学位論文要旨



No 116309
著者(漢字) 花香,博美
著者(英字)
著者(カナ) ハナカ,ヒロミ
標題(和) 5-リポキシゲナーゼの細胞内局在と膜移行の解析
標題(洋) Intracellular localization and translocation of 5-lipoxygenase
報告番号 116309
報告番号 甲16309
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1704号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 野田,泰子
内容要旨 要旨を表示する

(要旨)

 アラキドン酸代謝物の総称であるエイコサノイド(プロスタグランジン、ロイコトリエン等)は必要な時に局所で合成され、それらの合成部位の近くで作用する局所ホルモンである。これらの脂質メディエーターはペプチド性リガンドと異なり、遺伝子によって直接支配を受けるのでなく、その合成と分解をつかさどる酵素により、その量、活性が調節されるという特徴をもつ。

 5-リポキシゲナーゼ(5-LO)はロイコトリエン(LT)合成系路における初発酵素であり、その活性化は複雑な制御を受けている。5-LOは細胞によって細胞質と核質における局在の割合が異なることが報告されているが、細胞がカルシウム上昇などの刺激を受けると膜(特に核膜)に移行することが報告されている。本研究は、5-LOの細胞内局在及び膜移行のメカニズムを明らかにすることを目的として行われた。

 5-LOは細胞によって局在が異なることが報告されているが、細胞免疫染色によってRBL細胞において主として核質に、HL-60細胞において細胞質に強い局在を示した。細胞内局在の違いは何らかの局在シグナルが5-LO中のアミノ酸配列に存在すると考え、オワンクラゲの蛍光タンパク質であるGFPとの融合タンパク質を用いて細胞内局在における責任部位の同定及び膜移行とそのメカニズムの解析することとした。そのため挿入する5-LOのcDNAをベクターであるpEGFP-C1のEcoRIサイトに結合しpEGFP-5LOを得、CHO細胞に安定的に発現させCHO-GFP-5LO細胞を得た。同細胞には十分な5-LOの活性を認めた。

 核内局在に関与するシグナルとして、核内移行シグナル(NLS)と核外移行シグナル (NES)が知られている。5-LOの細胞内における局在の違いがNLSやNESと関連しているのではないかと考え、5-LOがこれらのシグナルに依存して細胞内局在を変化するかどうかについて解析した。まず5-LO中のNLSの候補としてmonopartite-NLS(アミノ酸 130-133)とbipartite-NLS(アミノ酸 638-655)を見出した。EGFPと野生型もしくはこれらのNLSに対するの変異型の5-LOとの融合タンパク質(GFP-5LO)を用いて、各々の局在を観察した。さらに、bipartite NLSと考えられる部位(アミノ酸638-6551、との融合タンパク質(GFP-B-NLS)を作成しその局在を共焦点顕微鏡により観察した。野生型のGFP-5LOは主に核内に局在したが、変異型の融合タンパク質の中には5-LOの活性は存在するが細胞質に局在を変化させるものもあった。GFP-B-NLSは核質だけに局在し、5-LO中のアミノ酸配列638-655が機能的なbipartite NLSであることが示唆された。

 次にNES依存的な核外移行が存在するかどうかにについて検討した。5-LOのアミノ酸配列中にはっきりとしたNESシグナルを同定することは出来なかった。しかしNESの阻害剤であるレプトマイシンBをHL-60細胞やCHO-GFP-5LO細胞に作用させると細胞質中の5-LOは減少し、核質中の5-LOが増加した。このことは、5-LOの核外移行にCRM1やRanGTPといった核外移行に介在するタンパク質が関与していることを示している。

 5-LOは細胞がカルシウム上昇などの刺激を受けると膜(特に核膜)に移行することが細胞免疫染色により報告されている。CHO-GFP-5LO細胞をA23187によって刺激すると、経時的なGFP-5LOの膜移行が共焦点顕微鏡を用いて観察された。つぎに、ストレス刺激によりp38 MAP kinase pathwayを介して細胞中の5-LOがリン酸化され、ロイコトリエンの産生量が増加することが最近報告されているが、ストレス刺激による5-LOの動態は不明であった。そこでCHO-GFP-5LO細胞においてアニソマイシンや亜砒酸塩によってストレス刺激を与え共焦点顕微鏡を用いてGFP-5LOの局在の経時的変化を観察した。またウェスタンブロッティング法を用いて、細胞中のストレス刺激によるp38 MAP kinaseのリン酸化について解析した。その結果ストレス刺激により5-LOは膜移行を起こし、この現象はp38 MAP kinaseのリン酸化を伴った。またp38 MAP kinaseの阻害剤であるSB203580の前処理により阻害された。

 本研究において5-リポキシゲナーゼのNLSの責任部位及びNES依存的な核外移行の存在が明らかになった。5-LOの細胞内局在はNLSとNESのバランスにより決定されると考えられる。しかし、核質と細胞質に局在する5-LOの役割の違いについては未だ不明な点が多い。産生されるロイコトリエンの場所、種類及び産生量とめ関連が考えられるが、今後の検討課題である。

 カルシウム上昇刺激及び、ストレス刺激により 5-LOの膜移行が観察された。カルシウムによる5-LOの膜移行については、機序が明らかにされつつあるが、ストレス刺激による膜移行については、今回が初めての報告である。我々の実験はp38 MAP kinaseのリン酸化がその機序に関与している可能性を示している。カルシウム刺激と、ストレス刺激の意義の違いについては今後の研究課題である。さらに、細胞や臓器のおいてどのようなストレス刺激でロイコトリエン産生が制御されるかについても検討していきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 アラキドン酸代謝物の総称であるエイコサノイドは必要な時に局所で合成され、それらの合成部位の近くで作用する局所ホルモンである。これらの脂質メディエーターはペプチド性リガンドと異なり、遺伝子によって直接支配を受けるのでなく、その合成と分解をつかさどる酵素により、その量、活性が調節されるという特徴をもつ。

 5-リポキシゲナーゼ(5-LO)はロイコトリエン(LT)合成系路における初発酵素であり、その活性化は複雑な制御を受けている。5-LOは細胞によって細胞質と核質における局在の割合が異なることが報告されているが、細胞がカルシウム上昇などの刺激を受けると膜(特に核膜)に移行することが報告されている。本研究は、5-LOの細胞内局在及び膜移行のメカニズムを明らかにすることを目的として行われた。

1. 5-リポキシゲナーゼは細胞免疫染色によってRBL細胞において主として核質に、HL-60細胞において細胞質に強い局在を示した。今までの報告と、以上の結果から5-LOは細胞によって局在が異なることが示された。

2. EGFPと野生型もしくはbipartite nuclear localization signal(B-NLS)(アミノ酸638-655)に対する変異型の5-LOとの融合タンパク質(GFP-5LO)を用いて、各々の局在を共焦点顕微鏡により観察した。野生型のGFP-5LOは主に核内に局在したが、変異型の融合タンパク質の中には活性は存在するが細胞質に局在を変化させるものもあった。また、B-NLSと考えられる部位との融合タンパク質は核質だけに局在した。以上の結果から、5-LO中のアミノ酸配列638-655が機能的なbipartite NLSであることが示唆された。

3. 5-LOにおいてnuclear export signal(NES)依存的な核外移行が存在するかについて検討した。5-LOのアミノ酸配列中にはっきりとしたNESシグナルを同定することは出来なかった。しかしNESの阻害剤であるレプトマイシンBをCHO-GFP-5LO細胞に作用させると細胞質中の5-LOは減少し、核質中の5-LOが増加した。このことは、5-LOの核外移行にCRM1やRanGTPといった核外移行に介在するタンパク質が関与していることを示している。

4. CHO-GFP-5LO細胞においてアニソマイシンや亜砒酸塩によってストレス刺激を与え共焦点顕微鏡を用いてGFP-5LOの局在の経時的変化を観察した。またウェスタンブロッテイィング法を用いて、細胞中のストレス刺激によるp38 MAP kinaseのリン酸化について解析した。その結果ストレス刺激により5-LOは核膜及び細胞内小器官に移行し、この現象はp38 MAP kinaseのリン酸化を伴った。また、これらの現象はp38 MAP kinaseの阻害剤であるSB203580の前処理により阻害された。

 以上、本論文は5-リポキシゲナーゼのNLSの責任部位及びNES依存的な核外移行の存在を明らかとした。また、ストレス刺激による細胞内移行については今回が初めての報告である。我々の実験はp38 MAP kinaseのリン酸化がその機序に関与している可能性を示している。これらの成果は複雑なロイコトリエン合成経路の制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位を授与するに値するものと考えられる。

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