学位論文要旨



No 116313
著者(漢字) 岸本,拓哉
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,タクヤ
標題(和) ラット褐色腫細胞におけるカルシウム依存性開口放出機構のイオン選択性
標題(洋) Ion selectivities of the Ca2+ sensors for exocytosis in rat phaeochromocytoma cells
報告番号 116313
報告番号 甲16313
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1708号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 講師 辻本,哲宏
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

要旨

シナプス伝達は、神経終末から神経伝達物質が遊離することによって引き起こされる。神経伝達物質の遊離は、電位依存性カルシウムチャンネルからカルシウムイオンが流入することで、シナプス小胞あるいはシナプス前膜に存在するカルシウムセンサー蛋白質と結合し、伝達物質が蓄えられているシナプス小胞の膜がシナプス前膜との融合によって、小胞内の物質をシナプス間隙に放出する、開口放出によって行われると考えられている。このカルシウムセンサー蛋白質について、synaptotagminを筆頭に多くの研究がなされているにも関わらず、決定的な分子機構が解明されるに至っていない。そこで、神経細胞と内分泌細胞の分泌小胞を併せ持つ、ラット褐色腫細胞(PC12株化細胞)を用いて、その二種類の開口放出のイオン選択性を膜容量測定法とアンペロメトリー法によって解析した。カルシウムケイジド試薬にさまざまな二価金属イオンをキレートさせ、紫外閃光によりケージド基を光解除することにより細胞内の金属イオン濃度を瞬時に、均等に上昇させた。その金属イオン濃度変化を高濃度でも測定できる金属結合定数の低い指示薬(BTC,BTC-5N)を用いて測定した。Ca2+イオンのケージド解除により誘起された膜容量の増加は30-100ミリ秒と10秒の時定数を持った二相性を示した。large dence-core vesicleの開口放出を示すアンペロメトリーの反応は遅い相で選択的に起こり、細胞内カルシウム濃度が0.1mM以上の上昇においても、早い相に移行することはなかった。開口放出の遅い成分は調べたすべての金属二価イオンで誘起された。50%有効濃度はそれぞれ、Cd2+イオン(18pM),Mn2+イオン(500nM),Co2+イオン(900nM),Ca2+イオン(8μM),Sr2+イオン(180μM),Ba2+イオン(280μM),Mg2+イオン(>5mM)であった。これに比較して、開口放出の早い成分は、Cd2+イオン(50%有効濃度、26pM),Mn2+イオン(620nM),Ca2+イオン(24μM),Sr2+イオン(320μM)で誘起することができたが,Ba2+イオン(>2mM)とCo2+イオンはほとんど誘起することが出来ず、Mg2+イオンにおいてはまったく誘起出来なかった。また、早い成分の開口放出は、Na+イオン(50%有効濃度、44mM)で競合的に阻害された、この効果はLi+,K+,Cs+ではみられなかった。さらに、遅い成分の開口放出でこの阻害効果はなかった。このNa+イオンによる阻害効果はイオン半径に起因しており0.84から1.13Åにおいて見られた。

以上の結果から、large dence-core vesicleの開口放出におけるカルシウムセンサーのイオン選択性と50%有効濃度が、生化学的に調べられたsynaptotagmin-phospholipidのそれとよく一致したことから、この機構を介することをよく支持する。また、神経様小胞のシンクロナスな開口放出においては、そのカルシウムセンサーの特異なイオン選択性から、synaptotagmin及び他の脂質や蛋白質の関与がありえることを示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、シナプス伝達や内分泌細胞の細胞機能を担うカルシウム依存性開口放出機構を探求する目的で、神経細胞と内分泌細胞の分泌小胞を併せ持つ、ラット褐色腫細胞を用いて、その二種類の開口放出のイオン選択性を膜容量測定法とアンぺロメトリー法と細胞内イオン濃度測定法によって解析を行い、下記の結果を得ている。

 1.カルシウムケイジド試薬に金属イオンをキレートさせ、紫外光にてケイジド解除を行なわせることで、細胞内に放出されたのさまざまな二価金属イオン濃度と細胞の膜容量変化、カテコールアミンの分泌を同時に測定する方法を開発した。

 2.Ca2+イオンのケージド解除により誘起された膜容量の増加は30-100ミリ秒と10秒の時定数を持った二相性を示した。large dence-core vesicles(LVs)の開口放出を示すアンぺロメトリーの反応は遅い相で選択的に起こり、細胞内カルシウム濃度が0.1mM以上の上昇においても、早い相に移行することはないことが明らかになり、この二相性の膜容量増加は異なる小胞の分泌であることが示唆された。

 3.開口放出の遅い成分は調べたCd2+イオン,Mn2+イオン,Co2+イオン,Ca2+イオン,Sr2+イオン,Ba2+イオン,Mg2+イオン、すべての二価金属イオンで誘起されることが明らかとなり、そのイオン選択性からLVsの分泌である事が示唆された。

 4.これに比較して、開口放出の早い成分は、Cd2+イオン,Mn2+イオン,Ca2+イオン,Sr2+イオンで誘起されたが,Ba2+イオンとCo2+イオンはほとんど誘起することが出来ず、Mg2+イオンにおいてはまったく誘起出来ないことが明らかになった。このようなイオン選択性からsynaptic-like vesicles(SVs)の分泌である事が示唆された。

 5.早い成分の開口放出は、Na+イオンで競合的に阻害されたが、この効果はLi+イオン,K+イオン,Cs+イオンではみられず、遅い成分の開口放出でこの阻害効果はないことが明らかになった。このNa+イオン阻害効果から、早い成分の開口放出機構のイオン選択性はイオン半径に起因していることが示唆された。

 6.遅い成分の開口放出の定量的なイオン選択性の特徴から、LVsの分泌におけるカルシウムイオン検知機構は、synaptotagmin-phospholipidの関与が示唆された。また、速い成分の開口放出の定性的なイオン選択性の特徴から、SVsの開口放出におけるカルシウムイオン検知機構はsynaptotagmin及び他の脂質や他の蛋白質の関与がありえることが示唆された。

 以上、本研究は細胞内に直接さまざまな二価イオンを瞬時に与え、かつ細胞内イオン濃度を測定し、膜容量測定法とアンペロメトリー法を同時うことによって開口放出機構を定量化する実験系を確立した。従来、小胞の分泌機構は小胞や細胞の種類に寄らず統一的に考えられていた。それに対し、本研究は小胞の種類によって、分泌機構が異なる可能性を指摘し、従来の解釈に一石を投じる形となった。また、従来、神経終末と内分泌細胞において知られていたイオン選択性の知見を系統的に初めて解析し、開口放出におけるカルシウムセンサーに対する重要な知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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