No | 116310 | |
著者(漢字) | 金,然正 | |
著者(英字) | Kim,Ygon-Jeong | |
著者(カナ) | キム,ヨンジョン | |
標題(和) | 眼咽頭筋ジストロフィーの原因遺伝子産物、poly(A)結合蛋白質2による筋肉特異的遺伝子の転写調節機構 | |
標題(洋) | Transcriptional regulation of muscle-specific genes by poly(A) bindingprotein 2, the gene product responsible for oculopharyngeal musclar dystrophy | |
報告番号 | 116310 | |
報告番号 | 甲16310 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1705号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Mammalian細胞において、polyadenylationは最も基本的な転写後プロセスである。それに関与する因子の一つであるpoly(A)結合蛋白質2(poly(A) binding protein2,PABP2)は、1991年calf thymusで初めて同定された。現在考えられているPABP2の機能は、1)poly(A) polymeraseを活性化し、poly(A)のmRNA前駆体への付加反応を促進する;および2)poly(A) tailに結合しmRNAのpoly(A)の長さを200-250 nucleotidesに制限する、ことである。PABP2は大部分の組織で発現しているにも関わらず、その変異が原因である眼咽頭筋ジストロフィー(oculopbaryngeal muscular dystrophy,OPMD)の病変は骨格筋に限局する。PABP2は核内蛋白として存在し、転写と不可分な関連を持つmRNAの転写後プロセシング因子であること、またOPMDが筋肉疾患であることから、PABP2と骨格筋特異的遺伝子の発現の間に密接な関係が推測される。わたしは、OPMDの発症機構を解明するためには、まず骨格筋におけるPABP2の生理機能を解明することが必要と考えた。 マウスC2細胞株は骨格筋由来の株として、筋分化や筋特異的遺伝子の解析などで広く使われている。C2細胞株の筋分化は、myogenic factorと呼ばれる、basic helix-loop-helix転写因子の作用による、骨格筋特異的遺伝子の発現によって起こると考えられている。わたしは骨格筋におけるPABP2の生理的機能を解明するため、PABP2の安定導入株を樹立し、筋分化を誘導させたとき生じる形態的変化を観察した。コントロール細胞の筋管は分化誘導後3日目に出現したが、安定導入株では分化誘導後2日目に筋管が形成された。この安定導入株においては、コントロール細胞に比べ、筋分化誘導因子のMyoD とmyogeninおよび最終分化特異的遺伝子の一つであるミオシンのmRNAが過剰発現していた。これらのことから、わたしはPABP2の強制発現がC2細胞株の分化を促進させたと考えた。 PABP2の強制発現がどのようにC2細胞株の分化を促進させたのかその機構を探るため、nuclear run-on assayを行った。その結果、MyoD遺伝子の転写効率がPABP2の強制発現によって特異的に上昇しており、PABP2の強制発現がmRNAのprocessingによるmRNAの安定性および細胞質への輸送に影響することではなく、MyoD遺伝子の転写に直接関わっていることがわかった。 PABP2は、多くのRNA結合蛋白質のなかに見出されているRNA結合モチーフ(RNP1,RNP2)を持っている。このRNA結合モチーフがpoly(A)結合に寄与すると考えられている。わたしはPABP2のどの領域が筋分化の促進に関わっているのかを知るため、PABP2の欠損変異体をC2細胞に一過性発現させ、筋分化誘導因子およびミオシンのmRNAを定量的に解析した。その結果、RNA結合ドメインの欠損変異体(PABP2のN-末端領域)を強制発現させるとMyoD myogeninと共にミオシンのmRNAの過剰発現がみられた。一方、RNA結合ドメインを一過性発現させたところ、筋分化誘導因子の過剰発現は認められなかった。これらのことから、わたしはPABP2のN-末端領域が骨格筋の遺伝子発現に関与すると考えた。さらに、yeast two-hybrid screening法を用いて、PABP2のN-末端領域(アミノ酸 1-145)に結合する蛋白の同定を試みた。その結果、ひとつの候補としてSki-interacting protein(SKIP)を得た。SKIPは元来 oncoprotein Skiの結合蛋白質として同定されており、最近の結果によると、vitamin D 受容体やレチノイン酸受容体などの核内受容体による転写調節の供与因子として知られている。以上から、MyoDによる転写調節機構におけるSKIPの意義に注目した。実際、GST-pulldown assayと免疫沈降法によって、SKIPがPABP2のN-末端領域に特異的に結合することを確かめた。またSKIPはPABP2と共に核内でスペックル(斑点)状に分布することがわかった。 多くの骨格筋特異的遺伝子は、そのpromoter領域にE-boxと呼ばれるDNA配列を持ち、筋分化誘導因子群によって活性化され、筋細胞分化を引き起こすと考えられている。わたしはPABP2とSKIPの相互作用がどのように骨格筋特異的遺伝子の転写調節機構に関わっているかを調べるため、E-boxが仲介するレポーターを利用し、転写活性を測定した。その結果、PABP2とSKIPの共発現が、MyoDの存在下レポーター活性を顕著に上昇させ、その作用がPABP2のN-末端領域の発現に依存していることを見出した。さらに、MyoDの抗体を使った免疫沈降実験の結果、PABP2とSKIPがMyoDと複合体を形成することがわかった。これらの結果は、SKIPと共にPABP2が直接にMyoDに結合し、転写活性を調節することを強く示唆する。以上から、PABP2が単にpolyadenylationプロセスに関与しているだけではなく、そのN-末端領域がMyoDを介し、骨格筋特異的遺伝子の発現に関与することが明らかとなった。 眼咽頭筋ジストロフィー(OPMD)は、PABP2遺伝子の変異により生じる常染色体優性遺伝疾患である。通常50歳以降に発症し、眼瞼下垂と嚥下障害を主徴とする。野生型のPABP2は、開始コドンによるメチオニンの後に6個のアラニンが続く。OPMD変異型では、アラニンをコードするGCG反復配列の異常伸長により、同部位に10-15個のアラニンが存在する。しかし、PABP2遺伝子の変異によるOPMDの発症機構はまだ不明である。実際、本研究において変異型PABP2を用いても実験を行ったが、野生型との間に機能的違いはみられなかった。 OPMDの筋検体からは、約2.5%程度の核に封入体が観察されている。この核内封入体はOPMDの重要な病理学的特徴であり、polyglutamine diseaseと同様の発症機構が推測される。すなわち、核内封入体が細胞に悪影響を及ぼすというgain-of-toxic functionである。わたしは、HeLa細胞でPABP2を一過性に発現させ、約5%頻度で核内封入体を見出したが、そこでも野生型と変異型の違いはなかった。最近の報告によると、GCG9/GCG9のOPMD患者から樹立したmyoblastsにおいて、poly(A)の長さはコントロールに比べ、差異がなかった。これらのことから、変異がPABP2蛋白本来の性質を変えていない可能性が強い。わたしはPABP2による核内封入体がスペックル状に形成されることに注目している。スペックル部位はクロマチン間顆粒(interchromatin granule)に対応し、スプライシング因子の貯蔵または組み立て部位と考えられている。PABP2は骨格筋特異的転写に関わっていると共に、その過剰発現がスペックル状に封入体を形成し、骨格筋特異的遺伝子のスプライシングに影響する可能性もある。 老化に伴い、骨格筋では筋再生を刺激する因子が多量発現すると報告されている。筋再生は筋繊維の周辺の衛星細胞(satellite myoblasts)が分化することによると考えられている。わたしが樹立したPABP2のC2安定導入株は、PABP2 mRNAの発現が一定にも関わらず、分化と伴い、PABP2蛋白が核内に濃縮されるのが観察された。最近の報告によると、OPMD筋検体の核内封入体にも、nbiquitinが検出されており、polyglutamine diseaseの場合と同じく核内封入体の形成とproteasomeとの関連が推定される。 Positional cloningによって、多くの原因遺伝子が発見され、これまで全く不明であった変性疾患の一端が明らかとなったが、それら遺伝子産物の生理機能の多くは不明である。本研究において、わたしは、OPMDの原因遺伝子産物であるPABP2のこれまで知られた機能以外の、筋分化における生理的役割を明らかにした。 | |
審査要旨 | 本研究は、眼咽頭筋ジストロフィー(oculopharyngeal muscular dystrophy,OPMD)の原因遺伝子産物であるpoly(A)結合蛋白質2(poly(A) binding protein 2,PABP2)の生理的機能を明らかにするため、骨格筋由来のマウスC2細胞株を用いて遺伝子の発現の解析をしたものである。 1.PABP2の安定導入株を樹立し、筋分化を誘導させた。コントロール細胞の筋管は分化誘導後3日目に出現したが、安定導入株では分化誘導後2日目に筋管が形成された。この安定導入株において、コントロール細胞に比べ、筋分化誘導因子のMyoDとmyogeninおよび最終分化特異的遺伝子の一つであるミオシンのmRNAが過剰発現していた。従って、PABP2の強制発現がC2細胞株の分化を促進させたと考えられた。 2.Nculear run-on assayを行ったところ、MyoD遺伝子の転写効率がPABP2の強制発現によって特異的に上昇しており、PABP2の強制発現がmRNAのprocessingによるmRNAの安定性および細胞質への輸送に影響することではなく、MyoD遺伝子の転写に直接関わっていると考えられた。 3.RNA結合ドメインの欠損変異体(PABP2のN-末端領域)を強制発現させるとMyoD、myogeninと共にミオシンのmRNAの過剰発現がみられた。一方、RNA結合ドメインを一過性発現させたところ、筋分化誘導因子の過剰発現は認められなかった。従って、PABP2のN-末端領域が骨格筋の遺伝子発現に関与すると考えられた。 4.Yeast two-hybrid screening法を用い、PABP2のN-末端領域(アミノ酸 1-145)に結合する蛋白を同定した。そのうちの一つはvitamin D受容体やレチノイン酸受容体などの核内受容体による転写調節の供与因子として知られているSki-interacting protein(SKIP)であった。GST-pulldown assayと免疫沈降法によって、SKIPがPABP2のN-末端領域に特異的に結合することが明らかとなった。またSKIPはPABP2と共に核内でスペックル(斑点)状に分布した。 5.PABP2とSKIPの相互作用がどのように骨格筋特異的遺伝子の転写調節機構に関わっているかを調べるため、E-boxが仲介するレポーターを利用し、転写活性を測定した。その結果、PABP2とSKIPの共発現が、MyoDの存在下レポーター活性を顕著に上昇させ、その作用がPABP2のN-末端領域の発現に依存していることを見出した。さらに、MyoDの抗体を使った免疫沈降実験の結果、PABP2とSKIPがMyoDと複合体を形成することを発見した。これらの結果は、SKIPと共にPABP2が直接にMyoDに結合し、転写活性を調節することを強く示唆した。 以上、本論文は、PABP2の安定導入株の解析によって、PABP2が単にpolyadenylation プロセスに関与しているだけではなく、そのN-末端領域がMyoDを介し、骨格筋特異的遺伝子の発現に関与することを明らかにした。PABP2のこれまで知られた機能以外の、筋分化における生理的役割を明らかにし、OPMDの発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値する。 | |
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