学位論文要旨



No 116314
著者(漢字) 二井,健介
著者(英字)
著者(カナ) フタイ,ケンスケ
標題(和) 聴覚中継シナプスにおける生後発達に伴うNMDA型グルタミン酸受容体発現調節の機能的役割
標題(洋) Functional role of NMDA receptor down-regulation at an auditory relay synapse in developing mice
報告番号 116314
報告番号 甲16314
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1709号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 David,Saffen
 東京大学 講師 森,寿
内容要旨 要旨を表示する

 聴覚神経系において音源定位は重要な機能の1つであり、左右の蝸牛より得られる聴覚情報を比較することによってなされる。脳幹の台形体内側核(MNTB)ニューロンはこの機能に関与していることが知られている。MNTBは反対側の蝸牛前神経腹側核(AVCN)よりグルタミン酸作動性の興奮性入力を受けており、自身は主に同側の上オリーヴ核(LSO)へグリシン作動性の抑制性投射をしている。またLSOニューロンは同側のAVCNニューロンよりグルタミン酸作動性の興奮性投射を受けている。したがってLSOニューロンは同側のAVCNから興奮性の入力を受け、反対側のAVCNからはMNTBを介し抑制性入力を受ける。両入力の強度差から、LSOニューロンは両側聴覚刺激間の音圧差を検出することが出来る。この音源定位の神経回路において、MNTBは信号の極性を興奮性から抑制」性に反転させるための中継核として機能しているため、MNTBにおける信号伝達はシグナルを歪めることなく高い信頼性を持って行なわれなければならない。

 AVCNニューロンはMNTBニューロンの細胞体上にcalyx of Heldと呼ばれる巨大神経末端を形成している。幼若げっ歯類におけるcalyx-MNTB間シナプス伝達はMNTBニューロン上のnon-NMDA型グルタミン酸受容体(non-NMDAR)とNMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)の両者を介して行なわれることが既に知られている。non-NMDARは時間経過の非常に速い応答をし、速い興奮性伝達を担っているが、NMDARは時間経過の遅い応答をするため、この受容体応答が高い信頼性を必要とするcalyx-MNTBシナプスにどのように関与しているか疑問である。NMDARは生後発達とともに発現が大きく変化することが知られていたため、私は本研究において主にNMDARの生後発達に伴う発現変化に着目し、この変化がcalyx-MNTBシナプスの高信頼性伝達能にどのような影響を及ぼすか検討した。生後日齢5日〜27日(P5〜27)のC57BLマウスから、厚さ200〜250μmの脳幹横断スライスを作成した。双極電極を用いてAVCNニューロンより投射している軸索線維を0.1Hzで細胞外刺激し、誘発される興奮性シナプス後電位(EPSP)をホールセル記録法を用いてMNTBニューロンより記録した。測定は26〜27℃で行ない、抑制性シナプス応答はpicrotoxin(100μM)とstrychnine(0.5μM)によって阻害した。P7のMNTBニューロンは入力線維の単発刺激に対して1つの活動電位を含む早い応答とそれに引き続いた時定数の遅い脱分極応答を示した。前者はnon-NMDARの1つであるAMPA受容体(AMPAR)に選択的な拮抗剤のGYKI52466(100μM)投与によって消失した。後者はさらにNMDAR選択的な拮抗剤のD-APV(50μM)を投与することによってほぼ完全に消失した。したがってEPSPはAMPARとNMDARを介した脱分極応答からなることが確認された。次にP7,P13-15,P27の3グループのMNTBニューロンに対し20〜100Hzの高頻度刺激を行い、これらのニューロンが高頻度入力に対しどのような応答を示すか検討した。若齢期(P7,P13-15)のニューロンでは刺激に同期しない活動電位が観測され、P7においては100Hzの刺激を行なうと大きな脱分極を引き起こし、活動電位を誘発出来ないニューロンが存在した。しかし、P27ニューロンにおいては活動電位は全て刺激に同期して生じ、高信頼性のシナプス伝達が確立されていた。刺激に同期して活動電位を生じる割合を求めたところ、生後発達と伴に信頼度は全ての刺激頻度において上昇した。したがって、calyx-MNTBシナプスにおいて高信頼性の伝達機構は生後発達に伴って形成されると結論された。

 若齢期において、刺激に同期しない異常な活動電位を誘発する原因はNMDA型受容体を介するゆっくりとした脱分極の蓄積によって起こると考えられる。そこで若齢ニューロンにおける高頻度刺激時の応答がNMDARの拮抗剤D-APV(50μM)の影響を受けるか検討した。D-APVの存在下では、異常な発火もしくは活動電位の消失を示した若齢期のニューロンは全て刺激に同期した活動電位のみを誘発した。つまり幼若ニューロンにおいてもNMDARを阻害すると高信頼性のシナプス伝達が獲得されたことが示された。P27ニューロンにはD-APVの投与は影響を及ぼさなかった。これらの結果から若齢期の高信頼性伝達の抑制にはNMDARの存在が寄与しており、高信頼性シナプス伝達の獲得には生後発達に伴うNMDARの発現減少が関与していると考えられる。

 発達に伴うNMDARの変化を直接的に検討するため、ホールセル電位固定法によりNMDARとAMPARを介するシナプス後電流(EPSC)を生後発達を追って記録した。NMDA-EPSCの振幅は若齢期(P5-7)に最大値を示し、生後2週間までに急速に減少しP27ではP5の振幅値の5%にまで減少した。一方AMPA-EPSCの振幅値は生後発達とともに増大しP11でほぼ一定値に達した。また、AMPA-EPSCのdecay time constantとrise timeは生後発達とともに急速に減少し、生後2週間で一定値に達した。よって高信頼性シナプス伝達の獲得はNMDA受容体応答の生後発達に伴う減少が寄与していると結論された。AMPAR応答の生後発達に伴うkinetics変化も高信頼性獲得に寄与している可能性が考えられる。

 次にNMDAR-EPSCの減少がNMDAR分子の発現変化を反映しているかNMDA受容体のζ1サブユニットとε1/2サブユニットをコードするmRNA量をRT-PCR法により生後日齢を追って測定した。ζ1、ε1/2両サブユニットとも生後発達に伴い発現量の減少が見られた。またタンパク発現量もζ1、ε1、2サブユニット特異的な抗体を用いて解析したところ、全てのサブユニットタンパク発現量がP5からP13にかけて急速に減少した。両解析とMNTB領域の組織片を用いて行なった。したがってNMDAR応答の減少はmRNAとタンパク発現量の減少によると結論された。

 以上の結果よりNMDA-EPSCの性質は生後2週間で大きく変化することが明らかとなった。マウスにおける聴力開始はP10-12の間に起こるので、シナプス成熟と聴力開始には因果関係がある、つまり聴覚刺激によりNMDAR減少が生じている可能性が考えられる。この可能性を内耳破壊をしたマウスを用いて検討した。P7で両内耳を破壊し、P13にAuditory Brainstem Responsese(ABR)を測定し耳が聞えないことを確認した後、P14-16で解析を行った。シャム手術をしたマウスをコントロールとした。すると破壊マウスの50Hzの高頻度刺激に対するシナプス伝達信頼度はコントロールマウスに対し低く有意な差であった。また、AMPA-,NMDA-EPSCを計測したところ、AMPA-EPSCの振幅値は有意な差が無かったが、NMDA-EPSC振幅値はコントロールマウスに対し大きく、有意であった。NMDA受容体のmRNA発現量を比較したところ、ζ1サブユニットの発現量には有意な差がなかったが、ε1/2サブユニットの発現量はコントロールマウスに対し高く維持され、有意であった。つまり聴覚入力の消失により、高信頼性シナプス伝達の獲得とNMDARの生後発達に伴う発現減少は抑制された。したがって、NMDARの生後発達に伴う減少は聴覚刺激依存的に起こる事が示唆された。

 以上の結果より、calyx-MNTBシナプスは生後発達と伴に高信頼性の信号伝達能を獲得し、それにはNMDARの発達に伴う発現減少が寄与していることが明らかとなった。さらに、NMDAR減少は聴覚入力依存的に起こることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は聴覚神経系において高信頼性のシナプス伝達が必要と考えられる聴覚中継シナプス(Calyx-MNTBシナプス)においてNMDA型グルタミン酸受容体の生後発達に伴う発現調節の機能的役割を、マウス脳幹スライス(生後日齢5〜27日(P5〜27))を用い電気生理学的、分子生物学的に解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. P7,P13-15,P27の3グループのMNTBニューロンに対し20〜100Hzの高頻度刺激を行い、これらのニューロンが高頻度入力に対しどのような応答を示すか検討した。若齢期(P7,P13-15)のニューロンでは刺激に同期しない活動電位が観測され、P7においては100Hzの刺激を行なうと大きな脱分極を引き起こし、活動電位を誘発出来ないニューロンが存在した。しかし、P27ニューロンにおいて活動電位は全て刺激に同期して生じ、高信頼性のシナプス伝達が確立されていた。したがって、calyx-MNTBシナプスにおいて高信頼性の伝達機構は生後発達に伴って形成されることが示された。

2. 若齢ニューロンにおける高頻度刺激時の応答がNMDARの拮抗剤D-APV(50μM)の影響を受けるか検討したところ、D-APVの存在下では、異常な発火もしくは活動電位の消失を示した若齢期のニューロンは全て刺激に同期した活動電位のみを誘発した。したがって幼若ニューロンにおいてもNMDARを阻害すると高信頼性のシナプス伝達が獲得されたことが示された。P27ニューロンにはD-APVの投与は影響を及ぼさなかった。これらの結果から若齢期の高信頼性伝達の抑制にはNMDARの存在が寄与しており、高信頼性シナプス伝達の獲得には生後発達に伴うNMDARの発現減少が関与していることが示された。

3. 発達に伴うNMDARの変化を直接的に検討するため、ホールセル電位固定法によりNMDARとAMPARを介するシナプス後電流(EPSC)を生後発達を追って記録した。NMDA-EPSCの振幅は若齢期(P5-7)に最大値を示し、生後2週間までに急速に減少した。一方AMPA-EPSCの振幅値は生後発達とともに増大しP11でほぼ一定値に達した。また、AMPA-EPSCのdecay time constantとrise timeは生後発達とともに急速に減少し、生後2週間で一定値に達した。よって高信頼性シナプス伝達の獲得はNMDA受容体応答の生後発達に伴う減少が寄与していると結論された。AMPAR応答の生後発達に伴うkinetics変化も高信頼性獲得に寄与している可能性が考えられた。

4. NMDA受容体のζ1サブユニットとε1/2サブユニットをコードするmRNA量をRT-PCR法により生後日齢を追って測定したところ、ζ1、ε1/2両サブユニットとも生後発達に伴い発現量の減少が見られた。またタンパク発現量もζ1、ε1、2サブユニット特異的な抗体を用いて解析したところ、全てのサブユニットタンパク発現量がP5からP13にかけて急速に減少した。両解析ともMNTB領域の組織片を用いて行なった。したがってNMDAR応答の減少はmRNAとタンパク発現量の減少によると結論された。

5. マウスにおける聴力開始はP10-12の間に起こるので、シナプス成熟と聴力開始には因果関係がある、つまり聴覚刺激によりNMDAR減少が生じている可能性が考えられる。この可能性を内耳破壊をしたマウスを用いて検討した。P7で両内耳を破壊し、P13にAuditory Brainstem Response(ABR)を測定し耳が聞えないことを確認した後、P14-16で解析を行った。シャム手術をしたマウスをコントロールとした。すると破壊マウスの50Hzの高頻度刺激に対するシナプス伝達信頼度はコントロールマウスに対し低く有意な差であった。また、NMDA-EPSC振幅値はコントロールマウスに対し大きく、有意であった。NMDA受容体のmRNA発現量を比較したところ、ε1/2サブユニットの発現量はコントロールマウスに対し高く維持された。つまり聴覚入力の消失により、高信頼性シナプス伝達の獲得とNMDARの生後発達に伴う発現減少は抑制された。したがって、NMDARの生後発達に伴う減少の少なくとも一部は聴覚刺激依存的に起こる事が示唆された。

 以上、本論文はマウス聴覚中継シナプスにおいてNMDA型グルタミン酸受容体の生後発達に伴う発現減少が高信頼性シナプス伝達獲得に寄与していることを明らかとした。そしてNMDA型受容体の発現減少の一部は聴覚刺激依存的に起こることが明らかとなった。本研究はこれまで余り明らかとなっていなかったNMDA受容体の生後発達に伴う発現変化の機能的役割を明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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