はなく、またほ乳類の相同遺伝子の存在や遺伝子発現の臓器分布についても未知のままであった。そこで我々は、PSP24のマウス、ヒトのホモログ遺伝子を単離し、その局在や機能を検討することとした。

 Xenopus PSP24のORF配列を用いてマウスのゲノムライブラリをスクリーニングし、マウスのPSP24相同遺伝子を単離した。これはXenopus PSP24と約70%のアミノ酸相同性を有していた。次に、このマウスの配列を元にdegenerative PCRを行い、ヒトの相同遺伝子を得たが、これはマウス、Xenopusの遺伝子と50%程度の相同性しか有さず、異なるタイプのPSP24遺伝子であると考えられ、これらを区別するために、マウス、Xenopusの遺伝子をαタイプ、ヒトの遺伝子をβタイプとしてグループ分けした。また、マウスのβタイプ存在も想定され、ゲノムライブラリを再度スクリーニングすることによって、目的の遺伝子の単離に成功した。また、1999年になって、Marcheseらによってヒトのαタイプも単離され、マウス、ヒトとも両タイプのPSP24を有していることが明らかとなった。βタイプはN末端にαタイプより約40アミノ酸長い配列を持っているが、αタイプ、βタイプとも、それぞれの種差による違いは少なく、マウス、ヒト間でのアミノ酸の相同性は90%前後にも及んでいた。相同性は特に、GPCRの第3、6、7番目の膜貫通領域で高く、また第二細胞内ループに相当する領域が非常に良く保存されており、リガンドの認識や三量体Gタンパク質とのカップリングなどへの関与が示唆される。BLASTサーチによりPSP24の相同性を比較したところ、Edgファミリーを含めた既知のGPCRとは有意な相同性を有さず、独立した遺伝子ファミリーを形成しているものと考えられた。最も類似したGPCRとしては、ドーパミンD1受容体やニューロペプチドY受容体タイプ1などが挙げられるが、相同性はいずれも30%以下であった。

 次に、マウスのPSP24α、βについて、マウス各組織での遺伝子発現量を調べた。いずれのタイプも脳に特異的な発現を認め、その他の臓器にはほとんど発現していなかった。ただ、βタイプについては、卵巣や子宮にわずかな発現を認めた。

 同様に、PSP24の遺伝子発現量を種々の培養細胞において検討した。約40種類の細胞株について検討したところ、神経、もしくは生殖系由来の細胞株で発現が認められ、臓器分布の結果と良く相応するものであった。

 さらに、脳における発現についてより詳細に検討した。まず、発達段階における遺伝子発現量の変化を、胎児もしくは生後のマウスの脳を用いて解析した。その結果、α、βいずれのタイプも胎児期の脳にも発現を認め、αは胎生期13日頃から発現し、その後成体になるまで一定のレベルを保っていた。一方、βは胎生期9日頃から発現するようになり、その後成長に応じて徐々に発現量が増加する傾向にあった。

 また、in situ hybridizationによって、マウス脳におけるPSP24αの局在を調べたところ、脳全般に遺伝子発現を認め、特に嗅球のmitral neuronや海馬のpyramidal neuron、小脳のPurkinje cellなどの神経細胞に強い発現を認めた。マウスの脳では胎生期15日前後から神経細胞の増殖、分化、移動が活発化すると考えられている。従って、上述のノザンブロットの結果と併せると、PSP24が、神経ネットワークの構築や神経可塑性などに関与している可能性が示唆される。

 次にPSP24がLPA受容体として機能するかどうか検討した。

 LPAのシグナルは、LPAの細胞膜上のGPCRへの結合、三量体Gタンパク質の活性化、cAMP、Ca2+の動員、ストレスファイバー形成、MAPK活性化、DNA合成など、様々なアウトプットとして検証することができる。ところが、多くの培養細胞は内在性にLPAに対する反応性を有しているため、LPA受容体の発現実験に適さないことから、LPAに対する反応性のない細胞株を選ぶ必要があり、既に報告のあったラット肝臓癌由来RH7777細胞、及びラット神経芽細胞腫由来B103細胞を使用することとした。

 この二つの細胞を用いて、[35S]GTPγSの結合を検討した。つまり、細胞にPSP24を一過的または恒常的に発現させ、細胞膜を調製して、LPAの添加による[35S]GTPγSの結合、すなわちGタンパク質の活性化を検出した。まず、RH7777細胞にベクター、PSP24α、PSP24βそしてポジティブコントロールとしてEdg2、Edg4を過剰発現させた。さらにPSP24がヘテロ二量体で機能している可能性を考慮して両者を同時に一過的に過剰発現させた。また、B103細胞にはPSP24を恒常的に発現させ、二つずつクローンを選んで実験に供与した。この際、Edg2、またその逆向き配列を恒常的に発現させた細胞株をアッセイのコントロールとした。その結果、Edg2、Edg4はLPAの添加によって[35S]GTPγSの結合量が増加したのに対して、PSP24はいずれの場合においても、結合量の上昇は認められなかった。

 また、我々は、PC12細胞にZif268プロモーターに結合させたルシフェラーゼ遺伝子を発現させ、リガンドで刺激することによって、効率よくGPCRからのシグナルを検出する方法を樹立した。Zif268(NGFI-A,egr-1,krox24,TIS8)はzinc-fingerファミリーに属する転写因子で、PC12細胞をNGFで刺激するとその遺伝子発現量が迅速に増加することが知られている。そのZif268のプロモーター領域には5つのSRE(serum response element)、1つのSp1(specificity protein 1)、そして1つのCRE(cAMP-responsive element)が存在し、様々なGPCRからのシグナルがこれらの因子を活性化して下流の遺伝子発現を上昇させる。しかしこの方法ではGi signalを検出する効率が悪いことから、我々は外来性にG16およびGqiキメラタンパク質を過剰発現させ、Gi signalをGq signalに転換し検出感度を上げる工夫を施した。更にこの方法では、96穴マルチウェルプレートを用いて一度に大量のサンプルを測定することが可能である。このアッセイ系を用い、PSP24、Edg2、Edg4のLPAに対する反応性を検討した。Edg2、Edg4では濃度依存的にルシフェラーゼの発現が上昇したが、PSP24ではその効果は認められなかった。同様に、その他のリン脂質としてPA(phosphatidic acid)、SIP、PAF(platelet-activating factor)、LPC (lysophosphatidylcholine)、LPE(lysophosphatidylethanolamine)、LPS(lysophosphatidylserine)などを添加したが、いずれもPSP24を活性化しなかった。

 この他にも[3H]LPAの結合実験、細胞内Ca2+の上昇、MAPKの活性化、DNA合成、Xenopus oocyteでのクロライド電流の発生といった、様々な方法を検討したが、いずれの場合もPSP24のLPA受容体としての作用を見出すことはできなかった。

 以上のことから、PSP24は神経細胞に特異的に発現するGPCRで、αタイプ、βタイプの合計2種類のサブタイプを持つ、独立した遺伝子ファミリーを形成しているものと考えられた。元来Xenopus PSP24はLPA受容体として報告されていたが、我々が単離したほ乳類PSP24はいずれの実験系においてもLPA受容体としての作用を見い出すことはできなかった。現在のところ、PSP24のリガンドは不明である。PSP24はモノアミン受容体や神経ペプチド受容体に弱い相同性を有すことから、LPA以外の新規のリガンド分子が脳内に存在するものと考えられ、Zif268ルシフェラーゼアッセイを利用したリガンド探索を行っているところである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ほ乳類の脳神経系に特異的な新規のGタンパク質共役型受容体(GPCR;G-protein-coupled receptor)を単離し、その生理機能の解析を試みたものである。研究の対象とした新規GPCRは、元々PSP24としてアフリカツメガエル卵母細胞Xenopus oocyteからクローニングされたものであった。その報告では、PSP24の過剰発現がXenopus oocyteのリゾホスファチジン酸(LPA;lysophosphatidic acid)に対する反応を増強し、逆にアンチセンスcRNAの導入が内在性LPA受容体の活性を抑えることから、PSP24がLPA受容体であることを示していた。LPAは単純な構造のリン脂質であるが、近年様々な生理作用を持つ脂質性メディエーターとして注目を集めている。そこで我々は、ほ乳類のPSP24相同遺伝子を単離して、その臓器分布やLPA受容体としての機能を検討した。本研究で得られた結果について以下に列記する。

1.Xenopus PSP24のORF配列を用いてマウスのゲノムライブラリをスクリーニングし、マウスのPSP24相同遺伝子を単離した。これはXenopus PSP24と約70%のアミノ酸相同性を有していた。次に、このマウスの配列を元にdegenerative PCRを行い、ヒトの相同遺伝子を得たが、これはマウス、Xenopusの遺伝子と50%程度の相同性しか有さず、異なるタイプのPSP24遺伝子であると考えられ、これらを区別するために、マウス、Xenopusの遺伝子をαタイプ、ヒトの遺伝子をβタイプとしてグループ分けした。また、マウスのβタイプ存在も想定され、ゲノムライブラリを再度スクリーニングすることによって、目的の遺伝子め単離に成功した。また、1999年になって、Marcheseらによってヒトのαタイプも単離され、マウス、ヒトとも両タイプのPSP24を有していることが明らかとなった。βタイプはN末端にαタイプより約40アミノ酸長い配列を持っているが、αタイプ、βタイプとも、それぞれの種差による違いは少なく、マウス、ヒト間でのアミノ酸の相同性は90%前後にも及んでいた。BLASTサーチによりPSP24の相同性を比較したところ、既知のGPCRとは有意な相同性を有さず、独立した遺伝子ファミリーを形成しているものと考えられた。最も類似したGPCRとしては、ドーパミンD1受容体やニューロペプチドY受容体タイプ1などが挙げられるが、相同性はいずれも30%以下であった。

2.マウスのPSP24α、βについて、マウス各組織での遺伝子発現量を調べた。いずれのタイプも脳に特異的な発現を認め、その他の臓器にはほとんど発現していなかった。ただ、βタイプについては、卵巣や子宮にわずかな発現を認めた。

 同様に、PSP24の遺伝子発現量を種々の培養細胞において検討した。約40種類の細胞株について検討したところ、神経、もしくは生殖系由来の細胞株で発現が認められ、臓器分布の結果と良く相応するものであった。

 さらに、脳における発現についてより詳細に検討した。まず、発達段階における遺伝子発現量の変化を、胎児もしくは生後のマウスの脳を用いて解析した。その結果、α、βいずれのタイプも胎児期の脳にも発現を認め、αは胎生期13日頃から発現し、その後成体になるまで一定のレベルを保っていた。一方、βは胎生期9日頃から発現するようになり、その後成長に応じて徐々に発現量が増加する傾向にあった。

 また、in situ hybridizationによって、マウス脳におけるPSP24αの局在を調べたところ、脳全般に遺伝子発現を認め、特に嗅球のmitral neuronや海馬のpyramidal neuron、小脳のPurkinje cellなどの神経細胞に強い発現を認めた。以上の結果から、PSP24が、ほ乳類の脳神経系の発達、神経ネットワークの構築や神経可塑性などに関与している可能性が示唆された。

3.PSP24がLPA受容体として機能するかどうか検討した。

 LPAに対する内在性の反応を欠く細胞株として、ラット肝臓癌由来RH7777細胞、及びラット神経芽細胞腫由来B103細胞を用い、[35S]GTPγSの結合(Gタンパク質の活性化)を検討した。まず、RH7777細胞にベクター、PSP24α、PSP24βそしてポジティブコントロールとしてEdg2、Edg4を過剰発現させた。さらにPSP24がヘテロ二量体で機能している可能性を考慮して両者を同時に一過的に過剰発現させた。また、B103細胞にはPSP24を恒常的に発現させ、二つずつクローンを選んで実験に供与した。この際、Edg2、またその逆向き配列を恒常的に発現させた細胞株をアッセイのコントロールとした。その結果、Edg2、Edg4はLPAの添加によって[35S]GTPγSの結合量が増加したのに対して、PSP24はいずれの場合においても、結合量の上昇は認められなかった。

4.また、PC12細胞にZif268プロモーターに結合させたルシフェラーゼ遺伝子を発現させ、リガンドで刺激することによって、効率よくGPCRからのシグナルを検出する方法を樹立した。しかしこの方法ではGi signalを検出する効率が悪いことから、我々は外来性にG16およびGqiキメラタンパク質を過剰発現させ、Gi signalをGq signalに転換し検出感度を上げる工夫を施した。このアッセイ系を用い、PSP24、Edg2、Edg4のLPAに対する反応性を検討した。Edg2、Edg4では濃度依存的にルシフェラーゼの発現が上昇したが、PSP24ではその効果は認められなかった。同様に、その他のリン脂質としてPA(phosphatidicacid)、S1P、PAF(platelet-activating factor)、LPC(lysophosphatidylcholine)、LPE(lysophosphatidylethanolamine)、LPS(lysophosphatidylserine)などを添加したが、いずれもPSP24を活性化しなかった。

 この他にも[3H]LPAの結合実験、細胞内Ca2+の上昇、MAPKの活性化、DNA合成、Xenopus oocyteでのクロライド電流の発生といった、様々な方法を検討したが、いずれの場合もPSP24のLPA受容体としての作用を見出すことはできなかった。

 以上、本論文では、神経細胞に特異的に発現するGPCRとしてマウス、ヒトのPSP24を単離した。PSP24は、いずれの種においてもαタイプ、βタイプの合計2種類のサブタイプが存在した。また他のGPCRと有意な相同性を有さず、独立した遺伝子ファミリーを形成していると考えられた。また、元来Xenopus PSP24はLPA受容体として報告されていたが、我々が単離したほ乳類PSP24はいずれの実験系においてもLPAへ受容体としての作用を見い出すことはできなかった。現在のところPSP24のリガンドは不明であるが、Zif268ルシフェラーゼアッセイを利用したリガンド探索システムを構築し、生体試料や化学物質ライブラリーから新規のリガンド分子を探索中である。近年のゲノム解析の爆発的な発展によって、多数のリガンド未知のGPCR(孤児受容体、orphan GPCR)が存在することが明らかになって来ているが、本研究は、新規のorphan GPCRの単離、解析だけでなく、そのリガンド同定に有効なアッセイ系を樹立した上でも、今後のGPCR研究に重要な貢献を果たすものと考えられる。以上のことから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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